八話㉚
「挑戦する前から失敗した時のことを考えていてどうするのだ、健介。正直前例が生まれるまでは何ともいえないな。今のところ別に誰一人ペナになってないからあくまで審議のためのお飾りみたいなものなのだ」
「まあ、これはこれであれでしょう。好きな子が健介あるあるを発表した時に必死になっていちゃもんつけてペナルティと称して卑猥な要求をするような、そういう人間らしい一面が見えたりすることもあるでしょう?とりあえずことあるごとにハジメにいちゃもんをつける派閥を私と作りましょう」
「じゃあ、お父さんはあれだなあ。ことあるごとにハジメを擁護してハジメに『実はこいつ私のこと好きなんじゃないの』みたいに思われる役やりてえな」
「……何言ってんだ、このおっさんは。いや、言ってても別にいいが、真面目な顔していきなり流暢に喋り始めるのはやめてくれ。酔っぱらいはさっきまでみたくあからさまに酔ってるふうで喋ってくれ」
で、……安心なことにというのか、不思議なことにというのか、ミーシーも普通にこの遊びに付き合ってくれている。なんとなくこういうのを渋りそうな先入観があったわけだが、アンミが参加しているからなのか、ハジメにいちゃもんをつけたいからなのか、普段通りのミーシーという意味ではなく、普通の女の子のように普通に遊びに付き合ってくれていたようだ。
そういえば俺としりとりをしてくれなかったのはなんだったんだろうな。出掛けたがらないのはともかく、あれに関してはやっぱり何かしら俺に原因があったのかも知れない。
「じゃあまあ健介、練習みたいな感じでやってみてくれ。はい、はーい、けーんすけ♪」
「え、えっ、か、カップ麺類買いだめる♪」
「はい、はーい、はーじめちゃん」
「三分間がまーちきれないっ♪」
「じゃあ、審議で」
「……一分半とかでお湯切りそうだな。審議……?とかいるのか、この中身のなさで。ところで、お前の『まーちきれないっ♪』は本当に待ちきれなさがよく出てた。すごいな。表現力豊かだな」
「真面目な顔して時計見てカウントして待つのよ、きっと。でも多分一分くらいで時計見るの飽きると思うわ」
「そしたらまあ……、普通は、そうか。俺はあんまカップ麺とか食わんからよく分からんな」
「ナナはね、見たことはある。もしかすると食べたこともあるかも知れない」
「私多分食べたことないかな。あれ、……ある?あ、じゃあある。食べたことあった」
「意外とみんな食べないもんなのだな。時計見るの飽きて時間分かんなくなって他ごとし始めて台無しにするというのもよくありそうな話だと思うのだ」
「『しまったあ』みたいなことを大声で言いそうな感じがするわ。三分くらい落ち着いて待てば良いでしょう。落ち着いていなさい。焦らず冷静に、秒針がカチコチ動いている中を妄想のキャラクターにアスレチックさせてあげなさい」
審議というより、カップ麺の待ち時間談義みたいな感じだな。ハジメの場合は、確かに見たまんまというせいもあるんだろうが、発表内容自体にいちゃもんをつけるようなやり方ではないらしい。
『実は、ちょっぴりせっかちでおっちょこちょいなんです』『まあ、気をつけなさい』みたいなやり取りをしている。
アンミ、ナナ、おっさんはカップ麺自体にあんまりピンときてないみたいだが、別に満場一致であるあるとなる必要もなさそうだ。
「じゃあ審議終わり。はいっはいっ、ミーシーちゃん」
「毎日お風呂で修行する♪」
「じゃあ審議で」
……正直意外ではある。修行をしていそうな感じはしないでもないが、努力してることをひけらかすような性格だとは思っていなかった。もちろん単にありがちやりがちなあるあるを提出しただけのつもりなのかも知れないが、それが、『お風呂で修行』か。
じゃあ瞑想、とかそういう類だろうか。それを修行と称するのはなんとも微妙な感性ではあるし、やってる姿を想像するに漫画チックな謎シチュエーションには違いない。
ミーシーが風呂に入っている最中に異音が聞こえたりしてないし、特に誰かの迷惑になるような習慣でもないわけだが、……風呂ぐらい普通に入って疲れを癒せば良いのに。
「…………。やってそうだな」
「ま、……やってそうっちゃやってそう?なんか意味もなく精神とか葛藤させてそう」
「精神か、精神もか。すごいな。修行ってったら筋トレ的なことぐらいしかやらんな。俺も若い頃とかはやってたことあるし」
「そういえば、スイラお父さん何やってるのって聞いた時、修行してるって言ってたことあったね」
「まあな。そう考えるとあれだな。五年前には俺も平気でやってたな。今考えると若気の至り的な部分はあったりするが」
