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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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九話㉓


「…………。よく、笑う子だったそうだぞ、ミーシーは」


「私に言ってるのかニャ?よく笑うとは言ってないニャ、ナナは」


「仮に相対的な話だとして、俺はあいつが笑ってるのを一回も見たことないんじゃないか?……ああいう、もんだと勝手に思ってた。無表情だがそれでも楽しそうだとか、そんなふうに思ってた」


「んぅ、まあ、そういうもんじゃないかニャ。笑ってなかったとして笑ってないだけニャし。不満そうにしてる方は健介も気づくニャし」


「不満そうなのは気づくが……、それはつまり幸福度が半分から下を行ったり来たりしてるということだろう」


「不満そうにしてないなら半分から上で、不満そうにしてるのに気づくなら楽しそうにしてるのも分かると思うニャ。笑ってなかったとしても、という話ニャけど。だから半分から上を行ったり来たりしてたまに半分より下になったら健介機嫌取ってるニャ?」


「ポジティブな感想だな、ありがとうミーコ。俺も別にテレビ見て大笑いしてれば幸福度が高いとは言わない。笑ってるかどうかが重要なわけじゃない。ただ『見てない』というのと、『それが当たり前だと思っていた自分』を恥じるべきなのかもな。……見たいな。あると言われたら」


「……意気込んで見るものじゃないと思うニャ。あくまで私個人の感想ニャけど、ミーシー健介に感謝してるニャ。割と健介のこと好きだと思うニャ」


「会った当初よりは付き合いやすくなっただろうけどな。俺もある程度学んでたつもりだった。そもそも俺個人の問題じゃないのかも知れない。もっと積極的にフォローに努めるべきだったのかも知れない」


「どんなニャ?」


「…………。まあ例えば、あいつの悩みを聞いてやれば、少しは気休めになったかも知れない。まず間違いなく相当ウザがられるだろうが、多少嫌われてもそうした方が良さそうな気がしてきた」


「聞いて貰っても解決しないことを、それでも話すべきだと健介が思うのなら、健介も悩んでばかりいないで、まずはせめて私にでも悩みを打ち明けると良いニャけど」


「お前がそう言うのは、俺の普段の態度が悩ましげに見えるからか?」


「私も、健介が笑っているの見てないんじゃないかニャ?」


 そんなこと、……ないこと、ないのかも知れん。ミーコが俺の些細な機微を察していてもおかしくない。自分でも器用に隠し事をできる人間じゃないと分かっていたはずだ。


 俺が現状不幸かというともちろんそうじゃないし、むしろ、幸運な出会いに感謝すべきでさえある。だがそれでいていまいち落ち着かない不安定さの原因を、俺はよく知っている。


 楽しい夏休みに、いつ終わると知れない宿題の山が影を落とすあのいまいちさ加減を、もしかしてミーシーも今まさに感じているのかも知れない。それさえなければ良い日だったと決められるのに、いつも不安を抱えて脅えていなくてはならない。


 なあ、だったら、話してくれて良いんじゃないか。助けてくれと言えば良いんじゃないか。心配掛けないようにするなんてこと、もうとうに失敗しているわけだろう。


「……気持ちは、分かるな」


 立ち上がってドアの前に立つ。カチャリと、鍵を掛けた。順番としてはこれが正統なんだろうと思う。そもそも俺がミーシーたちに市倉絵里との関係を隠していて、ミーシーばかりを問い質すような乱暴な理屈は成り立たない。


 心配なんだ、だから話せは、誰にも打ち明けず孤軍奮闘する俺の言えた台詞じゃない。


「なあ……。ミーコ。お前は、俺のわがままで余計な重荷を背負ってくれたりするか?」


「構わないニャ?」


「お前は、俺の味方でいてくれるか?」


「聞くまでもないと思わないかニャ?」


「話すことがある。お前に内緒にしてたことだ。アンミたちに、今は内緒にしなくちゃならないことだ」


「なんなりと、一人で背負わずに、私に話してくれてたら良かったニャ」


「ああ……。そうなのかもな」


 俺はミーコを抱き寄せて、ベッドに寝ころがった。ミーコと目を合わせられない気がしたから、そうしたのかも知れん。


「健介が、こうやって助けてくれたニャ。私よく覚えてないニャけど」


「そうだっけか。俺も正直、あんまりしっかりは覚えてないな。閉店ショックでぼうっとしてた記憶はある」


 俺は少しずつ、時系列に、市倉絵里と会ってからのことを話した。アンミが追われているという事情について。市倉絵里がそれを解決する方策を手にしている可能性について。


 ただし、市倉絵里を完全に信用する根拠が乏しくて、少なくとも危機意識の高いミーシーにそれを知られるわけにはいかない現状について。


 話せば長くなると思えたこのいくつかはなんともあっけなく感じるほどに伝え終わってしまった。ミーコは異議を立てるわけでも俺を責めるでもなく、慌てるでもなく驚くでもなく、まるで眠っているかのように静かに俺の話を聞いていた。


