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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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八話㉔


「なるほど、健介の説明が分かりやすい。小豆ウォッシャー……。そんな奴がいるのですか?確かにそれは分類が困難です」


「陽太も、……もう適当なことを言うな。小豆ウォッシャーとかがいるとしたらホームセンターか農業用機械の販売店だろう。陽太もこれで気が済むんだろう?肝試しをすれば。妖怪の話は明日以降いくらでも、俺が聞いてやるから」


「あのなあ健介、これが例えば宗教の話だとしたら分かると思うのだが、元から熱心な奴に話してもあんまり意味ないのだ。神の存在を信じますかと聞いて素直にはいと答える奴はわざわざ勧誘する必要ないだろ?それをな、今ここに邪教徒がいるからそれをぎゃふんと言わせたいという話なのだ」


「邪教徒とはあんまりな……。神様は信じていたりしないですけれども」


「お前の中の神様は結構頼りなかったもんな……。まあ、とりあえず、ほら、肝試しで勝負ということで良いんだよな?」


「話して分からないなら経験して貰うしかないからな。峰岸の場合は妖怪と幽霊を一緒にするなというブーイングが墓場から聞こえてくるはずなのだ。一緒にするなー一緒にするなー、馬鹿ー」


「やれやれ。仕方ありません。仕方なく付き合ってあげます。その程度の野次であれば耐えられる精神を持っている。そこを、こう一番奥まで進んで回ってこれば良いですか?」


「ああ、試されると良いのだ。肝というのは魂の宿るところだからな。野次られて泣きべそかかないようにすると良いのだ」


 渋々といった様子で一周巡るコースだけ確認し、ミナコは一人で歩き始めた。といっても、結局この墓場はかなり小さい。ちょっと薄暗いというくらいで、ゆっくり歩いたとしても一分あれば一周できる。実際、幽霊が野次飛ばしてくることもないだろう。


 ……が、ミナコがちらちら振り返るのをやめて、右に曲がって姿が隠れた瞬間、陽太が俺の腕を引っぱり低い金網を越え、「こっちに来て隠れるのだ」と誘った。仕方なしに、俺も陽太の気が済むように付き合ってやる。


「…………。まあ、こんなところで迷子にはならんし……。なんだ?お前はもしかして怒ってたのか?あんまり意地悪してやるなよ」


「ん?いや?別に怒ってないのだが?幽霊とか妖怪とかでマジギレしてたら俺の精神年齢が小学生だろ」


「小学生だったろうが……。じゃあ、あいつが困ってたら出てくし、まあ、……多分困らんだろうし、あいつはさっさと帰るかも知れんが、帰ったら帰ったで明日二人で謝ろう」


「健介は聖者か?健介に謝られたら俺の立場がないのだが」


「じゃあお前がまず謝れ。俺は元からあんまり関係ないから、お前が謝る横で申し訳程度に反省したような素振りをしておく」


 そうこうひそひそやっている内に、ミナコはスタート地点に戻ってきて、ゆっくりとあちらこちらを見回して、くるりと体を回してやはりあちらこちらを見回して、そして誰もいなくて一人取り残されていることに気づいたようだった。


「……おばけなんてっないさっ、うっそさ、みんなうっしょしゃ、演出さっ、デタラメうっしょしゃ、えいやさっ……♪」


 それは微かに震える心細そうな『肥後手鞠唄・あんたがたどこさ』のリズムで刻まれるおばけ演出説だった。


「独りぼっちで僕のこっと置いてさっ、僕のこと置いてみんなどっか行ってさ♪行ってさ、置いてさっ、えいやさっ……、それはさっすがにどぅかとおーもーうぅ……♪」


 えいやさっ、が明らかに心細さを損なう掛け声ではあったが、俺はひどく、残酷なことをしているような、そんな錯覚に陥った。


 俺や陽太の名前を呼ぶにせよ、不満や愚痴を吐いてその場を去るにせよ、「悪かった、すまなかった」と駆け寄るのに、『それはさすがにどうかと思う』、そんな言葉が、結論になってしまう。


