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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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四話⑤


「あれもう遊園地の壁?すごい向こうまである」


「遊園地しかないわね。もう少しくらい栄えてても良いでしょうに」


「土地が安いところにでかく作るものなのかもな」


 バス停から十分そこら歩き遊園地の入場門をくぐった。平日の朝早く開園直後というのが幸いしてか、それとも元から遊園地人気が廃れつつあるのか知らないが途中通った駐車場にはかなり広大な空きがあった。ちらほらと家族連れなどいるにはいるが、どうやらアトラクションの並び待ちなどは心配しなくて良さそうだ。


 チケット売り場の女性に声を掛けファミリーパスを提示したが、どうやら、奥の入口で渡すだけで良いらしい。


「あちらの入場口で人数だけお知らせください。人数分の、腕に巻くベルトをお渡ししておりますので、そちらと引き換えになります」


「そうですか、どうも」


 もしかすると十年以上前に来たことがあるかも知れない、が、そんなシステムだったかどうかは記憶にない。勝手が分かってる常連客の方が少ないんだろう。チケット売り場の女性も別に嫌な顔一つせず、身振りを交えて分かりやすい説明をしてくれた。


 再び二人の元へ戻って聞いたままのことをらしいぞと説明してやると「ふぅん」と、ミーシーはつまらなさそうに返事をして、きょろきょろと周りに首を振った。


「まさかとは思うんだが、物珍しかったりするか?予知してないのか?」


「到着までしかやり直してないわ。飽きた頃のリアクションするのもちょっと興ざめでしょう。ここからは都度、周りに危険がないかだけ予知することにするわ」


「予知ると楽しみが減るとかそういうものか?まあ、重大な危険もないものだろう。予知せず楽しめるなら、それで良いぞ」


 特段、案内役が必要だとも思わない。先に予知するしないをとやかく言うなと注文していたのはその辺りの、予知なしで、新鮮な気持ちで遊園地を楽しむためだったりするのか。確かにミーシーの言う通り、一人冷めたリアクションされても興ざめなものだろう。


 いっそどうしても必要な時以外は予知しなくても大丈夫だろうに、ミーシーの中では逆に、予知すると不都合な時には予知しないという基準になっているのかも知れん。癖みたいなもんなんだろうか。多分それもとやかく言われたくはないんだろうな。


 さてと入場口まで進んでチケットを女性職員に手渡す。遠目に見た前の来場客の様子から察するに、チケット売り場での案内通り俺たち三人はベルトを受け取れるはずだ。


「すみません、このチケットで入れますよね?ベルトを受け取るというふうに聞いたんですが」


「はい、あ……。えぇと、失礼ですが、規則で、かっ……」


 何か、持ち込み禁止のものが、あったりするのか、と思った。危険物など持っていないが、飲食料もダメだったりするのかも分からん。ゲチョピョンは上着に隠れているのにそれを見破られてしまったんだろうか。


「規則で、何か……、どういう規則ですか?」


 特に入場を断られるような要素はないように思っているが、俺の差し出したチケットを一目見て、女性職員は俺の後方にいるアンミとミーシーを見て、一度固まり、困ったような、表情を浮かべていた。


「ご家族……、で、あの、一応、その、何か分かる、ものを。ご家族だと、……そ、ういうことが分かるものはありますか?これは、その、き……、規則が、あ……、まして」


「……これは、その。家族用、なんですね」


 そういう規則があることを告げるのが心苦しいのか、言葉は詰まりがちで、呼吸は非常に深かった。今にも咳き込みそうに声が擦れている。


 俺は軽く手のひらを上げて、後ろにいた二人に小さく声を掛けた。ファミリー、パスか、確かに。いや、普通、ペアチケットの拡張版的なチケットじゃないのか、これは。家族の証明なんてあるわけがない。家族的な雰囲気すら全くない。


「ちょっと困ったことになった。これだと入れなさそうだ。一人はこのチケットで入るとして、一旦売り場まで戻るか」


「結婚するから家族ですと言いなさい。通してくれるわ。勿体ないでしょう。一人用のチケットじゃないのに」


「ん……、本当か?」


 ミーシーがそういうなら、一応、言ってみるだけは言ってみようか。厳密には家族ではないし、結婚などとは真っ赤な嘘だが、意外とすんなり特例として認めてくれたりするのかも知れない。


