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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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三話⑯


「なるほど、確かに……。これ、店長が片付けたんですか?」


 事務所の方はともかく、店内にはテーブルも椅子もない。中に入ってしっかりと目を向けると、ああ、結構な広さだったんだなあと思う。


「ううん。一応ね、業者の人にやって貰ったよ。チェアはともかくテーブルなんかはバラさないと外出せないしさ」


「言ってくれたら手伝ったのに……。というか、まあ、バレないように片付けたってことなんでしょうけど」


「そうそう。健ちゃんと陽ちゃんにバレないようにしないといけなかったしさ」


「はあ」と気の抜けた返事を返す。片付け業者の相場も知らんし新調するインテリア一式でどの程度したのか分からんが、……本当どこからお金が出ているんだか。俺や陽太の給料なんかも資金源が不明ではある。


 俺が見てきた限りでいえば、百パーセント、赤字経営だと断言できてしまうわけだが、当の店長の金への執着のなさはその逼迫さをまるで伝えない。


 借金はないと店長本人が言っているし、俺が初めて給料を受け取った時に不審さを伝えた際、陽太は金持ち道楽なんだろうてなことを言ってたりした。本当に、資金面での心配はしなくて良いんだろうか。まあ、世の中確かにどうやって運営されてるのか全く分からんような店も多いわけだが、それすらおそらく何かしらの仕組みがあって成り立ってるものだろう。


 店長の場合は単に無計画の楽観姿勢に思えてならない。あんまり口を出すような部分じゃないにしても、いつかお金がなくなって今後こそ本当に廃業なんてことになるかも知れないし……、余計なお世話だとしても一応聞いておいた方が良いのかな。


「あんまり……、俺が口出しすることじゃないとは思うんですけど、お金大丈夫なんですか?」


「お金?ああ。今ちょっと分かっちゃった。健ちゃん、僕が無計画にお金使ってると思ってるでしょ」


「…………。ええと。そういうつもりじゃないんですが、今回いきなり廃業とかいうことになってたから……、ちょっと不安になってるという一面が、あったりは、しますね」


「今回はちょっとイレギュラーだったけど、ここのところずっと黒字ではあったしさ」


「そんな馬鹿な」


「まあ、店は赤字だよ、そりゃあね?でもなんでか、健ちゃんがお店に入る前なんだけど、その頃はちゃんとまあ、食べられないことはない料理を出してた時期なんだけど……」


「なんか俺が?え、俺が入って料理がダメになったわけじゃないでしょう。ああ、そういうことか。人がいた時ですね?」


「うん、そうそう。というかね、料理ができるかどうかは関係なしに、その頃くらいにいきなりねえ、食材が安くなったんだよね。スーパーとかで野菜とかお肉とか売ってるじゃない?あれがもうどういうことなのか分かんないくらいいきなり仕入れの値段安くなったわけ。どっか大きいところ潰れたりして余ってるってことなのかなあ?それをコツコツ貯めてたから今回はその貯めてたとこからお金出してるよ」


「まあでもそれ、赤字の程度が軽減したってだけなんじゃないんですか?収益は出ないでしょう。お客さんいなかったら……」


「お店は、ほら、まだまだこれからみたいなところがあるから……」


「これからというか、今現在、逆走してるわけですよね……」


「健ちゃん経営の心配してるの?そんなとこは全然心配しなくて大丈夫なんだよ?ちゃんと計画立ててお店のお金は管理してるし、いざね、本当にヤバイってなったら、野菜とか肉とかそのまま売れば収益出るんじゃないかな?スーパーとかがあんなに高いと全然勝てちゃう気がするんだよね」


「そうなんですか。じゃあなんでそれやらないんですか?」


「ええ……。それやっちゃったらもう料理店じゃないじゃん。健ちゃん何言ってんの?フランス料理の店だよ、ここは。野菜そのまま売ってたら八百屋になっちゃうでしょ?」


「そうなんですけど……。じゃあそこは最後の一線なんですね?」


「最後の一線というか、まあここは僕が死ぬまで料理屋さんだよ。確かにね、実際問題、健ちゃんの言う通りお客さんは来てないわけ。だからこうして、話し合いとかもしないといけないし、テーブルとかもね、新しくしようってことにもなるんだよ?」


 経営努力こそすれ、営利目的の店だったりはしないということなんだろう。現状、食材を台無しにしてから販売して不評なわけだから、仕入れ値が安いのなら野菜そのまま売った方が儲けはありそうだ。お客さんも増えるだろう。だがそこは店主のプライドというのか、商材を変えての経営転換というのはしないつもりらしい。


