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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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九話②


「おはよう、アンミ」


「あっ、え?あ、おはよう健介。健介が早起きしてる」


「驚いたか?早寝早起きなんだ、特に、昨日の俺は」


「…………。うん。驚いた」


「そうか、驚かせてすまんな。俺から朝食のわがままを言って良いか?味噌汁が飲み

たい。あとそれ以外は軽くサラダがあると嬉しい。正直体調が悪いから、消化の良さそうなものが食べたい。多分、ハジメもおっさんもその方が良い」


「じゃあ軽めの健康食にしましょう。シャブシャブサラダに塩振ってデザートは豆腐にしましょう」


「うん、分かった。健介、お水いる?お茶?」


「ああ……。本気で飲みたかった。気が利くな。じゃあ、水が良い。ちょっと喋ったらもう喉が乾いてきた」


「まあ種明かしをすると、別にアンミがよく気がつくとかあなたと心が通じ合っているというわけじゃないのよ。あなたが昨日寝る前にやたら水とかお茶とかを呻きながら要求してきたからその名残なのよ」


「そりゃすまんかったな。いやまあしかし、たまには寝込んでもみるもんだな。お前も含めて割とみんな優しい」


「一応言うと、水を差したのよ」


「その分かりづらさをタイミングずらして解説する意味あるか?俺はちゃんと覚えてるぞ。俺の代わりに荷物を運んでくれたし、さっきも、布団をこう、俺が風呂に入っている間に冷めないように温めてくれただろう。で、ハジメなんかも布団敷いて俺を寝かせてくれた。布団を分けてくれると提案してくれたのはナナだ。で、多分、時折俺が死んでないか様子を見にきてくれてた。小さな足音が俺の近くで止まったりしてた気がする」


「あ、ごめん、私……、何もしてない」


「えっ?いや……、荷物運んでたのが途中まで、だから?か?あれだな。普段からやってると何かした気にならんのかもな。アンミには一番感謝してる。普段から一番感謝してて、これからも普段通り感謝してる」


「あっ、そうだった水」


 アンミははっと思い出してカップを手に取り少しゆすいでから水を溜め丁寧に布巾で水滴を拭ってから「はい」とこちらへ渡す。俺はその水を大事に一口だけ含み、口の中が潤うのを待ってから飲み込んだ。


「ありがとう。水が美味い。お礼になんかして欲しいことはないか?なんならこの臭い布団を貸してやる。温めておいたんだ」


「ううん。お礼?溜めとく。それはいい」


「動きづらいもんな」


 椅子越しに布団を羽織りミーシーと二人でアンミの朝食準備風景を眺めていることにした。アンミが見られていることを気にする様子だったらすぐに拠点へ引っ込むつもりだったが、俺たちがプレッシャーになるということもなさそうだった。


 鍋にお湯を注いで、冷蔵庫を開けてサラダや豆腐やらを用意して割と作業スペース一杯に広げてそこから必要分を消費していく。「アンミ、おはよ」と、そこへハジメがこっそり現れた。


 俺の後ろをすり抜ける時に、何やらわざとらしく肩を避けてちらちらとこちらを二度見した。そういえば、ハジメにちゃんとお礼を言ったかどうか覚えがない。言ったような気もするし、昨日の夜なんかはもうしんどくてどうでもよくなっていたかも知れない。


「あ、ハジメ?きの」


「あ、ちょっと待って。分かった。分かってるから。で、アンミ、あたしも水かお茶貰って良い?」


「何を分かってるんだ、お前は。カップこっちにあるから注いでやる。そしてその……」


「…………ん。あんがと」


「ほれ。でだな?何をやってるんだ?」


「あんたこそ何やってんの?なんで布団被ってんの。そういうルールのなんかが流行ってんの?」


「……?流行ってんのかな。流行とかにはちょっと疎い方だが……、多分流行ってはないだろうな。まあまず説明すると」


「はあ。まあさっきちょっと聞いたけど。要するにあっためあいっこみたいなしてる理由を聞いてんのよ。あたしの記憶ない間になんかいつの間にか仲良くなるようななんかあったの?」


 ハジメは横目でだけカップを確認してこちらの顔は一切見ないまま不満そうな口ぶりでそんなことを言った。『記憶』という単語が俺の中ではタブー気味な扱いなんだが、そんな遠慮はハジメから引き出せない。


 さっさと礼を言ってハジメのご機嫌を取り、なんとか満足して貰うのが良いだろうが、俺からの返答を待つこともなくハジメは言葉を続けた。


「どうせあたしがなんかあんたに、なんかしたんでしょ。全然記憶ないけど。なんかちょくちょく馬鹿にされてた気がするし。いや、……てか、あたしもしかしてあんたのこと『好き』とか言ってなかった?しかも全然ドキドキしなくて論外みたいな言われようだったような……。へぇ、で、ミーシーとはそうやってあったまんだ」


