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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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五話⑪



 ドンドンドンとミナコが陽太の部屋をノックして一分そこら待つ。ギィとゆっくりとドアが開いて陽太も姿を現した。


「陽太、見てください。健介がー、お菓子ーを、一杯買いました。それを僕にくれたわけです。僕一人ではとても食べきれない量をプレゼントされたので、陽太にもあげます」


 陽太は一度ミナコ越しに俺の姿を確認し、ミナコの手持ちのビニールを確認し……、すぐさまこちらに視線を戻した。


「あのだな、健介。とても峰岸一人で食べきれない量なのは分かるのだが、仮に峰岸が一人で食べきれないとして三人掛かりならとかそうはならない量なのだが?俺が知らないだけで……、節分の豆まきみたいなことをやる日だったのか今日は?チョコボールとかそういうのがあればやるか?ボールって名前だしな」


「あのな……。金を払ったのは確かに俺だが……、馬鹿みたいな量を買い物カゴに入れたのはミナコだ、俺じゃない。チョコ合戦をするつもりは俺にもない」


「陽太の分。はいどうぞ」


「んあ、ああ、ええ、峰岸、ありがとう。遠慮なく食おうと思うのだ。遠慮なくというか折角の厚意に応えるために頑張って食おうと思うのだが……。だからもし俺が食べきれなかったとしても別にそれは今日の体調が優れなかったということ、になる、わけで、別に峰岸のプレゼントを雑に扱ってるということにはならない、よな」


「いや、体調が万全だとしても体調を崩すだろう。無理して食わせるつもりで買ってきたわけじゃない。お前が予想を上回って常軌を逸したレベルでギネス級にお菓子を食べる可能性に備えて、足りないと困るとミナコが念には念を入れて万全に整えようとしただけの結果だ。つまり……、多めに、多めにな?買っただけだ。ノルマがあるわけじゃない」


「そうです。多めにあるだけなのです。足りないよりは余った方が良いと思った」


 ミナコの一言に陽太はすぅーと長く息を吸って安心した様子で「良かった」と呟いた。


「健介、あれだな。工業用お菓子の量だな。機械で処理しないとならないな」


「工業でどう使う……。これでも最初からのやり取りを知っていればお前は俺の働きに感謝することになる。五十キロのチョコ人間が俺に荷車をひかせてここへ襲来するところだったぞ」


「峰岸はご機嫌なのか。まあ、増えるものじゃなくて良かったのだ。健介もさっさと中入ってくれ」


「ああ、お邪魔します」


「あと……」と陽太はその場に立ったまま横をすり抜けて部屋に入った俺を呼び止める。


「峰岸にちゃんと謝ったのか?健介は。顔を合わせてということなのだが」


「一応な……。俺は謝ったし、お前は無理して受け取ったお菓子を食べきる必要はない。見た通りいつも通りご機嫌だろう。大量のお菓子が慰謝料なわけだ……。というかな、……そんな、怒って、なかったみたいな、ようだった、かも知れん」


「怒ってなかったらこんなにお菓子買わせたりしないと思うのだが……」


「いや……、ミナコが買う予定だったのを俺がかっさらっただけだ。謝るタイミングとかがなかったからそうせざるを得なかった。元より俺だけが悪いんだからお前は堂々としてれば良いだろう」


「気まずいタイミングで合流したくなかったから健介と峰岸で買い物に行って貰って先に和解してから来て欲しいと言ったのだが。そんな大量に賠償品ぶら下げて来られたら心配になるだろ」


「そういう……、そういう魂胆だったのか。俺は買い物なら俺が行くから先に陽太の家でくつろいでいたらどうだとか最初ミナコにそういう提案をした。どうだ?気まずいか?お前がここでミナコから俺の悪口を延々聞かされている最中に、ミナコが買う予定だったお菓子の十分の一にも満たないお菓子をぶら下げてへらへら笑いながら俺が登場する。どうだ?気まずいか?今回なんともなかったのは運が良かっただけだ。下手な工作をするな、せめてヤバそうだったら俺がフォローするという気概を見せてくれ」


「悪口を言ったりとかいうことはないと思うのだが……。健介が謝るかどうか不安だったから保険を掛けていたという話なのだ。最悪謝らないにしても少し話してれば空気は改善される可能性はあるだろ?……峰岸はホントに怒ってないのか?さっきまで少し考えていたのだが、こう待ち合わせに行くだろ?ずぅーっと誰も来ない……。ずぅーっと誰も来ない。……来ない。時間過ぎても一秒ごとに来なくて一分区切りで来なくて一時間単位で来ない。しかも多分なのだが、結構寒いのだぞ。俺なら早々に見切りをつけてさっさと帰って電話で文句を言うと思うのだが、峰岸から俺にな……?健介が来なくて中止だと電話が掛かってきたの遅かったからな。ずっと待ってたかも知れない上、しかも健介は電話受けてなかったわけだろ?それは相当に、なんともいえない怒り方な気がするのだ。よく考えたら俺の場合は家にいたから怒ってないだけで、待ち合わせ場所に来なかったら普通に怒るんじゃないのか?」


