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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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九話㉛


 頭の奥で虫が這いずる気持ち悪さが首筋まで下りたところで、俺はなんとか、電話を切ることに成功した。


 市倉絵里は、俺にとって嫌な知らせを、伝えたがらない。たとえ俺が知らなくちゃならないことであったとしても、それを知らせるまでには段階を踏む。


 単に暗いだけの道だと思っている俺に、闇に溶け込んでいる穴があることを気づかせる。でも目を逸らしたくなった。足りないと言われた部分は、これで一つ埋まったんだろうか。


 少なくとも俺の考えた解決策は役に、立たないみたいだが、……それとは別に、どうしてそうなるのかを、説明された。唐突に、説明をされたはずなのに、どうしてか、俺は冷静なまま考え続けることはできるようだ。どこだろう。そう、どこかにはあった。


「…………」


 随分と前のことのように思えるが、福引店員は、ミーシーのあり得ない強運に、腰を抜かしてへたり込んでしまった。バスの運転手は、自作曲を口ずさんでいた気まずさから、あからさまに目線を逸らして縮こまっていた。


 遊園地のチケットチェックの係員は、チケットの間違いを押し通そうとするクレーマーもどきの客である俺たちに、面食らってパニックなって、固まっていた。さて、交番の警官二人は、要領を得ない説明に困り果て、俺とアンミが入れ替わってようやく平静を取り戻した。


 確かに、おかしな挙動は、あったのかも知れない。ただし、……俺と陽太と店長と、あるいはあの下着泥棒も含めて良いのか分からんが、別段困ることなく会話できる人間もいる。この比率で、セラ村にいた人が普通コミュニケーションが取れないと言われても……。


「…………」


 市倉絵里は、嘘をついている様子ではなかった。嘘をつくとすれば、アンミの親を探させたくないということなんだろう。市倉絵里の説明に破綻がないかを探してみればみるほど、今まで釈然としなかった出来事が、すんなりその方程式で解決できてしまうように思えてきた。


 アンミが、研究所に引き取られた理由、はもちろん、ハジメやナナが村にいた理由も、そんな理由で推測が立てられる。


 両親と離れて暮らさなくちゃならない理由、ハジメが俺を珍しいと言う理由、ナナが親切で拾ってやった財布を奪い取って逃げる人間がいる理由。勧めてみてもコンビニへ入らなかった理由。


 それから、……おっさんが、ハジメの親に、直接会ってまだ無理だと告げなくてはならない理由だって、今ならそうかも知れないと思える理屈がある。


 ああ、だから、おっさんは可笑しそうに笑ったのか。魔法使いであるおっさんと会えば、ハジメの親は、わざわざハジメと会わなくても、その不都合を感じることができる。


 ハジメやナナが、人と上手くやれないなんてことは、そんな馬鹿げた話はないだろう。それは、たまたま、運が悪かっただけだ。良い人間に出会わなかっただけだ。


 だって、店長や陽太や俺がいる。初対面の印象で好き嫌いが決まるのは、何もセラ村に住んでいた人間に限った話じゃない。


 そりゃ、嫌われやすい人間もいるだろうがちょっと第一印象が悪いとか、せいぜいそんなレベルの話であって、それはしっかりとあいつらを見てれば、そんなのは、大した問題じゃ、ない。


 はずだ。


 受け入れる側が悪いんだと、ああ……、目の前にお前がいなかったら……、アンミたちのことを良く分かっていて、心優しいお前さえいなければ、全部そうやって単なる不運や他人の無理解のせいだと俺にとって都合の良い結論を下して市倉絵里に反論しただろう。


「…………抱っこは、嫌いな猫か?」


「…………」


「俺の部屋が、お気に入りの場所か?」


「…………」


「割と、人見知りだったりするか?」


「……ごめんニャ。健介」


「いや」


 ミーコが喋る猫じゃなかったら、俺は単に、猫にも好き嫌いがあるんだなと、そんなことくらいしか気づかなかっただろう。


「アンミたちのこと、嫌いなわけじゃないニャ。良い子達だと思ってるニャ。話もしようと思えばできるニャ」


「責めてるわけじゃない。お前が、そうなら、……そっか。俺が無理を言ったんだ、多分。だってそうだろう?じゃなきゃ、おっさんがハジメのお父さんに会うために出掛ける理由がない。話が少しずつ繋がってきた。俺がそうか。……普通にできてたことが、他の人間には難しいというなら、夢の女が怒る理由も分かるし、俺がミーシーに選ばれたのも、ちゃんとした理由があったということだ」


