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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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四話⑬


「ちょっと疲れてるみたいだとは思うニャ」


「……くそぅ、握手して貰えば良かった」


「大丈夫かニャ、健介」


「大丈夫じゃない。阿呆なことを言ってるだろう。だがなんだ。お前ならどうしてか、分かってくれる気がするんだ。悪霊が出たとか言い出してもお前は付き合ってくれるだろう。挙げ句それが美人だと分かるとすぐに手のひらを返すような、……ひどい奴だが。そんな奴の話を聞いてくれる。俺は多分今ちょっと冷静じゃないが……、お前が俺のやり場のない気持ちを受け止めてくれるから、言葉にしてみてな、ようやく馬鹿なことを言ってるなと分かる。でも、美人だったんだ。ああ、悪霊じゃなかった」


「まあ役に立てたなら良かったニャ。私も健介の話聞きたいから、いつでもどんな話でもしてくれると良いニャ」


「…………。未来から来た猫型ロボットが人間の世話をしてくれるアニメ作品があるんだ。俺はのび太君よりよほど厄介かも知れんな。馬鹿なことを言い出したら指摘してくれると助かる。お前がもしロボットで単三電池とかで電圧不足にならずに動いてくれるんだったら、世界中で大人気商品になるんだろうな」


「ご飯で動くニャ。値段的なこと考えると燃費はちょっと悪いかも知れないニャ」


「まあ肉食動物はな。燃費など気にするな。なんなら飼い猫は多少デブの方が健康的で愛嬌があるかも知れない。毛でカモフラージュされてるだけで実際見た目より痩せてるだろう、お前も」


「今よっぽど野良でもがりがりの猫とか見掛けたことないニャし、どこかしらでは多分餌貰ってると思うニャ。飼い猫はどんなか知らないニャけど、食べたいように食べて寝たい時に寝て、適当に動いててこんなくらいが標準体型ニャ、私基準では。好みがあるなら一応聞くニャけど、変に期待されてもその通りになるとは限らないニャ」


「体型にケチつけてるわけじゃないけどな。お前に愛嬌がないと言いたかったわけでもない。好きなように食って寝てそれならまあそのままでも良い。猫の健康というのは、……普通猫は喋ったりなんてしないから、毛艶とか腹の膨らみくらいでしか判断がつかない。飼い猫はまあもうちょっと、糞便でヒントがあったりするかも分からんが、ともかく、なんか見た目で膨らんでると安心するものだ。健康でいてくれたら良い」


「特に心配されるようなとこもないニャ」


「何よりだな。お前も不調があれば遠慮なく言ってくれ。そこそこには良い医者を見繕ってやろう」


「今のところは気持ちだけ貰っておくニャ」


 今のところは確かに、見た目も不健康そうだったりはしない。良くも悪くも猫らしく生活しているとはいえる。


 その内、……そうだな。俺が大学を卒業して社会人になったら、ペット保険にも加入しよう。健康診断も本来なら受けさせるべきなんだが、それに関してはしばらく保留で俺が問診することにしておくとして、……近い内に予防接種くらいは考えておかないとならない。


 それもタイミングを見ておいおいにはなりそうだ。いずれにせよ、折角喋る猫なんだから、機会を待って、話し合って、本人の同意が得られる形で進めたいとは思っている。


「女神にもう一度会えんかな……。ミーコ腹を触診させてくれ。夢の中の出来事を写真に収められる便利道具の入ったポケットはないか?」


「女の子にそんなこと言ったらちょっと気味悪がられると思うから気をつけた方が良いニャ」


「まあ、人間にはそんなことは言わない」


 一応、俺の言う通りにミーコはころんと転がって、腕を伸ばして万歳のポーズを取った。呼吸はいまいち分からんが、肉付きはやはり俺にとっても標準体型か少しやせ型かといったところだ。軽く肋骨の感触が分かるところから辿って、腹はちゃんと腹直筋の固さがある。


 こりこりと腹をつまむようにして揺すると「ニャー」と猫っぽい声が聞こえた。皮下脂肪はあんまりない。猫の毛皮風寝具などあれば人気商品になりそうなものだが、どうしてその手の商品が開発されないのかと不思議に思うほど、もふもふしていて触り心地は良かった。猫の体温あってこそなのかも知れないが。


「ニャー」


「……なんかあれだな。喋る猫相手だと変に気まずいな。乳首なんかを妙に意識してしまうな」


「そういうこと言うからニャ。そんなこと言い出したら私は常に全裸でいることになるニャけど」


「でも分かるだろう、俺の言いたいことも。お前がオスでもちょっとなんか気まずいだろう。人間の男同士でもマッサージし合ってたらちょっとなんか変な気分にはなる」


「ああぁ、極楽、ニャー」


「ああ良いな、そういうおっさんっぽいリアクションしてくれると何の疚しさもなく施術できる」


 大腿筋と大臀筋の間くらいを片方ずつ揺らして掴みほぐし、腰椎に沿って軽く爪でこするようにさわさわと肉を持ち上げる。肩甲骨の際に沿って軽く指を押し込み脇の下へ手を這わせ、続けて咽頭を避けるようにして喉をさする。


