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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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三話⑱


「アンミ、その、お金に困ってたりはしないか?」


 瞬き二回の隙間分だけ、ミーシーはこちらへと目線を向けた。


 まるで興味もなさそうな素振りではあったが、その視線に射抜かれて俺はアンミに変化球を投げるのを諦めた。


「お金?ううん、困ってはない」


 そりゃそうだ。困ってる様子を見つけて声を掛けたわけじゃない。居間でくつろごうとしている時にお金が必要にはならんだろう。


「そうか。欲しいものはないか?そんなに高価な物は無理かも知れないが、例えば……。例えばなんだろう。化粧品とか、アクセサリとか、ファッション関係の何かしらとか、女の子はそういうのが欲しかったりしないか?」


 欲しがったりしなさそうだなと、内心思ってはいる。あくまで一般的な女の子のイメージとして例を挙げたが、アンミの年頃というのに当てはまっている気がしない。


 もう少し幼ければお人形とかぬいぐみとかを喜ぶような気はするが、そこはもう卒業していそうだ。化粧品や高価なファッションが気になるのはもう少し先かも知れない。じゃあその中間の時期に女の子が一体何に興味を持って何を楽しむのかがいまいちピンとこなかった。


 なんならその頃など、男女問わず勉学なりスポーツなり、あるいは趣味の音楽や映画などに打ち込むものだろうか。だとして……、じっくりアンミを観察してみても何が適当なのかの見極めることは難しい。まあ娯楽などどの年齢層に向けたものであれ探せばいくつも見つかるものだろう。


「欲しいもの?…………。またご飯の材料がなくなったら買い物して欲しい」


「それはまあ……、その、必要経費の部分はちょっと置いといて、お前が個人的に欲しいものはないのか?」


「個人的に?ミーシーと健介とがいらなくて、私だけが欲しいもの?」


「アンミが自分で所有したいものとか、自分で楽しむための娯楽とか……。店に売ってるものか、別にサービスでも良いが」


「…………。思い浮かばない」


 難儀なことだ。そういえばの一つくらいあっても良いだろうに。こうして話が停滞してしまうとミーシーを仲間外れにして会話しているようでちょっと気まずさというのも感じる。


 今回本命じゃないとはいえ、一応ミーシーにも話を聞いてみるべきだろうか。多分話の流れというか、俺の求めている着地点を分かっててくれそうな気はする。案外とすんなり助力してくれて、アンミの欲しいものを言い当ててくれたりするかも分からん。


「ミーシーは、どうだ?お前はなんか欲しいものとかないのか?」


「ドラえもんのポケットが欲しいわ」


「……それは俺も欲しいな。本体もついでに欲しがったらどうだ。あと、一応お金で買えそうなものを挙げてくれ」


「お世辞でも良いから、子供らしくて無邪気なおねだりだなあって言いなさい。お金で買えるものなんて範囲広過ぎて消去法のしようがないわ」


「それは消去法だからだろう。前向きに欲しいものだったらすぐ思いついたりしないか?アンミもちょっとは考えてみてくれ。ミーシーも」


「今のところないわ。小さい頃とかはショベルカーとかが欲しかったけど、ここでは使い道ないでしょう」


「ここではそうだな。使わないで欲しい。しかも割と高価なチョイスをしてくるな」


「聞くから答えてるのに文句言われても困るわ」


 あんまり助力してくれる感じはないな。アンミの欲しがりそうなものをピックアップしてくれるということはなかった。


 思いつきの案ではあるが、アンミ単体をターゲットにするよりも二人まとめて動かす方が当たり障りがないようにも思えてくる。店長の考える募集形態次第というところはあるが、この際二人まとめて勧誘する方が楽かも分からん。


 ミーシーが釣れたらアンミも連れ出しやすいし、アンミが釣れた時にミーシーからアンミ就労反対案が出るのは避けたい。料理スキルは重要な条件ではあるが、ミーシーはミーシーで特殊能力持ちだ。なんなら普段サボってても十分給与に見合う働きを期待できる気はする。


「…………」


「ないか?……なんにもないか?」


 アンミはまだ考え中のようで、ゆっくりと視線と首を左右に揺らしている。何も即断が必要なわけではないからじっくり考えてくれて構わないんだが、……出てこなさそうだなという感想は抱いた。


「なんにもないかも……。どうしよう。あ、そうだった。スイラお父さんが料理の……、キッチン用品、欲しそうに見てた。色々あるなあって」


「アンミが何欲しいか聞いてるのよ」


「うん。でも、スイラお父さんがもし欲しいなら私もそれ欲しい。買ってあげたい」


「そう。お父さんはアンミが欲しがるかと思って見てただけでしょう。お父さんがそんなの買って貰ってもそれをまたアンミにあげることになるわ」


「そうなんだ。じゃあ……、そんなにやっぱりない。ミーシーはなんにもないの?スイラお父さんは欲しいものない?」


「私はないわ。お父さんはあれでしょう。教養とか慎み深さとかそういうのが欲しいわ。あと、善良な心が欲しいわ」


「…………。買える物でなんとかなったりする?」


「なんともならないわ」


 さすがにお父さんまで巻き込むつもりはないが、一瞬料理の話題も出たからちょっと角度を変えて質問してみることにした。料理が好きというだけで引き受けてくれるような運びになる可能性もある。


