三話⑰
「そういうことなのか。そう言われると店長から貰った感がここまで感じられるお土産ないな。お土産ポンコツランキングのトップ塗り替えだな」
「陽ちゃん毎回文句ばっか言うから。何?もうじゃあ前もって聞くようにしよっか?」
「いや、まあなんだかんだ一瞬面白いから口出さないようにしてたのだ。ちょっとつまらない映画とかだと見る気しないのだが、びっくりするほどつまらない映画はもう逆に面白かったりするし。健介も一応分かってて欲しいのだが、これ店長ボケでやってないからな?そこまでセンスが飛び抜けるともう才能だよな」
陽太は箱を両手で掴んで掲げ、「北海道限定カレーが霞むなあ」と言った。
その北海道の件は俺も知っている。だから確かに、当初から『それらしい』お土産を、あんまり店長に期待することはないのかも分からん。
店長が北海道で滞在中に買ってきたお土産というのが、北海道限定だったか札幌限定だったか、そんなふうに銘打たれたレトルトカレーだった。今日の昼に食べるかどうかをミーシーと言い合ったのがまさしくそれだ。
俺もまあ当初は特に悪い印象もなくそれを受け取っていつか食べようと思っていた。陽太も別に受け取った時点では残念ポイントを見つけていたりはしなかったんだろう。文句も言ってなかったように思う。
北海道はニンジン、ジャガイモ、タマネギなんかの名産地ではあろうし、そういう素材を使ったレトルトカレーもまあ、北海道のお土産としては特に違和感はない。がだ、おそらくその翌日に陽太がこんなことを言い出した。
『一つ食べてみたのだが、全然北海道らしさが分からない上に、近所のスーパーで同じメーカーの目茶苦茶よく似たパッケージのカレーが売っていた』と。
……で、よせばいいのに、陽太はすぐにそのよく似たパッケージのカレーを買って食べ比べをしてみたらしい。
結果、陽太が話すには、『味が全く一緒で、パッケージを開けたら絶対どっちがどっちか判別できない』とのことだった。
陽太は店にもその北海道限定とそうじゃない商品のパッケージを持ってきて具材の違いすら見出せないことを、俺と店長本人に、面白さポイントとして指摘したのだった。
店長は店長で『陽ちゃんの舌が馬鹿なだけだよ、絶対味違うって、健ちゃんは食べた?』なんてことを聞く。
俺も内心、店長の味方をしてやるべきだろうなと思いながらも、『北海道限定』と追加で印字されているだけのパッケージ差にうさん臭さは感じてはいた。陽太の証言通り、裏面は成分表示から説明書きから一字一句違いがなかった。ということで、とりあえず俺は中立でいることにしようと決めて、繰り返し質問を受けても『まだ食べてないです』というのを貫いた。そして実際にまだ食べてない。そっと戸棚にしまい込んだままになっている。
「でもこれパリでしか売ってないやつだよ?多分」
「まあそうでしょうね。別の場所で売ってたらそれこそ意味が分からんし」
「きっとフランスの饅頭職人が作ったのだな」
「じゃあそれで許してくれる?」
「まあ俺は良いのだが、健介も怒ったらどうなのだ?多分なのだが店長失踪騒動のせいで相当落ち込んでただろ、健介は。失踪直後は電話も出なかったし、ちょっと回復したと思ったら現実と空想の区別がつかなくなってたのだ」
「落ち込んではいた。電話は携帯が壊れたからだ。現実と空想の区別がつかなくなってたのは別に原因がある。というか区別がつかなくなってたりはしない」
「なら良いのだが」
店長失踪と重なるタイミングではあった。それをきっかけに突然変なこと言い出すようになったと思われていても仕方ない。実際変なことが俺の目の前で起こったんだとわざわざ説明する気にはなれなかった。特にミーシーから口止めもされていないが、俺から騒ぎの火種を作るつもりはない。
それに加えて店長も陽太も、おそらく順当に、俺へ通院を勧めることになるだろう。『魔法に詳しいお医者さんの知り合いがいるから、そこへ一緒に行こう』なんていうふうに。
「じゃあ、一旦お土産の苦情は置いといて、陽ちゃんなんかは説明聞かずに電話切るからもう一回話すんだけど、またね、少ししたらお店始めようと思ってるんだよ。で、テーブルとチェアを買ってきたわけ。それでね、二人に来て貰ったのはお土産渡すのもそうなんだけど、また改めてね、三人で……、ううん、三人で、お店頑張ってやっていこうねって、それをお願いしたかったんだよね」
「もちろん。健介嫌になってないよな?」
「ああ。じゃあ、改めても別にないですけど、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。良かったあ。二人ともやる気でいてくれて。じゃあどうしよう。今日はお願いすることないんだけど。掃除もまあちゃんとできてるし内装入ってからじゃないとね」
