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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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八話㉛


「ああ、まあ。リスクもない話だし、店長がオーケーならな」


「おお、そして店長が最後に立ちはだかるというのはなんだか新鮮だな」


「…………。別に立ちはだからんだろうけどな」


「じゃあ、ちょっと話が逸れてしまったのだが、はいっはいっアーンミちゃんっ♪」


「えっ、ええっと……。しーえむそんぐを口ずさむ♪」


「ふつーにあるな。じゃあ審議で」


「普通にあっても審議なんだな」


「ふつーにあってもあんたはどうなのってことでしょ。あんまあたしもテレビ見てたりしないけど、まあやりそうな感じ?」


「気分良い時とかは歌ってそうだけど、まあきっと、情報源があんまりないせいでCMソングなんでしょう。だから好きな歌手とか曲名聞かれても答えられないという悲しいことも起こるわ」


「じゃあ、一番のサビを繰り返す♪というのも追加だな。曲の一番の盛り上がりの部分だけは知ってるが、全部は歌えんという切なさもあるだろう。俺はまあ、歌を歌ってる時は大抵オリジナルソングだからまあ、あえていうと『この先の歌詞は俺が今後の人生で決める』と格好良いことが言えるわけだが……、CMソングだとそういう希望みたいなのがないな。知らんだけだからな」


「ナナも好きなお歌はよく歌ってる」


「そうなのだ。まあ、ナナちゃんくらいの子が歌を歌ってるのはかわいくて愛らしくてオーケーなのだが、さすがにある程度いい大人が歌ってるのはどうかなという部分はあるよな。ん、はは、気分良いのかな?みたいな、ちょっと鼻で笑ってしまう感じはするのだ」


「いや、陽太よ。全然かわいらしいだろう?何をそんな鼻で笑うことがある。幸せそうに見えるし、何よりそれが周りを癒してくれるはずだ。そういうのが、周りを癒している」


「ぷっふぇ、えほっ、ぇほっ」とハジメはもう漫画のようなタイミングでむせてくれる。


 俺の言動は、アンミに対する恋心を隠しきれていない過剰なフォローだとでも言わんばかりのむせぶりだが、別にそういうことを一々弁明しなきゃならないほど、アンミに動きがあったりはしない。


 そして俺は俺で、別になんとなくの感想を述べただけであって、これがそこまで深刻な誤解を招く発言だとも思っていない。


 朝方、俺に対して、アンミとミーシーのどっちが好きかなんてことをハジメが聞いてきたのもそうなんだろうが、……まあ好きは好きだが、ハジメは割と乙女でロマンチックな想像で物事を捉える性質なのかも知れない。


 とにかく、その後も俺以外のターンが続き、審議が挟まれ、そして何故か俺のターンだけは審議は簡略化されたりすっ飛ばされたりで進んでいった。


 そして、発表内容はおおむね自己紹介とは言い難いものばかりだった。俺が戻ってくる前に大体言うべきことが尽きてしまっていたのかも知れない。


「こいするきもちにっ、ふぅっ、こいしてるぅっ♪」


「……はあ?おい、おっさんは一体なんなんだ?」


 と、俺はこのゲームに参加して初めて、あまりにキャラに合わないポージングと変顔と気色悪い声色と、もうそれらが一体化したツッコミ不可避な発表に耐えられず、審議開始の合図も待たずに声を上げた。


「おっ、じゃあ、なしか」


「まあ、本人ってそういうの気づかないもんなんじゃないの。なしならなしでいいけど」


「恋する気持ちに恋してても、芽生える時も叶う時も、心を向ける誰かがいてこそでしょう。恋する気持ちにだけ恋してたりしないわ。そういうことでしょう?だったらまあなしということで良いわ」


「健介お兄ちゃんが言うならナナはなしなんだと思う」


 なんてことだ。まさかミーシーの口から恋愛観みたいなものが出てくるとは……。そして、何故か『俺がそう言ったから』という理由でナナが同意して、アンミも「そっか、そういえばそうだね」と納得してしまった。


 普通、俺の方が少しばかり正論を言ったとしても、ナナはスイラ先生をより信用していておかしくないわけだが、不思議なほどにすんなりと俺のツッコミが正当だとまかり通ってしまった。


 どうなんだ、それは一体……。おっさんはおそらく冗談で発表したに違いないだろうが、なんか知らんが審議の結果のあるなしの最終決定責任が俺にあるかのような、少なくとも今回の場合、俺がその流れを作ってしまったような、そんな感じがする。


