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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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五話②



 夢を見ていて、目が覚めたと思っても、また何秒か目を瞑れば、夢の続きに戻れそうな、中途半端な覚醒状態だった。


 うっすらぼんやりと朝の光が部屋の中に届き始めていて、霞んだ視界で時計を探してみる。


「六時……、ギリギリだ。とはいえ、今日はどうだろうな、朝飯はパンでいいって……、いう。言ったし、うっ、……く」


 なんならもっとはっきりと『朝御飯はいらない』と断っておいた方が良かったかも知れない。全然眠気が抜けないし頭の連絡網が機能してくれない。体は布団から出れば冷たいままだろうし、膝のすぐ上にひくつくような妙な感覚がある。


 ……遊園地で筋肉痛になっている。


「だが、アンミとかも筋肉痛かも知れんのに、料理を作ってくれた可能性があったり……、するだろう、眠いな起きろ、俺……、起きて、はあ、確認をすれば良い」


 毛布に包まったまま体を起こし身を縮めながらベッドから出る。夜中に何度も目が覚めたんだろうなこの感じだと。


 あくびしながら震えて、やっとベッドから降り俺が部屋を出ようとした瞬間に目覚ましのアラームが鳴り始めた。放っておいても一分で止まるが、仕方なくまた数歩戻ってアラームを止める。


「おはようニャ、寝れたかニャ?」


「そういえば、そうだ。夜中に、……このままでは六時間睡眠すら危ういと思って、五時半のセットを六時に直した。が、結局その後も寝てたのか目を瞑ってただけなのかよく分からないままこの時間だ。時計を見る直前までは寝ていたんだろうが、多めに見積もっても六時間寝てないな。おはよう、ミーコ。お前こそ俺の早起きに付き合わされて迷惑だろう。すまんかったな。だが多分今後もこんな感じだ」


「私は昼間いくらでも寝てられるニャからそんな気を使わなくても良いニャ。文句あったら言うニャから」


「そうか。不満を溜め込まない内に打ち明けてくれ。俺の寝返りとかは大丈夫か?」


「寝返り気にするのにベッドの下で寝てるように思うかニャ?」


「まあただ他でほら、猫の寝場所というのはあんまりないし……、消去法で決めてるのなら、お前の安眠のために寝返りを少しばかり減らす努力をしても良いという話だ。実際できるかどうかは定かじゃないが」


「そんな無駄な努力しなくて良いニャ。私寝ようと思ったら外でも下でも寝れるのにあえてここで寝てるニャから、ここが気に入ってると思っててくれたら良いニャ。健介が気になるなら別の場所探すニャけど」


「そんなことはしないでくれ。なんなら一緒に布団に入って寝てくれ」


「考えとくニャ」


 もしも誰も階下にいなければ二度寝しよう。ミーコもまだ眠そうに丸まってるし、俺は十時の約束に寝過ごさないようにだけ気をつけていれば良い。目覚ましを再セットするなり、誰かに起こして貰えるように頼むなり、どうにでも工夫はできるだろう。この気だるさの解消を優先しても良いように思える。


「おはよう、ミーシー……。飯は、ないな、二度寝の準備をするか」


「おはよう。なら起きてこなくて良かったでしょう。せめて食べてから寝たら良いでしょう」


 台所をさっと確認して居間にいるミーシーへと朝の挨拶だけ済ませる。テレビの方を向きながら菓子パンをかじっていた。


 ミーシーにとっても朝食というよりおやつのような感覚なんだろう。わざわざご丁寧にテーブルでとこだわったりはしないようだ。はぐ、んくんくんぇっくん。飲み物も用意せず一個を食べ終えると両腕を伸ばして続いて体を丸めて髪を振り乱して首を回した。


「というかお出掛けでしょう。二度寝の準備してたら悪魔があなたを永遠の牢獄に閉じ込めるわ」


「脱出できなさそうな言い方だな。低血圧なんだろう俺は。寒いと眠いものだ。冬眠するクマの気持ちとかもよく分かる。元気っ子はそういう俺に文句を言ったり無茶な注文をするんだろうが、これは体がな、警告を出しているものでな……、頼むから寝てくれという、そういう警告で、俺はもうそれに従う他ない」


