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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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三話⑮


「まあ……。こういうのはでもな、一応伝えておいた方が良いということを痛感したんだ、俺は。じゃないと行き違いで大変なことになったりということもある。お前はそういうことないのかも分からんが、一般人は連絡とかな、話し合いをちゃんとやった方が良い。なんならお前も無駄だと思っててもやってくれた方が良い」


「ええまあ善処しましょう」


 こうして三人揃って話しをしてみると、ちらりと遊園地の予定についても頭の中に浮かんできた。が、この場では示し合わせたかのように二人ともその話題を口に出したりはしない。俺も自分の予定と料理の感想とで頭が占められている。特段ここで言い出すつもりにはなれなかった。


 一旦は店長との話し合いを終えてスッキリした上で考えた方が良いだろうし、ミーシーがそれなりに都合をつけてくれた方が良い気もしている。もしかするとアンミからミーシーや俺への要望というのがあったりするかも知れないし、アンミがミーシーの抱える不満というのに気づく時間というのが必要かも分からん。


 とりあえず二人から話が出ない限りは黙って食事を楽しむことにしよう。モグモグと食事を続けながら、ミーシーのメモ書きレシピが役に立ったのかとか、調理で苦労はなかったかとか、そんなことをアンミに聞いてみた。


 およそ想像通りというのか、レシピなどはアンミに分かるように、作られているらしい。アンミが困るような場面というのはなかったようだ。アンミの調理技能によってなのか、ちょっとくらい端折られていても通じるようにはなっているとのことだった。長年に渡って業務分担してきた成果なんだろう。


 飯を食い終えて皿を重ねて「ごちそうさま」とだけアンミに伝えて、俺はすぐに店へと向かうことにした。電話で安否の確認が取れたとはいえ、この目で実物を確認するまではまだ実感が薄い。


 玄関先に置いてあった傘を手にして、何を期待してなのか少し早足で進む。たった数日会っていないだけでこうも心細く感じられるものか。いざ店長と会ってしまえば、……別にこれといって感想なんかはないんだろうが、少なくともそれまでは歩幅を縮める気にはならない。


 下手をすればこうして歩く風景の全てが懐かしくさえ感じられる。見慣れているし、見飽きてさえいただろうに、それが少しばかり感傷的に胸に刺さった。歩き慣れた道の一つ一つを注意深く観察しながら、それでも歩みは緩めずに進む。そんなこんなで俺もある程度急いでいたわけだから、ちょっとした出来事くらいだったら無視を決め込むつもりではいた。


 店も間近に差し迫ったところで、それを『ちょっとした出来事と評価して良いのか極めて微妙な事態』を遠目に発見してしまった。


 傘から手を出して雨の具合を確認してみるが、当然、傘を差さずに出掛けるような天候だったりはしない。が、俺の視線の先では傘も差さずに、歩いている三人の集団が見えた。その内二人は黒っぽいスーツを着ている。それだけだったら俺はわざわざ視線を留めたりしなかった。


 見ず知らずの人に傘を差し出すなんてお節介を焼くつもりはないし、雨降ってますよなんて常識以前のことをわざわざ説明する気もない。


 ただ一人、これまた雨を気にする様子なく歩く人物の後ろ姿が、黒服に視界を遮られてとはいえ、俺のよく知る人物のように思われた。そいつの場合は俺は傘を貸してやるくらいの義理はあるだろし、なんなら雨が降っていることを教えてやらなくてはならない。


 とはいえ何故?黒服と一緒に歩いているのかはちょっと想像がつかなかった。もし黒服が一人であれば、保護者ということも考えられなくはないが、背格好からしてどう見ても男性が二人いる。


 向く先を変えてそちらへ少し早足で近づいてみることにした。


 その間にちらりちらりと見える一人の姿はやはり、俺の友人の持つ特徴とよく似ている。背格好ももちろん、金色の髪の長さも、そっくりそのままミナコと重なる。


 そしてミナコであるとすれば、俺の想像が及ばないような、とんでもない事態を引き起こしている可能性がなくはなかった。


 まさかとは思うが、ヤクザか何かにケンカを売って……、本人に自覚はなくともそういう振る舞いをしてしまって、連行されている途中にも、見えなくもない。


 さすがにそれはフィクションの中の出来事だろうなと、思いながら数秒が過ぎた時、後ろからエンジン音が近づいてくるのに気づいた。地面に水たまりがないことを確認してふと首を上げると、黒塗りの車が俺の横を通り過ぎていく。


 単に黒い車なだけであればさして珍しいわけじゃないが、ゴツイ感じのワンボックスカーで、高級車などはそういうものなのか、後部座席とリアウィンドウがガラスとは思えないほど真っ黒に塗りつぶされていた。