「健介はまあ……、隠し事も上手くないニャから、そんな無理しようとしなくて良かったんじゃないかニャ?」


「脅されたともいえるかもな。だが、どうだったかは分からない。市倉絵里の言う通り、俺が騒ぎ立てたら誰もいなくなってたかも知れない。俺はむしろ、隠し事をしてでもこうしていられることを幸運だと思わなくちゃならないはずだ。悪い話だとも決まってない。市倉絵里が良い方法を持っていて俺がそれを信じられるなら、最終的なハッピーエンドのためにというなら、俺はまあ、それがなんであれ、やるべきことだと決めるだろう」


「信用できる人だと思うかニャ?」


「…………。うさん臭い話だとは思う。ミーシーじゃなくて俺に接触する時点で怪しいのは怪しい。だがもしかすると『良い方法』とやらはそうしなくちゃならない理由があるのかも知れない。市倉絵里はミーシーが知っていると上手くいかないと言った。……それに、情報を持ってるのは嘘じゃないだろうし、頭も良い。何とかできると言われたら、期待は捨てられない」


「相手は健介のことを信用してるのかニャ?」


「さあ?どうだろうな。信用してくれというようなことは度々言われた。物腰は柔らかいし、丁寧で、俺のことを心配しているというふうでもある。俺はもちろんそれをポーズだと疑わざるを得ないし、向こうもそれを重々承知してるはずだ。俺が市倉絵里を完全に信用していなければ、市倉絵里が俺を思い通り動かすことはできない。市倉絵里もそういう意味では俺を信用してたりしないだろう。市倉絵里が不穏な動きをすれば俺は裏切る。市倉絵里はそれを分かっているから情報を小出しにしたり……、嘘を言わないとは明言していても隠し事はしたりする」


「もしもそうなら、もっと話すと良いニャ。健介が相手を信用できないのなら、信用できるかどうかを、もっと話してしっかりと見てたら良いはずニャ。相手の頭が良いのなら、健介は言われたことがそれらしいかどうかで本当かどうかなんて分からないニャから、健介はまず、相手を信用するには何が重要なのかを決めなくちゃならないはずニャ」


「なるほど……。まあ、お前の言う通りだ。俺が市倉絵里を疑いなく完全に信用しきっていたら、向こうも隠し事をする意味なんてない」


「それは分からないけどニャ。例えば他の理由で必要なら隠し事するかも知れないニャし。いざという時まで隠しておかないと健介がそわそわしてミーシーにバレるとかなら、ミーシーに隠しておきたいその人は当然隠し事するニャ」


「そうなんだよな。隠し事をしてるから嘘つきだと言うつもりはない。隠し事をしてるから良い方法を知らないとか俺を騙すつもりだとかそういうわけでもない。今のところ、糾弾するような根拠がない」


「…………。どんな人かで、決めるものじゃないかニャ?セールスマンと商品の話しててもきっとその人のことなんて分からないニャけど、人と人と話していたら、嘘をつく人かどうかぐらいは少しずつ分かってくるニャ」


「嘘はついてない。隠し事をしている。俺は信用できてない。ただ今思うに、俺もミーシーも、市倉絵里も、都合が悪いことは隠さざるを得なかった」


「健介は隠し事しようと思って隠し事してるわけじゃないと思うニャ。そこは仕方ない話ニャ」


「アンミが自分の状況に気づいてないということにはなってるから、おっさんやミーシーも俺とかに事情を話さないのかも知れない。それも考えてみれば仕方ないことだ。俺が状況を知ればアンミにあれこれ聞きたがるだろうし、張り切って一致団結だなんてことを言い出す可能性さえある」


