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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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四話①



 気づけばぐっすりと眠っていたらしい。割と目覚めも良かった上に、何気なく見つめた目覚まし時計はぴったり俺の起床予定である午前五時半を示していた。


 ピッと鳴り掛けた目覚ましを止めそのまま上体を起こし、ベッドから立ち上がる。枕元ではミーコが丸い状態のまま耳をぴくぴくと動かしていて、しっぽはうねうねとシーツを撫でていた。


 窓の外から雨音は聞こえてこない。真夜中のような暗さでもないが、どうやら日の出まではまだ少し時間が掛かりそうだった。目覚めは、良かった。かなりの安眠だった。


 薄暗い部屋の中にもう不気味さは欠片ほども見つからない。幽霊は、やはり気のせいだったんだろう。一安心だ。


「スケジュールが埋まっているのは良いことだな。ちゃんと起きなきゃならんという強制力がある」


「よく覚えてたニャ。もうちょっと寝てたら私が起こしてあげたニャ」


「お前も早起きか……。農家とかの生活サイクルだろう。五時台というと」


「それは知らないけど健介の生活リズムが狂ってるニャ。二人とももう起きてるからなんか準備の手伝いとかないか聞いてくると良いと思うニャ」


「俺が……、これでも一番寝坊なのか?六時間睡眠だとして、ロスタイムが一時間くらいは必要だろう。ベッドから出るために三十分掛かるとして逆算すると、夜の十時には寝なきゃならんぞ」


「じゃあ、夜の十時に寝たら良いニャ」


 ……ミーコにまで生活サイクルに口出しされてしまうか。睡眠時間でいうなら間違いなくこいつが一番寝ているはずだ。昨日はアンミもお昼寝の時間があった。ミーコが早起き組に味方するなら、俺が朝ゆっくりベッドの上で過ごす時間が罪悪感に蝕まれてしまう。


 とりあえず目覚まし代理をするつもりはなさそうで何よりだが、寝坊だなんだと言い出す監視役がこう近くにいるとつらいな。俺も一応頭では、早起きした方が良いことは分かっているが、実際のところいくら早寝したところで上手くいく保証などもない。実際今日初めて、成功したに過ぎない。


「……だが、六時間睡眠を想定していて寝つけなかったりするリスクを考えるなら八時間は見積もっておいた方が良い。そうなると夜の八時にベッドに入らないとならん。あいつらはそんな生活を続けてるのか?難しくないか?」


「でも、アンミの生活に合わせてた方が健介もだらだらしなくて済むニャ?変な生活サイクルになった時に直しやすいと思うニャ?なんか都合悪いかニャ」


早起きできる人間が早起きさせられる分には不都合なんてのもないだろう。俺もそちらになりたいのは山々だが簡単に矯正できるなら初日からそうしてた。


「六時間、だったとして、夜の十時に眠ったとして、金曜日にジブリの再放送をやっていたらどうする。最後の方だけ見れんだろう。映画の最後の方を、一人だけうろ覚えで、会話しなきゃならん。バルスだったかゴメスだったか……、曖昧な記憶頼りで話を進めなきゃならない。俺は昔見たものを全部覚えてるような意味の分からん恵まれた才能を持ってたりしないし、話題についていけない疎外感というのも味わいたくない」


「…………。なら、録画して土曜の朝にみんな揃って見れば良いニャ。明日の鑑賞会楽しみニャと、みんなそれぞれ夜は早めにワクワクしながら寝ると良いニャ」


「ああ、そうか。……それなら全てが解決だな。そうか、そうすれば良いのか」


 良いアイデアだった。解決後の光景は楽しげなものに思える。


「ああ、お前はないか?目が覚めてから冷静になるまで時間が掛かるようなそういう、宿題やってなくてまた教室の後ろに立たされると怯えて目を覚ましたら、俺はよく考えたら大学生だった、という……」


「私はそんなに昔のこととか覚えてたりしないからそういうのはないと思うニャ」


 猫には、こういうことはないのか。猫も夢を見ていて目が覚めた時に夢の内容如何によってはイライラしたり寝ぼけてたりしそうなものだが、まあ、確かに、人間ほどは後悔を引きずって生きることもないんだろう。


 俺はジブリ映画の再放送が見られないことにすらひどい焦りを感じていた。冷静に考えればおかしな話だがジブリの再放送が見られないことがまるでこの世の終わりのように思われて目を覚ました。


「解説をさせて貰って良いか?これは、夢、というより、実際にあった話なんだが、俺はな……、元からそんなにアニメとかそういうのをあんまり見ない人間だった。それを俺のお友達の陽太がな、ジブリアニメを見ないのは非国民だと罵るわけだ。見たことあるから何度もは見る必要がないと、俺は言った。小さい頃に見たことあったはずだから。だが、視聴率とかの話をされて、よほどのことがない限り見るものであると反論された」


「まあ、何回見ても良いものは良いニャ」


「もう一人女の子を加えて三人で演劇のようなことをやろうやろうという話になって……、俺は嫌々だったが、断りきれずに男の子の役をやらされた。その女の子は最初俺のな、何度も見る必要はないという意見に賛同してくれていたわけだが途中で手のひらを返したんだ。……理由なんだが、ビスコ大佐役の陽太に、俺が、『ゴメス』と、叫んだからだ。ラピュタのその名シーンなら知ってると俺が発言した直後のことだった。けどな、違うんだ」


