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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
201/289

九話㉚


「健介君は、『運命の赤い糸』って、信じている?」


「脈絡のない話題でごまかさないでくれ。アンミの親の話をしてたんだ。その途中で、研究所がアンミの居場所を見つけられていない理由について話してたんだ」


「説明を始めたの。すごく遠回りに」


「すぐに電話を切られないようにか?光栄だな……。運命の赤い糸というのは、ドラマチックな偶然の出会いをあらかじめ結ばれていたようだとするたとえ話で、実際のあるなしじゃない」


「ふぅん。まあ、誰も彼も、偶然出会うでしょうけど、結ばれるかどうかが最初から決まっていたように感じるそうよ?」


「美男美女ならお互い一目惚れしたりするだろう。そういう話題性のあって目立つ一部の人間が『運命』を象徴する美談に仕立て上げられるということだ」


「意外と夢のないことを言うのね。そうね。実証されていないと、そんなものはオカルトだと片づけてしまいたくなる気持ちはよく分かるわ。じゃあ、有名人に実際会って、オーラのようなものが見えたことはある?」


「有名人に、まず会ったことがない。まあオーラというかそういう特別な存在感とかはあるだろうとは思う。俺はなんだ?こんな雑な返事で大丈夫なのか?説明をすると言われたはずなのに、そんな質問の意図は全く分からない」


「うん。良いのよ。私が好きでやっているだけ。健介君は磁石がくっついたり反発する理由を知っている?」


「…………。磁力でくっつく。何かのたとえ話をしているのか?俺がいつ気づくのかニヤニヤしながら待ってるんだろう。悪趣味だそれは」


「うふふ。……知ってる。悪意はないのよ。健介君を困らせたいわけじゃないの。どう伝えれば良いか分からないから、回りくどい言い方をしなくてはならない、そういうこともあるでしょう」


「じゃあ、俺もそこは譲歩しよう。だがわけが分からないまま話が終わると困るんだ。どう伝えれば良いか分かるまで今日は、電話を切らないでくれ。俺が『納得した』と返すまでこの話題を変えないでくれ。それで良いか?」


「良いわ。じゃあそうしましょう。まあ今言ったみたいな質問はいくらでもできるけど、少し話を進めましょう。気が合うとか、波長が合うというのはどういうことをいうと思う?」


「気とか波長というのは性格とか感性とか人間性を指してる。趣味が一緒だったらそれだけで気が合うということもある」


「ええ、そうだと思うわ。でも、言い換えや比喩でもなく、磁石が磁気力によって引き合ったり反発するように、人と人との距離を決める一つの要素がある。それを運命の赤い糸と呼ぶこともあるでしょうし、オーラと呼んだりもするかも知れない。少なくとも医学的にはちゃんとした名前が用意されている」


「俺が運命の赤い糸を信じなきゃならんのか?」


「まあ落ち着いて、ゆっくりと聞いてくれて良いのではない?健介君が『納得した』と言うまで、少しずつ順番に説明していこうと思うの」


「甘く考えてるかも知れんぞ、俺の理解力を。夜が明ける可能性さえある」


「そうかもね。だって一応、健介君は気づいてておかしくないことだもの。気づきづらいけど、気づいていてもおかしくない。だから外堀からね。埋めていきましょう。じゃあ続きね。医学的には、なんとか力なんていう名前じゃなくて、チャネル共振性やチャネル共有性という言い方をする。例えば、目を見れば考えていることが分かる。お互いに通じ合っている。引き合うように離れがたい。こういったチャネル共有性の高いペアは大した観察もせずに一目でお互いの体調を言い当てられるし、口に出さなくてもお互いを察することができる」


「はあ、元気ないなとかそういうのが分かるということか?日常接してる人間同士ならそういうのもあるだろう」


「長期的な観察によるヒューリスティックや認知バイアスによるものも多いけれど、それだけじゃなく、生き別れて何十年経った家族をすれ違いざまに見つけることもできる。双子が鏡に映したようにケガをする。有名な占い師のようなチャネル親和性の高い人間は、初めて会った相手の名前や生い立ちについて顔を合わせるだけである程度読み取ることができて、相手が話したいことを聞いてあげて求めているアドバイスを与えることができる」


「そこまでいくとオカルトだ。生き別れててもお互い気にせず探しもしてなければ見つけられない。同じようなところをケガすることだってあるだろう。占い師は占い師なりに工夫をして誰にでも上手く話を合わせる訓練をしている」


