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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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九話㉕


「見てナナっ、できたっ。ふっ、く、落ちそうっ。ほら取れたっ」


「…………。一人騙されてるぞ。そんな多分器用なことできないもんだよな?普通で良いよな」


「普通で良いわ。普通の方が食べやすいでしょう」


「これ練習しよっかなあ……。だって、右と、左のをさあ、じ、自在にっ、ほら」


「自在に……、できてないだろう。まあ好きにしてくれて構わんが……」


 ナナは興味深そうにハジメの様子を眺めていたが、どうやら俺と同じで無理を察して諦めたようだった。ハジメはぎこちなく食事を続けている。


 しばらくしてからもう一度ハジメを確認すると少しばかり慣れたようでミニトマトを一度でつまめるまでに上達していた。……さすがだ。努力家ではある。


 ともあれ、ハジメを残してみんなが食事を終え、俺はアンミに食器を洗っておこうと申し出た。アンミは少し悩んでから「ううん、私がやるから良いよ」と答えた。


『別に遠慮しなくてもいい』と言ったがどうやら意見は変わらない。何がなんでもというわけでもないし、今回もアンミに任せることにした。


 おっさんは居間で座禅を組んで瞑想中。ナナはそれを観察中。ミーシーはすぐに二階へ。アンミはとりあえず食べ終わった人間の食器から洗い始める。ミーコはいつの間にかいなくなっていたが、食事は済ませているようだ。


「ちょっとみんな、食べるの早くない?」


「お前のスピードが著しく落ちていることに気づいていないのか、ハジメ。お前が、遅くなっている。そういう可能性がある」


「あたしが?なんでっ?」


「…………」


 ハジメも箸の持ち方のせいで食事が遅れていることに薄々は気づいてはいたようで『これのせいかなあ』と右手を掲げて奇妙な指の固まりを俺に見せつけた。


 しかし気づいてなお箸の向きを変えてみたり両端の長さを揃えてみたりどうやらそのスキルを捨てがたいようだった。


「一周回って、確かに普通の方が食べやすいわ、これ。アイデアは悪くないのよ」


「そうなのか。頑張り屋だなあ。諦めないでやってみるというのは大切だな」


「何言ってんの。コレよ?コレであんた頑張ってるとか、そんなハードル高くないでしょ、コレは」


「その箸の持ち方はともかく、そこで頑張れるお前はいつでも頑張れそうだな、ガッツがある。普通の人が無理だと諦める場面で『あたしはやれる』と立ち向かう気概がある。リアン・カーバイルを知っているか?こんな名台詞がある」


「…………?え、何?あんたの判定基準みたいなのよく分かんないんだけど。どしたの?なんでそんな絡んでくんの?」


「まあ聞け。こんな名台詞がある。羽がないから飛べないんじゃない。まだ羽ばたく回数が足りてないんだ。多分、こんな感じの台詞だった。別に俺の台詞じゃないが、お前に贈ろう。そのお前の頑張りに励まされる人々がいる。箸の持ち方はとりあえず置いておいて」


「…………?何の台詞それ?」


「……アニメの、魔法少女の、な?お前と口調が似てたという、ただそれだけだが」


「はあん……。あ、そう。うん、まあ、そうなんだ。気分は分かるわ。なんか、こう、言いたくなる台詞とか、……みたいな気分があんのよ、多分」


「そうだな」


「ええっと、羽がないから飛べないんじゃなくて、まだ羽ばたく回数が足りてないのよ、うん」


 ハジメがどういう意図でその台詞を繰り返したかはさておき、感情のない棒読みではそれらしさが全く発揮されない。


「うん。……俺は何がしたいんだろうな」


「いやいや新鮮。なんてのかな。あんた面白いわ。良いわよ、そういう感じで」


「良いのか……。許可を貰ってしまった。どういう感じなんだ、今の俺は。気兼ねなく話そう。俺がお前を馬鹿にしてたり、あるいは嫌ってたりするなんて誤解を受けてないか不安で絡んでる」


「……んぅ。あ、そう。別に誤解ってか。言いづらいんだけど、あのさあ、あんたの方が珍しい性質じゃない?みんなに親切にして」


 俺が親切にしてやった場面などもあんまり出てこないが、まあ、例えば我が家の入居審査についていうなら、もはや無条件レベルまでハードルは下がっている。そのことだろうか。


 もうついでで何人か増えてもそう気にならないのかも知れん。それは親切といえば親切なんだろう。一応、住人同士平和に仲良くして欲しいということで多少は気遣っているつもりではある。実を結ぶようなことあったろうか。


