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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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三話②


「なあ、ミーシー。昨日、風呂に入る時窓に鍵を掛けたか?」


「昨日は掛けたわ。一昨日は掛けてないわ。何故か鍵を掛けるとあなたはそう聞くから不思議に思ってたわ」


「鍵、掛けたのか……。そうか」


 割と本気で、予知夢だったのかも知れない。鍵を掛ける確率というのは何パーセントくらいなんだろう。そりゃ、若い女の子が鍵を掛けるというのは特別なことじゃない気もするが、一昨日は掛けてなくて、昨日は掛けたということは、百パーセントの習慣というのでもないわけだから、俺が言い当てるのは難しいはずだ。


 ただ、よくよく考えてみると俺がベッドに入って微睡んでいる間に二人とも入浴したんだろう。時系列を考えると、俺の能力は、予知じゃなく、千里眼的なものなのかも知れない。


 芽生えてしまったのか。……千里眼的な能力が。


 距離にして大体、……どうだ、直線距離で考えてもせいぜい十メートルくらいを見通す魔法か。…………。しょぼいな。しょぼい魔法だ。仮に自在にコントロールして見たいと思って見えるとしても、カンニングくらいにしか役に立たない。


 そんなしょぼい能力の主人公はマンガでも映画でも見たことはない。いや、トランプなんかを、裏から見れたりするかな。……マジシャンとかにならなれるかも知れない。魔法っぽさはないが。


 もし頑張って距離が伸びるなら使い道も思いつくかも知れないが、とりあえず現状では、とても中途半端な能力でしかない。何かしらメリットはないんだろうか。


「鍵を掛けるとそう聞くから、私は鍵を掛けざるを得ないでしょう。あんまり気づきたくもなかったわ。どうせ一昨日はちょっとスライドさせて覗いていたのでしょう。お礼は結構よ」


「な……、待て。無実だ。昨日はずっとぼうっとしてたし、なんなら寝てた。自分の部屋でだ。鍵を掛けていたことを俺はどうやって知るんだ」


 どうやって……。いや、千里眼的な能力で。なるほど……。覗きに使える。考えてみると風呂場の窓の鍵を掛けたかなんて質問自体が、覗き行為の状況証拠になりかねないことにも気づく。


 一応アリバイはあるつもりだが、証言してくれるのがペットだと無罪を立証するのが難しいかも知れない。ご主人様の無罪を仕方なしに証言してやる猫という印象になりかねないし、下手するとその時間寝てたとか言い出すかも分からん。いや、いなかったか、ミーコはそもそも。トイレに行ってたんだったか。


「あなたが何をしてたかなんて知らないわ。でも、何をしてたかなんて説明しなくても良いし、私も検証したりとかしないわ。お互い気まずいでしょう」


「だから、……昨日は寝てたと、言ってるだろう」


「でも鍵を確認する時間があったかは定かじゃないでしょう。お風呂を常習的に覗く性分かも知れないでしょう。だから一昨日のことは別にお礼は結構よと言ってるのよ」


「一昨日は、多分健介寝てたよ、ここで」


「…………。一昨日はアンミの言う通り寝てた。アンミ、昨日はどうだ。昨日の夜、ミーシーが入浴中に俺が一階に姿を現したか?」


「ううん。見てない」


「まあいいわ。覗く時のために聞いたことにしてあげましょう。でも下調べしたいならもう少し遠回しに聞きなさい。鍵掛けられておろおろしながら私に聞くとかあんまりに間抜けでしょう。なんならこそこそしてるから気味悪がられるのよ。堂々と覗きがライフワークだから鍵を開けてくれとノックして頼みなさい。気の良い人なら開けてくれるわ」


「こそこそもおろおろもしてない。魔が差して覗きを行ったりもしないし、ましてやライフワークだったりなんてしない。不当な疑いだ」


「だから嫌疑不十分ということで無罪にしてるでしょう。積極的に立証しようとしてない時点でどちらかといえばあなたの味方をしてあげてるでしょう」


「有罪か無罪かじゃないだろう……。俺がそういう男かどうかという話だ。分かったもういい。その疑惑は俺のこれからの紳士的な態度で一切晴れるに違いない。逆にしっかり見ておけ。疑いたいだけ疑えば良い」