「どういうのだ?正直、筋トレもイメトレも想像つかないのだ」
「んむ、例えば……、浴槽から足だけ出して、腹筋し続けなきゃ溺れ死ぬみたいな、……とか、浴槽ん中で片手だけで体重を支えてお湯抜いていくとか、ひたすら浴室の壁を押すとか……、まあ色々だが、とにかくやってるとこは見られたくないな。アンミだったから良いものの、『何してるの』とか聞かれたら正直答え出ないだろう。そういうのは言葉では説明できんし、俺もだって、後から考えると分からん。『いつかのために俺は修行をしているんだ』としか言えんが、まあもし俺が言われる側だったら『何言ってんだこいつ』と思うだろうしな」
「ナナ、それだったらスイラ先生やってるの見たことある」
「マジか……。俺はじゃあ、五年前とかじゃなくて全然最近もやってたんだなあ」
「健介、これはあるあるなのか?」
こういうところで、まともな審議、ということになるのかも知れない。
共感できる人間の方が少数派だろうし、仮に筋トレだのをやっていたとして、おっさん本人が認める通り他人にとっても自分にとっても『なんだろう?』という哲学的習慣だとはいえる。
筋トレにしろイメトレにしろ、風呂場以外でやれば良いだろうと言いたくはなる。何か目的があって修行しなければならないわけでもなく、何もそこで修行しなくてもいい場所で特に意味のない修行をする。
その行動原理を言葉にして説明できたりしない。というか、最も重要なことに、賛同したくない理由として……、俺が、やってると思われたくない。おっさんの具体的な解説がなければ修行というのを曖昧なままぼかして『そういうこともあるだろうな』と簡単に相槌を打って場を流すことができた。それが多分ベストではあった。
「そうだな、……ああ」
ただし、心情的な部分は置いておいて……、実際に『あるある』かどうかは別として……、ここは『そういうこともあるな』と言ってやらなくてはならない。『そんなことやらんだろう』なんてことを言うべきじゃない。
おっさんやミーシーに気を使うというより単純に、お遊びの中で実際がどうだ、普通はどうだなんていうふうに、場の雰囲気に対抗する必要は一切ないし、これはそもそも自己紹介の一環でもある。
人の習慣にケチをつけて、今後発表しづらいなんて空気にしてしまうのは、避けるべきだろう。
「ま、まあ、俺もやったことはあるな。ああいや、そうだな。頻繁に、というか……。毎日修行気分ではあるな。は、はは……」
と、いうことを、俺はすらすら何気ないふうに『言えなかった』せいで、何やら、俺が本当にそんなことを毎日しでかしているような雰囲気になってしまった気がした。
挙げ句、「そうでしょう」と自信満々にミーシーが聞くものだから、俺は視線を逸らして小声で「まぁな……」と呟いて、何やら一層真実味が増して俺が照れながらも恥ずかしい暴露話をしているような雰囲気になってしまったような気がした。
「そうか。じゃあ、あるあるなのだな。はいっはいっ、ナーナーちゃんっ♪」
「ココアとコーラが美味しそう♪」
「さて、審議か。優柔不断そうな感じはするな。どっちも好きならどっちも注文すれば良いのになんか延々と悩んでいそうだな」
「お前ちょっと……、いや、別にいいだろ。というか、やっぱり一人一人審議してるのか?何で俺だけ審議飛ばされたんだ」
「仮にどっちかにするにしても片方は別に後日にしたら良いでしょう。そもそもその場でいきなり質問受けるわけじゃないんだから、前もって考えておきなさい」
俺の審議を飛ばしておいてナナには審議という考えが読めない。一体どういう基準で審議発動なのか謎だし、やるならやるでナナに対してはもっとこう、ソフトな物言いにならないものだろうか。
「だが、まあ、ほら、いざとなるとどっちかなという時だってあるだろう……?例えばその、両親と恋人とどっちを選ぶとか聞かれたら悩む。答えが出ない問いというのもある。そもそも美味しそうってだけで別に延々悩むとは言ってない」
「んな別に必死に否定しなくてもいいじゃん。して、あんた恋人いないじゃん」
と、ハジメが言い、どうやらミーシーが俺を気遣ってなのかなんなのか、それを咎めた。ハジメは猫背だった状態からびくんと大げさに体をはね上げて目を見開き、続けてテーブルの下を覗き込んだ。
「たっ、ちょっとミーシー、な、……、急に足蹴るのやめて。言っちゃマズイ感じなら先に言ってよ。……あー、えと、えっと、あー、別に悪気ないってか……、ごめんなんかマズイこと言ったみたい。あんた傷ついたってならごめん」