「親切にしてるか?おっさんやミーシーが丸めてる部分はそう見えるかも知れんが、それ以外は、あったとしても偶然というか、ほとんどまぐれだろう」


 ちょっと考えてみると、俺が何かを進んで決めたことなど一つもなかったように思える。もちろんそれぞれ理由はあったろうが、俺などは状況に押し流されて今に至っている。


 こうしてハジメに話し掛けようと思ったことすら、夢の女からのアドバイスに従ったに過ぎない。


「偶然なんかじゃないよ」と、後ろから、アンミが言った。


「……?」


「私、ミーシーに、親切で優しい人を探してって言った」


 だから俺が選ばれて、アンミたちがここにいるらしい。少なくともアンミはそう信じているらしい。


 光栄なことだが、ため息が出そうになる買いかぶりだった。照れくささを感じるよりも先に反射的に否定の言葉が頭に浮かぶ。


 もしも、俺が、ヒーローなら、何の問題も全てひっくるめて解決へ向かうだろう。全く的外れな人選だったんじゃないだろうか。


「へー、そういうんで選ばれたの?良かったじゃん。んじゃあたしも一票あげるわ」


「とりあえず箸戻してさっさと食え。アンミが皿洗い待ってるぞ。俺がおしゃべりしてたせいもあるが」


「照れちゃって。あと、い、二分くらいで食べるからアンミ待ってて」


 ハジメはちらりと時計を見て箸を通常の持ち方に戻し、パクパクと食事を再開した。アンミはお茶入れを取ってハジメのカップに茶を注ぎ足す。


「でも健介は親切」、「ねー」「それにね、優しい」とそんな会話が始まった。あまり具体例が出なさそうなささやかな誉め殺しよいしょ祭にいたたまれなさを感じて、俺はこっそりと机の隅を辿り二階へ逃げることにした。


「後でじゃあ、ナナをちょっとトランプに誘ってみるか。お前はトランプできるか?」


「カード持てないニャし」


「そうか。残念だな。ん……?おっさんか?」


「健介足音で分かるのニャ?スイラが来てるニャ」


 まあミーシーに用事なんだろうが、戻ってく気配があればトランプ要員の根回しをしておこうかと思った。だが、意外なことにおっさんが開けたのは俺の部屋のドアだった。


「……ん?どうしたんだ、おっさん。俺に用か?」


「…………」


「いや、何してるんだ?」


 おっさんはドアを閉めてから、一度俺の顔を見て、そしてから考え込むように口もとを手のひらで覆った。


「ああ……。この流れで、どうだ、これは。いや、俺がダサイことを言い出そうとしてるのは間違いないんだけどな、健介?」


「?」


「なんだろう。さっと言っておけば、今こんなふうにお願いすることもなかったんだと思うんだが……、ちょっとすまん。一日で戻ってくる予定だが、ちょっと出掛けることにする。偉そうなこと言った後だから保護者失格だと言われるかも知れんし……、ハジメのこと話した時についでにしれっと、言っておけば良かったんだが……、俺はなんで迷ったんだろうな。どうするかというのは決めてたはずなんだが……」


「お願い、俺にか?」


「ああ。お願いというほどのことでもないのかもな。俺が出掛けてる間、俺の子たちの面倒見といてくれると助かる」


「出掛けるってどこへ?一日で戻ってくると言うが、何しにいくんだ?」


 アンミの件だろうかと思ったが、直接そうは質問しなかった。おっさんは眉根を上げたまま目を瞑り首を振って「違う。内緒だぞ、ハジメのお父さんの件だ」と言った。


「ああ、内緒。ん……。ハジメの、お父さんに、何かあったのか?だとしたらハジメに内緒なのはどうかと思うが」


「内緒で良い、今回はな。じゃないとこじれる話だ。何かあったってわけでもなくてな、まあ……、このダサイ状況で、お前が大体察してること隠す意味もないだろうから、簡単に経緯だけ話しとくか。ハジメのお父さんが、ハジメに会いたいと言っててな。会いたいというか……、引き取りたいと。これはまあいきなり言い出したわけじゃなくて向こうはずっとそういうつもりで何度も電話してきてたんだろうし、結局前もハジメとは会わせてやれてないし、今回まあ、……村から引っ越ししてるだろう?対抗心に油注いで燃やしちゃったという部分もある」


「じゃあ……、そういう話し合いをしに、いくのか?内緒のままハジメ連れていくつもりなのか?」


「いや、俺一人で行くし、奈良までは行かん。向こうからもこっちの方までは来て貰うことにする。話し合いというより、……正直に言うがな、まだ上手くいかないもんなんだ。まだな。ハジメも嫌がるし、お父さんもちょっと冷静じゃないだろう。少なくとも今じゃない。俺が決めつけることじゃないかも知れんが、さすがにな、靴紐結んでるところでヨーイドンは言えないだろう?もうちょっとだけ待ってみてくれと、説得しにいってくる。もうちょっとなんだってのは、お父さんの側もな、分かるだろうから」


