三話⑬
「遊園地に行くことになってな。というか、ミーシーが遊園地のチケットを手に入れた。だが、ミーシーはあんまり遊園地に行きたがらない。どうしてなのかもはっきり言わない。これはこれで難問のようにも思うが、心当たりがないわけじゃないから、後で真意を確認することにはしてる」
「ミーシーは遊園地に行きたくてチケット手に入れたのかニャ?」
「さあ。どうだろうな。福引で手に入れたわけだが、単に良い景品を順番に当てていったというだけなのかも知れん。で、チケットを俺にくれたわけだ。で、俺にくれた後にだ、普通二人を誘うだろう。というか、二人で使ってくれて良いぞとまで言った。だがアンミの意見まで含めて結果として三人で行くことになった。アンミは多分三人で行くのが既定路線だったんだろう」
「アンミはそう言うと思うニャ」
「ああ……。で、そうするとだ、俺が予定をでっち上げて断ってやらないとミーシーは、アンミと二人で行きたいとは言い出さんのかも知れん」
「それをミーシーが不満がってるのかニャ?ミーシーも別にそんなこと言い出すことないと思うニャけど」
「いやあどうだか。ミーシーが遊園地もお出掛けも好きだという証言は出たからな。もうそうなると嫌でも消去法で俺が原因かなとは思うだろう」
「じゃあ、健介も自分のこと好きかどうか聞いてくると良いニャ」
「……切ない回答を貰いそうだな。もうちょっと柔らかく回答が期待できる質問方法を考えないとならん」
「そうかニャ?どうかニャ?そんなことないと思うニャ」
結局同じような質問をすることにはなるんだろう。切ない回答を聞いたらミーコに慰めて貰うしかない。
「福引当てるのも結構大変なんじゃないのかニャ?無駄なもの用意したり無駄なことしたりしない気がするニャけど」
「簡単そうに当ててたな……。無駄というならこの本も結構、俺にとってはあってもなくてもという無用品ではあるぞ」
「その本は……、ニャ。なんともいえないニャ。でも簡単そうに見えても実際は前もって予知頑張ってやってるはずニャ?福引とかなら」
「そう言われると……、そうだろうな。だがどういう仕組みで予知してるのかがいまいち分からん。当てるってどうやるんだ。俺に言わないだけで透視能力とかサイコキネシス的な力を持ってるのかもな」
「それはさすがにないと思うニャ。それもそういうのがあるのかっていうふうに聞いて見たら良いと思うニャ。多分、何十回も何百回も、地道に回す予知して結果確認してるんだと思うニャ」
「それこそやらなさそうだろう。そうまでして当てたという感じは全然しなかったぞ」
「でも予知というのはそういうものだと思うニャ。そうやって考えるとありがたみも増すニャ」
「ありがたみはな。だが当の本人が全然チケットを大事そうにしてないし、必要ないなら破れと言ったぞ。お前の言う通り苦労して手に入れたならそういうことは言わないだろう。これはまだ俺の予想してない着地をするかも知れんが」
「それは知らないニャ」
「…………。ミーシーの気分も予知の仕様も不明だからな。木登りしてたお前を探す時も予知の中で苦労して見つけてから、俺に居場所だけ告げるというようなことをしてたわけか?」
「それはまあ、多分みんなで探して誰かが見つけたのをミーシーが予知したんだと思うニャけど……。多分健介も探してくれると思うニャし。そのことは申し訳なかったニャ。誰がとかはともかくどの道苦労させて悪かったと思ってるニャ」
「俺は全然、その件では苦労してないん、だけどな。予知の中の俺が頑張った結果、だとしたら、ちょっと奇妙な話だ」
まだ半信半疑というか、ミーシーが苦労して予知しているなんてのはしっくりこなかった。簡単そうにやっている、ように見せている可能性もあるが、それよりは何かしら他にも特殊能力があるんじゃないかと思えてくる。
だが、本人は聞いても教えてくれなさそうな気はするし、本当のことを言うかは定かじゃない。聞くとすればアンミに確認した方が無難なんだろうな。
「考えてても分かることじゃないニャから、せめて仲良く遊んでそれとない感じで聞いてみると良いニャ。頭抱えてるよりは建設的ニャ」
「確かにな。ご飯もちょっとしたらできるだろうし、じゃあちょっとだけ下の様子も見てくる。ミーシーが暇そうにしてたらなるべく、親睦を深められるよう努力をしてみよう」
「健介、ドア開けといて欲しいニャ」
「ああ、分かってる」