「ハジメはなんの予備動作もなく失言するでしょう。会話スキップしてると気づかないものなのよ。仮に気づいたとして未然に止めるとハジメは反省できないでしょう。健介。私からも謝るわ、ごめんなさい」
「俺のたとえが悪かったな。全然お前らから悪意を感じることもない。なんだ、やめんか。そういう気持ち悪いフォローは。彼女いないなら立候補してやるくらいのリップサービスをしてくれ。そしたら慎重に考えるから」
「じゃあ、ミーシーが健介の恋人。そしたらすごい素敵」
「健介は私よりアンミの方が好きでしょう」
「立候補を募っているのに他薦するな。学級委員決める時みたいだな。ナナはどうだ?こういうのは責任感の強い子が先生に水を向けられて嫌々ながら手を挙げるものなんだが」
「ナナ?ナナは今何の話をしてたかがあんまり分かってない。ナナはでも健介お兄ちゃんのことは好き」
「てか、原因あたしであたしのことはさり気に外すんだ。あたしはまあ他薦すらされないんだ。別にいいけど」
「そこはお前……、『あたしはー?』みたいなこと言ってくれ。『ずるいずるいあたしもー』みたいなことを言ってくれ。それで俺は少し救われる」
「まあまあ。ココアかコーラの話だろ?俺はココアだな。ココアは粉でも美味いからな。……そして、粉形態があるというのは最強だぞ、考えてみると。ああ、俺、将来、パティシエになろうかな。ケーキにな、トントントンってココアを振って、でな?『地面』……。作品名は、『地面』だな」
「ええっ、ナナすごい気になった。スイラ先生、それケーキ屋さん?そうなったらナナケーキ食べさせて貰える?」
「ん、ああ任せろ。まあ基本的に何でもやってできんことはない。元のレシピさえありゃちょっとアレンジしてなんとかなるだろ」
「ケーキ、……デザートというのもアリなのだな。そういえばこの店にはデザートという概念がなかったのだが、じゃあ、その『地面』が完成したらここのメニューにしたいのだが」
「おう、任せろ。まあまだ構想段階なわけだが、……そうだな。きな粉を使うのはどうだ?トントントンってきな粉を降って、でな?『砂漠』……。いや、『荒野』」
できたらそれはスタンダードなデザートが出揃ったあとで風変わりなものが好きな人のために用意して欲しいところだ。確かに、デザートというのは今まで作ろうとさえ思えなかった。もしかすると今回だって材料とレシピさえあれば十分なものができたかも知れない。
「その『荒野』とやらにミントの葉を一枚挿して、……はは。まあ、じゃあ、例えば『息吹』とでもするのはどうだ?」
「健介が……、健介が初めて建設的な意見を言ったのだが……」
「初めて?……初めてか、俺が建設的な意見を言ったのは」
「彩りも出るからなあ。一枚の葉という物寂しさもあれだな。ワビサビだな。絶対枯れそうな荒野に力強く生きているみたいなテーマがある。いや、ちょっと待てよ。よし、陽太、健介。じゃあポイントカードみたいなのを作るのはどうだ?ここで料理を一個食べるとスタンプが押されてだな、そしてそのポイントに応じてケーキ注文した時ミントの葉を植えていくことにしよう。そうすれば、緑地化に成功する達成感みたいなのあるだろ?しかも、同じ値段でミントが目に見えて増えるからお得感がある」
「おぉ、すごいのだ。健介、億万長者なのだがっ。俺とかだったら絶対緑地化成功させるために通いつめるのだが」
「ああ、良いかも知れんな。客が来始めたらそういうのも楽しむ人がいるとは思う」
「ねぇねぇっ、あたしもあたしも。ミントだけじゃなくて他の草とかも植えたい。でさあ、ケーキに穴掘って青色のゼリー入れて池みたいなの作ってとかどう?あたしそういうの食べたい」
「ハジメちゃんなるほど、良いアイデアだと思うのだ。じゃあ、十ポイント溜まるごとに選べる草のバリエーションを増やして百ポイント溜まると池ができたり山ができたりするということにしようか」
「ナナそれだったらちょっと自分でもやってみたいかも知れない」
「そしてまあ、なんだったら記念撮影とかもしてあげなさいな。良い出来上がりのがあったら宣伝にもなるでしょう」
「…………おぉ、健介。これは正直、マジな話なのだが、これ以上ないくらいのアイデアが一分くらいの雑談で出てきてしまった気がしないか?セルフサービスでやって貰えば草を植える手間が省けるし、何人かで試行錯誤できるし、出来上がりの写真を渡しておけば、そのお客さんがみんなに宣伝してくれるのだ。料理が美味しかったらもう行かない理由がないところだと思うのだ」