「そりゃそうだが……、いつも通りなのに怒ってるだろ怒ってるだろというのも逆に煽ってるみたいなものだ。今回に限っては俺が言えた立場じゃないのは承知してるが……、そう思うのならお前も今後は待ち合わせに遅れないように気をつけてくれ」


 小声の会話中にミナコは俺の背後までゆっくり歩いてきて、「こそこそひそひそ。揉めている」と呟いた。


「揉めて……、ないぞ?」


「……峰岸。健介が待ち合わせをすっぽかしただろ?お菓子は買ったがそれで十分かどうか分からないのだ。こうなったら……」


「俺から完全に解決済みだとは断言できない話だが、そんなわざわざ蒸し返すな。ほら、ミナコは……、機嫌悪そうにはしてないだろう」


「機嫌?僕の機嫌?悪くはないな。悪く思われるような何かありますか?」


 ミナコの機嫌はこんなことで悪くなったりはしない。例えるのなら、それは、……おみくじのようなものだ。神主さんなんかが気を使って凶とか大凶とか少ししか入れてない良心的な神社のおみくじのようなものだ、きっと。低めの線引きで満足するいつも笑顔なミナコがいつも通り笑顔でいる。


「いや、峰岸。遠慮することはないのだぞ。そういえば今まさにこの瞬間ぱっと何か記憶から出てきて今までは全くすっかり忘れていたのだが、ポニョの映画を見たがっていただろ?それを、……健介に買って貰うと良いと思うのだ」


「ポニョっ!なんで今更?なんで今更覚えていた、陽太は」


「陽太が、今更、思い出したのは、お前が陽太にねだったものを、このチャンスに乗じて全て俺に転嫁するためだ」


「買ってというか、僕のカード使って良いからここに届くように発注してここで見せてと言いました。僕の家では見れないので住所貸してと言いました」


「……そういう話で何故それを面倒くさがった、陽太。お前も大概ミナコに謝ることがあるんじゃないのか?」


「峰岸……、健介が自分のことを棚に上げて俺に責任転嫁しようとしているのだが、これはどういうことなのだ?」


「まあまあ」と、ミナコは微笑みながら一度首だけ振り返り後ろ歩きで俺たちを中へと誘導した。それとなく「はい、はい」と俺と陽太の座る位置を指定してミナコ自身も机の向こう側に腰を下ろす。


「ポニョの話題が出ましたが、もし今もまだ見たいって言ったらここに届けて貰えたりするのでしょうか?しかし、重大な注意点があります。届いても、三人で見るから一カ月かそれくらいは開封することができません。それに耐える覚悟はあるのでしょうか」


「俺は無理だと思うのだが、健介なら必死に苦悩しながらも耐えそうだと思うし、ポニョの件の原因を作った健介が責任を取る形で買ってくるのが一番だな」


「俺はな、俺が悪かったことについては誠心誠意謝罪するが、ポニョの件など何一つ知らないぞ。ポニョなんて単語を今までお前らから聞いたこともない。いきなり聞いたこともない話で責任を求めないでくれ。単にミナコがジブリ映画が見たいと言ったのをお前が無視してただけのことだろう。開封を我慢できないというのなら届く日に連絡を入れろ。なんか頑丈な箱とダイヤル錠を持ってきてやる」


「そうなると隠された暗号を探す旅に出る必要がある。ダイヤル番号は僕が隠しても良いでしょうか?」


「……ダメだと思うのだ。峰岸はわけの分からんところに隠すだろうし、俺は俺で番号なんて探さずに箱をこじ開けると思うのだ」


「ヒントを出すというに。丁度一カ月くらいで分かるかどうか極めて絶妙なヒントを出すというのに無理ですか?」


 正常に想像力が働いているなら、ミナコ主催のイベントに参加するべきじゃないことは分かる。


 難解な問題を出されたらまずもって考える気になどならないだろうし、そうでなかったとして一カ月も集中力が続くような素晴らしい問題が出来上がるように思えない。


 ダイヤル錠の番号をミナコが設定することになって陽太が諦めることになると俺まで半ば強制参加になってしまいそうだ。まあ、最悪四桁のダイヤル錠を総当たりすれば済む話ではあるわけだが……、苦労して探すような大した宝でもない。


「まずは例題です。下は大火事、上は大洪水、どーこだ?」


「お風呂っ!」


「ヒントは陽太が日常の中で立ち寄る場所です。どーこだ?」


「お風呂っ!」


「ああ、そしてな……。お前はナゾナゾが苦手、苦手?というか、相当に……、何だろうな。言葉が見つからないアレだったな」


 どうしてかミナコ関連の記憶というのがすっきりと整理されていて、こうした言動の一つ一つに紐付けされた思い出が俺の中に浮かび上がってくる。


 例えばミナコは、ナゾナゾを解くのが苦手な子だった。解くのが苦手であれば当然作るのも下手くそなものなんだろう。数式などは簡単そうに暗算できてしまうのに、子供向けのナゾナゾが解けないというのは、なんとも意外な、エピソードではあった。


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