「店長は……。その、直球な質問であれなんですけど、お金持ち、なんですか?」


「僕が?ううん……、僕がお金持ちとかってわけじゃないんだけど。お店のお金ってのはね、どうやって説明したら良いんだろう。健ちゃんなんか余計な心配しちゃうからさ。僕もあんまり詳しくまでは言いたくないんだけど……。まあそのね、このお店のためのちゃんとした口座があるわけ。そこできちんと運用されてて、そこの収益でこのお店が回ってるわけ。ね?だから、総合的なこといえば黒字だし、僕は死ぬまでここでお店をやることに決めてるの。安心した?」


「店長がお金持ちじゃない?まあ、店長確かにお金持ちにはあんまり見えない感じなんですけど……、スポンサーがいるみたいなことなんですか?」


「スポンサー?まあ、大体そういうことかな」


「それ、……でも、営業状態が悪かったら資金引き上げられたりしませんか?」


「ほらもう余計な心配するからあ……。自分のお店が持ちたいって人がいるの。経営状態が悪くても笑って許して頑張りなさいって人がいるの。僕はシビアにやってるよ?健ちゃん陽ちゃん遊びに連れていくよりもテーブル買った方が良いなあって厳しい判断してるでしょ?」


「そこは当然の判断なんですけど。すみませんでした余計なこと言って。俺もこの店は続いて欲しいと思ってるから……」


「やめてよもう。リニューアルオープンなんだよ?もうちょっと明るくさ。上手くいった時のこと考えようよ。そうそう、ところでお土産あるんだよね。陽ちゃんすぐ来るって言ってた癖に全然来ないからもう先渡しとこうかな」


 根掘り葉掘り聞かれるのを嫌がってなのか、店長は一度事務所の方へ歩いていき、少しよれた紙袋を手に取った。


 俺は改めてこの店内を見回して、やはり何も残っていないことを確認して、店長の思い描く未来予想図というのを想像してみる。どうにもそれが上手くいかなかった。


 店長がガサゴソと紙袋からお土産を取り出す音以外、何も頭の中に浮かんでこない。美味しそうに料理を頬張る家族連れ、挨拶を交わす常連客、賑わう店内、店長の笑顔、どれもまあ、言葉でこそ頭に浮かんでも、映像としては真実味に欠ける。


 目下課題として、料理担当不在という料理屋にあるまじき実情の、解決を目指さなくてはならない。どうやってという部分に、アンミがはまり込むんじゃないだろうか。


 ちょっとずつ外堀を埋めて、アンミに協力を願う。それなら俺にもできるかも知れない。アンミを、調理担当に据えるか、俺がアンミに教わるか、それを断られたとして、アンミが料理をしている様子をこっそり観察して学習することはできる。ちょっと嫌がられるかも知れないが、一応試すまでの手段は持っている。


 それを明るい展望に結びつけるのは若干楽観的過ぎるようには思うが、何もできない何もやらないよりはいくらもマシだ。


「僕らが座る分のチェアくらいは残しといた方が良かったかなあ。あれくらいだったら運ぶのそんなに難しくないしさ。はい。これとこれ。健ちゃんの分」


カウンターの上に、箱が一つと、小さなキーホルダーが載せられた。


 小さなキーホルダーの方はまあ、分からなくはないんだが、……いや、ちょっと不思議な部分というのがある。『凱旋門』と、漢字で書かれていた。


 見た目はエトワール凱旋門っぽい、……が、なんなら日本でも売ってそうだ。そこはとりあえず気にしないことにしても下に置かれた箱の包みに、『凱旋門饅頭』と、これまた漢字で書かれているのは一体なんなんだろう。


「凱旋門饅頭と、凱旋門キーホルダーだよ」


「ああ、ありがとうございます。……饅頭なんですか?フランスなのに?饅頭っぽいフランスのお菓子とかじゃなくて」


「いやそれ僕も思った。パリって饅頭名産だったりしないんじゃないって、僕も聞いたんだよ。でも店の人が言うにはさ、フランス語で書いてあるのは買わない方が良いんだって。あんまり日本人に合うように作られてないらしいからさ、その点饅頭だし、漢字で書いてあるからこれが人気なんだって。そう言われるとまあ一理あるよね」


