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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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四話⑦


「ふぅ、ふぅっ、ゴーカートに乗らないか。次は自由落下するあれの前に、ゴーカートで、ちょっと、心を静めないか」


「じゃあまあ、そういう提案も受けましょう。ゴーカートで勝負しましょう。勝負した結果で乗り物決めましょう」


「ああ、良かった。良かった……?予知禁止でも良いか?」


「いいえ、真剣勝負なのよ。ほどよく予知はするわ。手を抜いたら悪いでしょう」


「手を抜くのが悪いにしても、心を込めて人に優しくするのは悪いことじゃない。ちょっと発言力の弱い子に対して気を利かせてくれたりするのは、決して悪いことじゃないと思ってる」


「わざと負けてあげるなんて悪いことよ。精一杯やりなさい。そうしてようやく価値のある勝負になるのよ」


「まあ、とにかく、じゃあゴーカートな。一位がまず次を選んで、二位がその次のアトラクションを選んで、三位がその後のアトラクションを選ぶということで良いか?」


「まあ、良いでしょう。アンミもそれで良い?」


「うん、私は良いよ」


 よしこれでやっと、確実に三回に一回は休憩アトラクションを選択する権利が生まれる。もし一位になれば、少なくとも二回連続で休憩アトラクションを選択することができる。


 マシンの性能におそらく差はないはずだから、コース取りさえ間違えなければ一位だって取れないことはないはずだ。集中しなくてはならない。ここが一つ重要なターニングポイントになる。


 多分絶叫系マシンの一番しんどい部分はもう乗り越えたはずだ。あとは、休憩を適度に挟みながらであれば、俺だって程よくスリルを楽しみながら、制覇できるに違いない。ここで精神を集中させて、一位を確定させ、主導権を握れば良い。


「よし、行こう。約束だからな」


 念を押してゴーカートの入場口へ入り、ここでも先客ゼロで三人が公平にスタートを切れることが分かった。多分こういうのは年齢によって、運転スキルが向上していくものだ。俺だってミーシーに勝てないわけじゃない。


 ……と、スタートするまでは思っていた。がだ、多分、マシンの性能が同じ場合、体重によってハンデが決まるようだった。ブロロロロと走り出した途端にその違和感というか、加速度のなさに気づき、出遅れこそしなかったものの、俺のマシンが最高速に達するまでには相当時間が掛かりそうな予感があった。


 ミーシーが先に行き、俺のマシンの前に停車して進路を妨害する。


 アンミは不慣れなのか後ろの方でアクセルを踏んだり、ブレーキを踏んだりして動きを確認しているようだ。


 まだ、そうすると二位になる目は残されている。というより、ミーシーが妨害に専念するのなら、俺はそれをなんとか抜き去れば一位に躍り出ることもできなくはない。ハンドルを左右に操作してミーシーを抜けないか頑張ってみる。どうやら完全に俺のマシンの動きは見破られているようで、どう動かそうにもミーシーのマシンを後ろから押しているような格好にしかならない。


「くそぅ、やめろ、やめんかっ」


「…………」


 一生懸命アクセルを踏み込んでみるが、やはり十分な推進力が生まれない。ということで、右側へ進路をずらしながらミーシーのマシンを押し出し、左側から抜ける作戦に出た。ぐいぃぃぃと押し込んで、一気にハンドルを左に切り、そして俺はコーナーぎりぎりを抜けるっ。抜けろっ。


「…………」


「…………」


 結果として、コース外の芝に乗り上げてしまった。ブロロロロロと、ミーシーのマシンが少し前をくるりと回ってきて、俺のマシンの横側をゴツンゴツンと突つく。そうすると俺のマシンの車輪の片方は溝にハマってしまい、アクセルを踏み込んでエンジンをふかしても一ミリも前に進まなくなってしまった。


