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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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三話⑪


「んぅ……、あれ、夢見てた。あったかい。ミーシー、ありがと、毛布。すごい良い夢見てた」


「アンミ、良いお知らせがあるのよ」


「え……、何?」


 アンミは寝ぼけまなこで、首を下げ、横目でミーシーを見つめていた。で、ミーシーに視線を移すとミーシーは俺の方をまっすぐ見ていて、……どうなんだろう。俺からの説明を待っているんだろうか。


 何秒か待ってもミーシーは口を開かず俺のことを見たまま動かなかった。アンミはまた「何?」と小さく呟く。


「ああ。俺が説明するのが良いのか?アンミ、ミーシーがな、福引をやってただろう。それで遊園地のチケットが手に入ったという、ことなんだが」


「私はこの男にあげたのよ。でも私たち三人で行きたいと言うわ。アンミはどう思うの?」


「遊園地……?えっ、本当にっ?」


 アンミは一瞬きょとんとして目をぱちくりして、その後驚いてなのかバッと体を起こして俺とミーシーとを交互に見た。


 アンミの反応もさることながら、ミーシーからの説明にはちょっと違和感がある。俺がチケットを貰って、俺が三人でチケットを使うという謎の構図を、アンミは不自然に思わないんだろうか。俺はこのチケットを手に入れるにあたって何一つ貢献してたりしない。


 自分が行きたいと言い出したわけじゃないというつもりなのかも知れないが、俺が出しゃばる必要性のないところで間に立たされてしまった。


「えっ、健介、ありがとう。ミーシーも、ありがとう」


 やはり俺まで感謝の対象に含まれてしまうか。逆に居心地の悪さを感じる。


「いや、俺は別に何もしてないんだけどな」


「あなたが三人で行きたいと言ってるんでしょう」


「まあ、そうだっけ……。そうだな」


「ええっと、それ?一枚で三人遊園地に行ける?」


「まあ多分行けるだろう」


「……すごい嬉しい。健介が誘ってくれたの?良かった。ミーシー、良かったね」


「そうね」


「…………」


 謎の構図に違和感なしか。俺が誘ってやったなんて恩きせがましいこと絶対に口にできない立場なはずだが、どうしてそんなにすんなりアンミは受け入れてしまうんだろう。単に、ミーシーがチケットを手に入れて三人で行くことになったというだけのはずなんだが。


「ミーシーに感謝してくれ。ミーシーが当てたんだから」


「うん、ミーシー。ありがとう」


「ええ、どういたしまして。アンミが楽しめるようにって、そういうお願いだったでしょう?良かったわね」


「うん、すごい良かった」


「アンミは遊園地行きたいということで良いよな?一応、確認なんだが」


「うん。三人で行きたい」


「そうか。これも一応確認なんだが、お前とミーシーと二人で行ってきても良いんだぞ?折角だから二人で水入らずというか」


「ううん。三人で行きたい」


「なるほど」


 ここでもアンミは、三人で行きたいと言う。一拍も取れないほどの即答で首を振って、三人で出掛けることを希望した。


 そうするとミーシーが言ってたことにもちょっと想像が及ぶ。当然ミーシーが留守番をしたいと言い出したとしても、アンミはそこに反対するに違いない。この輝いた表情からの落差を考えると中々それも言い出しづらい提案ではあるだろう。


 寝起きでこの反応ということは、根っからの仲立ち気質で俺とミーシーの間を取り持とうとしているようにも感じる。アンミが遊園地に行きたいのは単純に遊園地が好きだからだとしても、俺が加わることでのアンミのメリットなんてものもないはずだ。


 二人で行っても良いぞという俺の発言に対して『遊園地嫌いなの?』とか、『何か用事があるの?』とか、そういう返しすらなかった。ミーシーとは真逆の、簡潔明瞭で一貫した主張だ。


