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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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四話⑩


「平日はこんな感じなんだろうな。結局混雑したりしなかった。粘れば二周とか三周とかいけるかも分からんな」


「飽きるでしょう。飽きたらつまらないでしょう。つまらなかったら疲れるでしょう。楽しい内に惜しみながら帰った方が良いわ、きっと。そういうもんでしょう。私はもう飽きたわ。最初は楽しかったけど」


「もう飽きたのか。お前を楽しませるのも大変なことだな。俺もまあ、寝てたとはいえ、十分堪能したかな」


「ねぇ、健介。遊園地のチケットっていくら?どこで売ってる?」


 遊園地というのは思っていたよりも遅くまで営業しているようだが、晩御飯のことなども考えなくてはならないみたいだった。今から帰れば六時かそのくらいには自宅に着くことになる。


 帰りのバスを待つ間、アンミは若干後ろめたそうにこちらを窺って、遊園地のチケットのことを尋ねるくらいであるから、……もしかすると少し、先程まではそんなふうには感じなかったが遊び足りなかったのかも知れない。それならそれで遊園地を出る前に言ってくれたら良かったが、今更引き返すこともできない。


「何か乗りたいものでも思い出したか?」


「……え?ううん。次に来た時の分。昨日行った店とかで売ってる?」


「売って、ないんじゃないのか?ミーシー分かるか。次回の買い物の時に聞いた予知でもいいし、俺に無理やり無駄な買い物をさせたついでに聞いてこさせた予知でも構わんが」


「さあ?家帰ってから聞いてちょうだい。というか、明日聞いてちょうだい」


「予知は閉店中か。多分、スーパーでは売ってないと思う。コンビニとかで買えるだろうし、なんなら、当日入園券を遊園地のチケット売り場で買ったら良い。ちゃんと見てないが、確か大人一人五千円だ」


「へぇ。ちょっと高い。買えなさそう」


「出して貰いなさいな。一人で行くにしても」


「まあ行くならお前も連れてってやる。俺も入る。そうそう頻繁じゃなければ俺が出してやる。そうそう、頻繁じゃなければな」


 三人で一万五千円というとそこそこには高額な出費とはいえ、それくらいはなんとか惜しくないと思える楽しい一日だった。そう頻繁に同じ遊園地に出掛けるのも飽きるだろうが、一月に一度かその程度なら、何かしらのイベントということで捻出できない額ではない。


 たまにはそういうのが必要だったりするだろう。到着したバスの、またしても最後部に乗り込み、そうするのが普通なのか、やはり二人ともバスに乗っている間は静かに黙っているようだった。アンミは目を閉じて眠る体勢だし、ミーシーは目は開けているものの、口を開ける様子はない。


 俺もとりあえずそれに倣うようにして黙ったまままた一時間程度を過ごすことにした。ついでにこのタイミングで眠れるのなら、仮眠をしても良いように思った。が、目を瞑っただけで特に眠気に襲われることもないまま、時間が過ぎていく。


 結局駅に到着するまで当然のように誰も口を開かなかった。俺が知らなかっただけでどうやらそういうマナーらしきものがあるらしい。加えて相変わらず俺にはバス運というのはないようで、降りる時に礼を言っても運転手は挨拶を返したりはしなかった。


 そうなるとまあバスという乗り物への愛着も薄らいでいくわけだが、そこでタイミングよくミーシーが「家の近くまでタクシーで移動しましょうか」と言った。


「ああ、どちらでも……」


「じゃあタクシー乗り場の方へ行きましょう」


 バス時刻の加減もあっただろうし、なんなら三人相乗りでならバス乗車賃とタクシー料金とで大差ないものかも知れない。その辺りはもうお任せで言われた通り三人でタクシー乗り場の方へと向かって歩いた。


 乗り場で停車中のタクシーにミーシーとアンミが乗り込み、俺も運転手の人へ合図をして助手席を開けて貰う。運転手の人は俺と後部座席とをきょろきょろ振り返りながら「どちらまでですかね?」と聞いた。