「やめろぉ、何をするんだ、卑怯だぞ」


「…………」


「おい、ちょっと待ってくれ。係の人っ、降りて直して良いのかこれは」


 ミーシーのマシンは何事もなかったかのように平然と前を走り去っていき、続けて遅れてアンミのマシンも俺の近くを通り掛かった。


「…………」


「あれ、健介大丈夫?」


「……大丈夫じゃないな」


「係の人呼ぶ?」


「うん。ちょっと呼ぼうかな。良いぞ、俺のことなど気にせず走っていって、大丈夫だから」


「うん」


 アンミのマシンも前を走っていく。俺はシートベルトを外して、よいしょと立ち上がって、ゴーカートのマシンを頑張って持ち上げ、ハマり込んだ車輪を抜いて、道路に戻った。ゴーカートに乗って、なかなかこんな切ない思いをすることなんてないだろう。


 ゴーカートで芝に乗り上げて脱輪する人などそう多くはないはずだ。その証拠に係の人はすぐに駆けつけてくれることはなかった。第一、こういう遊びじゃないと思っている。俺のマシンを平然と突ついて一位でゴールするミーシーの遊び方にまず問題がある。下手をすれば危険だからと注意を受けていてもおかしくない。審判の目を盗む巧妙なやり口だったとしても、これはルール違反だ。


 どうせ順当に勝負したところで、体重の軽いミーシーが勝利するに決まっていたのに、俺に精神的なダメージを植えつけるような工作までしでかしている。咎められるべきじゃないのか。


 なんとか道路に戻ってまたブロロロロとマシンを走らせるが、もう完全に無人のコースになっていた。ゴールすると、係の人がいて、俺に「すみませんでした」と謝った。俺も「こちらこそ、すみません」と謝る。


 頭を抱えて出口から出て、ミーシーの顔をふと見上げる。大層に満足そうで、「じゃあ次は私が決めて良いわけでしょう。あれに乗りましょう」と言った。


「反則行為だ。反則行為だった」


「ルールなんて決めてなかったでしょう。一番にゴールした人が次のを決めて良いと言ってたわ」


「汚い真似をしなくても順当に勝てただろうが」


「勝てたけど、順当に勝っても面白みがないでしょう。圧倒的に勝ったわ。為す術なくうろたえるあなたを楽しんでたのよ」


「良かったなそりゃ。楽しめて何よりだな」


 が、まあ、一応、二つ峠を越える度に休憩ポイントを設定できるようになった。勝負だなんだと意気込んでいた自分を呪うのは後にして、良さ気な休憩ポイントを探しながら巡ることにはしよう。ゴーカートもまあ、一つ休憩にはなったといえる。


 心理的なストレスは間違いなく大きかったが。…………。いや、何はともあれ、ミーシーが楽しんでいるというのは、紛れもなく今回一つ挙げられる収穫ではあったろう。嫌がっているようにも思えたが、実際に遊園地に辿り着いてみれば、ミーシーはこうしてアトラクションを指さして足を速める。


 それを一つの成果だといっても良いのかも知れない。であれば、俺の体力や精神力などはいくらかすり減らしたとしても、その楽しみになんとか応じる形で水を差さないよう努めるべきなのかも知れない。この遊園地イベントは、ミーシーが嫌がっているのを半ば無理やり連れ出したもので、ミーシーがスポンサーで、……であるからミーシーがもしも楽しめるのなら、それを一番に優先しても良いようには思う。


「じゃあ、次はやっぱりあれにしましょう。垂直に落下するのよ。そんな気分味わえること中々ないでしょう」


「中々というか、遊園地以外では、多分一生にもしかして一回死ぬ間際に味わえるだけだろうな」


「そうでしょう。普通なら死ぬようなことを死なずに体験できるなんてとても得した気分になるでしょう、アンミも」


「うん」


 うん、なのか。死ぬような体験を死ぬまでしなくても済むならその方が良いという意見はここでは少数派になってしまうようだ。何度も何度も死ぬような気分を味わうのは地獄だと評しても良いだろうに、二人はそれと真逆の感性を持っている。