「オカルトやでっち上げだってあるかも知れない。ただ、実際にこれは人間が観測できる事象なの。人が頭で考えていることは、オーラとか、雰囲気とか、そう呼ばれるものとして体外に発信されていて、知らず知らず相手からのメッセージを受け取っていたり、相手と同じ嗜好を持つようになったりする。頭と頭がね、こう電波をやり取りするような、そんなイメージでね。大抵の人は、同じ種類のワンちゃんを百匹見分けることはできないけど、でも同じ頭の構造をしている人間同士なら、特に同じ人種なら、千人いても、髪の毛がなくなっても、意外と簡単に見分けることができる。家族ならもちろんなおのこと」


「そこはまあ、あるかも知れん。これもあれか?そんなことを実験して実証したりしてるのか?」


「『ただ立っている人の後ろ姿を見ただけでその人の感情を読み取ることができるか?』という実験がある。ほとんどの人は『分からない』と答えるけど、一人だけ百パーセント近く言い当てられた人物がいる。彼は目を閉じて、耳を塞いでも、ガラスで覆われても正解を言い当てることができた。だから対象の呼吸や鼓動のリズム、体の細かな動きや、あるいは体表に現れる色素や温度の変化、匂いから感情を読み取っていたというわけではなくて、その本人が言うには、あくまで比喩的な話だけど、頭から出ている信号が副次的に空気を振動させて波を作る、らしいのよ。そしてそれを受信するアンテナがあるから、人の気持ちが分かる」


「あっても不思議じゃないのかもな。俺は人の気持ちに鈍感だからアンテナの精度が悪いんだろう。で、すぐ人に気持ちがバレるということは、無意識に発信してるわけだ、電波を。単に顔に出るのかも知れないが」


「電話や映像だと、感情を読み取ることはできない。余談だけれど、強い感情がふわふわと空気中を漂っていると、全く関係のない人にまで影響する可能性がある。記憶が流れ出して一カ所に留まると集団で同じ夢を見たり、既視感を覚えることもある。前世の記憶がある、という人は他人の記憶を受け取りやすいのかも知れない。偶然に自然中に出来上がった電位の形成を人が誤認して幽霊や妖怪と錯覚することも、全くないとは言い切れない」


「人と人とでお互いを見てなんとなく察するというくらいなら、まあ分かるんだけどな」


 市倉絵里の言うそれは、幸せそうな人と一緒にいると幸せな気分になったり、穏やかな人といると穏やかな気分になったりするという、ただ単にそれだけのことじゃないだろうか。


 人と人とが引き合う力に、たとえ医学的な固有名詞がなかったとして、当たり前に誰もが『その人の雰囲気』をなんとなく情報として受け取ってはいる。


 オーラや運命なんていう大仰なものじゃなく、奇跡の再会や凄腕占い師などを引き合いに出す代物じゃなく、そもそも磁石になぞらえるような無機質な法則でもない。


 市倉絵里は、俺を納得させる方法が分からなくて『回りくどい言い方』をしているのかも知れない。


「そういう、誰でも持ってる不思議な機能が、どこか壊れていたら、あるいはまあ、壊れているとはいえないにしろ、人と仕組みが違っていたらどうなると思う?」


「壊れて、たら?」


「健介君は、アンミちゃんミーシーちゃんと、どこか出掛けて、誰かと会ったりはしなかったのね。元々は別の場所に住んでいた魔法使いが、セラの村に引き取られて集められていることは聞いていなかったのね。だとしても、気づけないことはなかったのではない?」


「どういうことだ?」


「ねえ例えば、何でもいいけど、草食動物がいたとして、その動物は当然鏡を見たことはないわよね。動物図鑑を持っているわけでもない。それでも、草蔭からトラの縞模様が見えたら、当然逃げるのよ。誰から教えられたわけでもなく、自分や相手が何者か知らなくても、本能的にそうしなければならないことが理解できる。まあ、草食動物がというのはそれこそあくまで比喩で、実際は群の行動で後天的に恐怖を学ぶことの方が多いとは思うけど、原理的に、自分と目の前の生き物が、どれほど離れているかを察知するセンサーを、普通は誰もが持っている。だから例えば、シマウマさんはトラを見て逃げるの」


「何が言いたいのか……」


「もちろん私が健介君を選んだのは他にも理由が色々あるけれど、ミーシーちゃんやアンミちゃんと、直接会って上手く話せる気はしない。所員だって決して無能というわけじゃないのよ。人口の密集地を探したり、民家を戸別に訪問したり聞き取りをするなんて方法は取らなかった。何故かというと、受け入れられるはずがなさそうでしょう。セラの村には、普通の人と、普通に暮らすために必要な、普通が足りない人が集められていた。誰が排他的だという話ではないけれど、アンミちゃんミーシーちゃんを見て、話を聞いて、家へどうぞと言う人が現れる見込みは、捜索計画に組み込めないほどに可能性が低かった。ゼロとは言い切れないから、確かにミーシーちゃんにはあなたを見つけることができたわけだけど、こちらはそういう人を特定する方法を持っていない」


