一話⑤
「そうだ。……空き部屋は一応あるんだが、掃除をしなくちゃならんと思うし、ひとまずは俺の部屋で寝ることにしてくれないか。俺は下で寝ることにするから。二人でな、ちょっと寝るには狭いかも知れんが。どうする?下で布団敷いても良いが」
客人にはベッドをというよりは、少しの間だけでも二人まとめて見えないところに押し込めてしまいたいという気持ちがあった。仏間というとちょっと嫌がるかも知れんし、かといって他の部屋はほこりが積もっている。
なんとか文句の出ない場所を消去法で探すと、結局俺の部屋が候補に残る。それでも多分、家の中心に陣取られるよりは随分気持ちが楽だろう。逆に俺が自分の部屋に引きこもって一人気分を味わうという方法もあるが、……なにぶん一人が好きな俺などは、出られなくなりかねない。それはそれで困る。
「じゃあとりあえずは二人であなたの部屋借りるわ」
「そうしてくれ」
「お湯残しておいてちょうだい。私もアンミもお風呂入るわ」
「ああ、そうだったな」
俺の行動も予測されていたのか、風呂場に向かう前に注意を受けた。言われなければ何も考えずに普通にお湯張って、出る時に栓抜いたかも知れん。同居人ができたというのもちゃんと頭の片隅に置いとかないと不都合が出る可能性はあるな。
どうやら洗面所も下見が済まされているようだ。というより、俺がもしも先に洗面所の様子を確認していたら、ここに住みたいと言い出す可能性に至ったかも知れん。洗面台の横にコップが一つ置かれていて、その中に二本歯ブラシが差し込まれている。他にも色々持ち込んでたりするんだろうか。タンスの中身も入れ替わってたりはするかも分からん。とりあえず見える範囲の違和感はそのコップくらいだが。
あと、なぜか洗面所の窓が開けられている。
「なんで開けたんだろう?」
窓から顔を出してちょっと見回してはみたが明るい範囲では何かが変わったというのは見つけられない。とりありず窓を閉めておいた。そして、服を脱いで浴室へ入ったわけだが、……ああ、ありがたいのはありがたいんだが、一々変な気分にはさせられる。風呂はもう沸かしてくれていたようだ。本当に元より、ここで過ごすつもりでいたんだな。衝動的に思いつきで言い出したわけじゃなく、俺が寝ている間にもう確固として決められていたことなのか。思えば料理もそういうつもりだったのかも知れん。こうなるとお風呂のお湯を残してといてなんて忠告はいらなかった。
「…………。まあ、あんまり深く考えても仕方ない。一旦は保留ということにしておいて、……陽太に連絡を」
陽太への連絡を最優先に据えよう。これもまた解決されない問題ではあろうが、せめて何かしらは話しておかなきゃならん。それが終われば……、居間に布団敷いて寝よう。シャワーを頭から被りながら、首をうなだれて、陽太へ掛けるべき言葉を考える。
でも……、まあ……、悲しむなら一緒に悲しめば良いか。黙り込むなら黙り込んでも良いだろう。意味するところが伝わらないことなんてない。この一件に限っては俺も陽太も同じ気持ちを抱いているのは間違いないし、取り繕った言葉があったところで、どうせ綺麗にまとまりはしない。湯船に浸かって気持ちをできるだけは落ち着けて、あんまりずるずると引きずりたくもないからすぐに風呂を出ることにした。
「ああ……、なんだろう。本当に戸惑うな、これは。わざわざ畳み直してくれたのか。そこまでしなくて良いだろうに……」
タオルもそうだが、俺の服も綺麗に畳んでタンスに収められていた。もし追い出してたら……、これを俺は後になって発見することになってたのか。多分罪悪感でうなされたろうな。ちょっと気持ち悪いといえば気持ち悪い。
歯だけ磨いて洗面所を出て固定電話の前に立ったがよく考えると電話番号がちょっと怪しかった。候補は思いつくんだが、最終的にどっちの番号かは確信がないな、陽太の場合。ということで部屋に戻って引き出しを漁って連絡先表を探した。捨ててなくて良かったし、見つかる場所にあって良かった。なかったら陽太の家まで出向くことになってたろう。
さてと、また階段を下りて固定電話の前に立った。アンミとミーシーは揃って居間にいるみたいで、別にこちらを気にしてたりもしなさそうだ。少し気になったりもするがわざわざ電話をすることを告げる必要もないだろうと思って受話器を上げて番号を押した。