 俺も心の修行のつもりで取り組んでみるのも良いかもな。開き直って死ぬような体験を何度も繰り返し味わっておけば、いざ死にそうな体験をした時に強い心でいられる気もする。


 そんなふうに前向きな目標を定めてみたところで、いざ落下の直前になれば、慣れることなんてのもなくひたすら命乞いをするハメになる。結局、慣れであったり鍛練であったりなど関係なく、元々の人間の成り立ちが違うようだ。


 俺は高いところも速い移動も怖がるようにできている。こんなところで勇気を奮うなどまるで無意味だと心も頭も分かっている。人間は高さにも速さにも抗うことなんてできたりしないんだ。垂直に落下することが平気な人間だいたとしてもそんなものは生存に何一つ役立ったりはしない。怖がっている方が幾分か長生きできる。俺はもうそれで良い。


 垂直落下の恐怖を素直に受け入れた。ある意味、こうして悟りの境地に達すると、物事を達観して眺めることができるようになるのかも知れない。諦めという静かな心で動じず、俺の身体反応を魂が俯瞰して観察しているような感覚に陥っている。心拍も呼吸もひたすら乱れているが、それでも心は平静にそれを受け入れて、安全地帯を待っている。


 顔に出したところで救いなどないことが分かっているから、俺は努めて何事もないかのような顔色を心掛けている。それでも結局、注意深く俺などを観察してくれるアンミは、俺の体の具合を察知してくれてはいたんだろう。垂直落下の次にはちゃんと、安全が、確実に、完全に担保されたアトラクションを指さしてくれた。


 コーヒーカップだ。なんて優しいんだろう。地上零メートルをくるくる回ることは俺にだってそう難しくない。


「じゃあこれ乗りましょう」


「健介、大丈夫?」


 アンミはミーシーとは違って、ちゃんと俺の体調を気遣ってくれるようで、一つアトラクションが終わる度にそんなふうに声を掛けてくれていた。俺も別に明らかに苦しそうな表情を浮かべていたわけじゃない。なんとか取り繕った表情をしていたはずだが、何故だかアンミには大丈夫じゃないことが見透かされてしまっているようだ。


 そういうことでコーヒーカップを選んでくれたんだろう。感謝しかない。


「いや、全然大丈夫だ。むしろ、慣れてきたところだ」


 俺がそんな強がりを言うのはアンミやミーシーが乗りたい乗り物に乗れなくなってしまうことを懸念したからに他ならない。そもそも俺が限界を迎えたら否応なくこのグループから離脱するつもりでいる。


 顔色は悪いだろうが、呼吸も少し荒くなっていただろうが、それでもまだ完全なる限界を迎えているというわけじゃない。休憩スポットが用意されていれば、なんとかその間に回復して付き合ってやれる。


 まあ、アンミもミーシーも俺が付き合ってやることを大して感謝したりしないだろうし、感謝するような部分も当然ないわけだが、一応、楽しい空気を壊さないようにだけ細心の注意を払って行動すべきだ。そして、絶叫マシンの後のこうした穏やかな乗り物は、多分とても楽しい。生きた心地がする。


 入り口を通って、三人で一つのカップに乗り込んで、ホッと息をついた時の俺の表情は、とても活き活きしていたことだろう。


「これ、ハンドルの方に曲がる?右に回しても左に回ってる」


「分からんな。ただ、回して意味がないのならこんなハンドル付けておく必要がないとは思う。一応ある程度何かが変わったりする可能性はあるだろう。どうだろうな」


「回さなくても動いているし気分的なあれでしょう。良い事思いついたわ。あなたもその内免許を取るでしょう。車はこれにしなさい。渋滞でみんながイライラしている時に一人でくるくる楽しそうに回っていなさい。こういうのが好きなんでしょう」