「でもアンミは今まで……、そういうこと言わなかったでしょう」


「そういうことって?」


「強情にどこへ行きたいとか何をしたいとか言わなかったでしょう」


「……そう?ミーシーは言われると困る?」


「言われない方がよっぽど困るわ。ただ最近になって言い出すようになった気がしてるだけよ」


「うん、そうかも。ミーシーがね、私のお願い叶えてくれる。ごめんね、わがままなことも言う」


「わがまま言ってなさい。大半はなんとかできるわ」


「じゃあ、遊園地に行きたい。楽しい思い出がいるかなって思った。ごめんね、健介にも、わがまま言ってるかも」


「そんな、わがままというほどのことじゃない」


 もしも俺に行きたくない理由があって、遊園地のお誘いを頑なに断っているのに、それでもアンミが納得しないというのなら、わがままを言っていることにはなるんだろう。


 あるいはチケットを持っていない状態で遊園地に行きたいと言い出せばわがままだったのかも知れない。俺本人に限っては、わがままを言われたなんて感想は全くなかった。


 ただちょっとミーシーに関してはどう思っているのか気掛かりではある。少なくともこの段階でアンミは、ミーシーが遊園地へ行きたくない理由に具体的な心当たりはなさそうだ。過去に遊園地が嫌いだという話でもしていたなら、さすがにアンミもそれを気にしないはずがない。


「あ、ご飯、ご飯作らないと。すっかり寝てた……、折角朝から買い物して貰ったのに……」


 アンミは毛布から抜け出し、寒そうに肩をすぼめて台所へと早足で向かっていった。


 ミーシーは毛布を頭まで被りソファで横になり、腕だけをそこから出してリモコンを手に取る。ごろんと寝返りを打ったタイミングでテレビ画面はクラシック音楽の番組に切り替えられ、どうやら、そのまま休むつもりらしかった。


「遊園地、行くことになったな」


「なったわね」


 もう無視されるだろうなと思って諦め半分で声を掛けた。身動き一つしないが、一応返事はしてくれるのか。


「なったわね、じゃなくて、良かったのか?」


「良くも悪くもないでしょう。私はついていくだけだから、あなたがお守りしなさい」


「乗り物が嫌いなのか?」


「あれでしょう。でかいコーヒーカップの中でくるくる回るのとかがあるんでしょう。コーヒーの気持ちが分かるようになるわ。馬の像に乗ってぐるぐる回るのとかでしょう。乗馬のスキルが上がるわ。そういうのは知ってるのよ。遊園地のことを何も知らないのに偏見で嫌ってるとかそういうわけじゃないわ。コンセプトは分かってるのよ」


「コーヒーの気持ち、は、分かるのかな。コーヒーはそもそも気持ちを抱いたりしないだろう。乗馬スキルも多分だが、あんまり向上したりはしないだろうし、そういうコンセプトで運営してたりはしないな」


「そうね。あなたがそう言うならそうなんでしょう。見れば分かるけど私は今おやすみ中でしょう」


 返事はしてくれているが、へそを曲げて口を尖らせているには違いない。全然眠そうな声をしていないから、単にそういう不満めいた姿を見せたくなくて毛布を被っているということのようだ。


 こちらとしても真正面から瞳を見つめ返されたら逃げ帰るしかなくなるが、この様子ならもう少しくらいは粘れるか。


「人ごみとかそういうのが苦手だったりするか?」


「そうね。日程も決めましょう。人が少ない日の方が良いでしょう。平日の朝から行くのが良いわ」


「ああ。そう気負うこともないだろう。のんびり休憩してられる場所なんかもないわけじゃない。何も全制覇しようとか無理な計画を立ててるわけじゃないし、乗り物に関しては三人全員で乗らなきゃならないと言ってるわけじゃない。それぞれのペースで無理なく動いたら良い」


「…………。分かったわ。ちょっと誤解されてるみたいだから訂正しておきましょう。遊園地も乗り物も嫌いじゃないし、多分好きでしょう。お出掛けも割と好きよ私は。まあうじゃうじゃ人がいるのはちょっと避けたいわ、今回の場合だけは。平日なら空いてるものなんでしょう。それなら良いのよ、私も楽しみにしてるわおやすみなさい」


 という、ことだった。人ごみが嫌いな人などは多いものだろうし、ミーシーの場合、人ごみどころか、人単体ですら好き嫌いが大きく分かれそうではある。それも一つ、出掛けたくない大きな理由なんだろう。


 ただ、遊園地もお出掛けも好きだなんていうのは、俺に余計なことを言わせないための後出しジャンケンのように思われた。二階へ上がって休もうとしないのも、アンミと俺とで話し合いをすることを牽制しようとしてなのかも知れない。


 一応、三人が合意した状態にはなっている。俺がアンミに、『ミーシーが遊園地を嫌っていそうだ』なんて告げ口をすると、また審問会が開かれることにはなってしまうし、そこでもおそらくミーシーは一度合意したことを翻したりはしないだろう。