 ついでに顔の横の肉から首までをつまんで揉んで、リンパの流れを良くしてみた。実際に良くなったかどうかは知らん。猫がどういう感想を持つかはともかく、俺がやられたら気持ちよいだろうなというマッサージコースをミーコで実践してみた。


 特段文句はなさそうで、「ニャー」としか言わなかった。耳の裏をカリカリと擦って、なんかしらのツボがありそうなおでこの辺りを人差し指で突ついてみる。首の裏の皮をぐにぐにと揉んで、首の筋肉も揉んで、それでもあまりに無抵抗だから、前足後ろ足の肉球と爪の具合も観察してみる。


 元野良だった事情もあって後ろ足こそ爪は丸く削れているが、前足の爪は鋭く尖ったままだ。なるほど。お利口な猫だな。全く暴れる様子がない。じゃあ次は歯も見ておこう。唇を指で押し上げて牙の状態を観察する。まあ、見てもよく分からんな。とりあえず虫歯とかではない。


「途中までは良かったけど、猫によっては多分噛むニャ」


「大丈夫だ。大抵の猫は意外と加減して噛んでくれる。そして我が家の猫はとても利口で噛むことなんてまずない」


「歯が見たいのかニャ?」


「いや、まあいいぞ。どうせ見てもよく分からんしな」


 また後ろ足に戻ってもう一周同じようにマッサージを繰り返して、そうこうしている間に結構床やら袖やらに抜け毛がくっついた。


「健介……、私が何も文句言わないと思って、ちょっと今良からぬこと考えてたニャ?」


「ん?何がだ?」


「思ってないなら良いニャけど、床を掃除する前にそのまま私にコロコロすれば良いとか思ってそうだったニャ」


「いや、さすがに……、そんなつもりはなかったが。……まあ言われると確かに、粘着力が弱まった頃合いならやっても良いかなと思ったかも知れない」


「嫌ニャそれは。掃除機で私を吸うのとかも嫌ニャ。弱なら良いとか思ってそうニャ」


「分かった。嫌がるならやらない」


 先に嫌だと言われてなければ、ひらめいちゃってやってみてたかも分からん。


「ハンディタイプの、吸引力が弱そうなのとかでもダメか?」


「ダメかと言われるとダメとは言いづらいニャけど、とりあえずまず私で試そうとするのはやめて欲しいニャ。健介自分でまず実験して安全そうなら良いニャけど」


「なるほど。いざやられる立場になると未知への恐怖というのがよく分かるな。今度見掛けたら購入を検討しておこう。お前に使えなかったとしても掃除機として使うこともできるしな」


 俺がミーコと抜け毛問題を協議している最中、ドアが小さくノックされて、「ご飯よ」と、ミーシーの声が聞こえた。


 「ああ」と返事をしておくが、俺の返事を待つ間もなく階段を下りる足音が続いて、そのまま静かになる。ざっと袖口と床にコロコロを転がして掃除を済ませ立ち上がりミーコの方へとまた目線を送った。


「飯だそうだ。一応二人と合流する前に一つ約束して欲しいんだが、俺が悪霊だなんだと騒いでいたことと、お前の腹をさすって遊んでいたことはちょっと秘密にしてくれないか?」


「わざわざ言わなくてもそんなこと話題になったりしないニャ」


 ミーコの後についてドアを押し開け、階段を下りた。既に着席しているミーシーの姿はすぐに目に入ったが、一周ぐるりと居間まで見ても今まで食事当番をしてくれていたはずのアンミの姿がない。


 シンクには調理具が水に浸されて残してある。俺のいつも座っている席と、ミーシーの席とに食事が用意されていて、振り返るとミーコの分の食事も見つけられた。ただアンミの分が用意されていない。


「アンミはどうしたんだ?」


「アンミは食欲ないそうよ。片づけはしてくれるらしいわ」


「食欲がない?上で休んでるのか?」


「そうでしょうね」と、両目を閉じたままつまらなそうに返事をする。箸は既に持っていて「いただいてます」と後付けの食事挨拶を口にした。アンミはダウンか。昼頃までは元気にしてたわけだが、体力を使い果たしてしまったのかも知れん。


 多分一晩も休めば回復するだろうとは思うが、こうなると当初想定していた『遊園地楽しかったね』なんて話題は夕食中には出てこなさそうだ。俺が寝ている間にどんな乗り物に乗ったのかとか、そんな話を聞きながら食事でもできたらと思っていたが、ミーシー一人相手だとどうもそれらしく話を繋げられる自信が出てこない。