「掃除ないなら俺は帰ります。今後はちゃんと連絡するようにしてくださいね。出掛ける時もだし、店を再開する前に手伝い必要な時とかは」
「うん、はい。約束する。じゃあね、健ちゃん」
「じゃあ、また。陽太もまたな」
「なんだ?戦略会議みたいなのしないのか?」
「ん……。どうだ、それは。店長やりたいですか?」
「どうしよう……。やりたくないわけじゃないんだけど、陽ちゃんもそれ宿題にしない?思いつきじゃなくてしっかり考えて戦略作った方が良いしさ」
「そうか。じゃあ次回集まる時までに考えとかないとな。まあ、そんなに考えるまでもなく店長のダメなところはすぐ見つかると思うのだが。十個くらいは今すぐでも言えるな」
「僕の悪いとこじゃなくて店の悪いところ考えてよ。言われて直せるようなとこ十個もないでしょ?」
「いやあ、日常的に指摘してるとはいえ、逆に慣れて普通になっちゃってるとことかあるからな。ここら辺でもう一回ちゃんと厳しく見た方が良いんじゃないかと思うのだ」
「あるかも知んないけどさ。まあ良いや、じゃあ陽ちゃんはそれ考えといて。批判をね、真摯に受け止めるのも店長の役目だよね。僕もちょっと色々考えてみるよ。健ちゃんもね、暇なら何か考えといて。あと、陽ちゃんが適当なこと言い出したらフォローしてね?」
「はい、じゃあ」と言って店を出た。店の課題として、各々意見を交換するのも悪くはない。それが上手くいくかは別として、密に連携して問題意識と責任感を持ち話し合うのは大切なんだろう。
陽太はあれでいて、店のことをどうでもいいなんて思ってたりはしないし、店長も無下に却下を連発するようなことはしない。話し合いをして、何かしらのヒントを得られるかも知れない。
ただしそもそも、当初から俺を含めて全員が認識しているはずの問題が一つだけは断定できる。些末な問題はおいおい解決していくとして、調理担当不在の窮状からは脱出を図るべきだ。
それ抜きに広報しようが経費削減しようがあんまり意味はないだろう。それはまあ、俺がジョーカーを手札に入れての感想でもあるわけだが、どういう形であれアンミは、切り札になり得る。一筋の光明には違いなかった。当然、全員の合意を得なくては話を進められないが、まずはアンミに仕事をするつもりがないか打診してみようか。
仮に無理だったとしても、俺への研修の機会を少しばかり作ってくれるだけで良い。急成長は無理かも知れないが、及第点の足掛かりにはなるように思う。
どう探りを入れてどう外堀を埋めようか考えていた。傘を引っ掛けて玄関を開けると、ちょうどまた、我が家の電話がプルプルと音を鳴らしていた。アンミが玄関の方へと歩いてきて「健介、電話が鳴ってる」と報告をしてくれる。
そりゃ、他人の家の電話に出たりはしないか。
「ああ。分かった。すぐ出る」
台所まで小走りして受話器を上げた。
「もしもし」
「あ、もしもし。健ちゃん?あのさ。さっきの話なんだけどさ……」
「ああ、店長、どうかしましたか?」
「うん。別に今どうかしたわけでもないんだけど……。健ちゃんと陽ちゃんが一生懸命やってくれてるんだけど……」
直近、課題を各自考えるということになったからその相談の電話ということだろうか。若干言い出しづらそうにしている。まさか俺か陽太がクビなんて話じゃあるまいとは思うが、三人揃ってのあの場では言えなかったことでもあったのかも知れない。「ええ」とだけ返事してみる。
「お店のことでさ。人手がね、ちょっと足りてないと思うんだよ」
「人はむしろ、余ってると思うんですけど……。お客さんなんて滅多に来ないし」
「そう。お客さんが来ない理由をね、よく考えてみたんだよ。その、……料理できる子いないじゃない?」
まあ、当然、目を逸らさなければ、そういう発想には至る。今更気づいたというよりは、今の今まで指摘する機会に恵まれなかったんだろう。あるいは陽太にはちゃんと話していたのかも分からん。
俺たち全員、料理というのは才能じゃなくて、地道な努力の積み重ねなのだと、信じていたい、時期があった。
廃業を目の当たりにした今の俺なら断言できる。料理は、センスだ。祈りを捧げたところで上達したりはしないし、努力は続ければ続けるほどに、妥協ラインが下がり始める。
最初は確かに理想を抱いていただろう。教科書の通りに作れば美味しいに違いないと思っていた。だが二十歳を過ぎて俺にも現実が見えてきた。いくら俺たちが丁寧に一画ずつ文字を書いてみたところで、字の上手な人間に敵わない。暗算の速い人間相手に、電卓を持って挑んだところで、それでも太刀打ちできない。