 なるほど、フランス語読めない日本人観光客にとっては、安全な選択肢になり得るのか。喜びとか感動とかは薄いな。


 まあ、貰った側からすると全然フランスっぽさの感じられないお土産ではあるが、それこそ変な冒険をして食べられないお土産や価値の分からない巨大なオブジェを買ってこられるよりは全然マシだ。パリの名産品というのも知らないし、ナマモノとかだったら困るし、……まあ無難な、お土産か。


 愛想笑いを浮かべながらそれを見つめていると、入り口の方からガチャンガチャンと物音が響いて陽太が姿を現した。


「店長が戻ってきたのか?店長もう死んでると思ってたのだがっ」


「陽ちゃん来るの遅くない?電話した時すぐ行くとかって言ってたのに。死んでると思ってて生きてたらもうちょっと急いで来ない?」


「どこ行ってたのだ、店長は」


「話す間もなく切ったじゃん、陽ちゃんは……。フランス行ってたんだよ、ごめんね、心配掛けて」


「本当なのだがまったく……。店長はすぐ心配掛けるからな。電柱とかに顔写真張ろうか考えてたとこなのだ。迷子人、……みたいな」


「健ちゃんにはもう本当ごめんだったけど、陽ちゃんは僕の心配とかしてないでしょ、本当は。ペットじゃないんだからそんなんで出てこないよ」


「でもまさか外国だったとは思ってなかったのだ。店長はよく考えると何回も前科あるからな。北海道行くだのインフルエンザだの、今回ちょっと長かったから少しは心配してたのだ。ちっちゃい子でも勝手にいなくなったらダメだって叱られるの分かってるはずなのだが?健介もちゃんと言ったのか?言わないと分かんないのだぞ、このおっさんは」


「うう……、そこは、言い返せないけどさ」


「いや、言い返してくださいよ。……陽太もまあ、そういう言い方はしないでやってくれ。怒ってるのか?」


「そりゃ怒ってるのだが?店長一生店やるとか宣言しといて無断欠勤だぞ?社会人的にはもう完全失格だろ」


「まあ、確かに……」


「確かになんだ。僕の擁護してくれるような雰囲気だったのに」


「こっちとしては言いたいこと山ほどあるのだ。全部店長のための善意のアドバイスなのだが」


「陽ちゃんほら、お土産、お土産あるから機嫌直して?」


「え、……くそぉ、そんなの出されたらもう何も言えないのだが」


「善意の進言なら言えば良いだろう、別に……。ただ敬意を持ってな、雇い主なんだから」


「まあ健介が言うのは、一応は分かるのだが……、店長が雇い主の立場を利用して強い態度に出たらそれこそ弾劾だぞ?」


「お前もなんだかんだ強い態度で弾劾してるだろう」


「どっちもどっちだよね。お互い様だよ。陽ちゃんはもうさ、昔からこんなんだったから僕も言われても右から左へするぅってどっか行っちゃうしさ」


「ジェスチャー逆なのだが、健介ツッコミないのか?」


「いや、すまん。気づかんかった。店長あの、右から左へなんでこっちからこっちです」


「うんうん。でもね、今回は本当に僕が悪かった。二人揃ったしちゃんと謝っておくね。ごめんね、勝手に店休んで連絡もしなくて。これお詫びみたいなもの」


「…………。許してあげようと思った途端に、出されたのが、これはどういうテンションで受け取るものなのだ?フランス行ったと聞いたはずなのだが。お詫びの品としてはもう逆撫でしてるようにしか見えないのだが……。これはひどいな。元々全然期待してなかったのを更に下回ってくるとは思わなかったのだ」


「ええ何?気に入らないの?気持ち良く貰ってよ、そこはさ」


「じゃあ、店長ありがとうございます。ありがたくいただきます。……これ、ただ店長、本当に善意のアドバイスなのだが、俺と健介以外に渡す分はちゃんと下調べしてからの方が良いと思うのだ。貰う人の方も困惑すると思うのだ、これは」


「そんなことないよ。健ちゃんはちゃんと普通に受け取ってくれてたよ」


「健介疑問ないのか、これについて」


「まあ、説明聞いたから。大体経緯が分かったら納得できるだろう。向こうでも日本人観光客用に日本語のお土産が用意されてるようだ。お前もパリの特産品なんて知らないだろう。変にゲテモノやすぐ腐るもの買ってこられたらそれこそ困ったはずだ」


「パリはまあ分からんのだが、ワインとかチーズとかはフランスじゃないのか?なんにせよフランス情緒っぽくて腐らないもの選ぶと思うぞ、普通は」


「店長はまあ、フランス語で書かれてると読めないから……」


「そうなんだよねえ」


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