また階下へと戻る。アンミはまだ台所で昼食準備に取り組んでいるようだった。何を焦ってなのかパタパタと短い距離を行ったり来たりを繰り返し、一度「遊園地」と独り言を口にした。フライパンの中身を揺すってまた「遊園地」と呟く。
遊園地経験のないアンミにとって、その予定はどうやら大層嬉しいもののようだった。あんまり水を差さないようにしようと思って居間の方を覗き込んでみる。
ミーシーのふて寝は一時だけのポーズだったのか、別に眠っていたりはしなさそうだ。アンミへと買ってきた料理本を眺めている。どちらに接触すべきかは悩んだが、料理を邪魔するのも悪いなと思って居間のソファへ近づいてみることにした。
近寄ってみると分かるが、ミーシーは料理本の端を折って目印をつける作業をしているようだ。オーダー用紙というのを兼ねているのかも知れん。
「ミーシー、機嫌はどうだ?邪魔しちゃマズイならまた部屋に引っ込むが……」
「そんな卑屈な態度取らないでちょうだい。最高にご機嫌よ、見て分かるでしょう」
「全然そうは見えないし、絶対嘘だと分かってるんだが、話しても大丈夫か?おやすみ中だったろう」
「おやすみ終わったわ。どうぞ」
「ええっと……。そのな?あのお……、遊園地の、件なんだけどな?」
「ええ」
「なあ別に、正直に言ってくれたら良いんだ。お前とアンミとで行った方が楽しいだろう。俺はお前たちが出掛けてる間、他の用事を済ませるし、俺はほら、予定があるということで、二人で行ったらどうだ?」
そこまで言ってようやくミーシーは本から目を離して体を起こした。ものすごく、嫌そうな顔をしている。
「はあ……。何をどうしてそんなめそめそしたこと言ってるのよ。三人で行くことに決まったでしょう。アンミも三人で行きたいと言ってたでしょう」
「だが、だがその、二人の方が楽しめるかと思って……」
「じゃあどうしたいの。私があなたのことを好き好き大好きだから一緒に来てちょうだいとお願いすれば満足なのか、それをまず教えてちょうだい」
「いや、言いづらいところではあるんだが、その逆の、可能性があるかなと思ってな。お前が行きたくないと言い出す理由が思い浮かばないし、もし俺が原因なら別に正直にそう言ってくれたら、アンミもお前も気にせず行けるように予定を立てられるという、そういう話だ」
「私のどこら辺が、あなたを嫌ってるように見えるか言ってみなさい。ないでしょう?」
「ええ……、ないか?」
「あるとしたらなんかそういう気持ち悪い気の使い方をするところとかでしょう。アンミと二人で行きたい思ってたらあなたにチケットあげたりしないわ。一応書き置きだけはするけど勝手に出掛けてアンミに嘘ついて納得させたら良いでしょう。あなたのことが嫌いとかそんな低レベルなこと話してるわけないでしょうが」
「俺のことを嫌ってというわけじゃない、ということで良いのか?」
「というか、嫌いならむしろ遊園地に閉じ込めてアンミと二人で帰ってくるわ」
「……それはひどいな」
「好きよ。…………。どう?満足したならどっか行きなさい」
「いや、すまん。ちょっとニヤけたけど……。ほら、アンミに合わせるために三人で行こうと言ってるだけじゃないのか?少なくとも俺のことを好きだったりしないだろう」
「それはあなたの自己評価と私への信用度が低いだけでしょう」
「そうか?俺の自己評価はお前によって下げられてるだろう。あとはお前の発言の信用度が低い。俺に対しては割と適当なこと言ったりしそうだ」
「アンミのピュアさを見習いなさい。信じる気持ちが足りないからすぐに疑って掛かるのよ。じゃあ証拠として、恋文みたいなものを書いてあげましょう。ハート形に折って毎日あなたの部屋に置いておくわ。ロマンティックでしょう?」
「毎日……。いや、ちょっとそれは、いらんな。文面も心配だし毎日は、絶対いらんな」
「まあ、正直なところ、あなたよりアンミのこと優先したりするけど、それはもうしょうがないでしょう。アンミと約束しちゃった手前、簡単に却下できないのよ」
「どういう約束だ?」
「アンミが楽しめるようにって約束よ。アンミが楽しく過ごせるようにしてあげるって約束をしたから、私ももし板挟みになったらアンミ支持に回るしかないのよ。だから三人で行けるようにしてあげたいわ。あなたが行きたくない理由がそんなしょうもない、私からの好感度を気にしてなんてことならいくらでも恥ずかしい思いしてあげるわ。好きよ」
「…………。俺を好きなことが恥ずかしいみたいなニュアンスが含まれているんだが。挙げ句にアンミからの強制力が働いてるから渋々好きだと言ってやってるみたいな流れに思えるんだが」