「ムスカ大佐ニャ」


「ああ、分かってる。分かってる、大丈夫だ。そのゴメス大佐がな」


「ムスカ大佐ニャ」


「そう、言い間違えただけだ。大体、バルスだということは知っていた。だが、何となく、その台詞の前に呪文詠唱的なものがあったような気がしてて、言葉に詰まった。その女の子……、ミナコが、あれ、また台詞を思い出せないのかって顔をしていて、陽太がそっと耳打ちしてくれた。『ゴメスだ』って……、な。俺は混乱して、だがまあ、偉そうに説教した陽太が言うならそうなんだろうと、繋いだ手を掲げて『ゴメスっ!』と元気に叫んだ。シータ……、シータ役のミナコのことだけは覚えてるが、それまで楽しそうに身振り手振りで演技を続けていたのにその瞬間、凍りついた。陽太は『ゴメスとは何なのかね?はっはっは。思い出し給え、バルスではないのかね?はっはっはっ。そして、私はムスカ大佐だ。断じてビスコ大佐などではない!』と高笑いしてみせた。俺を貶めるために全て仕組まれていたんだ。俺は力なく膝をつくしかなかった」


「別に、金曜日にジブリ見てたかは関係ない話ニャ……」


「まあな。でもミナコが張り切っててな……、下手くそなりになりきっててな。それまで、俺に台詞を教えてくれててな。だが、その場面はさすがに思い出せないわけないと思っていたんだろう。俺がその名場面は知ってると言ったから。陽太が何回もビスコ大佐とか言うのも……、聞かないふりしてくれてたんだろう。陽太は単にギャグで言ってるだけなんだから」


 唐突に思い出して脈絡もなしに語られるエピソードをミーコは律儀に相槌を打って聞いてくれた。


 もうそれだけで心が安らいでいく。心の奥底に沈み込んでいた後悔が解きほぐされていくように感じた。


「だが、……俺は多分この世の中で一番ゴメスと言っちゃならない場面でゴメスと言った。一番ゴメスが許されない場面で間違えた。せめて、あいつと一緒にその後バルスと言い直せば良かったんだろう。何事もなかったかのようにな。だが、俺は膝をついて、そのままうずくまることしかできなかった。俺はもう、そのことを思い出すだけで胸が締めつけられるんだ」


「……割と最近の話かニャ」


「割と、最近の話だ。半年経ってない話だ。忘れようとしていたのに、妙に生々しく思い出した。こんな話を打ち明けられるのはお前くらいだ。話してちょっと気分が楽になった。でも誰にでも話せるような内容じゃない」


「いつか……、きっと笑い話になるニャ」


「いつか、なのか?今はまだ悲惨な話でしかないのか、お前の寛容な精神をもってしても……」


 茶化して貰えばチャラにできそうな雰囲気だったのに、ミーコの慰めでは消化不良感が否めない。俺はまだこの後悔を引きずって生きなくちゃならないのか。


 自信がなくて、でも上手くやろうとして、けど失敗して、それからこうして幾日も経ったのに、まだ思い出す度に胸は締めつけられる。そんな後悔がいくらでもある。


「朝御飯しっかり食べて、遊園地も楽しんで……、気分転換してくると良いニャ。まあまた何かやらかしたら話くらいは聞いてあげられるニャ」


「そうだな、その時は話を聞いてくれ、じゃあ朝飯を食ってくる」


 まあいつか、つらい思い出を楽しい思い出が塗りつぶしてくれることもあるのかも知れない。ドアを閉め切らないように注意しながら自室を出て、階段を下りた。


 台所では当然朝食の準備が始まっている。アンミが鍋の中身をおたまでくるくるとかきまぜていた。


 居間の方ではソファに腰掛けたままピクリとも動かないミーシーの姿がある。テレビの音は聞こえてこないが、目は開いていて、テレビの方をじっと眺めている。しばらく俺もミーシーの方を見ていたがやはり動く様子がない。何故かそれがとても不気味な光景に思えた。


「おはよう、アンミ。……ミーシーは、何をやってるんだ?」


「おはよう。え?ミーシー?ミーシーは今座ってる」


 アンミは居間をちらりと覗き込むような動きをして、ミーシーが今何をしているのかを教えてくれた。その説明は確かに間違いないわけで、反論すべきところも見つけられない。


 一周巡って妙に納得してしまった。テレビを見ていると言われたらテレビの音が聞こえないと返しただろうし、寝てると言われたら目を開けていると返した。ならまあ、座っているんだろう。ソファに。


「ああ。俺は何か手伝えることはないか?俺は、というか、俺とミーシーに手伝えることはないか?遊園地行きの前に準備が必要だったりするだろう」


「うん……?何か必要なの?」


「いや、特に思いつかないが、こういうのはミーシーに聞いた方が良いか。そうだな、アンミはとりあえず朝御飯を任せた。その間に必要なものがあるなら俺たちで用意をしよう」


「うん、お願い」


 さて、と思って振り返ったが……、ミーシーは身動き一つしない。居間に足を踏み入れてみたが、やはりテレビには何も映ってはいなかった。目さえ閉じているのなら眠っているに違いないんだろうが、まるで魂が抜けたかのようにそのままの体勢を維持している。


 座っているのは座っているが、それ以上にもしも何かをしているとすれば、……死んだふりなのかも分からん。


 とすればそれにはそれなりの理由がありそうなものだが、およそ日常生活の中で死んだふりをする場面なども思い浮かばない。とにかく声を掛けても揺すっても活動しなさそうなほど、見た目では呼吸すら分からないほどに、静止状態を保っていた。


 それを人形のようだと表現することもできるのかも知れないが、やはり生き物がこうまで動かないとなると不気味な印象が強い。しばらく声も掛けられずに眺めていると、何のきっかけもなく、もそもそと動き始めた。


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