表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
188/289

九話⑰


「それをナナがトランプ抱えてお昼寝してる時に言い出す子なのよ、ハジメは。そして実物なしで説明しろというわがままな子でしかも、説明しても頭が追いつかない子なのよ……。分かるでしょう?」


「なるほど。難儀なことだな。……ナナがお昼寝してるのは、俺に原因があるかも知れん。それはすまん」


「違うのよ、せっつめいが悪いの。あんたの説明全然楽しさが伝わってこないの」


「うん、でもね?実際の、トランプあった方が分かるかなって思う」


 大体の状況は分かった。トランプなしでゲームルールを説明するのは確かに若干ハードルが高い。俺もルールだけ説明されてもピンとこないだろうし、アンミもその辺りのことは悟っているようだ。


「だってトランプの他って二人でできるようなのあんま思いつかないでしょ?別の遊びったって、ハンカチ落としとかなら聞いたことあんだけど、アレって二人でできんの?」


「……んーぅ、円にならんな、まず。実際やってみると相当意味が分からん遊びになりそうだな」


「だとまあ、……その、フルーツ、バスケットだっけ?ルール詳しくないんだけど」


「わざとか?二人でか?交互に椅子に座るだけの遊びになるぞ……」


「えぁ、えぇと……、じゃあ、いやぁだって、あたしそんくらいしか聞いたことないし。だからトランプで良いんじゃない?」


 そりゃ俺だって小さい子の遊びと言われてすぐさま思いつくような案があるわけじゃない。二度続けて否定されたことでかハジメの声は若干弱々しい感じでしどろもどろになり、だから消去法でトランプだと一周巡って元の主張に戻された。


 いや、そもそもだが、俺はハジメに対してあれこれ言うような資格が、ない、可能性が高い。


「あ、……あのだな。もし、かして、なんだが、俺のせいかな?二人でってのはその……、ナナとハジメが一緒に遊ぶ時にって、そういう話だよなきっと。というのは……、つまり、つまりだが、俺がそのダメ人間だったフォローをハジメがしなきゃならんという……」


「え?どゆこと?いや、違くて。あたしがってか、ナナがあんたとトランプしたいっての嫌だったみたいだから。神経衰弱さすがに飽きたでしょ?だから他のなんかあればって思っただけ。あたしらもやり方ぐらい知っときたいってだけ。まあナナとあたしでやる時もあるかも知んないけど」


 いや、結局それは……。ハジメがナナのためにトランプ競技の勉強会が開いているということだろう。そのきっかけを作ってしまったのは俺だし、トランプの実物がないのも、ナナが不在なのも俺のせいだ。


 それをハジメが一人で事前に根回しをして俺の尻拭いをしてくれていたということになる。しかも、……何の恩きせがましさもなく。


「別に神経衰弱に飽きたとかそういうわけじゃなくて……、まあそう思われても仕方がない感じではあったかも知れんが、……そのだな。そうか。お前らそのせいでこんな、……すまん。いや、良いんだ、神経衰弱で。ただ、俺が眠かったってだけのことだ。なんかすまん……」


「ん?何謝ってんの?そりゃさあ、……あんたは色んな遊び知ってるからなんかつまんないかも知んないけど、教えてくれるくらい良いじゃん。ちょっとは協力してよ、どうせ寝てただけなんだから」


「…………。すみませんでした。じゃあ是非……、やらせてくれ。本当に悪かった」


「えっ、あっ、えっ?何、どしたの急に。え、無理にとかってじゃなくて、あんたが良いならって、え?ちょっと……」


「そんな卑屈にならなくていいでしょう。先生してあげるつもりで堂々としなさい」


『……そうですよ、健介。いつも通り、自然にしてあげてください。ハジメが引け目を感じて不審に思ってしまいますから』


 何で自然に会話に参加してくるんだ、こいつは……。


 そして、やっぱり、誰にもお前の声は聞こえてないんだな。下手に相槌などすれば不審に思われるわけだ。ええと、まずミーシーの発言から、落ち着いて、深呼吸して、できるだけ自然に振る舞う。


 だが後で……、話があるからな、隠れず待ってろよ……。


「そうだ、そうだな。迷惑掛けてすまんかった。悪いと思っているが、そんな変な空気でやるのも何だし、悪いと思ってることだけちゃんと伝わっててくれれば良い。ああ、是非教えさせてくれ。何でも聞いてくれ。何とか分かるように頑張って考えよう。何を、やりたい?」