 俺の言葉に呆れてか、そもそも俺の返事など聞くつもりがまるでなかったのか、ミーシーは目を瞑って首を向こう側へと傾けてしまった。


「お前は疲れてたりしてないか?俺は下半身ぱんぱんだぞ。連れ回してたお前が平気なのは不公平だな」


「私のせいじゃないでしょう。というかあなたが悪いわけでしょう?」と、無視しているわけではないらしく拗ねたようにそっぽを向いたまま呟いた。


 普通であれば『あらなんて情けない』なんて一言に『そうだな』と返せば良い場面だ。別に俺もミーシーの責任を追及しようと考えているわけじゃない。自分のせいじゃないなんてわざわざ言葉にするということは、まさか責任を感じていたりするんだろうか。


「違うわ、アンミのせいよ。悪かったわ、あなたのせいではないわ。ただあなたの下半身ぱんぱんなのは、少なくとも私のせいだと言われても困るでしょう。そんな下半身ぱんぱんでこっち見ないでちょうだい。責任取れないわ。できれば近寄らないで欲しいわ。あと、下半身ぱんぱんな変な男が目の前にいると思うと少し居心地が悪いし私は二階に戻ることにするわ、ごめんなさいね」


「ちょっと……、待て。筋肉痛だ、ふとももだ。足の裏とふとももから股関節にかけて筋肉が張っているだけだ。普通そう言うだろう。おい、ちょっと待ってくれ」


 慌てて呼び止めたのに、まるで無理に会話を切り上げるかのようにミーシーは全く振り返る素振りもなく階段を上がっていってしまった。


 下半身がぱんぱんという表現は確かに誤解を生み得る、のか。俺の話題の振り方が悪かったのか、言葉の選び方が悪かったのか変質者のような避けられ方をした。


 連れ回されて疲れたなんて感想じゃないことを知っててくれたら良いが、無理に追い掛けて真意を問い質すような余計な真似もする必要はないか。


 正直、朝飯など食べる気もなかったが、テーブルには置き去りにされた菓子パンの袋があったし、僅かばかりとはいえミーシーとの短い会話が眠気を薄れさせた。特に感想もない味を喉に通して約束までの時間と現在時刻とで算数を繰り返し出発予定時刻を決めることにした。


 準備を含めてせいぜい三十分もあれば余裕だろう、が、今回は三十分前に到着して謝罪会見に備えておかなくてはならない。九時に家を出るか。


 普段なら流石に張り切り過ぎだと思われるだろうが、今回少なくともミナコより先に公園に到着を目指してそれなりの体裁を整えておくべきだ。ミナコが何分前に来るのかは分からんが、さすがに約束の時間よりも三十分も前に到着していれば、『仮にミナコが先に到着していたとしても』それなりに格好はつく。


 ……二度寝は、できる限り避けるべきだと俺の良心が告げている。


 ここでしくじったらお終いなんだから、何もこんな時に限って二度寝なんてすべきじゃない。確かにそうだ。俺の良心の言う通りだ。


 だが同時に悪魔の言い分ももっともで、どうせ電池が切れて眠ることになるんだから、時間のある今の内に寝ておくべきなのかも知れない。ぐだぐだと葛藤している間にも俺の電池は消耗されていって、気づいたらお昼なんて最悪の事態に陥るかも知れない。


 確かにそうだ。それくらいに俺は眠気を振り払えずにいる。せめてミーシーが話し相手を続けてくれていたら少しは充電できるように思われるが、ミーコはどうだ?何か余計に眠気が増しそうな気がしている。決してどちらも悪い意味じゃないんだが、眠気覚ましという意味ではミーシーの方が適材だった。