「…………。説得をしに、いくのか?いや、出向いたからといって説得力が増すような話じゃないと思うんだが」


「お前は良い奴だな。まあ、増すんだ、説得力が。ハジメはここに置いておくと少しずつ良くなる。お父さんは俺と会えば、まだちょっとだけ早いなってのが分かる。ハジメを見てお前はどう思う?上手くやれそうだと思うか?」


「言及すべきか分からないが、ハジメ側の問題じゃないだろうなとは思っている」


「まあ、そういう経験を、ハジメにさせてやることも大切だろう。ハジメ側の問題でもないし、ハジメの家族が悪いわけでもない。運悪くお互い失敗して、ハジメは失敗するのを怖がってるし、お父さんは失敗しまいと焦ってる」


「まあ……、おっさんが不運だと言うなら、俺もそう悪い想像はしないが……。向こうのことは、結局どうやって納得させるんだ?」


「話をしてくるだけ」


 心なしか嬉しそうな、笑顔でそう言われた。まるで俺が面白いジョークでも言ったかのような反応だった。当然俺はジョークなんて言ってない。意図不明な笑顔にきょとんとするばかりだ。


 そもそも俺は当初から、予知能力者が議論で負けるはずがないと思っている。電話口で説得できそうなものだし、仮にそれで納得されないからといって、わざわざ出向く意味もないものだろう。


「いやいや。なんだ?悪巧みなら止めるぞ?」


「当然真剣に考えてる。ハジメのことも。ハジメの親のこともな。娘がかわいくて仕方ないんだ。俺にもその気持ちはよく分かる。ハジメはその内、会いたいって言い出すだろう。それが今じゃないって言われても、まだそっちも準備ができてないだろうと言われても、すんなり納得できんもんだ。ただ俺に言わせればな、ただ単に、今じゃないだけだ。ちゃんと進んでる。まだほんの少しだけ時間が必要だってだけのことだ。俺はな、端から見ると邪魔してるみたいでちょっと嫌な役だが、……納得させてくる。良いスタートダッシュが切れたら、後は走れる子だから、ハジメは」


 まあ、確かに……。ハジメ本人も上手くやれなかったとぼそりと葛藤を呟いていた。どうやら話しぶりから察するに、ハジメの親も別にハジメを嫌っていたり、ハジメを虐げているということでもないんだろう。


 じゃあお膳立ての準備が整うタイミングを待つのも良いとは思う。少なくともおっさんはまだそのタイミングじゃないと考えている。保護者代わりをしている事情もあって、顔を合わせず押し切るというのは礼を欠くのかも分からん。


 まあ、……おっさんがいなくなったことにハジメもナナも気づくだろうから、そのフォローぐらいはしなくちゃならないが、戻り日が分かってるなら、そこまで二人も気にしないだろう。


『…………。健介。嫌な、予感がします。……止めた方が』


「ん?」


『ああ、でも……』


 唐突に夢の女の焦った声が聞こえてきた。止めた方が、良いのか?まだ今なら止められるぞ?どうした?


「じゃあ、ミーシーに話して、出掛けてくる。トランプしてやる予定だろう?助かるなあ。ありがてえ。安心して任せてられる」


 バタンと、ドアは閉められてしまった。


『…………。止めても……』


「…………」


 はっきりしてくれ。なんだおっさんが危険な目に遭うのか?


『……いいえ。……いいえ。危険はないでしょう。多分』


 多分っ?一旦止めるぞ、じゃあ。何が多分だ、お前。


 おっさんはまだミーシーの部屋にいるはずだ。一旦家を出られたら止められるものも止められない。俺はドアに手を掛けて夢の女からの指示を待っている。


 どうした?どんな理由で止める必要がある?それを納得させるにはどうすれば良い?


 おっさんは予知能力者だ。そうか、だが、今回は予知が保証されない遠出になるのかも知れない。アンミの件においては間違いなく重要人物で、そこに危険があってなんらおかしくはない。


『……いいえ。止める必要は、ありません。止めなくて構いません。スイラに危険はないでしょう。予知の通りなら明日戻ってこられます。それに確かに、ハジメの父親を納得させるために、スイラは行かざるを得ない』


 なら……、何を、迷った?何が気がかりだ?頼む教えてくれ。止めるなら今しかない。


『……止めないでください。私がそう判断します。止めない方が良い。だって、ほら……、大丈夫です。私がどうにでもできます』


 止めない、方が、良いんだな?なんで泣きそうな声を出す?信じて、良いんだな?


『ええ』


 俺は恐る恐る、手を下ろした。


 何が大丈夫なのか、何がどうにでもできるのか、俺にはまるで分からない。何をどう判断して、それがどんな作用をするのかまるで分からない。ただ、俺は黙って夢の女に従う他なかった。夢の女は俺に『それ』を知らせるつもりがない。


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