「んー、……んー。何があんのかもあんま知んない。何が良いの?まずオススメ教えて」


「トランプ、だよな?オススメと言われても……。そうか。じゃあだな、いや、面白いかどうかは別としてルールが簡単なやつからやっていこう。ルールが複雑なやつの方が面白い気はするが、いきなり実物なしでそれだと頭がこんがらがるだろうし、色々、簡単なやつも知っておくと飽きずにローテーションできる。俺は別に……、飽きたとか、そういうわけじゃないが」


「ふーん。ばば抜きは知ってんのよ。であと、神経衰弱は知ってる。ルール簡単だからこんくらいなら多分なくても分かるもんでしょ。で、さっきミーシーがちょっと言ってたのが、何だっけ、七並べと、ダウト、だっけ。七並べはまあ……、意味は分かるわ。止めるってのが分かんない。んなら、だって……。あたしが違うのかな?最初に端っこのカード配られた時点で負けじゃない?ばば抜きみたいにカード変わったりしないわけだし」


「そう、だな。そうなのかな。言われてみれば確かに。すごいな。俺は全然そんなとこ気にせずやってたと思うが、言われてみれば最初から勝負が決まって、るのかもな」


「ダウトの方もルールは分かったような感じ。でもなぁんかちょっとなあ。あんたはダウト知ってる派?」


「知ってる派だな。順番にカードを伏せて出していくゲームだ。最初にカードを出す人が一、次の人が二、その次の人が三、という感じで十三まででカウントしながらカードを出す。手札から好きなカードを出して構わないが、カードを出す人以外は『ダウト』と言ってカードを開けさせることができる。カウントしていた数字とダウトと言われた時に出したカードが一致していればダウトと言った人間が今まで出されたカードを全部引き取ることになる。カウントの数字とカードの数字が違う場合はダウトと言われた時にカードを出した人がカードを引き取る。大体こんなゲームだ。そこまで複雑なゲームではない」


「複雑じゃない?」と、アンミは少し驚いたように俺を見上げた。


「一応、やってみると雰囲気は分かると思うな。カードに強さがあるわけじゃないし、特殊な状況のルールというのもなかったはずだ」


「てか、あたしとアンミが不思議に思うのは嘘ついてカード出して大丈夫ってとこなのよ。『ない』って言わない?普通。あたしそんなカウントして出すってなったら、ない時『ない』って言うと思うんだけど」


「『ない』って言ったらゲーム止まるからなあ……。なくても。そうだな、いらなそうなやつから出していくんだ。じゃあ次の順番が来た時にこれを出せるようになるだろうから、これは取っといて、いらんやつを選ぶとか」


「斬新。ないのに嘘ついて出すんだって、アンミ。普通ないもんは『ない』って、ねえ?」


 なるほど。ミーシー先生が俺を呼び寄せるに至る氷山の一角を見た。知ってる人間と知らない人間とではそもそもスタートラインが全然違う。


 ハジメはルールよりも自分の価値観を優先して『ない』って言っちゃうらしい。それではゲームの進行に支障が出る。


「あと……、私も質問。同じ数のがある、という時は、ええっとまとめて何枚も出して良いのが私よく分からない」


「そう、か?カウントしてるのは数字だけだから、例えばカウントが一の時に手元にエースが三枚あったとする。スペードとダイヤとハートで三枚とも一緒に出して、もし仮にダウトされても三枚開いて全部一だからセーフだ。この時はダウトと言った人間がカードを引き取ることになる」


「うん。それでカードがなくなったらばば抜きと一緒でその出した人が一番になる?」


「まあ、カードがなくなったら終わりだからそうなるな」


「じゃあでも?嘘ついて出して良いなら最初の人が全部出さない?」


「うわ、ずるい!それ必勝法じゃないの?もうジャンケンで勝った時点で一番じゃん」


 ほう……。説明は、俺が適任だろうな、これは。負い目もあるし、ハジメやアンミがちょっと面白いこと言っても茶化せる立場にない。まあ説明を請われることにそこはかとないやり甲斐も感じる。