「……いや、もう寝るな。寝ちゃダメだ。そんな大惨事になりかねない冒険をするべきじゃない」


 できるだけ客観的に自らを言い聞かせる台詞を口から発することで、俺はそこそこの危機意識を持って今後の予定に備えられるようになる。


 眠いが……、もう寝ちゃダメなんだ。俺の隣に眠そうな俺がいたとして、俺ははっきりとそう告げる。『寝ちゃダメだ、何故そんな当たり前のことに気づけないんだ』と。


 なんとか首を鳴らしてみたり体をねじってみたりしている内にやがて頭のもやが少しだけ晴れていく。


 頭の中でラジオ体操を繰り広げて体の動く部分だけそれに追従させて、また大きくあくびを繰り返す。やる気ゼロの指揮者のように肘から先をぶらんぶらんさせて投げやりなラジオ体操を済ませて、ようやく上半身の神経感覚が嫌がりながらも戻ってきてくれた。


 もう上半身は大丈夫そうだったから腕はまた投げ出して、口を半開きのまま右足と首をガタガタ揺すり、全身の血行改善を促す。三秒に一回くらいこの動きをしていよう。見栄えは相当悪いだろうが、俺は無様にでも足掻いている。眠気に立ち向かっている。


 これは全身の血行を促すと共に、強く心理的な緊張感を生み出していた。どうだ、この動きを、誰かに見られていたらどうだ?挙げ句に気の利いたツッコミも用意されずに放置されたらどうだ。今まさにそうなっているのかも知れないんだ。だからどうか早く目を覚ましてくれ。


 一旦動きを止めて、確かに、……誰かに見られたらやだなと思った。


 そうこう俺が一時間かそこらぼうっと椅子に座っている間、アンミが下りてくることもミーシーが戻ってくることもなかった。


 おそらくゆっくり休養日なんだろう。立ち上がれるようになってぐるりと歩くと洗面所にはバラけたままの下着やらが一カ所に集めて置かれていた。とするとアンミはまだ就寝中で、洗濯物の片づけなどは朝の仕事で、ミーシーが最後に風呂に入ったんだろうななんて推測が立つ。


 洗濯カゴがあるのにそこに納められることもなく足で払って隅に寄せたような具合で洗濯物は取り残されていた。


 せめてカゴに入れるくらいはやった方が人道的なんだろうなと思うが、女子の下着というのは触れるどころかこうして凝視しているだけで、罪悪感が足音を立て始める。こうして脱ぎ散らかされているとさすがに色気の一つもあったものじゃないが、それでも確かな心理的抑止力がある。


 俺が洗濯カゴに入れるという親切を働いた後に紛失騒動が起これば俺が一番に疑われることになるだろう。アリバイがない俺に動機をでっちあげることなど容易い。俺がこの仕事を手伝わずに放ったままにするのは痴漢に間違われないために両手を挙げて電車に乗るのと同じくらい道理に適っているだろう。


 せめてもの良心として、いやあるいは保身のためにかそっと歯磨きセットだけ取り出して洗面所のドアを閉めた。あまり適当なことをしでかすと後々迷惑になりかねないような気もするしな。


 洗剤を入れ過ぎて洗濯すればぬるぬるするという苦情が出る可能性はあるし、洗濯が終わり次第取り出さなければ時間の経過とともにおそらく雑菌が繁殖し始める。俺の衣類とは分けて洗濯をしたがるかも知れないし、下着を触られるのをそもそも嫌がるかも知れない。


 担当者がアンミのような模範生で、それが比較対象である以上、俺は余計なことをすべきじゃない。洗濯物の量に合うように今更洗剤の注意書きなんかを読み込むつもりはないし、何十分も洗濯機の前でお知らせ音を待つつもりもない。


 まあ、今日はゆっくり寝させてあげて、その後で構わないことだ。安心感がある。


 歯磨きして歯磨きセットを元に戻してそれ以上は何をするでもなくテレビを点けたり消したりうろうろ動き回ってその後は自室に戻った。それでもまだなお、眠気が完全に抜けたりしない。一応、ちょっとマシにはなった。


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