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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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九話⑯


「ハジメはどうだ?トランプ割と好きな性質だろう?ハジメを誘ってやると良い。あいつも暇して困ってるかも知れない」


「……?ナナはでも、健介お兄ちゃんを誘いにきたのに?」


『健介、起きて。気持ちは分かります。けれど起きて。私が気づくのが遅かったのは謝りますから……、ごめんなさい、健介。今は起きてください。ほら、深呼吸をして?』


 夢の女まで……、俺に起きろと言う。もはや、俺が覚醒している間にまで堂々と存在を明かして俺の生活態度を責めたてている。


 どういった構図なんだ、これは……。ナナもナナで俺が言葉を濁しているせいなのか引き返す様子はない。


「ナナ、俺は、少し寝たい気分なんだな。ああ、そうだ。なんか欲しいものはないか?日記を書くだろう?ちょっと……、ちょっと待ってろ?」


 予想通り体中の力は抜けきっていて立ち上がって机まで辿り着くまで支えを手放すことができなかった。足元はふらつくし、腕はだらんと伸びきらない。頭も視界もぼんやりしていて、何なら立ったまま意識を失うぐらいの芸当はできそうだ。


 なんとか机の引き出しを漁ってシャーペンを一本取り出し、それをナナへと手渡した。


「俺からのプレゼントだ、ナナ。どうだ?気に入ると良いな。後で……、トランプしよう。夕方くらいなら」


『健介……』


「うん。わぁい、ナナ、ペン貰った。ええっと、健介お兄ちゃんは?……寝たい?トランプするより寝た方が良い?ナナはだったらそうする。それともナナも一緒に健介お兄ちゃんのお布団に入って良い?」


「ナナは七歳だからな。一緒にお布団に入れない。男女七歳にして何とかとかいうのがあるから」


「そうなの?」


 夢の女はえらく不満そうだが、後でやると約束する以上……、俺はそんな大きな問題には思わない。というか、俺が元気な時にやった方がナナも喜ぶだろうし、何もトランプを今絶対やらなければ都合が悪いようなこともない。


 幸いなことに俺の小さなプレゼントをナナは気に入ってくれたようだし、少しばかり悪い気もするがどうやら引き下がってくれはするようだ。


「ああ、じゃあ、目が覚めたらまたナナを訪ねることにする。とりあえず、おやすみ……、ナナ」


「おやすみ、健介お兄ちゃん」


 ナナが外に出てバタンとドアを閉め終える前に、俺はまた布団に倒れ込み静かに目を閉じた。


 だが夢の女の機嫌は完全に損ねてしまったようだ。まだ諦めてないと言わんばかりに俺を見下ろしている気配がする。そんな空気を出されても俺は困るんだが……。こっちも引き上げてくれないだろうか。


『…………。あなたがナナに、トランプが好きだと、言ったのでしょう』


 ドキリと心臓が跳ねた。夢の女もナナの急な訪問に焦って、大事なことを伝え損ねたのか。俺は確かに……、なるほど。起きろと言われる理由も分かった。それならそうだと最初から言ってくれたら……。


「あ、ナナねー、マッサージが得意。ぎゅーってするとスイラ先生とかは喜ぶ」


『…………。ナナはあなたのことが大好きで、あなたのことを大切に思っていて、あなたのことを心配していますよ』


「ああ、……ナナ、ナナ。トランプだったな?トランプをしよう」


「んぅ?ナナはねー、健介お兄ちゃんは寝てたいから、んぅぅ?マッサージ?でもマッサージも起きてる時の方が良い気はしてる。ナナは?トランプは?…………?ナナはこんがらがってる。トランプは寝てたらできないのは分かってる。マッサージはした方が良い?健介お兄ちゃんの邪魔はナナしたくない。……?」


 ナナは素直な葛藤をそのまま口に出して左右に首をかくんかくん揺らしていた。電話越しの市倉絵里でさえ見抜くことができた元気のなさを、目ざといナナが見逃してくれるはずがないわけだ。


 俺が大好きなはずのトランプを提案して、断られてもめげることなくマッサージを申し出て、それすら邪魔にならないかと心配しているようだ。……それはともかく、なんかこの、ナナのこんがらがり方に、少しばかり既視感があるような気がした。