「そこまでひどいことはないの分かってるはずニャ、ミーシーも。張り切ったり心配したりしないようにはしたいニャ」


「市倉絵里は、俺の記憶が消えてることについても隠してた。だが、それを問い詰めたら十分過ぎるくらいに言い訳が出てきた。下手をすると疑って済まなかったと謝らなきゃならないくらいに。最初に会った時に携帯を貰っててな。バイト先以外、俺の知ってる施設は全部電話帳登録してある。もし、アンミたちがここから出て行くとしたら、俺が追い掛けないようにと、当然記憶を消していくだろう。一個だけ見覚えのない施設の番号が登録されていて、それがその市倉絵里の番号だ。俺は多分、記憶をなくしたらそこに電話する。もう最初から、俺が陥る可能性のある最悪の事態に備えて準備をしていて、電話を掛けてくれたらフォローできるつもりだったと言った」


「その人にしてみれば、健介の家にアンミたちがいなくなったの分かるようにしておきたかったと思うし、健介が記憶がないことを聞いてくる可能性も最初から考えてたと思うニャ。でも別に、感謝するなら感謝して良いと思うニャ。謝るべきなら謝って良かったと思うニャ」


「もし、別の時に、何の事情もなく会ってたら、まずあり得ないことは分かってるが……、別の時だったら、俺は素直に感謝したり謝ったりしてた。要するに俺は、市倉絵里の内面なんか欠片も見ていない。どんな人間なのかとか、人と人とで知ろうとしてたりなんかしない」


「仕方ないことニャ」


 もう一度、冷静になって市倉絵里のことを考えてみたい。信頼関係の狭間に何が横たわっているのかを、目を凝らして見つけなくてはならない。深い谷のように思えてその実、そこにあるのは俺の疑心に他ならないだろう。


 明かりは少ない。目の前の一歩は黒く塗りつぶされている。手探りで、一歩進むべきだろうか。そうすれば少しばかりその姿をはっきり見ることができるだろうか。……当然、近づけばよく見えるに決まってる。


「健介は多分、信じた相手に裏切られるのが怖いのニャ」


「怖いのかな。……考えてみれば相手を知ることに何も損はない。例えば、友達のように振る舞ってみてはどうか、ってなことは市倉絵里からの提案でもある。散々無下にして今更どの面下げてという感じはするが……」


「相手が怒って健介も悪かったと思うなら謝るだけニャ。それでもダメならもう仕方ない感じニャ」


「仕方ない……、か。仕方ない男だな、俺は」


「やむを得ない感じニャ。どうにもならない感じニャ。救いようがないとは言ってないニャ」


「意味一緒だと思うけどな。まあ、分かった。ただ、なんか電話する口実がいる。それで……、さっきハジメの件で一つ思いついたことがある。市倉絵里が良い方法を隠していたとして、だ。俺はそれを言い当ててしまえば良い。一つ解決のための良い方法を思いついた。実現できるかは微妙な案だが、もし実現できれば確かに誰もがハッピーになり得る」


「聞くニャ」


「……アンミの、本当の両親を見つけるという、方法、なんだが、どう思う?警察を介入させたらどうかと聞いた時に、市倉絵里は『研究所に後見人がいるから、警察を頼っても研究所へ戻せと言われかねない』と、そういう理由で俺の提案は却下された。つまりだ、アンミの本当の親が見つかれば、法律的にどうなのか知らんが多分アンミの親権みたいなのを取り戻すこともできるだろう。そしたら親権者と本人の同意もなく引き渡せなんて道理のない話はまずまかり通らない。あんまりしつこいなら堂々と、警察なりなんなりに駆け込めば良い」


「アンミは多分スイラのことお父さんだと思ってるし、本当の親が見つかってもそっちに戻りたいと言うとは限らないニャ」


「それは分かってる。あくまで形だけのことだ。別にアンミを引き取ってミーシーと離れるなんてことにしたいわけじゃない。そこら辺は後々調整すれば良いし、もしかするとアンミも喜ぶかも知れない」


「それ、探すためにアンミに聞くのかニャ?ミーシーが良く思わないニャし、探すの時間掛かるはずニャ」


「ポイントはそこだが。もし、……俺のこの方法論が間違ってなければ、というか、市倉絵里が同じ方法を提案すると決めているとしたら、……既に見つけてる可能性がある。そしたら、アンミに聞く必要はない。時間も掛からない。俺は単に、言い当てるだけで良い。ミーシーにバレると困るってのはそういうことかも知れないな。アンミの両親が見つかって、そっちへ引き取るという話になりかねない。アンミと一緒にいたいミーシーはその提案を蹴る可能性もある。どうだ?矛盾はあるか?」


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