「趣味とかでも良いんだ。ああ、そうだ。おやつがあるんだが食べるか?美味しいかどうかは分からんが、バイト先の店長から、お土産をな、貰ったから」


「あら、ありがとう。そんなにお腹は空いてないけど、ちまちまいただきましょう」


 机から饅頭を持ってきて包みを破ってとりあえずミーシーに渡した。ソファから降りて食べてくれるようだ。ごみだけ捨てて俺も座ることにする。箱の中には、四角くて茶色くて中央に凱旋門らしき焼き印の入ったお菓子が並んでいた。


「饅頭、……というのが、間違って広まってないか?饅頭っぽくない気がする」


「紅葉饅頭も別にこんな感じでしょう。饅頭なんて元から何かで何かを包んでたら饅頭というレベルなのよ、きっと。日本でも大概そうでしょう?」


「そうか。紅葉饅頭と言われると確かに……。紅白饅頭とかよもぎ饅頭のイメージだったから……」


 一つを口に入れてみる。紅葉饅頭と言われた後となっては特にこれといって違和感などもない。善くも悪くも極々普通のお茶菓子のような味わいだった。カステラみたいな生地の中に餡子が入っている。


「どうしよう、感想とかあるか、これ?一応フランスのお土産ということで店長から受け取ったんだが、味なんかは普通としか言いようがないぞ」


「まあ、フランスの味もするでしょう」


「そうかなあ……。そうだと良いな。アンミも食べてくれ。良かったら感想を教えてくれ」


「うん、ありがと健介」


「なあところで、……食べながら聞いててくれたら良いんだけどな。アンミは、料理するのは好きか?」


「アンミは料理するの嫌いでしょう」


 アンミはまだモグモグと口を動かしていて、俺の質問にはミーシーが代わりに答えた。それはともかく、どういう意図での発言なのかは分からない。アンミ当人目の前にしての言葉であるから、俺も『そんなはずないだろう』とは言いづらかった。


 アンミが料理するのを嫌がっているなんて素振りを見たことがない。ということは、俺の勧誘先読みで予防線を張ったということになるんだろうか。ただ、説得力などはない。


「料理が嫌い……?そうなのかな。そうなのかも。…………。ミーシーお茶いる?健介も」


 内心ぎょっとしながら、「ああ」とだけ返した。


 普通好き嫌いなど他人の意見で変わったりするはずがない。がだ、ことアンミに限っては、こうまで容易く、ミーシーの言葉に思考を左右されてしまうのか。アンミは別段深く考え込んだ様子はなかった。適当な相槌のつもりで返しただけだろうとは思う。


 なんなら『嫌いだ』と断言したわけでもない。そういう一面もないことはない『かも』と言ったに過ぎない。だがこれは、相当旗色は悪い。ミーシーの何気ない一言でアンミの趣味嗜好までひっくり返る可能性がある。一時撤退が妥当だと決めるには十分な一幕だった。


「あ、そうだわ。永遠の愛とか永遠の命とかが欲しいわ。欲しいもの聞いたでしょう?」


「夢があって良いな。そしてまあ、一般的には物欲を抑えて清貧を心掛けるのは良いことだ」


「ちょっとは金汚い人間という印象も薄れたでしょう?」


「別に元からそんな印象はない。ポーズでやってるなら、素直に欲しいものがあると言ってくれた方がこの場合は助かる」


「まあちゃんと考えてみましょう。いよいよ欲しいものが何もないとそれはそれで向上心がない人間みたいで嫌なのよ」


「そんな肩肘張って買うこともない。適当な娯楽や趣味でも探してくれという程度の話だ。お前が俺にくれた本など、表紙が一瞬面白いという刹那的な娯楽ためにお金が使われてるわけだろう。単価が高くなければそういう水準でお金使うのでも良い」


「無駄遣いだと思っててくれて良いわ」


「俺への教育投資だとでもしておこう。何か一つでも、学ぶところがあると良いな」


 超人類は一応ノルマということにしておくか。俺の方の読書もなんかこんがらがってるから、一度思い切って中断して、頭を整理してから取り組んだ方が良い気はしている。気分転換にはなるかも分からんな。


 そこへアンミが茶を用意して戻ってくる。アルバイトの件も、一旦保留にしておいて、アンミとミーシーから『暇だ』とか『退屈だ』とかそういう台詞を聞くまで待つのが良さそうだ。あるいは少しすれば欲しいものを思いついてくれるかも知れない。その時になったらさりげなく求人があるぞと誘ってみることにしよう。


 今はちょっと、タイミングを逸してしまった感がある。


「ありがとうアンミ」


 俺の尋ね方が悪かったというのもあるだろうし、先を読んだ布石かどうかは定かじゃないが、ミーシーがアンミの料理意欲というのを不適当に見積もっている。これも今、言い争うことはない。見直しする場面というのがいずれ訪れる。