「ナナは?どうしたら良いか分からなくなってる?邪魔しない方が良いのはさっき思ったけど、ナナはでもなー、ナナ悩む」


 …………。操られて、ないだろうか、これは。


 どこにいるのかも分からない夢の女に『おい』と呼び掛けてみた。


『……私が引き止めています。ナナに謝ってください』


 この、時間の稼ぎ方をどこかで見た覚えがある……。ナナのそれは、パンツ強盗撃退後に起きたアンミ行方不明騒動の時の、交番の若い警官と同じような挙動だ。


 まるで頭の中のしつこい幻聴を振り払おうとするかのように、当たり前の考えをわざわざ口に出してやるべきことを探している


『それも私ですけれど、ちゃんと理由があってのことです。……必要になればそのことも後で話しましょう。今は、しっかりとナナに、心配してくれてありがとうと言ってください』


「…………。……?な、ナナ。もしかして、ほら、俺があれだ。元気がなさそうにしてるのを心配してトランプに誘ってくれたのか?よく見てるな、ナナは。これは二日酔いというやつで、お酒を飲むと頭がしっかり働かなくなったりというそういう……、そのせいなんだ。ナナが遊びにきてくれたおかげで元気になってきた。だから」


「ナナは?お酒のせい?かなとは思ってたかも知れない。スイラ先生とかも気持ちが悪いって言ってた。ナナは、えーと、同時に、健介お兄ちゃんが元気になれば良いなと思ってた。元気になってきた?なら、ナナは良かったと思うよ?ナナ目的達成できてた。あと、スイラ先生は寝るのが一番の薬になるって言ってた。だからナナは寝てても良いと思うな」


 一旦こう引かれ始めると、立場を真逆に翻す気まずさと申し訳なさのジレンマで言葉が出なくなってくる。夢の女はあえてそうしているのか、ナナを引き止めるまではしても、ナナの考えや行動を決定的に変えるということはしないようだ。


「ナナもそしたら、お昼寝をも一回やってみることにした」


「ちょ、……そ、そうか?そっかあ……。うん。もし、眠くないなと思ったらまた来てくれ。俺はもう回復してる……」


「ゆっくり休んで、そして起きたらもっと元気になると思う。健介お兄ちゃんおやすみなさい」


「あ、ああ」


 悪かった……、確かにまだ、足に入らん。上半身を起こして腹筋がぷるぷる震えてるんだ。無意識に首がぐらつくし、移動するナナに焦点が追いつかない。


『…………。私のせいです。ごめんなさい。……あんまり急に起こしてしまったから』


 お前のせいか。だがそんな申し訳なさそうに、言わないでくれ。俺が動けないのを、言い訳させるな。


 ああ、だが、ダメだ、爪先立ちの意識の島が波で削られている。いつ自重で崩壊してもおかしくない奇跡のバランスをたまたま一瞬保てただけだことが分かってしまう。


 あれ……?おれ、起き、てるよな?ん……どうだ、これは?


『……じゃあ、今は少し、ゆっくり休みましょうか。何も考えずに』


…………。ああ、寝たのか、俺は。



…………。


 とても、自然な目覚めのように感じた。今の今まで眠っていたにも拘らず、パチンとスイッチが入ったかのように意識は明瞭で体中のセンサーが準備を終えて命令を待っているように感じる。


 もしこれが俺以外の人間の普通の覚醒感覚なのだとしたら、ミーシーやアンミの早起きにも説明がつく。俺はきっとそういう良質な睡眠と覚醒を失った哀れな種族で、周りから寝坊を咎められ惰眠を貪る怠け者と罵られ、自分自身それを恥じ入りながら生きる運命に縛られている。


 多分、これが正常な目覚めなんだろう。


『というより健介は……、記憶と共に少し時間を失いましたから、時間の周期がズレて不調があってもおかしくないのです。だからミーシーは……、最初だけでしょうけれど、あなたに夜は早く寝て朝は早く起きなさいと注意もしました。眠くなるのも仕方ないのです。私があなたの眠りを邪魔していたこともあるでしょう』


 そうか。そうなのかな。言われてみればそんな気もする。ところでまあ、夢の女がもう俺から隠れようとするのをやめたのは良いとして……、目を瞑ったままでも夢の女とは別の人間の気配がひしひしと伝わってくる。


 こうあからさまに気配があるとどうやって『起きました』を自然に演出したものか困るな。寝返りを打って、むにゃむにゃ言うのもわざとらしいが、いきなり目を開けて大丈夫だろうか。……別にいいよな。


「何を、してるんだ?」


 ハジメが俺の部屋に不法侵入して悪戯心に満ちた面立ちでベッドを覗き込んでいるというのも、まあ予想外といえば予想外だったが、ハジメのすぐ後ろにアンミもいた。なんだろう、ちょっと戸惑う。


