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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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二話⑫

「終わったかしら。アンミがご飯作るわ。ほら、情けない顔からしゃんと切り換えなさい。情けないところを見られたくないんでしょう」


「そんな情けない顔してるか?」


「…………。さあ?元からかしら。それ以上無理なら別に無理しなくて良いわ」


 じぃと、まとわりつくような視線で舐め回された。目を合わせて五秒も経つともう、俺は女の子の顔を見ていられない。よくもそんな堂々と人を値踏みするように見つめられるものだ。


 まあ、睨んでいるように見えるのは単に目線の問題なんだろうな。俺に話し掛ける時はもうちょっと離れて話せば良いのに……。


「アンミ、ご飯の準備して大丈夫よ」


「あ、うん。分かった」


「わざわざ、気を使って立入禁止にしてくれてたのか?そういう気遣いされると逆に腫れ物感があるな……」


「腫れ物扱いされたくないならぺたぺた触ってあげても良いわ。それはそれで嫌なんでしょう?」


「まあ……。それはそうなんだけどな。アンミ、待たせてすまんな。料理、なんか俺にも手伝えたりするか?」


「…………。ううん。健介は食べる係してくれたら良い」


 アンミはちょっとだけ考える素振りを見せたが手伝いを求めてはこなかった。で、ミーシーも別に手伝うために台所へ来たわけじゃないらしく、ギィとまた椅子を引いてそこへ腰掛けた。ご飯を、待ってる、ということか。そういえば二階の掃除は終わったんだろうか。それについても話が振られない。


「二階の掃除はもう終わったのか?」


「ええ」


「ああ、そうか」と背を向けたまま返して、ホワイトボードに明後日の約束を書き込んでおく。こんなところ普段見ないわけだが、自分を安心させるためにもカウントダウンの日付表を作って、ついでに『陽太へ未連絡』とも書いた。


 さすがに明後日のことなんか忘れるはずがないとは思う。だからこれは自戒のおまじないみたいなものだ。これを見る度に俺は申し訳なさを思い出す。ご飯食べ終わったら、陽太に連絡を入れよう。短い期間で忘れないかを確認しておきたい。


「ご飯できたら呼んでくれるか。ああ、あと、ミーコの分も必要なんだが、どうしようこれは。とりあえず、……まず猫はネギ系は食べられない。タマネギもニンニクもダメだ。……というか、実は野菜はやらない方が無難だ。後で俺が作っても良いか?」


「アンミに作って貰いなさい。小さいフライパン使えばさっと作れるでしょう。私が監修してるわ」


「監修、任せて大丈夫か?」


「まあ、牛肉なら生でやっても大丈夫なくらいでしょう。アンミも大体分かるでしょう?焼くだけで良いわ」


「うん多分。じゃあ健介あげる前に見てくれる?」


「ああ。割と知ってるもんだったりするか?昨日みたいな感じで良いと思う。任せっきりで悪いな。じゃあ、頼んだ」


 自室へ戻って、仰向けでベッドに倒れ込んだ。ああ心なし、洗濯したシーツは、気持ち良いものかも知れん。


「ミーコ?晩御飯をな、頼んでおいたぞ」


「ありがとニャ」


「ああ。俺は頼んだだけだけどな」


 体を転がして枕に顔を埋めた。アンミは、家出問題を明かすかどうかを、ミーシーと相談すると言ってたわけだが、ちゃんと本当に話し合いしてるだろうか。俺になら話しても大丈夫だよという姿勢で話してくれてるだろうか。


 あっと言う間にノーを突き付けられて話し合いが終わってそうな気もするし、アンミの方もそう熱心に俺に話したがっているようではなかった。どうしてそれを不安に思うのかというのが少しずつはっきりしてきたように思う。


 俺は多分、どうしてか……、ただいまにおかえりを返して貰えることを、嬉しくは思っていたようだ。そうでなくとも美味しい料理が食べられて、清潔なベッドで寝られて、部屋の掃除も洗濯もしてくれて、……助かってはいる。二人の事情を加味せずいうなら、追い出せる理由がない。嫌いになれる部分がない。


 だから順当にいって、俺は二人の理由を抜きにして、家へ帰れとは言わないんだろう。一体それがいつまで続くことなのか、そして別れる時、ちゃんと言葉を交わして別れられるのか、そんなことが心配になっている。