「こういうのが好きなんだろうな俺は。今分かった。こういうのも好きだし、お馬さんに跨がるのも好きな部類に入るらしい。だが、車は免許取ったらちゃんとした普通の車を買う。コーヒーカップでくるくる回る俺のせいで渋滞ができるのは避けたい。ちゃんと目的地にも到着したい」


 何も考えずにくるくる回っていられることがこんなに心を穏やかにしてくれるとは思ってもなかった。くるくる、くるくる、死の恐怖がない。なんならもう一生くるくる回っていたい。


「なんて平和な時間なんだ」


 遊園地に到着してから、多分初めて、ゆっくりと空を見上げる時間ができた。綺麗な青空に、風もないのか大きな雲がのどかに浮かんでいる。俺も実際に乗るまで、コーヒーカップがオススメの乗り物だなんてことは絶対に言わなかっただろう。


 でも空を眺めながら乗るコーヒーカップは、なんというか、優雅ですらある。終わってしまうのが惜しい。


「じゃあ次はあの飛行機に乗ろう。どうだ、俺は高さを克服しつつあるぞ。進歩している」


「あれくらいなら落ちても死なないだろうという発想が悪いと思うのよ。落ちないわけでしょう、実際には。ジェットコースターだって落ちたりしなかったでしょう」


「一応俺も頭では分かってるんだ。極端な高所恐怖症だったりはしない。足場が安定してるなら高いところでも問題ないし、乱高下しなければ多少速くても大丈夫なはずだ。だから山登りも展望台も大丈夫だし、車の運転も多分できる」


「さっきのゴーカートみたいな運転してたらあっと言う間に渋滞起こすわ。もっと速さを求めなさい」


「ゴーカートはお前が意地悪したからだろうが。俺だってあの時は速さを求めていたんだ」


 コーヒーカップを降りて飛行機の方へ向かって歩いていく。柱も太いし、上下の揺れ幅も大したことはない。高さもせいぜい二階建てのベランダくらいのものだろう。再確認を済ませて乗り場へと入り込んだ。


「折角だからあなたは一つ前のに乗ってちょうだい。後ろからレーザーとかを撃つ訓練をするわ。あなたの機体をゲーム終了までに撃墜できたらミッション成功ということにするわ。でも、そうね、安心しなさい。あくまで私がそういう遊びをするだけだから実際撃墜されて死ぬことなんてないわ」


「そうだな。それは分かってるけど、ちょっと落ち着かないかもな。まあお前がそれで楽しいなら思う存分撃墜しててくれ。俺も可動する範囲では必死で逃げることにするから」


 そうして自分なりに遊び方を見出してくれるのなら、つまらない乗り物だったと一蹴されてしまう心配はしなくて良さそうだ。一人一機ずつに乗り込んで機体はゆっくりと回転しながら上昇していく。


 レバーをいじると左右へ機体を傾けられる仕組みになっているようだ。ガチョーンガチョーンと、一応ミーシーからのリクエストに応えてやるために機体をあっちこっちへ傾けて俺はぼんやりと空を見ていた。


 途中時計を見る。指を折ってアトラクションの数を数えてみると、移動時間なども含むとはいえ、平均で一つ十五分くらいということになるのか。意外と時間というのは順調に進んでいくようで、八つ乗り終えるのに二時間ほど掛かったようだ。


 体感的にはまだ入場直後くらいだったがこれならこの後、お昼御飯の時間にしようと提案はできそうだ。賛成してくれるだろうかと思って後ろを振り返ってみると、どうやら一心不乱にガチャガチャレバーをいじって俺の撃墜を目指してレーザーを発射しているようだった。


 仕方ないので俺もまたレバーをいじって右へ左へ移動しておく。楽しんでるんだろうか。……よく分からんな。ともあれ、上下左右へゆっくり移動を楽しんだ後、飛行機が着陸した。


 降りて三人で合流するタイミングで昼食の提案をしてみる。


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