「じゃあこれからの紳士的な態度に期待しましょう」


 悔しいところだがここらで手打ちにしておくのが妥当だろう。やろうとしてない証拠など提出できるわけがない。それこそ男は全員そういうもんでしょうと極論を展開されたら、反論する余地すら失われてしまう。


 強硬に冤罪事件にされなかっただけまだ優しいといえば優しいが……、結局二人の中でのイメージ低下に繋がった可能性はある。期待された紳士的態度というので信頼回復に努めなくてはならないようだ。


「じゃあ、紅茶を用意してやろうか?どうだ、気が利くだろう。『お熱いですから、口に含む際はお気をつけて』、これが俺にもできる今精一杯の紳士的な振る舞いだ」


 紅茶というのがそれとなく、英国紳士風の上品さを醸し出している。ともすれば悪事がバレた後のご機嫌取りに受け取られかねないが、どの道心証は悪くなってるんだからやらないよりはやった方が良い。


 確か何年か前に貰った紅茶セットみたいものが食器棚の引き出しに入ったままになっている。貰い物だしスーパーの安物よりは高級品だったりするだろう。紅茶など普段飲まないから放置されたままにはなってる。この機会を逃せばもう一生取り出すことさえない。ちょうど良い機会だから使ってしまおう。


「あ。紅茶?紅茶欲しいなら私が」


「いや、アンミ。私が淹れてあげると言うんだろうが、それじゃ意味がないんだ。それじゃあ単なる紅茶を飲んでる人になってしまうんだ。俺は失われた信用を取り戻そうと英国紳士な振る舞いをしようとしてる」


「…………。じゃあどうぞ。紅茶頂戴。アンミもまあ待ってなさい」


「じゃあ待っててくれ」


「うん」と、返事をした割に、アンミは俺のスキルを心配してなのか後ろをついて台所へと入ってきた。紅茶といってもティーパックのものだろうから、お湯を入れたカップに垂らしてぶるんぶるん揺すれば何とかなるはずだ。


 そんなことすらできないと思われてるんだろうか。何やらこちらを眺めている。しかもお節介だと言われないようにか机を挟むようにして距離を置いて。


「ええと……」


「…………」


 まず一番左の引き出しを開けてすぐに外れだと気づく。次に左から二番目を開けて紅茶詰め合わせの箱を見つけた。あんまり見つめられているとこんな一挙一動までやりづらさを感じる。


 続けて食器棚から紅茶を飲むのに適した形状であろうカップを三つ取り出した。多分コーヒーカップだが、こんなもの紅茶も兼用だろう。取っ手がついてさえいれば違和感はない。


 次に念のため、温度とかの細かな設定とかがあるかも分からんなと思って箱の裏面の細かい文字を読む。ミーシーなどはこういうところでの些細な失敗をあげつらって俺を馬鹿にするかも知れない。であれば、メーカー推奨の飲み方を極力は再現した方が良いだろう。これは俺への好感度を上げるためにはやむを得ない労力だ。


 お湯は沸騰させたもので良いらしい。フタをして蒸らすなんていう一工夫が必要らしいが、それはまあフタなんてないから省略せざるを得ない。


 それはともかく、……ちょっと賞味期限を過ぎていた。どうしよう。バレなければ大丈夫か。こんな粉みたいなものにまで賞味期限があるのか。


「アンミ、居間で待っててくれて良いんだぞ。何故そんなところで立っているんだ」


「えっ。ううん。なんでもない」


 とりあえず監視員を居間へと誘導してポットに給湯器でお湯を入れる。大丈夫だ。ごみ箱にポイしてしまえば、賞味期限など味で分かったりはしないだろう。さすがにアンミもミーシーもこんなところにしまってあった紅茶の箱の裏面の賞味期限を覚えてたりはしない。