 不毛で気の重い会を開くよりは、どうすればミーシーの嫌悪感を目減りさせられるかを考えてみる方が良い。のそのそと、ミーシーがこちらの動向に注意を向けないか気を配りながら後ろ歩きをして台所へと移動する。


 ふて寝するミーシーとは対照的にアンミはどうやら上機嫌のようだった。冷蔵庫から食材を取り出して机に並べる作業を行っている。


「アンミは、遊園地に行ったことあるのか?」


「ううん。ない。ミーシーも多分ないと思う。私がミーシーと会ってからはないし、確か行ったことないって言ってた」


「そうなのか。アンミは、……そうだな。高いところとか、そういうのが苦手だったりはしないか?」


「高いところ?どうだろ。そんなに苦手とかはないと思うけど、高いところに行ったことない」


「ミーシーは?」


「ミーシーが?高いところ苦手かどうか?」


「ああ」


 一応、俺は居間の様子を確認できる位置に立っている。この質問をしても、どうやらミーシーが動き出す様子はなさそうだった。もし俺の推測が正しければ、話は全部かみ合うし、それならそれで対処可能だ。


 高いところが苦手なら、そういうアトラクションを外して歩けばそれだけで済む。


 が、「ううん、ええと昔ね」とアンミが話し出したエピソードを総括するに、ミーシーは全然、高いところが苦手だったりしなかった。木登りして実をもいだり、引っ掛けた凧を取りに屋根に登ったり、……はまだしも、伝って下りるのが面倒だから布団を着地点に置いてくれと要望を出すくらい、全然、高いところが苦手だったりしなかった。


 まあ、ある程度はそんな気もしていたが、アンミからエピソード付きの証言が出ると、少なくとも高いところが苦手という線は一切消えてなくなってしまう。逆にいっそ遊園地が好きそうな人種にすら思えてくる。


「……それで、お前、ミーシーはケガしたりとかそういうことはなかったのか?」


「ケガ……、してるのはもしかすると見たことないかも。服とかズボンとかはよく破れてた。覚えてないだけかな?」


 じゃあ最近はどうだと聞こうとして、ミーコ救出時に割と高所から落下していた様子も思い出した。その時も表情どころか呼吸の乱れも見た覚えがない。ならやはり、当初聞いた通り、すごく微妙な理由で、行きたくないだけなんだろうか。


 あんまり楽しくないイベントに仕方なく付き合わされるのが面倒くさいとか、そういうレベルのことかも分からん。


「ミーシーはね、昔からお出掛けも好きだったし、遊園地も行きたいって……、行きたいって私に言ったかは覚えてないけど、行きたそうにしてた」


 どうにもそんなふうには見えないんだが……、アンミと俺とでは、そりゃ付き合いの長いアンミの意見の方に分がある。


 そうするとちょっと浮かび上がる不安もないことはない。ミーシーは、俺と、行きたくないんじゃないだろうか。それをアンミが三人で行きたいと言うから困ってるんじゃないだろうか。俺に直接トゲを向けることを躊躇って言葉を濁した可能性がある。もう一回居間に戻ってそのことをちゃんと確認すべきだろうか。


 ちょっとそわそわしてしまう。俺はつい先程、アンミが寝てる時にちゃんと……、アンミとミーシー二人で出掛けて良いぞと発言してるはずだが。


「なんとも……、いえんな、そうなると。ちょっと後でもう一回確認しとこう」


「?健介はどうかした?」


「いや、なんでもない。ちょっともしかすると、俺は用事があって別件で出掛けなくちゃならなかったかも知れん。一回ちょっとあれだな、確認をしてみないとな。チケットの、有効期限というか、そういうのもある、だろうし、多分」


「……?遊園地の話?健介がもしかして行けないかもってこと?」


「ちょっとそれは、確認してからじゃないとなんともいえない……。まあ気にするな」


「えっ、ううん。健介が一緒じゃないとそれは困る」


「困る、そうか。それはまあ嬉しい言葉なんだが、まあまあ、そんなな?まだちょっと分からんというだけだからお前は気にしなくても良い」


「ミーシーに確認する?」


「いや、大丈夫だ。それも必要なら俺が確認しておくから。アンミ、ほら、料理をしないとならないだろう?手を止めさせて悪かったな。気にせず続けてくれ」


「ええっと、……うん。料理はする」


 この場は話題を逸らして誤魔化すか。まだ早合点の可能性はあるわけだから、板挟みになるのは確信を持ってからで良い。


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