「もしもし?関西反政府ゲリラ隊なのだが?入隊希望なら朝しか受け付けてないのだが?」
「いやあ……、俺だ。迷惑電話じゃない」
「ん……?ああ健介か?知らん番号だぞ、どうしたのだ?それともあれか?オレオレ詐欺か?俺の孫だとするなら未来から来たとかそういうことになるのだが、その辺りの証拠とかあるのか?」
全然、落ち込んだような声色じゃなかった。あまりにも平常運転で逆に怖いくらいだ。
「おい、あの……、俺がなんで電話したか分かるか?」
「はあ?いや、まずな?俺が健介に何回も電話してるのだが。全然繋がらなかったぞ。今家から掛けてるのか?」
「ああ、そうか。そりゃすまんかった。携帯が壊れてな。ちょっと不便だが俺も家からしか電話できないし、お前ももし用があるならこの番号に掛けてくれ。それはそれとして……、店のこと、なんか店長から、聞いてたりするか?俺は、……そういえばもしかして貼り紙剥がしたから、お前はまだ何も知らんとか、そういうことは……、ないよな?」
ないよなと聞きながら、十分あり得る話だとは思った。もし陽太が店長から連絡を受けていないのなら、単なる臨時休業だと受け取っていてもおかしくはない。で、そうだとすればこの明るい声色にも説明がつく。まあ、仕方ないか。元はといえば俺が知らせるつもりではあった。シャッターが閉まってるだけの状況から察せよというのは無理がある。
「店が潰れた件か?健介今更何言ってるのだ?」
「ん……?」
「いや、まさかとは思うのだが、まだそのことで落ち込んでるとかそういうことか?」
「だってお前……、いや逆にお前は落ち込んでたりしないのか?その前提で電話してるんだが」
「まあ?落ち込んでないとかそういうこともないのだが……。今気づいたみたいに言われてもな。そもそも潰れる感は下手するとずっと前からあっただろ?」
「そりゃ……、そうだが。今更慌てても仕方ないと言われたらそうなんだが……」
「心配するとしても店長のことくらいだな。それもな、店長だって一応大人なわけだからな。俺たちが心配してやらなくてもなんとかはするだろ。むしろ健介が心配し過ぎてないか心配してたのだ。携帯も繋がらんし、メールの返事もなかったからな」
「携帯が壊れたからな……。俺もお前に連絡はするつもりだったぞ」
「そうなのか?連絡来ないなと思って結構経ったのだが?携帯壊れたとしても家からは電話できただろ」
「それもちょっと……、事情があってな。こんなこと言うと、頭がおかしくなったのかと思われるかも知れんが……、言って良いのかな、これは」
魔法使いと出会ってあれこれの説明を受け入れて貰えるんだろうか。交通事故に遭ったと言うと、余計な心配をされそうだ。なんならその拍子に頭を打っておかしくなったんじゃないかと疑われるだろう。
「ん?やっぱりなんかあったのか?」
「いや、……その、……魔法使いとこう、ひょんなことでな、出会ってしまった。まあお前はちょっと信じられないかも知れないが、そういう不思議体験をしてな。挙げ句ちょっと寝込んだり、今後のことも考えなくちゃならなかったりで……、すぐには、そうだな、連絡するのが遅れた。まあ信じて貰えるとは思ってないから言い訳にもならんだろうが」
「なるほどな。魔女っ子か?」
「ああ、嘘じゃないんだぞ。空しい主張をしてるとは思うが、こういうのは多分実際会ってみてようやく信じられるものなんだろう。それを放置してお前への電話を優先するというのも変な構図だろう」
「なるほどな。そういうことなら仕方ないな」
「……信じてないんだろうな。お前はそんなのと会ったことないだろうし」
「いや会ったことないこともないのだが。なんなら、会いたいなら紹介してやっても良いぞ。健介が言ってる魔法使いというのと同じかどうかは知らないのだが」
「ん……?…………。紹介?」
「?ああ。俺はあんまり珍しいとか思ったことなかったのだが、……健介は初めて、会ったのだな。興味あるなら別に?紹介してやっても良いのだが?」
「俺は耳までおかしくなったか?お前の言ってる魔法使いってなんだ?俺も正直魔法使いがなんだとかよく分かってないが」