 当然契約染みた何かがあるわけでもなく、果たすと決めた義理があるわけでもなく、そして俺が問題解決に役立つこともないと二人が決めたら、……俺に黙って出て行くのかも知れないな。俺はそうしてまた平穏な日常に戻るのかも知れない。それは大層あっけない終わりではある。そうなる可能性も高いだろう。でも想像するに、まあ、後味は悪い。二人は今頃どうしてるんだろうなとか、あの時俺にもしてやれることがあったはずだとか、そんなことを引きずりながらしばらく暮らすことになるだろう。


「…………。仲良くなれると良いな。せめて別れの言葉を貰うくらいには」


 そんな別れの危うさが、事情を聞きたがらせている。興味本位でもなく、解決の助力を目指してでもでなく、ただ後腐れなく、平和に、別れが訪れると良い。その後も気軽に挨拶を交わすくらいであると良い。俺がそう思っていることを、誤解なく二人に伝えられる機会があると良いが。


「健介は二人と別れるのを寂しく思ったりするかニャ?」


「……独り言だ。ある日ふっと、前触れもなく消えてたらやだなというだけだ。家に帰りましたとでも便りを貰えば良いけどな、いきなりいなくなって音信不通だと気持ち悪いだろう。とはいえ俺は単なる宿貸しに過ぎないからな」


「仲良くなれるように頑張ってみると良いニャ」


「そうだな……、まあ。頑張ると言っても何をというのは難しいけどな」


「部屋にこもってないでお喋りしてきたらどうかニャ?」


「そう言うなよ……。お前とも仲良くなりたいんだ。落ち着いて考えたい時もあるんだ」


「私はずっと出て行かないし、健介が話したい時に話してあげられるし、もう仲も良いニャ」


「そりゃ良かった。俺も嬉しい」


 耳によく残る声だった。表情も見ないで、口の動きも確認しないで、顔を埋めてこうして聞くとより一層に染み渡る。俺は多分、人と向き合う時にはそれが単なるお世辞であると決めつけるだろうに、ミーコの言葉だけは疑う気にならなかった。


 ああ、ずっと出て行かないんだろうし、俺が話したい時に話してくれるし、ほんの半日やそこらで仲も良いんだろう。それはどうしてか担保されていて、俺はそれを手元に置いて眺められる心地よさを、しみじみと感じていた。


「…………」


 心地よかった。そのまま眠ってしまいたいと思うほどに。俺は随分と朝寝坊だったんだから……、別に極端に疲れるような一日だったわけでもないんだから、これは体を休めたいというより、このまま眠れば良い夢を見られて、心が休まるだろうと、思ったからに違いない。


 陽太もミナコも優しくて、猫のお友達もできて、幾重にも温かく包まれると、薄暗い展望も、重苦しい空気も、肌寒い不快な痛みも、忘れていられる。おかしいな、眠くなるはずのない時間なのに、俺は眠くて仕方ない。家出少女二人には、きっと幸福な解決がもたらされるだろう。


 店長は良い出会いに恵まれてまた、柔らかい笑顔で仕事をするだろう。無条件に、当たり前のように、信じられるようになると、俺はこうまで体が軽い。


 首を起こして手のひらを見つめてもまるでそれが俺のものでないように動くことに、むしろ違和感があった。軋みもなく指は動いて、しっとりと指先に潤いすら感じる。


 晩御飯は多分、……起こしてくれるだろう。



『おやすみなさい』と、誰かの声が聞こえた気がした。それが誰の声だったのか、聞き覚えがあるようで、だが少なくとも身近な人の声だったりはしない。まるで子供へ向けたような、頭を撫でるような声だった。もしかするとミーコが、優しげに声を作って、語尾のニャを取り払って、俺に掛けた言葉だったのかも知れない。


 まあ多分、ニャというのは、俺をビビらせないための猫なりの猫らしさの演出であろうから、そういうことも、できないことは、ないんだろう。



 階段を上ってくる足音は聞こえていた。控えめなノックも呼び掛ける声も聞こえていた。それがキィキィと耳障りに高くて、俺は耳を塞いでその声をやり過ごそうかと思った。とはいえ、眠っていれば当然俺の体は動かないわけで、ただ声が遠ざかるのを、待つしかない。多分、アンミが俺を呼びにきたんだろう。


 料理ができたと伝えにきた。だから俺は起きなくちゃならないんだと自分に言い聞かせながらも、どうにも、アンミの声が……、遠い。ボソボソ、ゴニョゴニョ、捉えどころなく不穏で、どこか生理的な嫌悪感をかき立てる。


 俺は果たして、心のどこか本心では、二人を厄介者扱いしているようだった。邪険に思っているようだった。だって俺は確かに、二人の揉め事に巻き込まれる理由がない。解決に尽力してやる理由がない。感謝されてもさして嬉しくもない。