「ええと安八の」


「とりあえず道順教えてあげてちょうだい」


「ああ、そうか。じゃあ、安八方面へ向かって貰って良いですか」


「はいい」


と、なんとも妙なテンションで返事をされた。運転手はひたすら瞬きを繰り返して、後続車の確認をしているのか、あるいは車内の二人を確認しているのか定かじゃないが、一秒に二回ずつくらいバックミラーを確認するような動きをしていた。


 安全確認のし過ぎで事故を起こさないか心配にさせられる。とはいえ、駅からたかだか十分やそこらで普段よく見る場所へ出た。タクシーもバスと同じような乗車マナーが必要なのかよく分からないが、とにかく後ろの二人は話していたりはしなかったから、俺もたまにちらりと運転手の動きを確認するくらいで、あとは外の風景を眺めながら、家の大体の方角を思い浮かべて指示が必要な場面を待っている。


 運転手の方は首をやたら左右に動かす癖こそ妙ではあったものの、道順についてはしっかりと把握しているようで、ほとんど俺に方角を確認することなく運転を続けていた。


 やはりバスより便利だな。バスは停留所経由だから最短距離じゃないだろうし、町営のバスへ乗り継ぎがちゃんとできるのかは怪しい。


「ああ、じゃあ、ここを左でお願いします」


「そして、じゃあ、もう次の交差点で降ろしてちょうだい」


「はいい、ええと、はい。そうですかあ。じゃじゃあ、次の交差点でえ」


「ん、……ああ」


 タクシーの運転手も後ろからの急な指示に少し戸惑っているようだったし、俺も何故そこで停まることになるのかはよく分からなかった。どうせもう近くまで着いているわけなんだから、途中停車せず家まで乗せて貰えば良いだろうにと思っていた。


 が、まあもしかするとミーシーは、料金の支払いを気にしたのかも知れない。タクシーが停車して「じゃあ二千円になります」と言われた。言われた通りちょうど二千円を支払って降りる。


「じゃあここからは歩いて帰りましょう。運動がてら」


 単に二千円できりが良いというだけのようにも思われるが、これ以上掛かるとバスの方が安いとか文句が出ることを気にしたんだろうか。これがミーシーなりの、バス待ちよりは早くて、安上がりな移動方法なのかも知れない。


 変な移動にはなっているが、家に辿り着けるなら特に口を挟む必要もないだろう。加えてバスよりも幾分雰囲気がマシなようには感じていた。


「ありがとうございしたー」


「ああ、ありがとうございました」


 静かに暗くなっていく家路を三人で歩いた。強い疲労感があるわけでもないのに、妙に膝先の力が抜けやすかった。片足を上げて体を沈ませるとかくんと膝が曲がりそうになる。知らず知らず乗り物なんかに搭乗して踏ん張っていたせいなのかも知れない。もしかすると明日は筋肉痛になるかも知れん。


「もしかして疲れてるか?タクシー代とかケチらなくても良いんだぞ」


「まあ別に、どうせあなたが出すものをケチってるわけじゃないわ。運動がてら歩きましょう。健康にも良いでしょう」


「アンミも疲れてるだろう」


「え?ううん。私は大丈夫。健介疲れてる?」


「俺は、……どうだ。ちょっと疲れてるのかも分からんな。いや、お前ら二人が疲れてそうに見えるんだが」


「私もアンミも平気よ。しゃきしゃき歩きなさい」


 平気と言われてしまえばそれまでだ。長距離歩くわけでもないから言われた通りさっさと家に帰って休むのが正解なんだろう。もう帰るばかりであるから、一応先頭を歩いて自宅へ向かうことにした。


 ただ、大丈夫だとか平気だとか聞いた割に、後ろを歩く二人にも疲れはありそうだった。というのもここの段に至ってさえもまだおしゃべりをする気にはならないようで、二人揃って黙って静かに歩いている。


 下手をするとケンカでもしたんじゃないかと思えるほどに黙ったまま、しかも少しばかり距離を取って歩いている。その場では俺も口を挟むことを諦めて、ただ前を向いて歩くことにした。