「好きなのか、俺のことが……。俺は少なくともそう受け取れる文脈で好きと言われてないし、変に性別気にせず話せるなというニュアンスのことは陽太が悪気なく言った。俺がドキドキしないと言ったとすればお前と金髪キャラが被ってる奴の方だ。むしろ俺はお前の方が女の子らしくてお前から告白されたらドキドキするかも知れんと言った。そんな感じのことを言った」


「…………はあ?からかってんの?いや、どういうシチュエーションであたしがあんたに告白してドキドキするかも知んないのよ。そんなわけ分かんない話とかどうやってもなんないでしょ」


 ハジメはどうやらそのシチュエーションとやらを本気でわけ分かんないという扱いをしているようで、俺が言い訳がましくおべんちゃらを言っているようにしか聞こえていないらしい。ちっとも信じる気配なく呆れたように受け流し、両手で髪の毛をさらさら撫でた。


「そんなこと言われても……。それがなんか不満げな理由か?ところで、ハジメ。布団を敷いてくれてありがとう。覚えてるか?お前は動けなくなった俺を転がして布団に寝かせてくれた。ありがとう。お蔭でちょっと良くなった」


「不満?……?」と、若干首をすくめながら手のひらで目元を隠すようにして隙間から上目づかいでこちらを見る。ちょっと怒っていたところに礼を言われて少し照れている動作、なんだろうか。


「なんなのちょっと。こっち見るなとかって言った癖にあんたこっち見過ぎでしょ。ま、いいわ。寝起きでなんか思い出せないだけだから。その内ちゃんと思い出すから。お茶ごちそうさん」


 ふいっと髪を揺らしてまた仏間へと姿を消した。ハジメの記憶がないのは完全に自業自得によるものだが、どうやらそのせいであらぬ疑心を抱いているようだ。


 一番楽しそうにやってたのはハジメだったろうになんとも皮肉なことになっている。転んで頭ぶつけた拍子に思い出したりしんだろうか。ちょっと揺すったり軽く叩いてみたりしたらたまたま回路が繋がって『あ、思い出した』と元気に笑ってくれそうな気はしている。


「何もたもたしてるのよ。追い掛けなさいな」


「…………。追い掛けるほど遠くに行ってないだろう」


「あなたの好感度が回復する良いヒントをあげましょう。ハジメの物忘れが原因なわけでしょう?この家にそれを解消するアイテムがあるのよ。というか、もうそういう回りくどいこと言うのも面倒くさいわ。ナナが日記つけてるから、それを監修して都合の良い既成事実を書かせなさい。ハジメは程よく馬鹿だからうっかりあなたと恋人だったことを思い出すわ」


「じゃあついでに俺が勉強もできて運動神経抜群ということにでもして貰おうか。そうした場合、道徳心を失った奴には成り下がるんだろうが」


「あんまり壮大にするとバレるでしょう?まあだから、ハジメと恋人だったというくらいで我慢しなさい」


「そこがバレんのなら少しくらいおまけしてくれても良いだろうに。へぇ、ナナも日記をつけるのか」


 絵日記的なものだろうか。よほど几帳面な人間でなければ日記は長続きしないものだと俺は知っている。俺も書いていた時期は何度かあったし、書きたいと思う時も幾度となくあった。


 もちろん、もし書いていれば、ということではあるが、昔のことを読み返したくもなるだろう。


「どうやって書けば良いんだろうな。ナナに教えて貰おうか……」


「ナナ、ナナ。今ナナの話をしてるのが聞こえた」


「おお、おはようナナ。髪の毛ふわっふわだな」


 目覚めのタイミングで俺がナナの話をしたのか、話が出たからナナが誘われ出てきたのか、戸の隙間をするりと抜けてナナが台所へと現れた。「おはよう、おはよう」とくるくる回って挨拶をして軽やかな小走りで台所から居間へ抜けてまた台所へと戻ってきた。


「ナナの髪の毛はねー、いつもお風呂入ってすぐ寝るとこうなる。ちゃんと乾かしてもこうなる」


「そうか。俺の髪の毛もたまに反抗期になったりする。冬場はニット帽がいいぞ。朝被っておくと数時間で髪の毛を普段通りにしてくれる」


「ふーん、ニットぼう?ナナ、お家で帽子のニット帽なら持ってたかも知れない。ところでそれよりナナのさっきの何の話してた?アンミお姉ちゃんは知ってる?」


 ほぼノータイムで三択から正解を選ぶのか。俺はまあ、別に隠す気も嘘をつく気もなかったが、ナナとのおしゃべりをした後に日記のことを尋ねるつもりでいた。


 ミーシーは、……本当のこと言うかどうかはランダムだろう。「ねーねー、アンミお姉ちゃんはここにいたからナナのこと話してたの聞いてた」とトドメに根拠を持ってアンミへ近づいて誠実で中立な真実を受け取ろうとした。


