五話⑭
「まあ、とりあえず中西先生の……、ぶふぅー、こめっ、ぶふぅー、コメントだけ、の、述べたいと思う」
「待て、そして、相当に嫌な予感がするんだが、そうやって吹き出してたのはミナコのレポートじゃなくて俺のレポートが原因なのか?」
「わざわざ、もう一回読んでみたけれどもねぇ。あれだね、彼はぁ、ちょっとふっくらした子が好きぃ、なんだろうね」
「えらくどうでもいいところにコメントしてるな、中西先生は……。おい、俺のレポートの、論述具合は、どうなんだ?ミナコみたいに……、論旨は明快だったりしないのか?」
「『昨今の女性は、痩せ過ぎの傾向にある。』この一文だけで十分だと思いますよぉ。もうその後はしつこい……。とにかくねぇ、彼がふっくらした子を好きなことはよく分かりました。もう他はよく分かりませんっ」
「コピーは、これだけか?他に隠し持ってないな?よしミナコ、それ返せ。陽太、コンロを使わせてくれ」
ミナコの眺めている俺のレポートのコピーを奪い取ってとりあえず半分に畳む。俺はそんなことを論じた覚えなどないが確かに、ダイエットが健康に悪影響だという話の流れでそういうことを、書きかねない気もする。
「へぇ、健介はぁ、ふっくらした子がぁ、好きなんですねぇ」
「とにかく健介のは、ダイエット自体が良くないから食いたいものを食ってふっくらしてる子が好きですという結論だった。割と上から目線で」
「上から目線というのは誤解だ。ふっくらしている子の方が意外と好まれる傾向にあるはずだと論じただけだ、おそらく。無理なダイエットをして健康を損なうより、食事をしっかりと取った方が良いというようなことを書いただけで個人的な好みの話はしてたりしない」
「ふっくらな子が好まれるとか統計的な根拠ないのだが。確かに読んでみるとな、健介がふっくらしてる子を好んでいるというだけのレポートだぞ?俺が中西先生だったらもう見なかったことにしてそっと折り紙代わりにして飛行機作って窓から放るのだが」
「だが健康への影響は考慮してるし、過度な減量の是非は論じてるだろう」
「健康への影響を考慮してても読み手の受け取り方を考慮してないのだ、健介は。もうこれは秘密ノートだぞ。日記にでも書いてろというレベルだぞ。これを読まされる中西先生の気持ちとか考えたらどうなのだ」
「……そんな馬鹿な。俺のレポートが秘密ノートだと?そんな見方をするからそう思えるだけだ。第一俺は他の科目のレポートではちゃんと合格点を取ってる」
「今回論じているのはですねえ、このぉ、すぅぅ、ダイエットの、お話ですので、他は私は存じませんですけどもぉ」
「小芝居をやめろ、分かった確かに、俺は統計的な根拠を示さずに論じたかも知れない。だがそれは中西先生の講義内容を踏まえての展開だったはずだ。いやというかもう俺のレポートに対する批評はやらなくて良い」
「はあ、僕は若干スリム体型寄りだと自己評価しているけども、健介から見ると痩せ過ぎの傾向にありますか?」
「スリム……?お前は痩せてはないだろう。女子の体重とか体型など基準値を知ってるわけじゃないが」
「…………?そうですか、健介が言うには僕は痩せていないそうですけども、陽太から見るとふっくらしている傾向にありますか?」
「スリムではないな。スリムというか、胸がスラムだな」
「そうですか。あんまり参考にはならんな、そういえば体重も……」
「…………」
「スラム……!?貧民窟のことか?僕の胸がスラム?スリムじゃなくて?全体として見た時に割と胸がスリムじゃなくて、胸がスラム?どういうことだそれは。あ、健介が今一瞬『あちゃー』みたいな顔をしました。僕がどうにもフォローのしようがないミスをしでかした際の表情です。しかし、これはどうにもならないことです。そういう本人がサボっているわけでもないことで人の欠点をあげつらうのは悪いことだとは思いませんか。あっ、そうだ謝罪を求めます。どうですか」
「なんだ?今に始まった指摘じゃないと思うのだが。もう既に何度も指摘してるのに改善されないということはもうサボってるも同然なのだが」
「何故。何を。まあ良いです。サボってるとしても陽太にも悪い部分があります。僕がサボっているというのはその辺りは置いておいて……、健介みたいに。ごめんなさい、これからも、仲良しでいてくださいってぇ、謝罪の言葉を求めます」
「そうか。…………。仲良じぃ゛ぃー!」
「あっはっは、仲良しである。仲良しぃー」