 もちろんここは厳しい自然が命を脅かす危険性など皆無だし、ミナコは帰り道なども分かっている。なにも、保育園年長くらいの子を暗闇に置き去りにしているわけじゃない。


 だが、でも確かに、俺たちはミナコを独りぼっちで置き去りにして、ミナコはそれを、悲しく思っているようだった。


「童謡のリズムで責められるとつらいな、……出ていって良いか?陽太」


「出づらくなったのだが……」


 しかもミナコは、しばらく俺たち二人が躊躇している間も、その場を動こうとはしなかった。独り言のような感じで少し口を動かして、寂しそうに、寂しそうに、その場でゆっくりと座って、膝を抱えて、俺たちが戻ってくるのを待っているようだった。


 金網を越えて、ミナコの元へ戻り「本当にすまなかった」と謝ると、けろりと笑って、何事もなかったかのように立ち上がった。


 ただもし、……、もしも俺たちが戻らなかったとしたら、ミナコはずっとそこで、寂しそうに座り込んだままだったんじゃないだろうか。いつまでも、いつまでも。



『なあもう少し、まともな出来事があったはずだ。俺がミナコを信用して、ミナコが俺を信用してくれるような、そんな出来事だってあったはずだ』



 通信対戦ができるから買えと言われたゲーム機を、中古ショップで見つけた。不具合有りと明記されていたものの、せいぜい安い外食一回分程度の金額ならダメで元々のつもりで買ってみるかとレジに持っていった。


 それが始まりで、まあやはりわざわざ明記されていたくらいだから当然不具合は存在していて、電源こそ入るもののゲーム自体は遊べない代物を手に入れてしまった。


 普通なら翌週には捨てることになるわけだが、ミナコはその不具合の回復にせっせと取り組んでくれた。ネジを外しカバーを開き、最終的には基盤とボタンとまでバラバラにして取り出してそれを清掃していた。


「画面の表示がおかしいのは単に接触不良のようです。ボタンは部品がズレていて反応しなかったようです。基盤は焦げていたりしませんのでこれで問題なさそうなのですが、一度どうやらバラしたような形跡があります。それはともかく起動画面にまで進みませんね。おそらくですが、書き換え中に中のボタン電池が外れてかつバッテリーもなくなってしまったのだと思われます。それをバラバラに分解して修理を試みたところこんなありさまになったのだと推測されます」


 見ていて丁寧な仕事ぶりであったし、ネジもゴム部品も残さずにしっかりと組み立て終わった。電源も入るしボタンの感触は全く問題ないものに出来上がっている。


 ミナコが何かしら機械的な清掃やら設定やらを代行してくれた結果が仮にダメだったとして、「わざわざありがとう、新品買うからまあ待っててくれ」てな台詞しかない。元々はごみを買ったわけだし。


 そしたらあとは、ファームウェアとOSを、ケーブルで繋げて書き込んでやれば良いらしい。


「ん……。また0%に戻っている。さっきも91%までいって戻ってしまった。何故か突然0%に戻ってやり直しになってしまっている。この資料からすると、これはもうこうするより他ないのですが、何故か上手くいきません」


「なんだろうなあ……。90%まで問題なく進んでいたのに……、突然0%か。まるで人生みたいだな。まあ、別に諦めても良いぞ?」


「最初にこっちをやるべきだった。ただ待っているというのは楽しくない。しかもなんというのか、そんなつもりは今まで全然なかったのですが、ここまで今までお膳立てをしてやったのを馬鹿にしているような動きをしてませんか?順序を失敗した。91……、91……、おお、今度は91%を何回も繰り返し始めた。そこだけ難しいならこっちが手作業でやるわけにはいかないかと言いたくなる場面である。がんばれー、がんば……、…………。0%である」