 アンミ本人から料理が好きだと聞けば済むことだ。波風立てないように時間を改めて聞こう。また、饅頭を一つ口に放り込んで茶で喉を通す。


「二人はまだテレビ見てるか?俺はもう二個で満足なんだが、後の饅頭は任せて良いか?」


「いただくわ」


「……健介も一緒にテレビ見たら?」


「ん、……まあ、誘ってくれるのは嬉しいんだが、昼間にそう面白い番組やってたりしないだろう。俺はほら、ミーシーから貰った本があるからそっちを読んでることにする。面白い番組やってたら教えてくれ」


「そっか。うん」


 自室へ戻って伏せてある本と読み掛けの本とを入れ換えた。著者来歴と目次はさっと流して本文から読み進めていく。幸いといって良いのか、難解な文章で始まったりはしなかったし、いきなりトンデモ理論を展開して読者を置き去りにするということはないようだ。どのようにして超人類に目覚めるに至ったかを、丁寧に語っていくスタイルで進行している。


「それ読むことにしたのかニャ」


「ちょっと気分転換挟んだ方が良いかと思ってな。そういう意味では気兼ねなく軽く読める本だ、これは。全くの実用書を持ってこられても困ったには違いない。良い本だな。頭をリセットするには最適かも知れん」


「気に入ったならミーシーにもそう伝えてあげると良いニャ」


「どうだろうな。…………。もしかすると、これはちょっと面白いかも知れん。魔法を使えると信じているおじさんの自叙伝として読むと、なんかこう、ちょっと面白い。あるいは異世界へ旅立ったおじさんの日記という視点で考えるとちょっと面白い」


『ハレルヤ!私は宇宙の理へ、自らの感覚を開くことに、この時初めて成功したのだ!』


 人類の多くの苦悩や葛藤にも、超人類であれば全て答えを用意できるとのことだ。


 文体から察するにそれはおそらく本心から、信じて綴られている。幼稚で不毛な理論だと言ってしまえばそれまでだが、心根の優しさというのか、真剣さというのか、『人類のためを思って書きました』というのが見え隠れする。


 書いてあることはファンタジーとはいえ、真摯に啓蒙を目指す姿勢に不快感はない。ということで、俺自身はここで唱えられる主張を真に受けたりはしてないながら、このおじさんの艱難辛苦の旅路をちょっと遠巻きに見守ることが楽しく思えた。


「面白いなら良かったニャ」


「思ってたよりはな」


 不思議と読みにくさは感じない。説明も逐一丁寧で分かりやすい。ぼんやり文字を追うだけで、なんとなくは言いたいことが分かるような構成にはなっていた。特に時間を気にすることもなくすらすらと読み進められる。


 まあ、分かりやすい、分かるというのはちょっと語弊があるかも分からんな。言いたいことは理解できるが、この本では理屈などは重要視されていない。


『読者の中には科学的な根拠を求める疑い深い者もいるかも知れない。しかしながら、科学を超越したものを、科学では証明できまい。例えば、私が浄化エネルギーを注ぎ込んだパンはおよそ一年八カ月の間、カビ一つ生えなかった。農薬をはじめとした有害な化学物質も除去されていることが分かった。これは厳然たる真実であるが、そこに科学的な理由を見出すことはできない。』


 このくらいであれば、なるほど言いたいことは分かると、読み進めていくことができる。なんならジョークで言ってるわけじゃないところがいっそ面白い。


 カビが生えなかったパンと銘打って写真が掲載されているが、モノクロで粗い画質なため本当にカビが生えていないのかは定かじゃない。仮に本当に二年近くカビが生えなかったパンだとして、浄化エネルギーを可視化してくれるわけではなさそうだ。単なるパンらしき物体にしか見えない。


『高熱で寝込んだ老人にエネルギーを注ぎ込むことによって、体内の毒物が浄化され、血液がさらさらになり四百ミリリットル増え、ウイルスや細菌も駆逐された。その老人は一晩で体力を回復し、私が浄化エネルギーを送り続けた間に見たという神秘体験を語って聞かせた。老人は一時的に宇宙との対話が可能になり、未来に起きる重大な出来事を知らされたのである。私が(宇宙軸の崩壊が近いのだね)と語り掛けると、老人は一度注意深く私の顔を観察し、その後ゆっくりと頷いた。』


 概略として、まずこのおじさんが超人類へ目覚め、宇宙軸の崩壊に危機感を抱き、手始めに国内で浄化エネルギーを注ぎ込んだ奇蹟の樹木を植えて回る旅を始めた。


 その後は国内だけでなく世界各地に植林をして、一時的に、世界の崩壊を回避することに成功した、という話だ。このおじさんによれば、この行いは何も特別に天命を授かった人間だけが行えるといったものではないらしい。


 日々魂のステージを高めていけば、自然と身の回りが浄化されていくし、植林をすればそれが宇宙軸を繋ぎ止めることになるのだそうだ。まあ、およそ無害な活動だとは思う。そっと遠くから応援してあげたい気持ちが芽生える。


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