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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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五話①



 俺は、色々なことを、思い出そうとしているようだった。


 思い出してそれを分類してとにかく、何がなんでも重要であろうものだけは掘り起こさなくてはならないような、そんな焦燥感に駆られていた。


 穴が深くなるにつれて、思い出したくないような苦い思い出が転がっていたり、思い出したくても何がどうしてそうなったのか、意味不明なぼやけたイメージばかりが並んでいたりもする。


 今現在に、繋がるまでのことを、ゆっくりと眺めるように思い出している。その大半は思い出す価値もないほとんどごみくずのようなものであるから、俺がこうして眺めていく記憶も割とスムーズに進行していくようではあった。


 そのごみくずに埋もれた一粒を拾い上げる時だけは、どうしてそれだけが大切なのかを考えてみなくてはならない。


 例えば、そうして光った一粒を拾い上げて、書棚に年代順で並ぶ背表紙を取り出して納める時、ああ、そうして、俺の人生は繋がっていたのか。


 ごみくずの内のいくらかがまたぼんやりと灯されて、それをまた拾う。


 結局のところそんなことを繰り返していたら、この土のような、このごみくずの全てを拾い集めて納めることになってしまうんじゃないだろうか。


 つらかった思い出などをわざわざ拾って見つめたくない。悲しかった思い出など掘り起こして記録をつけたくはない。何もこれはパズルのピースのように全てがかみ合うものでもないんだから、ちょっとやそこら抜け落ちていたって構わないはずだろう。


 ただし、そんなズルをすれば、今度は大切だったはずの思い出まで色あせてしまいそうだった。そもそもガラクタを選り分けてまで探していなければ、俺は落丁したままの記憶を完全なものだと錯覚する。


 目に留まるものを掬って、パラパラと指の隙間から零れた後に残るのが、俺の心の一欠片にして、俺の人生を組み上げるための部品には違いなかった。


 これで完成だと、言い張っても良い。


 別に俺はこんな作業を好き好んでやってるわけじゃないんだから、『できた』と言い張って『もう他はいらない』と言えば良い。


 どうしてその方法でこれを終えられないのか。


 また次へ……。

 また、次へ……。


 古い記憶などは大抵欠片すら見つからなくて、でも、どこかにはあるはずだと、俺が一番よく分かっている。


 二十年というと途方もないようでありながら、俺の作っているこれは、まだほとんどすかすかだ。まるで足りない。俺が俺であるために必要な部品がまるで整えられていない。


 これじゃあダメだ。ああ、だって、一番大きなものを、一番大切だったものを、わざわざ拾わずに避けている。でももう疲れたんだと、続きはいつでもできるだろうと、誰にともなく呟いて、またこうして小さな欠片を探し始める。


『楽しかった』

『腹が立った』

『誇らしかった』

『惨めだった』


 ……。


 バランスを取るように交互に、交互に連続して、ようやく色のついた真新しい本を手に取った。


 それは、せいぜい半年かそこらしか遡らないようなものだ。俺の記憶力というのは多分だが、あんまり出来が良くない。


 だから、そんなに昔のこととかを鮮明には覚えてたりしなかったようだ。


 まあ、浅い地層の真新しい部品というのの方が、俺自身にとっては重要なもののように思える。さすがにそれには反論はないだろう。それをじっくりと眺めることに、特にこれといって文句もないようだった。


 ミナコ……、と、名乗ったんだった。峰岸ミナコ、と。



 確か……、その時の講義は『トーテムポールがどうだとか』そういう……、生きている内に何かの気の迷いで一回建てるかどうかも分からん実用性の欠片もない内容で、そんな話を延々聞かされている途中で俺の意識は途絶えた。


 チャイムに起こされてああ、これはダメだベッドに潜ろうと思ってふらふらになりながら家に帰ってそのまま眠った。きっとほんの少しの時間は気持ちよく眠れたはずなんだが、その後にはっと目が覚めて、俺はまた慌てて大学へと向かうことになる。