「なんだと言われてもな。魔法使いと言ったら魔法使う以外あんまり……、ないとは思うのだが」
「例えば……、特徴とか」
「一番最初に思い浮かぶとこで言うなら、……ロングヘアーで髪は青い子とかな。他にもあるとは思うし、それこそそんなのそれぞれな気もするのだが」
「それ……、本当に会わせてくれたりするのか?」
「んん……、じゃあ明日の昼からとかで良いか?午前中はちょっと出掛けるつもりだったからな」
「…………。ああ、じゃあ、それで頼みたいが、大丈夫なのか?その、魔法使いの人の予定とかは」
「まあ大丈夫だろ。じゃあ明日な」
「ああ」
俺が力のない返事をして、しばらくすると通話は途切れた。……そんなこと、あるのか。俺が今まで見たことがなかったというだけで、いないことなかったのか。
……ちょっとよく分からない。
普通、魔法使いなど見つかったら大騒ぎになる。もしいたとしても……、まあ俺の家に今現在いるわけだが、ひっそりと生きてるもんなんじゃないんだろうか。じゃなきゃニュースで見たことないわけがない。
だから、……普段というのは多分、結界みたいなそういう、なんだろう、バリア的なものに守られた地域に住んでる、はずだ、魔法使いというのは。俺の場合は、緊急事態だったから姿を現して魔法も使うことにはなったわけだが、……でも多分、普段は人前で使っちゃダメだという、ルールはあるんじゃないだろうか。
いや、どうなんだろう。いざマスコミに詰め寄られたら『トリックでした』とでも言えば済む問題なのかも知れない。そうすれば別に困ることもないのか。正直考えれば考えるほど、俺の家にいる二人のことまで疑わしくなってくる。俺はまだ夢を見てたり、もしかして死後の世界を彷徨ってたりしないだろうか。
「死んではないと思うんだけどな……」
かといってだ、じゃあ車にはねられた傷が治ったり、テレビの中継を予知したりというのがトリックだったと言われても、……上手く納得できる気がしない。これはもう、こういうものなんだと、割り切るしかないんだろう。俺が単に見たことなかったというだけだ。そういうことに、しておこうか。
ふらふらと居間へ入った時に二人から視線を向けられた。まあ、だって、いるものな。幻覚とかでもない。本来であれば俺の頭がおかしくなってないかを気にするところだが、さすがにこう緻密な幻覚というのもないだろう。
「健介下で寝るの?布団の用意今する?」
「ああ……。もうそうしようかな。なんか眠くなってきた。寝た方が良い気がしてきた」
「じゃあそこに敷いてあげてちょうだい。私はお風呂入ってくるわ」
「いや、大丈夫だぞ。自分で敷くから……。テレビ見ててくれ。別に俺が布団に入った後もテレビ見ててくれても良い」
「うん。でも私もお風呂入ったらすぐ寝る予定」
「そうか。そうしてくれ」
座敷の押し入れから布団と枕を取り出して、それを抱えて居間まで戻った。アンミは俺の睡眠を邪魔しないよう気遣ってなのかテレビを消した。ミーシーは風呂場へ行ってしまった。二人きりで無音の部屋というのは少し気まずかったりはする。
「ここに敷いて良いか?そこを……、一応迂回はできるが、通路を邪魔するかテレビを邪魔するかのどっちかにはなるんだが」
「どうだろ、どっちでもいいよ」
「じゃあテレビ見るのに邪魔かも知れんがこっちにする」
「うん」
「アンミは、別に寝る前でもな、なんなら俺の部屋使っててくれて良いぞ。というか、自由に何でもどこでも使ってくれて良い。じゃあ、おやすみ……」
「うん、おやすみ。健介」
そうして布団へ潜り込んだ。別に明るくても寝られるつもりだったが、やはり気を使わせてしまったのか、しばらくすると居間の電気が消えた。
朝数時間と夜数時間とで、色々考えることもあったからなのか、もう眠い。ナマケモノとかですらもうちょっと活動時間が長そうなものだ。意識が少しずつ沈んでいく。
少しずつ、少しずつ、目を閉じるだけで、なんて穏やかなんだろう。もう何も考えなくて良いように思えてくる。どうしてこんなに眠いのか。
第一話『アンミとミーシー』
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