「健介……。ハジメもナナも、アンミもミーシーも、健介を、信用してるニャから。他の人ができないかどうかはアンミたちにはあんまり関係ない話ニャ。アンミのお願いを聞いて、ミーシーが健介を選んだのは、親切で優しい人だからだって聞いてないかニャ?」


「アンミがそういう言い方をしたとしても、この近辺に済んでて、空き部屋を持ってて一応生活するのに支障のないレベルの経済力で、コミュニケーションが取れる人間という前提があるだろう。市倉絵里はそもそも『例外』というのが少ないというような言いぶりだった。だとしたら、なるほどしっくり来る理屈で成り立ってる」


「……それはアンミもミーシーも不本意だと思うニャ。健介、例外だから、上手くやれるわけじゃないニャ?上手くやれる人が、健介だったというだけで、例外という区別は電話の相手が言ってただけニャ」


「ポジティブに考えれば、少なくとも近場においては第一位だったわけだ。全国でも上位なのかも知れない。あいつらが受け入れられにくいという不運を喜ぶわけじゃないが、上手くやれる相手に俺を選んでくれたことは素直に喜んで良いのかも知れん。どんな理由だったとしても。何もできない、何も考えられないよりは……、多分ずっと良い」


「運命の、赤い糸だと思うニャ」


「そう呼ぶのも良いな。はあ……、暗い話題で電話が終わってしまった。ただ、どうだ?お前の感想は。市倉絵里は多分嘘はついてない。せめて終始最初の調子で話を続けられれば人間的な評価がまとまったかも知れないが、ああいう感じだ。良い悪いの決め手はあったか?」


「変わってる……、人ニャけど、多分健介と同感ニャ。都合があって健介と協力してるみたいニャし、嘘はついてなさそうだとは思うニャ。……私が決める話じゃなくて、健介が考えた方が良いと思うけど、多分本心ニャ。健介とお友達になりたがってるのは、多分ニャけど、本心な気がするニャ」


「そこが本心だとするとなおのこと変わってるわけだけどな」


「健介いろんなとこ見てなきゃならないニャけど、市倉絵里も気に掛けてた方が良いと思うニャ。ちょっと気まぐれというか、不安定な感じはしてるニャ」


「ああ、気まぐれと、そう評すればいいのか。あと、変わってる。俺の頭が悪くて話がかみ合わんというわけじゃなくて、気まぐれで変わってて話の理解が難しいんだ。普通、頭が良くても馬鹿にも分かる話し方ができなくなるわけじゃないよな。良かった、心持ちの問題だ。気まぐれ変化球が来ることが分かっていれば備えられる。頭の善し悪しだと完全に諦める他ないからな」


「まあ、二倍頭が良いなら、健介も話したことを二倍時間を掛けて考えてみれば、次の電話の時言いたかったことも分かってる状態で話せるニャ?今はまあ大抵アンミの話題になっちゃうニャけど」


「そうだな」


 ミーコを味方に引き入れていなかったら、俺はまだ市倉絵里の言葉を頭の中でぐるぐるかき混ぜて濁らせていたに違いない。


「健介?……健介は、市倉絵里と、お友達になりたいのかニャ?」


「ん……。まあ、特に?電話してるからリップサービスしたというつもりもない。アンミを助ける協力をしてくれてる。それが嘘じゃない限り、順当に、なりたいと思うだろうな。お前は顔を知らんだろうが、美人だ。見掛けたらつい目で追ってしまうくらいの。見てないか?商店街にスーツでいた女の人だ。まあ……。逆にこんなことにならん限り接点などないだろうし、偶然なんかきっかけがあったとしても声を掛けるのは躊躇するかも分からん。躊躇するだろうな、確実に。美女というのは、……、例えばだが、何の下心もない男がいたとするだろう。単に親切が目的で声を掛けたとしてもな、周りにはナンパ目的のように見える。見えるし、正直否定できない」


「まあ、なら健介ラッキーだったかニャ、それに関しては」


「どうだかな。さて、もう一時間も話してたのか。もしみんな風呂出てるなら当初の予定通りナナの日記とトランプ……、やってこようと思うんだが」


「ハジメとナナはもう出てるみたいニャけど、アンミとミーシーはまだニャ。健介それに、……ミナコに連絡取る予定じゃなかったかニャ?」


「ん……。ああ、そうだった。けど……。まあ、ほら、後回しで良いだろう。気心の知れた仲だ。多分悪気があって寝てたわけじゃないことも分かってくれてる。仮に分かってくれてなくても、話せば分かってくれる。だから、急ぎというわけじゃないんだ、ミナコの方は」


「……なら、良いニャけど。ミーシーが今からお風呂行くみたいニャ。アンミはまだ下にいるニャ。じゃあ健介はナナが寝る前に日記見せて貰ってトランプ誘って、できたらみんなと一緒にやると良いニャ」