「違うわ。……あれでしょう。女の子が気持ちを告白するなんて勇気がたくさん必要でしょう。勇気を出して告白したのにそんなふうにフラれてしまったら恥ずかしい気持ちになるでしょう」
「なるのか。ならなくないか?お前の場合は。じゃあシンプルに教えてくれ。お前が最初に遊園地を嫌がった理由はなんだ?」
「…………。予知してなかったから余計なことぐだぐだ言ったし、それは悪かったと思ってるわ。なんとか解決するように努力するから見逃してちょうだい」
「解決……、するようにってことはなんかしら問題があるってことか?」
「問題ないわ」
「問題なかったら解決しようとなんてしないだろう。お前の心情的な話か?それともなんか物理的な問題か?」
「はあ……。私の心情的な問題よ。お願いだからもう気にしないであっち行きなさい」
これ以上粘るとさすがに怒りそうだと思って「ああ」と返事をしてその場を離れることにした。
結果は変わらず三人で行くことになったままだし、具体的には何一つ知れたことはない。まあ、一歩前進ということにしておこう。俺を嫌ってるからではないということは確認できた。
あくまでミーシーの心情的な問題ということだが、そもそもそれに触れられるのを当の本人が嫌がっている。俺があれこれ嗅ぎ回るのも嫌なんだろう。懸念事項ではあるが目下良い解決策は手に入りそうにないな。
俺がすごすご引き返す最中に、プルルと、突然音が響いた。アンミはびくりと肩を上げ俺の方へと振り返り、俺はというと、音の出所がすぐには理解できず慌てて右のポケットを叩いた。はっと気づいて台所の受話器を手に取る。
「あ、もしもし」
「あ、健ちゃん?お久しぶり!」
「…………?」
我が家の電話が鳴ることなどかなり珍しい。大抵知り合いは携帯電話へ連絡してくるわけだから、どっかの会社の営業電話かもと思っていた。当然携帯を失っている俺に連絡をしたい場合、知り合いも、固定電話の番号を押すことにはなるわけだが、……固定電話の番号を知ってる人間なんて限られている。
陽太か、ミナコか、その辺りには一応伝えていたと思う。ただもう一人が、頭の中に思い浮かんだ。だから俺の頭は、その声が俺に届くことに絶望的な違和感を覚えて半ばパニックに陥っている。
ガチャガチャガタンガタン、ジージーと、ひどい雑音は受話器から聞こえているものなんだろう。それが俺の思考を邪魔しているのは間違いないが、そうでなくとも、まったくの静寂の中にあっても、俺はすぐに声を出せる状態じゃなかった。
「えっ、もしもし?あれ繋がってない?健ちゃーん?」
「…………」
「あれえ、また声聞こえないあれかなあ……。健ちゃーん?」
俺のことを健ちゃんなんて呼ぶ中年男性はやはりたった一人しかいない。
「店長っ!!」
「わっ……、びっくりしたあ。健ちゃんもしかして電話の調子悪いの?僕の携帯もなんか調子悪いんだよね」
「だっ、あ……、て、てんちょ……、は?」
夜逃げした店長から、連絡があった場合、……どういう言葉を掛けるのが正解なんだろうか。まずようやく電話の相手が店長で間違いないことだけ認識できた。だが、続く言葉が見つけられない。
店長は今無事に過ごせてるんだろうか。何か助けになれることはないのか。店のことは俺も残念で……。話したいことはいくらでもあったはずだ。でも俺の中でもう……、なんというか、店長は夢の中でしか会えない人物なのだと決めつけていた。なんなら今もうこの世にいないくらいの感覚だった。突然電話を受けたことに驚き以外のリアクションを返すことができない。
「て、店長、……だ、大丈夫なんですか?」
「健ちゃんこそ元気にしてるの?」
その、すっとぼけたような、間延びした声からは、悲壮感であったり緊張感であったりは、伝わってこなかった。今まで通りの普段の店長の声で、完全といえるほどに落ち着き払っている。
卵が上手く割れなかった時の方が焦った声色をしていただろうし、ご近所さんが犬を散歩している時の方がビクついていた。ちゃんと整理していくと、まず急な廃業にはそれなりの理由があったはずだ。
ありがちなのが、……例えば、抵当に入った店を借金取りのヤクザに無理やり占拠されて、店長は頑張っても借金を返せず、風呂敷を抱えて夜逃げだ。それくらいのシチュエーションであろうことは想定できる。
だがそういう状況でだ、こんなのんびり悠長に、話すもんだろうか。
「み……、店、潰れて、ましたけど」