「うわっ!びっくりしたあ……。起きたの、起きてたの?」


「いや、今起きたんだけどな……。なんだ、泥棒か?意外だな、アンミに止められなかったのか?」


「ええっと……、私?うぅん……」


「え。アンミはそりゃ止めたけど。ノックして返事しないしアンミの部屋にもミーシーの部屋にもいないし、そりゃ最終的にここしかないってなるでしょ。そんな大丈夫だって。イタズラとかしないし」


 アンミは一応、優しくは制止したのかな。


「…………。男の子の部屋にもう……、勝手に入るなよ。無防備に寝てたんだ俺は。ノックして返事がなかったらもっと大きくノックしてくれ。それになんかイタズラしそうな顔してこっち見てただろう。何をしにきた?どんな用件だ」


「何乙女みたいなこと言ってんのよ。まあま。そんな邪険にしなくてもいいじゃん。あんたとあたしで別に確執あるわけじゃないんでしょ?ちょっと用があんのよ、なんてのか」


 まあ用があるなら、入って起こしてくれても良いのかも知れん。どんどんノックを大きくと指示しておくと、いざ俺が無人の時にかなり迷惑な奴にはなってしまうだろう。


「どんな……?」


「どんなってのはちょっと一言じゃ難しいんだけど。……怒ってんの?寝てんの邪魔したから」


「んなことはない。すっかり起きた。目覚めも……、ん、あんまり寝てないんだな。の割に劇的に回復したぞ俺は。で、何の用だった?」


 時計に目をやると飯を食い終えてからせいぜい二時間かそこらしか経っていないことに気づく。掛け布団を押し退け体を起こして床に足をつけハジメに正対する動作まで極めてスムーズにこなすことができた。調子は良い。


「どやって説明したら良いんだろ。あのさあ、とりあえずミーシーの部屋来てくんない?」


「ん?なんでだ?いざ、そんな、女の子の部屋に招待されるとなんか気まずいな」


「やや、あんたの家でしょ。しかも女の子っていうか、ミーシーの部屋でしょ。何が気まずいのよ」


「?……ミーシーが、俺を呼んでるのか?」


「んー、まあ?呼んでるってか、あたしらがそっち行けみたいな。ま、良いじゃん、別に」


「??どういうことだ?」


『行ってあげてください』


 なんでお前が当然のように口を出してくるんだ……。ちょっと前までぼんやりとした存在だっただろう……。


「無理にってんじゃないけど」


「分かった、……。……?いや、分かってはないが、別に断ろうとしてるわけじゃない。なんかほら、急だったから」


 俺が立ち上がるとハジメは俺の顔を見たままそれに合わせて首を上に上げ、「んー」と意味のない音を出してくるりとドアの方へ歩き始めた。俺もそれについて部屋を出て、アンミはその後ろで俺の部屋のドアを閉める。


 ハジメはコンコンガチャーとノックに応える間もない手早さでミーシーの部屋のドアを開け放し、そのまま後続を気にする様子もなく我が物顔でずいずい進んで当たり前のように部屋の隅に座り込んだ。


 ミーシーの「はあ……」とため息一つ聞きながら、俺はおずおず「おじゃまします……」とその部屋へ一歩だけ進む。


「健介、余ってるノートあるでしょう。あと、書くものあげてちょうだい。二人に」


「あるけど、……何に使うんだ?分かった、まあ。ちょっと待ってろ。持ってくる」


 もしかして、アンミとハジメでお勉強会でもしてるんだろうか。あんまり勉強しそうなイメージもないが。とりあえず新品のノート二冊とシャーペンを何本か、消しゴム一つを掴んで自室から持ち出し集会所まで戻る。


「これを使ってくれ。それで……、俺の役目は終わりか?」


「したらあたし本当に泥棒しにあんたの部屋行ったみたいになんじゃない。あんたもちょっとは付き合ってよ」


「……全然、用件を聞いてない。何を付き合ったら良いんだ?善処しよう」


「ハジメは説明をできないでしょう?それに説明を理解もできないのよ」


「いや、説明を、しようとしてないんだ、ハジメは。お前が主催者か?」


「違うわ。火元はハジメでしょう。仮に私が主催者扱いされるならあなたも共同主催者になるわ」


「トランプのさあ、色んな種類あんじゃん。でさあ、あたしら神経衰弱くらいしか知んないのよ。でも、ルールとか覚えるったって難しいでしょ?知ってる人から聞いて、やってみて覚える、みたいな、そういうのをやりたいわけ」


「あー、そういうことか。まあ、良いんだが。ナナは?」


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