 確かに一人用のチケットというわけじゃないんだから、むしろ一人分として使う方が違和感がある。なんとかなるかな。


「ええとですね、結婚するんですよ。だから、恋人?厳密には家族ではないといえばそうだとして、家族に近いような……、その」


 こくこくと、女性は俺の話に相槌を打って、ふっと一瞬、俺の後方を、見た。


「ど、どち、らの方と?」


「ああ、二人ともです。…………。あダメだ。あいつ本当に予知してない。ちょっと待ってくださいね」


 またも手のひらを上げ引きつった笑顔のまま後ろに振り返った。


 もう女性職員はあからさまに困惑の極みで今にも警備員を呼びかねないほどあちこちに首を振っている。それとももしかして笑いを堪えているのか、呼吸が荒くなっている。すぐ横の柱へと寄り掛かり膝を軽く曲げて顔を伏せていた。


「健介、シルバニアファミリーって森に住んでたら全部家族。今私たち同じとこに住んでる」


「アンミ、確かにな。同じ家に住んでる。どうなんだろう、あの世界ではウサギもタヌキも皆シルバニアファミリーかも知れんが、俺たちは法的にファミリーかといわれるとそうじゃない。まあ大人しく入場券を買うという選択肢はある。日本では重婚は認められていないしシルバニア論法でゴネて入場する勇気はちょっと出ない。ミーシー、お前なあ、結婚するから大丈夫論はすぐ見破られてしまったぞ」


「二人ともって頭おかしいでしょう。どちらかと結婚してたら全員家族でしょうが」


「あっ、あっ、あのっ、別に家族でないとダメではないんです、その……、何十人とかで家族と申される方が、何回か、あの、ありまして、一応口頭で、確認だけ、させていただくようになっただけで……、入って頂いて大丈夫ですのでっ、そ、その……」


「……あ、そう、なんですか」


「そう、なんです。すみません、何か焦ってしまって……、えぇと、はっはっ、大丈夫です」


「み、見ての通り、この二人はお友達です。結婚は、しないです」


「ええ、分かって……、いいえ、どうぞ。こちら三つ、どうぞ」


「…………。あ、どうも。じゃあ、入ろう」


 正直に『友人なんですがこのチケットは使えますか』と聞けば良かった。そうすればあの女性もこれほど困ることも焦ることもなかっただろう。というよりも、この女性も、体調が悪そうに見える。そういう季節だったりするのかも知れない。俺の珍回答だけが悪かったとは言い切れない。


「恨むなら原因作った奴らを恨みなさい。遊園地に大挙して全員ファミリーだと言い張るのは香港のマフィアとかでしょう。見掛けたら『お前らのせいで恥をかいた』といちゃもんつけてきなさい」


「いや、……別に、恥もかいてない。誰も恨んでない。香港のマフィアがそんなけち臭いことをしてまで遊園地に入りたがったりもしない。とにかく、折角の遊園地なんだから、気を取り直して精一杯楽しもう」


「ミーシーも。楽しもうって」


「そんな引きつった顔して言われたくないわ。ゆっくり回りましょう。結果だけ見れば遊園地入れたでしょう」


 ミーシーの言うように、結果だけ見れば、入園することはできた。文句があるわけでもない。


「あれ、乗りましょう、アンミ。木馬だと思ってたわ。レールの上をガーって動くと思ってたわ。あの上下に動くプラスチックに乗りましょう」


「……は、あ、そうか。回転プラスチック馬だな。さすがに俺は遠慮する。二人で乗ってきてくれ。俺は見てる。手を振ってくれ」


「え?健介乗らないの。なんで?」


「なんで、と、言われても……。人目があったりするだろう。あれは女の子向けだ。ちょっと想像してみれば分かるが、俺があれに乗ってニコニコ笑ってたら相当な違和感だろう」


「でも、男の人、乗ってる。あ、今降りた」


「…………」


 これは意外というのか、まずミーシーが先頭を切って乗り物を選んだ。積極的に乗りたがったりしないだろうと半ば決めつけていたミーシーからお誘いがあった。俺がそれを断るというのもなんだが……、あれは女児を連れたパパかカップルを除いて良い年した男が乗るものではない、ように思う。


 ……ミーシーがスポンサーで、俺たちがミーシーを無理に誘って、ここまで来たという……、経緯はあるが。


「あれ、一匹欲しいわ。大事に飼うし散歩も連れていくわ」


「気に入ってる、のか?お前はもっと、こう、色々馬鹿にする遊びをするのかと思ってたが、乗り物には乗るつもりでいるんだよな。それは、良かった」


「ミーシー、あれ生き物じゃないよ」


「ああ、その通りだ。あれは一匹で切り離すと動かなくなってしまう。電源がな、繋がってないと単なる馬の形したプラスチックでしかない」


「へぇなら諦めましょう。アンミ、あれは飼えないわ。飼うならもう少し小さいプラスチック探しましょう」


「……アンミは元から欲しがってないだろう」


 結局、俺の返事など聞くつもりもないようで前をすたすたと歩いていくものだから、俺も仕方なくその後ろをついていった。


 そこそこに、ハイテク設備らしく、腕に巻き付けたベルトをかざすと通路から中へ入れるようになっている。柵を乗り越えて侵入する悪ガキくらいは出てきそうなシステムだが、ぽつんと柵の横に小さく設置されている管理室のような場所でそれを受信して機械を動かすらしい。