 忘れ物を……、したんだったか。


 そうだ、俺は忘れ物を取りに慌てて講義室まで戻った。ちょうど昼食時だったからだろう、途中すれ違う人などもなく、講義室の裏口を開けた時に至ってもそこではしんと静かな空気が流れていた。俺がドアを閉めたバタンという大きな音が消え去ってからはそれこそ全く無音のように感じられた。


 ただし、俺はその場で数秒か、下手をすると十数秒立ち止まらなければならなかった。


 俺が視線を走らせた先に広がっている光景に、……普段の教室と間違い探しをした結果、一つおかしな部分を見つけたからだ。


 数時間前トーテムポール話を聞かされていた間俺が座っていたであろう場所に、読書中らしき金髪女子が腰掛けている。ぽつんと、おそらくピンポイントで、俺が座っていた席に。


 もしかすると、俺と同じようにその席を気に入っている人間なのかも知れないし、ただ単に結構な確率をクリアして最後列というわけでもない中途半端な席に腰掛けただけなのかも知れない。


 普段朝方なんかは東側の席は日当たりがいいし、プロジェクターのスクリーンが天井から垂れてくるとそこは教壇側から死角になる。おそらく板書が見えづらいからと熱心な学生には敬遠されていただろうが、まあプロジェクターを使う時なんかは大体板書など見る必要がないし、電気は消えるし、眠っていても咎められる心配がないあの席を、俺は気に入っていた。少なくともあの辺りが、俺の優先指定座席だった。


 俺のお気に入りの席に浅く腰掛けていた女の子も扉の音と俺がわざとらしく立てた物音とでこちらには気づいてくれたが、何かそこでしっかりと言葉を交わした覚えがない。


 俺は、どうしたんだったか。


 忘れ物をしたから探させてくれと、すぐには言い出せなかったような気がする。しばらくしてから「何をしているんだ?」とか、そんなことを聞いたような気がする。


 たった一人で、誰もいない講義室で、分厚い本をパタパタ羽ばたかせていたあいつに……、どんなふうに声を掛けたんだったろう。


 第一印象は、紛れもなく変人だった。変人が、俺の席を陣取っている。俺は忘れ物を探したいのに、変人がいて、分厚い本を羽ばたかせながら俺を威嚇している。


 しかもそうだ。金髪だった。だから当時の俺のイメージでは少しヤンチャな女学生か、外国人かで、どちらにせよ交渉の難しい相手になる可能性を見積もっていた。


 だから声を掛けるにあたって慎重に相手の出方を窺っていたし、そのために余分な話もしただろう。


 結論としてヤンチャな女学生でもなければ日本語が通じない外国人というのでもなかった。単に少し変な奴だというだけで、割と協力的に俺の探し物を手伝ってくれるような素振りまで見せた。


 だがどうしてか、その先が黒ずんでいて、はっきりとした光景が浮かばない。


 何故か自己紹介をすることになって、ミナコは自分は代々医者の家系で賢い人間だと自慢してきた。そんなことをぼんやりと覚えている。その後何故か俺がが数学か物理の難問に挑戦させられるハメになったことも覚えている。


 忘れ物をしたからだったろうか。忘れ物をする人間は賢いミナコと比べて相当馬鹿ですというようなことを言われたのかも分からん。


 俺は律儀なことに席に腰掛けてそれに付き合ってやろうとはしたものの、『答えは分かるか』というようなことをわざわざ言われる前からもう書き足されていく数式の中に全然分かりそうな要素が見つけられなくて、最後ミナコが指さした問題はぱっと見ただけで「分からん」と即答して家に帰った。


 割と素っ気なく返事をした。適当に相槌だけ打って「分からん」と即答して家に帰った。


 …………。


 だとすると俺は結局、忘れ物とやらはどうしたんだ。無事見つけられたんだろうか。その後困ったような思い出もないから見つかったようにも思えるし、あの場面で何かを見つけていたらそれを覚えていないなんてことはないような気もする。


 何はともあれ、忘れ物だのトーテムポールだのが重要なわけじゃなく、俺はこうして初めてミナコと出会った。


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