「え……、いや、なしなのか?なしで良いのか?前例ないみたいだが」


「健介が言うなら、ま、なしということだろうな」


「マジか。あると思ったんだがな。俺が初の、人類未踏のなしか」


 おっさんは手のひらを上に向けて、息を落としてそう呟いた。これが初のなしになったわけだが、そのこともあって俺はこれまで以上に慎重に審議に臨むことになる。


 何度も何度も、それはあり得んだろうという発表があったのは事実だが、それなのに誰一人『あり得ない』という一言だけは口から出さなかった。つまりはおそらく、それが暗黙の了解なんだろう。


 明らかに微妙なものについては俺に「どうなの?」と無茶ぶりをして自分の意見を発表するのを避けているようだった。


「まあ、あるかも知れない……。ないとは……、言い切れないんじゃないか?」


「へぇ、じゃあ、あるもんなんだ。あるっぽい気はしてた」


「健介が言うならそうなんだろうな」


 まあ、そして、優しいゲームだ。人がどんな恥を晒そうが、『よくあることだよ』と慰めてやる優しさがある。


 もはや自己紹介とはいえない変な癖の発表会みたいになっているというのに、全員が全員して、『あると最初から思っていた』だの『やっぱりあるあるだった』だのと、そんな声が飛び交っている。


 だが、まあ大半のは……、本当はない。『ない』と言い切ってしまえば、『そんなことをしてるのはお前だけだ』と言うのと同じだから、『ある』と言うに過ぎない。


 俺を除いて全員の演技力の高さがこの変な癖発表会を支えている。ひいては発表者の心を支えている。


「いや……?いや待て?ハジメ?ごめんな、審議ではないんだが。お前はなんで、俺の発表に被せるような内容なんだ?俺の審議が飛ばされる理由はなんだ?なんかハジメとセットみたいになってるのか?」


「え?なんでって。そういうルールでしょ?あたしはやりやすいからそうしてるだけだけど」


「…………?そうなのか。ああ。ん?なんか細かいルールとかあるのか?上乗せして描写を緻密化するとポイント高いみたいな」


 ハジメはまっすぐこっちを見ながら首を傾げて『何言ってんだろう』という表情をしていた。ちょっとの間、目が合っていたのに、特にハジメからそれらしい答えもなく、俺がまあいいかと諦め掛けた時に店長がこちらへと歩いてきた。


「いやあ、猫ちゃん猫ちゃんめちゃくちゃかわいいね。僕も猫飼いたいなあ。ところで今どういうゲームしてるところ?僕も混ぜて貰って良い?」


「『あるある健介隊』というゲームなのだ」


「そのタイトルだと意味が分からんゲームに聞こえるだろう。日常の、よくあるなあみたいなことを順番に発表していって、みんながよくあると思えばオーケーという、そういうゲームです。……簡単にいうとみんなでそれぞれ自己紹介をリズムに乗せてやるゲーム……」


「え?」


「ナナが聞いてたのとちょっと違う」


「違う?違うのか?細かいルールは知らんが、まあでも、ゲーム自体は進んでたし許容範囲だったということだろう」


 とりあえず「え?」と言ったハジメの顔を見ると、ハジメは露骨に視線を逸らして俺に気づいていないかのように振る舞ったし、アンミも少しそわそわして困惑気味にミーシーの方を見つめていた。


「健介はまあそれで全然良いのだがな。『あるある健介隊』だからな?実際どうこうじゃなくて、ただ、単純にそうっぽいというイメージの話なのだ」


「まあ?そうかも知れんな。イメージ通りだったり、意外とそうだったりというのはあるだろうが」


 そんな重要な違いかどうかは分からないが、俺のこの一言でアンミは胸元で両手を重ねてホッと息を吐き出した。俺がその領域の違いを勘違いしてゲームに参加させられていたことに不平を言うとでも思っていたんだろうか。


 審議をスルーされている時点で、俺はむしろ優遇されている方だと……、思う……、ん?


「ああ、つまりあれね。健ちゃんがやりそうなことを発表する感じ?リズムに合わせて」


 俺がやりそうなことを?発表する?リズムに合わせて?と、いうことであれば、だ。おそらくいくつか納得できそうな気はしている。だが、それは違うだろう。


 そのピースをそちらへ動かせばもっと大きな破綻が生まれることになる。だから、……誰か否定、……否定をしないのか?