芸術の類などそれこそ、お手本や教科書があったところで真似できるはずがない。認めたくなくとも、それを各々痛感していたはずだ。店長などはそれらを慮って、店長本人を含めた努力を見て、今ここでこそ、勇気を振り絞って問題提起をしたんだろう。なかなか言い出せなかった気持ちというのもよく分かる。
「そう、ですね」
「でもさあ、……リニューアルオープンだしさ。できたらちょっとでも良い評判から始まった方がとは思うんだよね。健ちゃん陽ちゃんそういうのできるお友達いない?これはさあ、言うと、その、ちょっと悪いかなとは思うんだけど、健ちゃん陽ちゃん正直料理できないじゃん?」
「そうですね……。ちなみに店長も正直できないですもんね」
「そう。だから、大学のお友達とかをさ、料理係で誰か入れたいと思ってるんだけど、そういう子いない?」
「一応俺も探してはみてたし、そういう人材に出会えてないですね。そもそもそんなに友達いないし。もう一回ちょっと探してはみますけど」
「友達作った方が良いよ」
「まあ、それは余計なお世話だとして、一つか二つ当たってみます。店長それは料理担当も給料出るってことで良いですよね?」
「うん当然。まあ場合によっては話し合いするけど、どうだろう、とりあえずは固定給でお願いしたいな。なんならしばらくはさ、仮営業みたいな感じにして研究会みたいなのもやりたいし。もし万が一ね、お客さんが来るようになったらまた相談かな」
「分かりました。ただまあ、もしも見つからなくても落ち込まないでくださいね。最近は割と、入れるだけで大体美味しいものが出来上がるようになってる調味料とかも売ってるから、そういうのを取り入れるというのも一つの手だし、俺たちもまだ料理の上達を完全に諦めてるわけじゃないですから。一応は、探してみます」
アンミ登用が一番の近道であろうことは分かっている。ただ唯一の最強カードを無効化されないよう、慎重に見極めなくてはならない。断られたら他に手立てがない。
居間を覗き込むと、ソファに座っているミーシーの姿とその少し前の中途半端な位置で立っているアンミの姿が目に入る。アンミと目が合ったと思ったが、アンミはきょとんとして後ろを振り返り、またこちらへと視線を戻した。また俺も首を戻して電話へ向き直る。
アンミはそんなに、冷たく突き放すような断り方はしないようには思っている。ただ、出来ればアンミ側にメリットを感じさせる提案の手順が望ましい。
「僕もさあ、チャーハンなら作れるんだけどね。それをフランス風にアレンジというか……」
「メニューもちゃんと、精査しましょう。ピラフならまあ分かるんですけど、そういう線引きがないから手書きのメニューがもう目茶苦茶だったじゃないですか。作れるから入れるとかじゃなくて、フランス料理を作れるようにしましょうよ」
「まあ、そうなんだけど。でもピラフとチャーハンってグリーンピースが入ってるかくらいしか違わなくない?」
「…………。それをまたバター使った方が良いとか言い始めると、それはもうチャーハンでもピラフでもない残念な料理になるんですよ。実際そうだったでしょう」
「……まあ、反論の余地がないよね」
「とりあえずは人を探してみます。そういうことで良いですか?」
「うん、じゃあお願い」とだけ聞いて受話器を置いた。さてここからが、難しいところだ。俺も陽太も別にアルバイトを苦には感じてない。ただ一般的なアルバイトのイメージからすると、ちょっと変な店であることも否定できない。
ありのまま伝えるのが誠実ではあろうが、多少工夫してポジティブな面を押し出さなくては、変な店で働きたくはないと一蹴されてしまう可能性がある。客がいなくて寂れた店だと言うよりは、自分のペースで仕事ができる楽な店だと伝えた方が良いだろうし、うっかり屋で無計画な人が店長だと言うよりは、温和で優しくて思いやりのある人が店長だと伝えるべきだ。
アンミ相手にあんまり嘘はつきたくない。
賑わってはいないが、良い店だ。店長は良い人だ。陽太は、……陽太をどうしよう。悪い人間ではないんだが、上手い形容が出てこないな……。
それよりいっそ、アンミ側からそういう意欲を引き出す戦略の方が良いかも知れない。アンミが働く意欲を見せたらそこで良い仕事があると紹介してやる方が、スムーズに話が進みそうだ。
この場合、確認するのは二点だけで済む。『お金が欲しいか』と『料理が苦にならないか』だ。ただそれだけなんだが、……ミーシーがいるとなると俺の思惑など透けてるだろう。雑談のように話題を振るのはやりづらい。