 田舎の細い道を走るにはあまりに不似合いで異様な空気を放っている。そしてその車が、俺の二十か三十メートル前で停車し、後部座席のドアを開ける。


「…………。これはもしかして本当に、ヤバイやつか」


 俺がタッタと駆け出してから、ものの数秒の出来事だった。一人の男が車の中から傘を受け取りそれを差す。俺がその場に辿り着くのとほぼ同時にドアは閉められてしまった。そして、スーツの男が、一人だけで傘を開けて立っている。


「あの……、すみません」


 男らは俺が走って近寄ったことを分かっている。当然、ミナコも俺の存在に気づいたはずだ。いや、分からんか。傘や男が邪魔をしてこちらの顔までは見えなかったかも知れない。


 でだ、この場に一人男が残っているということは、一人の男と、ミナコらしき人物は、車の中に既に乗り込んでいる。


「さっき、金髪の女の子が車に乗せられてるように見えたんですけど……。あっ……」


 黒塗りの車は男一人を置いて走り出してしまった。慌てて視線で追ったが、せいぜいナンバーを覚えるくらいしかできない。ソラで暗唱できるかを何度か確認した。ドキドキはしている。


 だがまだ、刑事事件だと決まったわけじゃない。スーツの男側の言い分というのも聞いてみなくてはならない。傘の傾け具合を調整して、ちらりと男の顔色を窺った。


 特段こわもてというふうでもないし、歳もおそらくさすがに俺よりは年上だろうがまだまだ若く見える。男も走っていく車の後ろを眺めていて、車が視界から消えてようやくこちらへと振り返った。


「どういう、ご要件ですか?」


 恫喝的でもないし、嫌味も含まない声色だった。思い当たる節もなさそうに、それでも大人らしく丁寧に言葉を投げ掛けている。ただし、感情のない定型句のようにも思われた。


 俺は一応、慌てた様子で駆け寄って、言葉足らずとはいえ、用件について一部触れている。まるで何事もないかのように、なんなら突然話し掛けられて困惑していますと言わんばかりに俺に向き直ってから何事かを尋ねてくる。


「今、車に女の子が乗りませんでしたか?」


「女の子……?車に?その前にどんな用事なのかを聞きたいんだけど」


「いや、……用事というか。知り合いの女の子が車に乗せられてるように見えたんで、気になったという話なんですが」


「知り合い……。知り合い……。それはないと思うよ」


 これは、……すっとぼけてるとみて良いだろう。車に乗り込んだ人物がもしミナコじゃなかったにせよ、知り合いじゃないなんて断言できるはずはない。


「金髪の……、女の子が車に乗りませんでしたか?」


 俺が『金髪の』と言った時に男は少し眉を上げて反応した。俺からは見えていないと思っていたんだろうか。男は片手を顎に当て、少し考えるような素振りをした。


「金髪の女の子……。まあ、さっきの車に乗ったけどね。でも君の知り合いとは別人だと思うよ」


 他人の知り合いを全部把握できるはずがないんだから、誤魔化そうとしてるのは間違いないだろうと思った瞬間、続けて男は平然と「なんなら連絡してみたら?その子に」と言った。


 確かに、普通ならばまずそれを試す。


「それがその……、俺も今携帯を持ってないし、その子も携帯を持ってないんで、今はちょっと、すぐには確認できないというか……」


「なんなら携帯貸すけど。携帯持ってない子でも家にいるなら確認できるだろうし。番号は分かる?ところで、仮に君の知り合いがさっき車に乗ったとして、なんでそんなの気になるの?」


 男は平然と話しながら、ポケットから携帯電話を取り出して画面を確認していた。その行動を俺はどう評価すべきなんだろうか。


 普通に親切な人であろう可能性が急浮上してきた。


 なら何故、車に女の子が乗り込んだことをちょっと隠そうとするのか、俺の知り合いじゃないと断言してしまうのか、それがよく分からない。


 男はそのまま「どうぞ」と軽く微笑みながら携帯電話をこちらの方へと向けた。


「あの……、ちょっと言いにくいんですが、正直に話すと、誘拐かと思って……。ありがとうございます」


 俺が『誘拐』という単語を使ったタイミングで男は控えめに笑い始めた。


「いや、ふふ、まさか。仕事中に誘拐なんかしてられないよ」


「あ、そうですか。そうです……、よね。すみません。勘違いで呼び止めてしまって、すみませんでした。携帯は大丈夫です。近くで電話掛けられるんで。ちょっと、その、本当にふらふらついていきそうな人間だったんで心配になって……」