「食欲なくて疲れてても飯は作ってくれて片づけもすると言ってるのか?さすがに片づけくらいは俺でもできるから休んでて構わないってアンミに言っといてくれ」


「片づけもあんまり、……片づけしたがらないわね。珍しい。じゃあ任せたわ。スポンジと食器用の洗剤使うのよ?ぺろぺろ舐めて見た目綺麗にしても不衛生だし、シャツとかで拭うと今度洗濯が大変になるわ」


「俺はな、こう見えても飲食店のアルバイト店員でもある。皿洗いなどできて当然だと思われてしかるべき人間だ」


「そう。任せるわと言っているでしょう。念のため注意しただけよ。立ってないでどうぞ」


 ミーシーは箸を持ち直し一度会話で中断した食事に戻り、俺もそれを眺めながら椅子を引いて手を合わせる。ちらりとミーコの方を確認するともう既にモグモグと顎を動かしていた。


 ミーシーはサラダを注文していたが、それ以外にもきちんとおかずが用意されていて、これはアンミが途中でギブアップしてなのか、それとも単にお好みでということなのか、俺とミーシーの対角線上の中央に調味料やらドレッシングというのが並べられていた。


 ドレッシングを一つ選んでサラダに垂らして、また中央へ置く。多分野菜などの切り揃え方が上手いんだろうな。シャキシャキと歯ごたえがあって、それでいてドレッシングの味が浸透するように薄く細く均等に刻まれている。キャベツの千切りなどどのようにやっているのか眺めていても楽しかったかも知れない。


 果たして俺の家の包丁バリエーションの少なさでこう上手く切り刻めるもんなんだろうか。そのスピードというのは俺と比較してどんなもんなんだろう。テレビで見る料理人などは単にまな板を叩いてるだけなんじゃないかと思うくらいの速度で野菜を切り刻んでいたりする。


 俺などはザックンザックン一切れずつを作り上げていくことしかできない。ザックンザックンと、カカカカカでは、アンミはどっち寄りになるのか。まあ、おっとりした性格ではあるし、急いで作る必要などもないわけだから、プロのような包丁捌きというのはちょっと想像しづらいが、慣れというのがどの程度人を上達させるものなのかは興味があった。


 なんとなくキャベツを一つ箸でつまんで、もう一つを箸でつまんで、……並べてみると、太さに差があるようには思えない。なんなんだろうこれは。こだわりなんだろうか。続けて肉も口に運んでみる。ああ、美味しい。遠出をした後の肉というのはその油が体に染み込んでいくような味わいがある。


「うん、美味いな。ご飯に良く合う。俺が一人暮らししてた時なんかはとりあえず味が濃ければ何でも良いというくらいで料理してたから、こういう肉の味がちゃんと残ったものを作れたりしなかった」


「でも、その頃のも恋しかったりするんでしょう。ほらどうぞ」


 いや、……どうだろう、確かに。濃い味が好みなのは変わってたりしないかも知れない。ミーシーはトウガラシとコショウの入れ物をこちらの手元まで転がしてくれた。ミーシーが俺の要求を見越してのことなのか、最初からアンミはトウガラシをまぶして食べることを前提に作っていたのか、アンミ不在では確認しづらい。


 作って貰った料理に対して調味料を馬鹿振りするのはあまり行儀が良くないはずだ。ミーシーはそのままトウガラシなどトッピングせずに食べているし、……アンミがいなくてついぽろりと出た、料理に対するいちゃもんと曲解して告げ口されたりするかも知れない。


「ああ、ありがとう。アンミはなんか言ってたか?その、トウガラシ使って食べるだとか、そういうことを」


「トウガラシでもコショウでも振って、辛かったら野菜シャリシャリ食べれば良いでしょう。そういう用にドレッシング掛かってなかったでしょう。とんでもないことしなければどんな食べ方してても別に注意しないわ」


「まあ、良いか。一応、そうだな。こういう下手なことをしても均衡が崩れなさそうな料理は色々足してみたくなる。良いな、トウガラシもだがコショウも。米も美味い」


 俺が喋っている間、ミーシーはひたすら無表情のままパクパクと食事を続けていた。『そうだね、美味しいね』くらいのことは言っても良さそうなものだが、この状況ではあんまり料理ばかりを誉めるのもトゲがあったりするかも分からんな。


 体調不良のアンミを、手伝っていなさそうなミーシー相手に、料理の話題ばかりはあまり良くない。かといって、他といえば当然遊園地の話題になるが、こう無表情で、楽しそうにしていた時との落差があると、遊園地の感想を問うのは難しいように思った。


 あれが楽しかっただろう、これが楽しかっただろうと、押しつけがましく感情にテコ入れするような形になってしまう。なんともいえない空気だ。アンミを引き回し過ぎたことをちょっと後悔しているということかも分からん。


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