 この面子の中で一番短期間に精度の高い情報を引き出せる相手は、アンミに違いない。経験則なんだろうか。直前まで俺と会話していたし、なんなら俺の方が近い位置だったのにな。


「えっとね、ハジメが昨日のこと覚えてないって言ってて」


「なんで?ナナは昨日のこと覚えてる」


「お酒飲むと忘れやすくなるんだって」


 ナナは一瞬、『そうなの?』といった感じで俺を見たが、嘘じゃないことを勝手に感知してかまたすぐにアンミの方へと向き直った。それともアンミに対して『健介お兄ちゃんは忘れてないけど?』といったプレッシャーを掛けたのかも分からん。


「ナナは……、お酒ちょっとしか舐めてないからそうかも知れない。でも、ミーシーお姉ちゃんは馬鹿になっても治るって言ってたよ?ハジメお姉ちゃんだけまだ治るのに時間掛かる?」


「…………。とね、それでえっと、ナナが日記書いてるのを読んであげたら思い出すかもねって、治るかもねってそういうナナの話してた」


 全然嘘つく必要のない場面だから良いものの、あれは絶対嘘つけんな。真っ正面から全く動かないあの目に、全て見透かされてしまいそうだ。はきはきした話し方は幼い声と言葉でブレンドされているとはいえ少し詰問するような堅さがある。


「ナナの昨日の日記?まだ途中までしか書いてない。ナナは最近書くのが一杯あるから昨日のはまだ途中までしか書いてない。ナナ、また今日も多分一杯書くからそのまま追いつかなくなるかも知れない」


「じゃあ、ハジメのために頑張って昨日の分を完成させてやってくれ。ちなみに聞くんだが、俺のことも書いてたりするのか?それとも俺は書く価値がないか?」


「書いてないっ。…………。ナナは今嘘ついた。書いてる。健介お兄ちゃんが自己紹介してないのはナナ日記書いてて気がついた」


「そうかあ……。やっぱり思い出しながら書くんだな。で、後から気づくこともあるんだな。俺も書きたいな。ナナ?例えば参考のために、今日のとかが書き終わってからで良いんだが、俺にもナナの日記見せてくれたりしないか?俺は久々に日記を書きたいなと思ったんだが、今まで何回も途中で投げ出して書かなくなってる。久々に書こうとすると一体何を書いたら良いか分からなくなってる」


「……?良いよ?ナナもでも別に毎日書いてるじゃないから多分楽しいことあった時しか書いてない。だから何を書いたら良いかは何も書いてないかも知れない」


「全然それで良い。ナナが何楽しかったのかも知りたいからな」


「じゃあナナ頑張って書く。健介お兄ちゃんは漢字読める?」


「まあな。漢字博士だ。書けない漢字があったら俺に聞け。カタカナでいい時はカタカナで良いことを教えてやる」


「わーいわーい。じゃあ、ナナは朝御飯まで少し進めてくる」


 まだ早朝なのに、ナナは元気一杯のようだ。急いで駆け去る姿も自分の現状と対比するとあまりに眩しい。さすがに二日酔いが消し飛ぶような魔法効果はないが多少なり、元気を貰ったようにも思う。


 あと、……ナナの日記に『健介お兄ちゃんは無気力に一日中寝てました』とかそういうことを書かれても困るな。せめて『健介お兄ちゃんは詳細不明でした』としておきたい。


「健介は趣味が良くないわ。純粋なナナをスパイにして人のことを探るつもりでしょう。そうでなくても人の過去を暴こうなんてゲスいわ」


「うっ……、全然図星も何もないんだが、良いだろう別に。ナナの日記に、そんな、日常のことを、その日常のことをナナがどう思ったかとかしか書いてないはずだ。俺も、書いてみたいから、ナナのを参考にというだけでだな」


「何を焦ってるのよ。冗談でしょうが。私は生まれてから今までもう冗談しか言ってないでしょう」


 ……これは別に他意のない他愛ないことのはずだが、『俺が、日記を書く、日記を残す』ということは、ミーシーとアンミにとって違った意味になるだろうか。俺がもし、日記を書き続ける几帳面な人間だったなら、記憶がなくなった不自然な痕跡を間違いなく見つけた。


 毎日日記をつけていて、日記帳が隠されたり燃やされたり一週間分破られていたら、何をどう考えてもその分の記憶がないことに気づく。


 なら、なおのこと……、今から自然な流れで始めて軽度の抑止力にはなるのかも知れない。俺が日記を書くことに対して強硬に反対するまともな理由もないはずだ。


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