「ああ、そう?へえ……。面白いねえ。真逆の子を車に乗せてたよ。じゃあ悪いけど、私も失礼して良いかな?これもまあ一応仕事だから」


「ええ。すみませんでした、本当に」


 頭を下げると幸いなことに、その男性は俺の当初の目的地とは逆の方向へと歩いていった。あの反応を見る分には誘拐などは早合点の見当違いだったんだろう。勘違いでいらぬ恥をかいた。


 金髪なんていう目立つトレードマークがあると、背格好が似ているだけで錯覚してしまうものかも知れない。一応、万が一に備えて、念のため店長に電話を借りてミナコに連絡はしてみることにしよう。雨の日だし普通に家にいるかも分からん。


「…………。ちょっと疲れてるのかもな」


 という言い訳を、誰にともなく口にする。ミナコと会えなかったり、店長がどっか行ってしまったり、陽太に対して罪悪感を抱いているせいで、変に焦って勇み足になっている。


 人のせいにしても仕方ないが。


 とぼとぼと道を戻った。店長が店先で掃除をしているのが見えた。ああ、良かったと、小さくため息を漏らした。


「店長、お疲れさまです」


「お久しぶり健ちゃん。元気そう、元気なさそうじゃない?どうかしたの?」


「どうかしてたのかな……。店長ちょっと電話借りて良いですか?俺がちょっとどうかしてることを確認しないといけないんで……」


「うん、良いよ、勝手に使ってくれて。いやあ、なんか新鮮な気持ちになるね。久々に会うと」


 そこまで久々というほどではないが、店長の言うこともなんとなくは分かる。実物を目の前にすると、感想はないにせよ、安堵の気持ちはよく満ちていた。


「そうですね。じゃあ電話借ります」


 番号と続けて発信ボタンを押し込む。プルルと鳴り始めた音が一瞬で途切れて「はいもしもし」と声が聞こえた。


「ああ……。ああ……。すまん。俺だ。なんか色々と申し訳ない気持ちになってきた。今家にいるということだよな、当たり前だが」


「ええっとですね……。どうしました?何か用事でしょうか?今ちょっと忙しいのですが……」


「悪かった、何でもないんだ。すまん、切ってくれて良い」


「?はい、ではさようなら」


 迷惑で人騒がせな奴だな、俺は……。疑心暗鬼になってる。電話の切れた音が聞こえた後に、受話器をそっと置いて店長の方へと振り返った。


「フランスどうでしたか?あんまり観光とかしてなさそうな日程ですけど」


「まあちょっとばたばたはしてたけど、観光はちゃんとしてきたよ。凱旋門見てきたよ。海外に旅行に行くと人生観変わるねえ」


 どんなふうに人生観が変わったのか、まあ、もし話したいことがあれば店長から話してくれるだろう。俺からはあえて何がどう変わったのかなんて細かいことを聞くのはやめておいた。


「元気そうで良かったです」


「はは、ボンジュール?」


「通訳とかいたんですか?」


「はは、いないよね。ボンジュールしか分かんないよね」


「面白いものありましたか?」


「面白いものって言われてもどうかなあ。面白さは伝わらないと思うんだけど、有名な凱旋門は見てきたよ。パリの人ってさ、食べ物食べ物って言ってるのに、みんなねえ、同じ方角指さすんだよ。で、そっち行くと凱旋門なわけ。十回も見たらさすがに飽きるよね。飽きるっていうか、すごい困ったんだよね」


「そりゃ、タベモノタベモノじゃ伝わんないでしょう……」


「そう思うでしょ?でも僕名案ひらめいちゃったんだよね。日本人っぽい観光客の人に聞けば良いじゃんって」


「いや……、何故最初から……、まあ」


「気づくまで時間掛かったけど、まあ結果オーライだよね。僕はもう一生分は凱旋門見たよ。何回もわざわざフランス行くよりは効率的だったかもね。十回日本からフランスに行って十回凱旋門見た人と同じわけだから」


「店長が無事で満足なら何よりですね。……観光案内とか、フランス語のテキストとか持ってかなかったんですか?」


「旅行って服とか必要じゃない?結婚式もあったしさ。で、まあいっかと思って出掛けちゃったわけ。なんならガイドとかそういうのはフランスで買った方が詳しいんじゃないかなと思ってたんだけど、そういう本売ってないんだよね。いや、売ってたのかも知れないけど、まあ、中身フランス語なんだよね」


「そうでしょうね……」


「逆に服とかを向こうで買えば良かったよ。服は使い方違ったりしないからさ」


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