陽太は猫のように手を丸めて腕を頭の横につけ白目を剥いた状態で一切の謝罪もなく気が狂った濁声を放った。ミナコもミナコで、結局なんでもいいのか、なんでもいいんだろう。同じ動きを真似てから、……こっちを見た。
「は、はは……。俺もやれってか……。なかよしー」
その後はテレビを点けることもなく三人でおしゃべりしながら大量に積まれたお菓子をつまんでいく。「今日は外に出掛けたりはしないのか」と俺が陽太へと問うと、陽太は「外は寒いし今、ここにマーブルチョコがすごいたくさんあることに気がついた」と言った。
こたつから抜け出しクローゼットを開け、中の引き出しからオセロの盤面を取り出し、こちらにまで持ってくる。俺とミナコでぽかんとしながらそれを眺めて陽太の様子を窺っていると、「今日はマーブルオセロをやろうと思うのだ、寒いし、お菓子があるから」と説明が出る。
ミナコがお菓子と陽太と三度見くらいして、ガサガサと袋からいくつかのお菓子を取り出した。
「まずあれだな。ルールについて協議しよう。普通のオセロとか一人か二人でしかできない欠陥ゲームだと思っていたのだが……、そこらへんをディフュージョンしよう。ディフュージョンという言葉の意味はよく知らないのだが、この場合革新的改善を意味することにした。なんか少し格好良いからな」
「二人でしかできないだろう。一人でオセロなどやらんし」
「今、三人いるわけだ。四人とかだったらまだせめてもう一つ盤面を用意すればいいだけだが、一人余ってたら寂しいだろ。そして、折角ゲームしてる二人の方も寂しい一人から物欲しげにじっと見られていたら集中できないと思うのだ。まあ、健介と俺チーム対峰岸でも全然あんまり戦力強化されないし、そこで、……ディフュージョンしようと思う。ディフュージョンとはこの場合、宇宙創造的発明のことをいう」
「お前はおそらくディフュージョンという言葉を過大評価している。きっと、……世間一般の使われ方とは違うだろう。ミナコ、ディフュージョンってなんだ?」
「拡散とか伝播とかおそらくそういう意味でしょうか?何か衝突することがあればその物事は割と法則的にディフュージョンして場は収束します」
「そしたらまぁ大概合ってるな。ともあれこれをマーブルオセロと名付けることにする。特許を申請して……、そういえば特許で思い出したのだが、結構前からそうだったのだが、なんか店長からの電話が聞き取りづらいという問題が頻発してるのだ。店長の携帯が悪いとか店長の電話の掛け方が悪いとかではなさそうなのだが、何故か店長からの電話が聞き取りづらい、……という技術もついでに特許申請できないか?これは科学的に原理不明で、健介が俺と話している時とかには起こらないという不思議現象なのだ。俺が見ていた限りでは店長はこれといって特殊な電話の掛け方をしていたりしないはずなのにな。これが将来的に宇宙開発とかに使える技術になったとしたら、俺は相当に大金持ちになると思うのだが……。仮に宇宙開発は無理でも軍事利用できたりしたら俺は大金持ちになると思うのだが。そう考えるとロマンティックな話だよな。まあ、今の時点で何ができるかというと店長から電話を受けると周囲の雑音が大きいというだけなのだが。これは店長の声がノイズ扱いされてノイズキャンセリングされてるのか?そうすると店長の声がステルス性能を発揮してることになるのだが」
「そんなどうでもいい技術は置いといて、マーブルオセロとは一体なんだ。ミナコが今持ってるマーブルチョコをオセロの石扱いして遊ぶというのならもうちょっと色々検討しよう。食べ物で遊ぶのはよろしいことじゃない」
外には出ないらしい。理由は寒いから。二人でしか遊べないゲームなどは欠陥ゲームだそうだ。寂しい一人が生まれるから。この三人の中で寂しそうに指をくわえて見ていられそうな人間など元からいないだろう。きっとあれやこれや口を出すし、試合を妨害するに決まっている。
一応今日は、そこまで寒くはない。最悪外でも遊べるし、二人用のゲームをするにしてもいつも通りチーム戦にすれば退屈な人間は出ないはずだ。積極的にマーブルチョコで手をべたべたにするような遊びをする理由はない。
「…………。健介、さすがだな。あ、ああ、俺も食べ物で遊ぶのは良くないと思っていたところなのだ。まあ、ただ……、別に仮に遊んだとして、その後食べるけどな……?」
「え……、食べるのか。食べるのなら……、いや、それなら良いのかも知れないが手が……、べたべたに」
「ああ、七色か。だから、えーと、八十一×七色か?えー……」
「五百六十七」