 玄関を開け三人で台所まで進むとミーコが机の上で忙しそうにおやつを食べていて、時折こちらをちらりちらりと振り返った。


「早かったニャ。もっと遅くて夕御飯ないと思ってたニャ」


「まああれだ。お前のことも心配になってな。腹を空かせているかも知れんと思って早めに帰ってきた」


「パッサパサになってるでしょう、おやつ用だったのよ。もう晩御飯まで待ちなさい。美味しいわけないでしょう」


「ん?」「は?」


 ほぼ俺とミーシーが同時にミーコに声を掛けたものだから、俺が振り返って、ミーシーが顔を持ち上げて、何か……、二人で向き合う形になった。ミーシーは気だるそうにしている。


 ミーコはどちらに反応して良いのか分からずちょっと止まってからまたムシャムシャと食事を再開した。


「まったく。言うこと聞かない猫ね」


 ぶつくさ言いながら居間へと歩いていき、ソファへとドスンと腰を下ろし首を後ろへのけ反らせる。ミーシーは、俺が寝てる間も飽きる程遊び尽くしていていたわけだから、その分余計に体力は使っているだろう。


 どんなコース巡りになったのかは聞いてみないと分からないが、それこそ俺は、寝てて正解だったのかも知れない。おそらくアンミもそれについていたからか、スタミナ切れを感じさせるような表情を浮かべている。


「ごちそうさまニャ。夕飯までまた寝てくるニャ」


「あ、ミーコ。晩御飯すぐ作るよ?」


 俺の横をするりと抜けてミーコは階段を駆け上がっていく。おやつおやすみ晩御飯睡眠なのか。人の生活リズムに口を出していた割に自由なスケジュールをしてる。まあ、大概猫などそんなもんか。


「私も晩御飯まで寝てるわ。晩御飯遅くても良いし、アンミも一回休みなさい。あと、野菜食べたいわ」


「あ、うん。そうする。そしたら、七時?くらいとかで良い?健介も?」


「俺は何時でも」


「七時半くらいで良いわ。おやすみ」


「おやすみ、ミーシー。じゃあ、私もちょっと上で座ってる。お腹空いたら言って?」


「ああ、分かった」と返事をして二人を見送り、ミーシーの代わりに居間のソファへと腰掛ける。


 充実した一日だった。ソファから足を投げ出すとより疲労感が覆い被さってくる。ミーシーがやっていたように首をぐでんと後ろへ倒して天井を眺めてみる。首を起こして体を回してゴリゴリと骨を鳴らしてテレビを点けてみた。


 夕方のニュースを眺めてみたり、子供向けの番組を眺めてみたり、五分も待たずにCMに差しかかる度にチャンネルを切り換えてとりあえずバラエティ番組に落ち着いた。体を伸ばして一つあくびをする。


 テレビ番組への感想なども特にないまま、アンミとミーシーのことをぼんやりと考えていた。今日のこと、昨日のこと、一昨日のこと、出会った日のこと。順に遡っていくつもりだったのに、やはり今日一日の、朝からのことが鮮明に思い浮かんでいる。


 それは遊園地に行って楽しかったですという宿題の絵日記のような投げやりなものじゃなく、自分が何を見て、どう感じて、どう行動したのか、その全てが、不思議なほどに鮮明に思い浮かべられた。


 アンミとミーシーが何を言ったのかさえ、少なくとも意味は間違えたりせず、言い当てることができそうだ。朝食を食べた時のことも、昼食を持たされた時のことも、遊園地に着いてどの乗り物に乗ったかすらも、全部覚えている。


 こうして記憶を辿ってみると、俺は、楽しんでいたことに関してのみは、そこそこには物覚えが良いらしい。


 テレビの音など聞かず物思いに耽って乗り物を指折り数えている最中、台所から電話の音が鳴り響き始めた。ちょっと驚いて頭を持ち上げテレビだけ消して受話器を取りにいく。


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