「…………。俺がやりそう?つまり。……つまりそういうルールだったとして、マックのポテトでテカり出すのが俺か?俺は東京に行ったら東京ばな奈しかお土産の選択肢がなくて、缶のプルタブを引きちぎるのが趣味で、怒ったポーズがかめはめ波か?ズボンの上にパンツ履くか?どんなうっかりなレベルなんだそれは。修行もしないぞ言っとくが」


「な、何を言ってるのだ健介。全部健介が肯定しててあるあるだったのだが?健介は恋する気持ちに恋してないだけなのだが?」


「仮にルールを勘違いしてたとしても、健介が共感できていたというならまあ『あるある』でしょう。実際あったかどうかは別としてそういう素質はあるということでしょう」


「いや、え?あるって言ってたのだが?健介が」


 陽太は、俺がルールを把握しているものだと思い込んでいたみたいだった。慌てた様子で俺や周りを見てあるある健介隊が順調にあるあるだったことを確認している。


「えっと、じゃあまあ、あたし?、あたしの番だから、まあ……。えーっと、ちょっとぐらいぃ悪口だっても、あんま気にしない♪みたいな……、笑って許すぐらい器おっきい♪」


「……無茶するな、リズム乱れてるぞ。思ってもないこと言うな」


 精一杯のフォローのつもりなのかぐっちゃぐちゃなリズムにパンパンと手拍子も揃わないで、……俺のことを誉めた。涙ぐましいと思う。良い奴だとは思う。とはいえこの複雑な心境を少しも癒してくれそうにはなかった。


「えっ、まさかとは思うのだがっ、健介は、健介、『あるある健介隊』と言ったのにあれなのか?健介以外のあるあるだと思っていたのか?嘘だろっ?」


「なんだと、この……っ、お前は何故俺がいない内から俺のあるあるなんて不毛なゲームを始めてるんだ。自己紹介ゲームだと思うだろう普通は」


「健ちゃん人気者だね。いなくても話題独占してたわけでしょ?まあまあ良いじゃん」


「誰もそして……、『俺はそんなことしない』って言わないのか……。俺のことを誰も分かっていてくれないのか……。水に流そう。だが、今までここで塗りたくられた俺の風評は全てデマだ。それを分かってくれないなら俺はこのゲームを同じ時間だけ続けて全てを否定するまで終えられない」


「まあ、健介、俺は健介のことはよく分かってるのだ」


「いや、分かってなかったろ、お前は特に」


「ナナはねー、どっちが好きかなっていうのをどっちかっていうと聞きたかった」


「そうだな、ナナ。ごめんな。俺はココアとコーラならどっちも好きだが、コーラの方がよく飲んでるな。野菜ならヤングコーンが好きだ。肉はブタ肉かな。いつでも聞いてくれ。こんなゲームじゃない時になら、いくらでも質問されていたい」


「えーと、あたしはなんかが悪いとかってのは言ってない?」


「せっかちで頭が固くてドジでおっちょこちょいで人の気持ちに鈍感かのような言いぶりだった……」


「そだっけ……。でもそれはその、あたしもそういうことあるなあってのをあんたの答えに合わせて言ってただけなわけで……」


「やめろ、慰めるな。見てろ。見直せ。その内俺の良いところというのも熱心に探せば見えてくるはずだ」


「え?あれ、ちょっと待って?じゃあ逆に聞きたいんだけど、それ?あたしが発表したやつ、あたしの自己紹介だと思ってたわけ?」


「…………。まあな」


 その後結局継続することになった『あるある健介隊』というゲームで、俺はしっかりと自己弁護に努めた。まあそうすると確かに『俺の自己紹介』にはなったし、あれやこれや感想やらアドバイスを貰えたりもした。


 みんなして好き勝手なことを言うものだから『ああなるほど』と個々人の感性に納得できることもある。


 当初こそ俺の参加姿勢に問題があっただけで、俺が基準点でそこから私はどの程度どうこう、あるいは私も同じであれこれ、そういうのは聞いてて飽きないし、ところどころ内面を窺える一言だってある。


 どうやら俺が最初あまりに連続で『あるある』だとしてしまったせいで、『一体こいつはどこのラインにまで存在しているんだ』という謎のゲームになってしまっていただけだったらしい。


 まあ、何でもかんでもイエスと答える相手に質問を続けていけば、答えだけじゃなく質問の方まで破綻していく。


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