「五百六十七か。ああ、食べる食べる。だから、一勝負するごとに、最高五百六十七個、健介が食べる。ルールの説明をしよう。基本はオセロに倣ったプレイで問題ないはずなのだ。同色で挟まれた石は挟んだ石の色になる。盤面だが、マスじゃなくて線が交差している場所に石を置けることにしよう」
「……俺は食べない。せめて負けた奴が、それと、……五百六十七個というのは食える量なのか?これ、一個でいくつ入ってる?」
「それは未知数ですが、たくさんあるので少なくとも一勝負くらいはできるのでは?ちなみに僕の知り合いのAさんなどは食べ物で遊んでも良い論を強く主張している。食べ物で遊ぶことも実は問題ないのでは?」
「お前の知り合いがどういう理屈でそう行き着くのかは知らんが一般家庭では遊んじゃダメだと教えられるものだ。極力はそういう世の中のルールに準拠してくれ」
「別に食べるなら問題ないのだろ?ええとだな、ジャンケンをして勝った人間が中央に好きな色の石を置いて、そこから時計回りで八方向に各プレイヤーが好きな色を好きな場所に置いていくという感じでどうだ。だから、……、一個真ん中に置いた。次、その周りに置いた、次周りに置いた。最初のプレイヤーが置いた。一巡終わりというイメージだな。一巡したら次の順番の人間が四辺四隅以外の場所に置く。そこから時計周り順番で八方向に各プレイヤーが好きな色を好きな場所に置く。あれだな。最初に置くプレイヤーを親として、その八方向に置くのを子とする。親が置いた石に関しては他の色を挟んでいても色は変わらないことにするか。あくまで子の時八方向に置いた石が他の色を挟んでいたら色が変わる。オセロと違って別に色が変わらなくても置けることにしないと破綻しそうだな。以下、繰り返していって、そして、プレイヤーはプレイ開始前に紙かなんかに自分の得点取得条件を紙に書いておくことにしよう。何色と何色が多いという形で二色くらい選んでおく。それで、自分の選んだ色を悟られないようにしながら、ゲームを進めていく」
「なんとなくしかルール分からんけど大丈夫か?別のゲームの方が良いんだが」
「はあ、そうですか?まあ、一応面白そうですけども」
「大抵のゲームは峰岸がバランス壊すからな。運と心理戦の要素ないと勝負にならないだろ」
「石をひっくり返すためにわざわざマーブルチョコを取り除いてそのひっくり返った色のマーブルチョコを探して並べて、勝負が終わる頃には何か手がべたべたしそうだ。手が、べたべたしそうだ。その問題はなんとか解決できないか?」
「それはすごく面倒くさいし、手がべたべたするな。じゃあ、百人一首でもやるか。かるたの方な。買った奴がとりあえずお菓子十個ずつくらい貰って良いことにするのでどうだ」
陽太はもう一度立ち上がって今度は引き出しから、……どうやら百人一首を持ってきた。
「百人一首できるほど俺は教養ないぞ」
「教養とかいるか?小学生の時とかに暗記させられなかったかこういうのは」
「させられなかったな。小学生そんなことさせられるのか?」
「ああそうなのか。やらないものなのか?かるただぞ?そうなると俺が相当有利なのか?峰岸百人一首したことあるか?」
「ありません。なんでしょう。どういう意味の文章ですかそれは」
「意外だな。じゃあ俺が相当に有利なのだな。あきのたのぉ、かりほのいほのとまをあらみぃ、わがころもでは、つゆにぬれつつぅーという天智天皇のありがたい句なのだが」
「読まれてなお、意味が分からんな。現代語訳してくれ」
「いやまあ、現代語訳しても正直意味は分からんと思うのだ。『雨漏りのせいでびちょ濡れなう』みたいな意味だったと思うぞ」
「本当かそれ……」
「いやホントに。嘘じゃないのだ。少なくとも俺はそう教わったのだ。国語の先生はそう言ってたのだが……、逆に丸暗記させられたせいで意味とか知らんのだ。言われたまま鵜呑みにしてたのだが、そんな日常の出来事とか語られても情景とか全然浮かばないな。いざ本当にそういう意味かは聞かれるとそう教えられたとしか言いようがないな」
「もっとなんか心情とか風景とかをな、和歌にしてそうなものだけどな」
「まあ、中にはそういうのもあるとは思うのだが……。峰岸なんかはまた平安時代の人間は文化水準が低いとか言いそうだな。当時はこの『びちょ濡れなう』でも少なくとも百位以内には入ってたのだぞ」
「識字率が低かったので、競技人口が少なかったのでは?」
「ああまた峰岸はそういうことを。古典名作全部を馬鹿にする方法論が確立されてしまった。またメモしておくのだ」
「馬鹿にはしていませんけれども」