「ああ、そうしてくる」


 夢の女の気配がない。今もまだ、俺を見ているだろうか。もしそうだったら、なんてアドバイスをくれるだろう。先に、ミナコへ、電話すべきだと言うだろうか。


 ……大丈夫だ。一つずつ、一つずつ、できることを始めれば良い。まずはドアを開けてミーシーをトランプへ誘う。


 アンミも下にいるなら続けざまに誘う。ハジメとナナは多分一緒にいるだろうから、トランプをやる約束を取りつけて適当に話をしながら、アンミとミーシーの合流を待てば良い。


 その間にナナの日記を読ませて貰って、日記を書くコツなんかを学ぶ。ナナが眠くなればお開きだ。気持ちを切り替えて、まずはそうする。その後きっとまだ、夜が明けるまで時間がある。俺が余計なことを考えるのはその時で良い。


 部屋を出ると、ミーシーはぴたと立ち止まって俺を見上げた。が、俺が立ち止まっているからなのか、体を壁際に寄せて俺の横を通り過ぎようとする。


「……機嫌が悪いか?」


「別に悪くないわ?何か用?善処しましょう」


「機嫌が、悪そうに思えるんだが……。その、もし仮に機嫌が良ければ、俺が何か言い出す前にやると言ってくれそうなものだ」


「?まあ、まずは相談しなさい。どうせ大した要求じゃないでしょう。私ですら引くような要求をするつもりはないでしょう。だったら普通に声を掛けて、何をされたいのか言いなさい」


「されたい、というか、トランプしないか?風呂入った後で良いんだが」


「じゃあそうしましょう」


「ああ、ありがとう。付き合ってくれると助かる。ところで、……そういうのは予知しないのか?」


「…………。健介、そういう質問は、気に食わないわ。謝る必要はないのよ、分かるはずがないわけだから。『もちろん、あなたが、トランプに私を誘うことだって』『私は予知してれば分かっていたでしょうけど』『別にそれを変える必要がない時あなたがなんて言うか知らないふりしているのよ。でないと』『予知の通りにならないでしょう』」


「いや、気に食わないならなんにしろ謝る……。すまん。許してくれるか?無神経な奴なんだ、俺は。気をつけるから嫌いにならないでくれ」


 俺は一緒に階段を下りていくつもりで後ろについたが、ミーシーは通路を塞ぐように真ん中で立ち止まってこちらへと振り返った。


 どうやら藪蛇を突ついてしまったようで、ご機嫌はよろしくない。考えてみれば前にも何度か予知云々の話でご機嫌を損ねてしまったことはある。


 単に気になって聞いただけで悪気はないんだが、予知を強要されているような気分になったりするんだろうか。


「あと、その……、ごめんな。一応、俺からの弁明を聞いてくれ。予知頼みで何でも解決しようとする下心があるわけじゃないんだ。お前に予知をしたりしなかったりを強要するわけじゃない。……そうか、そうなると、トランプでも予知するなというのは余計なこと言ったな、俺は多分。それ以前にも何度も同じようなことを言った」


「はあ。ねえ、謝らないでちょうだい。気に食わなかったら気に食わなかった時にそう言うわ。気に食わないのは大抵気分とかタイミングの問題なのよ。もし……。まあ、仮にの、話をしましょう。例えば私が観光でここへ来て、観光するほど何もないにしても、あなたとたまたま会ったとしましょう。たまたま何かの拍子でしばらく話して、『じゃあ、予知はしないのか』とあなたが聞いたとしましょう。私は予知してるにしろしてないにしろ、全然気にもせずちゃんと答えたと思うわ。単に、気分とか、タイミングの問題なのよ。下心を疑っていたり、あなたが無神経だったりはしないのよ。まあいいわ。借りておきましょう。健介が本当に無神経に逆撫ですることを言った時にぐっと我慢して返しましょう。楽しみにしてなさい」


「そんな返し方はされたくないんだが……」


 どういうわけか、気に食わなさそうな感じというのを以前より、よく察知できるようになった。


 表情に差は少ない。声を荒らげたり身を固くする様子もない。それこそオーラか電波を判別しているような不思議な感覚だ。どこに違いがあるかは挙げられないが、言葉の内容に関わらず、ミーシーが不機嫌なのがよく分かる。


 ……というよりも、言葉にしていたよりも、はるかに不機嫌なのがよく分かる。


「お風呂上がって服を着たらそっち行くわ」


「ああ頼んだ。その間に三人も誘っておく」


 再び歩き出したミーシーの一歩後ろについて階段を下り、風呂場の前で無言で別れる。居間の方に三人揃っているようだ。


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