「うん……。そうか。トランプの、ことを話そう。トランプはジョーカーを除いてスペードとクローバーと、ハートとダイヤのマークがつけられている。マークは四種類だ。そして、一から十三までのカードがそれぞれのマークで一枚ずつある。ジョーカーを除いて一デックの枚数は、クローバーが一から十三、スペードが一から十三、ハートが一から十三、ダイヤが一から十三、マークが四種類で、それぞれ十三枚あって全部合わせて五十二枚だ」


「え、あんた暗算めっちゃ速いじゃん」


「いや、……知ってるだけだ。八デックで四百十六枚だ。それで何が言いたいかというとだな。同じ数字のカードというのは一組のトランプでやる場合、絶対最高で四枚しかない、という、そういうことだ。つまり四枚以上出した場合は間違いなくダウトされる。絶対嘘ついて出してるのが分かるからな?それにもし、四枚出した人がいたとしても、それが嘘だった場合は絶対に誰かがダウトする」


「まあ、細かいこと言うけど、それはそうとは限らないでしょう。他の人が持ってるならその人がダウトするとは思うけど、最初に四枚持っててカウントが二周目以降の場合は嘘だった場合でもダウトするか迷うはずだわ」


「ああ、なるほど。そうだな。手札に四枚エースがあって、一だと言って出すとするだろう。だがこの時、二周目以降に一を出す機会がありそうだと思ったら、正直に四枚一を出す必要性がないな。バラバラのを出しても構わない。他のみんなは誰も一を持ってないわけだから、普通であればダウトできないだろう。途中でダウトされたら別だが、二周目以降にそのエース四枚を、一だと言って出した場合、心理的な駆け引きにはなる。いつ嘘ついてたのかってはダウトした人にしか分からない。そう高度なテクニックが使われることも稀だろうが、通常はな、出したカードを覚えてダウトされるごとに誰にカードが流れたかを考えたり、相手の表情を見て嘘を見抜いたりするゲームだ」


「へえー、まあ、それもあるんだろうけど、そんなカウントのまんまカード持ってないでしょ都合良く。ずっとカード行ったり来たりするわけじゃん。先に終わった人ずっと待ってることになんない?で、しかも、二人になったら相手の持ってるの全部分かるし終わらない気がすんだけど」


「そこは好きにルール決めてくれて良い。誰かあがった段階で残りのカード枚数で順位決めても良いし、優勝者だけ決めるということでも良い。最後の二人になるまでやり合ってるのを観戦してても良い」


「そっかあ……。そーねえー、いやでも残りの枚数で順位決めたらみんなダウトって言わないでしょ。四枚とかって出されたら仕方なくて言うけど。言って違ってたら『何疑ってんの?』みたいになるしさ。しかも、勝ったら勝ったでなんか嬉しくなくない?嘘つくの上手いねみたいなの言うわ、ミーシーが。あたしをわざと勝たせてそういうこと言うのよ、こいつ」


「まあ。……正直者には向いてないゲームかも知れんな。他のにしようか……?」


「うん。面白そうなのは分かったわ。ま、練習してその内やりましょ。じゃあ次?大富豪、ってのがあるらしいのよ」


 この説明には相当骨が折れるだろうと思ったが、一応既にミーシーが大体の流れと簡単な基礎ルールについては説明を済ませてくれていたようだった。


 基本的にナナの知っているオーソドックスな大富豪ルールを採用しているようで、マイナーなローカルルールなどは端折られている。


 俺などはおそらく何度も実際にトランプをしてルールを覚えていったはずだが、実に意外なことにハジメとアンミも解説した内容については意外なほどにすんなり記憶しているようで、頭の中のシミュレーションだけでこういった場合はどうなるのかという質問を俺に投げ掛けた。


 そこには感心するんだが、……俺の説明の悪さも相まって質問の内容はちょっぴり異文化を感じさせる。


 俺が困ってミーシーに視線をやると、ミーシーはおそらく俺がそちらを向くコンマ何秒か前にすぅと静かに首を逸らして気づかないふりをした。


 ルールは二人とも分かっているはずだが、二人の価値観まではいくら説明しても変えるに至らない。親が複数枚出した時、革命が起きた時、八切りで場が流れた時、それらいずれもルールを作り出した人間の責任にして説明を放棄するのが簡単だが……。


 細かな説明を加えて理屈をはっきりとさせなければ実際にゲームを開始した時にさらりと自然にとんでもない拡大解釈をしかねない危うさを感じる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