 人件費削減のためだとは思うが、そのお蔭で男の子も人目を憚ることなくメルヘンな乗り物へ足を進められるようにはなっていた。なんか水色の馬というのが気持ち悪かったから、わざわざ白い馬まで歩いてそれに跨がった。


 しばらく待つと、音楽が流れ始める。メリーゴーラウンドのステージが回転し、馬は上下に揺れることに加えて一周が終わる度に何故か三百六十度回転した。馬は、こんな動きはしないが、まあ、俺が知っているものよりもグレードが上がった演出なんだろう。特に酔うこともなく、のんびりと何周かを終え音楽は止まった。


 …………。悪くはないな。穏やかな気持ちになった。


 メリーゴーラウンドの出口側にはお城っぽい建物に向けた矢印があったが、ミーシーはそれを素通りしてぐるりと柵へ沿って歩いていった。もしかしてまた同じものに乗るつもりなのかと思ったがどうやらそうじゃなく、入場門の目の前にあった案内板を確認するために移動したようだ。


 俺とアンミもそのすぐ後ろに続き、ミーシーの眺めている案内板を見つめてみる。どうやらこの遊園地ではアトラクションの順路のようなものが用意してあるらしい。それに従うなら多分メリーゴーラウンドは最後から二番目で、一番最後が先程見えたお城のようだ。要するに入場して案内板を見て、左側のアトラクションから楽しむのが正規の順路だ。


 まあどっちでもいいというか、どれか目についたアトラクションに乗れば良いんだろうが、一応、アトラクションごとの入り口と出口は、そういうつもりで配置されているようではあった。


「逆だったか」


「そんな順番通りに計画立てて回るものでもないとは思うけど、……まあその方が効率良さそうな気はするわ。でも、細かいのはちょっと後回しにするのもありでしょう。次はあの新幹線乗りましょう」


「馬に乗ってお城に辿り着くというシチュエーションだったんだな」


「まあ好みでどうぞというとこでしょう。別に馬嫌いなら素通りした方がお城着くの早いでしょうし」


「まあそうだな。で、次は新幹線……、あれか。ジェットコースターな。とりあえず物色しながら歩こう」


 ジェットコースターというのにもおそらく色々あって、ミーシーが今示したトロッココースターなどはおそらく、……あくまでイメージの話ではあるが、急降下とか一回転とかはしない種類だろう。ほとんど屋内を走っているみたいだから確定しきれないが、序盤部分にハードなアトラクションを配置したりもしないはずだ。


 そういうのであれば特に躊躇もなく付き合ってやれる。


 こうして二つ目のアトラクションへ歩く最中も、特に、ミーシーに不満げな様子はなかった。むしろ先導してあちこちを眺めている。アンミもそれを見て満足そうで、まあ、穏やかな会話を繰り広げていた。


 通路を遠くまで眺めてみると、やはり入場者も全然多くはないようで、まばらに人影が見えるくらいだった。ミーシーが中のことまで予知していなかったことからすると、これは単なる偶然なんだろう。偶然というか、平日はこんなものなのかも知れない。閑散としていて、運営状況の心配さえさせられる。


 とにかく、ほぼ完全に待ち時間ゼロで回ることができそうだ。そうすると、全部のアトラクションを一回ずつは回ることができるかも知れない。


「トロッコ、コースター。トロッコって何?」


「何と言われてもな。乗り物だな。石炭とかを運ぶ列車のことだ多分」


「美味しそうな名前してるとは思うわ。トロッコはトロトロしてて、コースターはカリカリしてそうでしょう」


「そうかなあ。言われてみればな」


 トロッココースターが絶叫系アトラクションなのかはまだ確信がなかった。身長制限の看板などがないことから察するにおそらく大して速度が出るわけではないだろうとは思う。


 が、念のため、二人の後ろへついて二列目の席へ座った。ミーシーなどはなんの躊躇もなくトロッコの一番前の右の座席に詰めて座ったし、アンミも一瞬俺の様子を確認したが、ミーシーに引っ張られてやはり一番前の座席へと座る。


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