 一応説明書きを最後まで読み込んで、箱から中身を取り出し、箱は念のため捻ってごみ箱に捨てた。中身は六個入りだった。三人で二杯ずつでちょうど良いな。おかわりのリクエストにも慌てずスマートに応えられそうだ。


 お湯が沸くまでちょっと手持ち無沙汰だったが、一旦紅茶の給仕を頭の中でシミュレーションしてみて、やはり受け皿があった方が安全だろうという結論に行き着いた。せっせとまた食器棚から受け皿を取り出してとりあえず机に並べて、再度お湯の沸き具合を確認する。


 まあ、アンミからするとこれは相当、もたもたしてるように見えるかも知れない。二度手間で皿を取り出すなんてことはしなかったかも知れないし、湯はカップ分だけを沸かしたかも知れない。そもそも賞味期限が切れてる時点で、ごめんなさいと謝るのが、本来正しい紳士的振る舞いかも知れない。


 その辺りは俺の未熟さが招いた事態ではあるが、それはもう誤差だといって許容して貰うしかない。ようやくポットのお湯がぶくぶくと泡立つようになって、一安心しながらカップに湯を注ぎ入れる。で、一つずつにティーバッグをポチャンと落として、色がにじみ出てくるのを観察した。


 十秒くらい待ってからバッグをぷらぷら揺すって、まあおよそ色合いがこんなもんだろうという程度で二つを居間へと持っていく。


「お待たせ。できたぞ。熱いから気をつけてな」


「いただくわ。財布持ってきてちょうだい。紅茶を淹れて貰った代わりといってはなんだけど、あなたの一万円札を折り曲げて栄一全員をとても笑顔にしてあげるわ。まるでありがとうと言ってるみたいに。それを並べるとちょっと大勢から感謝されてるような気分になったりするでしょう?」


「まあ……、どういたしまして。お前が笑顔になってくれればそんな余計なことはしてくれなくていい」


「ありがとう、健介」


「どういたしまして」


 再び台所へと戻って俺の分のカップを取り、居間へと集合して味わうことにした。何かしら注文やら苦情やらが出るかも知れないが、あと一カップ分ずつならリベンジできる用意がある。


「ミーシー、熱いから気をつけて飲んでって」


「いや、アンミ。お前もだぞ。他人事みたいに言うが」


「えっと、あ、私。私は気をつける。健介も気をつけてね」


 どちらが危なそうかといわれたら明らかにアンミの方だが、ミーシーよりアンミの方が年上、なんだろう。ミーシーの場合は予知能力の功罪なのか子供らしい雰囲気というのはないが、ただ、単純に見た目で語るならアンミの方が年上なんだろうとは思う。ここではお姉さんのように気をつけて飲むようにと注意を促した。


 それに加えて元々の性質なのか、アンミは俺やミーシーのことを、じっと、観察していることが多い。ミーシーが紅茶をすするのを心配そうに見ているし、俺がカップを手にした時には「あ」と小さく声を漏らして指をそわそわと動かしていた。


 熱そうとか、そういう心配を多分されている。まあ確かに、俺などは心配される部類には入るだろう。紅茶を淹れるにあたっての手際はあんまり良くなかっただろうし、なんなら朝食の皿洗いをしている時なんかも俺の手つきがぎこちなく見えたのかも知れない。


 紅茶の飲み方まで心配するのはさすがに心配性が過ぎるが、一つ合点がいくこともある。長年アンミの心配性具合を見てきたミーシーからすると、そういったもののせいで、家事をしたくないのかも分からん。


 要するにアンミがやった方がアンミが安心していられる。手伝いは足手まといで分担は不安の種にしかならない。いざやったところで有難迷惑ということになりかねない。働き者の心配性というのはそういう意味ではちょっと厄介な気もした。俺が紅茶を淹れてやったことでさえ、どういたしましてじゃなくて、心配掛けてごめんなになってしまう。


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