 ……どこかで、深くどこかで、そう思っていたんだろうか。眠りに落ちて大脳の働きが弱まると、俺はそうまで薄情で、いっそ人間嫌いなのかも知れない。どうして起き上がるつもりになれないんだろう、どうしてアンミの声が優しく聞こえないんだろう。


 俺は自分の、防衛本能染みた弱い精神性に嫌気が差す。決めたんだろうか、助けてやると、決めてないんだろうか。ああ、あくまで俺は、どちらとも決めてない。なあでも、……俺は、少しばかり、嬉しく思っていなかったか。助けてあげたいと、思っていたはずじゃなかったか。


 とても不安定な場所に立っていて、体を預けられる場所がない。もしも、例えば、……。俺が論じるべきは、助けるか助けないかではなく、助けられるか助けられないかでもなく、……どこまでであれば助けてやると決められるのかだった。


 底の見えない穴があって、それにどれだけ土を注いで平坦にできるのかという問題なんだろう。ふむ、……どうやら、終わりなど見えない。暗い闇に、注げば注ぐだけ溶けていく。


 どこかから土を運んで放り込んで、そこに光も音もなく、吸い込まれていく。地上に見えるものを落としてみたところで、それが埋まるものなのか。そして俺はいつまで、不純物なく、そこに注ぎ続けられるのか。何を?どこまで?


…………。とても不毛に思われる。アンミに優しくすることが。ミーシーに優しくすることが。とても不毛で実りのないことのように思われる。どうしてなんだろう。そんなことはないと口を動かしたいのに、それは封じられてしまった。


 おかしいな。どうしたんだろう。俺は人に優しくありたいと思っているのに。俺は人に優しくされて助けられてきたのに、すぐ目の前に冷淡な自分がいる。


「…………。ああ、……ご飯を、食べなくちゃ」


 すぅと浮き上がるように覚醒した。眠ってもなくて、ただ目を閉じていただけかのように、瞼を開けることができた。首を持ち上げてもアンミの姿は部屋にない。気のせいだったのかも知れん。よぼよぼと立ち上がって、「多分そろそろご飯だぞ」とミーコに呼び掛けた。


 ミーコもしばらく俺と同じように居眠りしてたのか、俺が呼び掛けてからフニャと首を持ち上げ後ろについた。ご飯ができたと、確信が持てたわけじゃなく、まあ少なくともちょっとすればご飯ができそうだと感じただけだった。


 アンミの気配というのは、多分そういう、ご飯ができそうだろうなあという推測によって瞼の裏に現れたんだろう。だが階下に至ると料理はもうテーブルに並べられていて、そしてミーシーはもどかしそうに箸をジャラジャラと転がして遊んでいた。


「あれ……?できてたのか?もしかして呼んでくれたりしてたか?」


 そこまで深い眠りに落ちていたという自覚はない。でも夢を見ていたといわれれば、確かにそうなのかも知れない。


「うん、健介。ご飯できたから食べよう?」


「ああ……。悪いな、待たせてたか?その箸をジャラジャラやってるのはお腹が空いているアピールだろう。悪かったな」


「ちゃんと生活リズムを、整えなさい。こんな時間に寝てるとか病人でしょう。病気なら仕方ないけど、体が健康ならちゃんと朝に起きて夜に眠るように頑張りなさい。そうじゃないと日中眠いわけでしょう?夜寝れないわけでしょう?そんな生活をしてると頭もぼんやりしてきて精神的にも良くないわ」


「まあな。でもそもそも……、俺の生活サイクルというとな、七時か八時とかに晩御飯食べてたんだ。その間ちょっとぼうっとしてたりするかも分からん。そんな不満そうに待ってなくても、なんなら先に食べててくれて良いんだぞ。俺も追いつけたら追いつくし」


「でも……。揃って、いただきます、した方が……良いかな、七時とか八時?」


 俺が席につくとアンミは多分ミーコ用の皿を低い方の机に置きに行く途中、俺のすぐ後ろでそう言った。ああ、ちょっと余計なことを言ったかも知れんな。この時間に晩御飯であることに、文句をつけたように聞こえるだろうか。


 ミーコご飯は俺の監査を受けることになってたはずだが、アンミはそのまま俺に声を掛けることをせず戻ってきて席についた。そうするとあくまで見た目での判断にはなるが、まあミーシーも監修してるとのことだったので、猫ご飯はチェック済みということにしておこう。ミーコは居間から出てきて低い机にちょんと飛び乗った。


「ああ、じゃあ、いただきます」

「「いただきます」」


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