「俺を?」


「普通の、他の人と、一緒に生きられるはずがないから、セラは魔法使いが暮らしていられる魔法使いと、わずかな例外だけの村を作らざるを得なかったわけでしょう?魔法使い同士なら問題なく会話できるようだけど、でも、ただの人が魔法使いと目を合わせると、頭が真っ白になって逃げ出したくなる。まあ、ミーシーちゃんはスイラお父さんの実子だから集められていた人とは村にいる経緯が違うわ。ただ」


「それはおかしい。いや、他にも、他の人間にも、会ってるはずだ。普通の人?なにより、俺が不都合を感じてない。ちょっとまあ、話が通じにくいところがあったりするかも知れないが、アンミもミーシーも、別に話す分には普通の人間と変わらない」


「……そうね。そういう、健介君みたいな人も、極稀に、いるみたいよ。そういった魔法使いと普通に接することのできる『例外』が、数は少ないけど、いないことはない」


「俺だけじゃない。他の、人間だって普通に……」


「普通に、会話できていたなら、その人は『例外』よ。でも、大部分の人間はそうじゃない。アンミちゃんが研究所にいた頃、世話係は数人の例外が担当していた。例外かどうかが、アンミちゃんの世話係としての適性を判断する重要な決め手になっていた。例外の見分け方は私には分からないけど、まあ実際会って貰うのが一番確実ですぐ済むかしら。健介君は、『例外』だから、このことには気づきづらいでしょう。でも、辺鄙な山奥で魔法使いが集まって生活する理由は考えてみても良かった。アンミちゃんがミーシーちゃんにお願いして、隠れ場所を探した時、あなたが、候補として上がる理由を無理のない範囲で探そうとしても良かった。研究所の動きは、まあ、これは私の方がよく知っていることだから健介君とは見え方が違うでしょうし、私も十分に話してはいないけど、何にでもきっと、少しリラックスして考えてみれば、理由らしきものは見つけられる。……そうすると、ねえ、健介君。アンミちゃんがそもそも研究所に引き取られることになったのはどうしてかしら。研究所の人間が両親を見つけられないのはどうしてかしら。それはね、実の、両親ですら、アンミちゃんを育てられなかったからではないの?多分、ミーシーちゃんもスイラお父さんも、アンミちゃんの両親を探そうとしたことすらないと思うのよ。だって、本当の家族ですら、アンミちゃんを引き取ってくれるとは到底思えないもの。簡単にいうと、アンミちゃんの両親は、アンミちゃんが恐ろしくなって逃げ出したのよ。私が、言いにくかった理由も、分かってくれる?『だからハズレなの』、健介君。高医研にアンミちゃんを置き去りにしたアンミちゃんの両親を探す手掛かりが残っていないし、どこを探しても名乗り出てくる人もいない」


「それは、……勘違いだ。会話ができないはずがない」


「会話が全くできないわけじゃないわ。これにも個人差があるでしょうから、まったく不都合を感じない健介君のような例外の他に、なんとか我慢して話を続けられるくらいの人だっているとは思う」


「だから……、反証がある。俺の、友達とも会ってる。普通に楽しく会話して、何も我慢する要素などなかった」


「…………。斉藤陽太君と、満田宏さんでしょう、それ?」


「なんで、そんなことまで知ってる?」


「他の人が手を抜いているわけじゃないのに、人探しで、一番になれる理由を健介君から聞かれたことがあったけど、私はその時、こう答えたと思うのよ。『トロイマンのことを見張っていて、人より余分な場所も探した。それと自由に動けた』。そんな感じのことを言ったわ、確か。トロイマンはもう、アンミちゃんが逃げることを想定していて、逃げ込む先についても絞り込んでいたのかも知れない。だから、健介君がアルバイトをしているあのお店は、トロイマンの都合で、たった三人、例外だけを残して、他の普通の人は全員辞めさせられてしまったのではないの?それに、あなたのことも、あらかじめ見つけていたのではないの?私、その辺りの事情については詳しくは知らないけど」


「……切って、良いか?」


「納得してくれた?」


「納得?……。話は、分かった。言ってることは理解した」


「付け加えると高田の件もアンミちゃんの」


「いや。……また、電話する」


「ええ、じゃあまたね。待ってるわ」


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