「おっ、待て、今度は早いぞ。あっと言う間に80%までいった。そろそろ本気を出したのかも知れんな。さっきまでのは準備運動だったかも分からん」


 その後、ゲーム機の画面は80%を表示したまま全く動きを見せなくなった。『中止』ボタンを選んでみても、ぺこっとへこんだように見せ掛けて一向に中止しようとはしなかった。


「壊れるかも知れないとは思っている。壊れても良いさというより、もういっそ壊すくらいのつもりで抜く勇気を、……勇気を健介から貰いました。健介から勇気を貰った。えいっ、」


 カチャンと音がした後ミナコはケーブルの端を持ってまた画面を覗き込む。俺もそれに続いて画面を見たが、ケーブルを抜かれたことでなのかなんなのか、力なくバッテリーランプを数回点滅させ、先程まで表示されていた80%が真っ黒に塗り替えられた。


「一人では到底抜けなかった。が……、大丈夫でしょうか。今繋げました。あれ、あれれ。動かないおかしいな。確かにこれが延命装置だとしたら先程ので死んでいてもおかしくはない。ですが今繋げました。トライアルアンドアンドゥーである。日本語で言うと、『やってみた。いや、なかったことに……』」


「いい響きだな。俺の座右の銘にしようか、それ」


「壊れた?動いていないけれども、いや待て。大丈夫。大丈夫だと言い聞かせている。動いてはいないけども壊れていないさ、気分の問題さ。…………。ちなみに健介は怒っている?今もしかすると怒られているので、目を閉じています。なんとなく直感的になのですが、こうしていると反省しているように見える気がする。言外に反省している趣を伝えている。口ばかりではなくどうですか?反省している」


 まあ、自転車を壊された時ほどの焦りはない。壊れたとして気にするな、としか言いようがない。そして何より当の本人であるミナコも、特におろおろしたりということはなかった。


「元から死んでるみたいな部分はあったしな。無理に延命しなくても八十まで生きたらまあそこそこには大往生だろう」


「…………健介は怒らないのですね。ええ、僕に悪気がない時は怒らないのですね。そうです。健介はそういうところはよく分かっている。僕のことをよく分かってくれている。今これはどうしようもないかなと思って抜きました」


「悪気も何も、さっきまで直してくれてたのお前だしな。まあまあ……。直ればそれはすごいことだった、ありがとう。こいつもきっと手を尽くしてもらって満足だろう」


「ふふふ、そんな、よく分かってる。そういう人は『ぽにだっ』。『ぽにだ』というのは、辞書には載っていない言葉です。『本当に、まったく、お前は過度に礼賛されるべき人物だな』ということを伝えています。言葉にすると長くて伝わりづらい言葉を、たった三文字で伝えています。ともあれ今これは死んでますが、内部に外傷らしきものもないですので無治療の経過観察の後専門家の意見を聞いて、ん?あっ、生き返りました。『もういちど、つないでください』と要求されました。バッテリーランプを弱々しく点滅させながらその上全てひらがなで……。この機械に心が芽生えたのでは?句読点の置き方などが必死である様子を窺わせています」


 ケーブルを抜くショック療法が功を奏したのか、そのゲーム機は再びゼロからスタートを切り、今までになくゆっくりゲージを百まで溜めた後、テスト動作を経て、問題のない良品として生まれ変わった。


 ミナコ先生の見解では、どうやら『不完全なファイルがメモリに残っている状態だったから』『ファイルの展開を最初からやり直してくれなかったのでは』ということだ。なんとなくしか仕組みの分からない俺に、ミナコは人生の教訓であるかのようにこんなたとえ話をした。


『積み木の底が傾いている上に何度も何度も積み直して、積み直して、途中崩れては積み直して、けれど全てが崩れてようやくゼロから積めば、こうして上手くいくこともある』


 なるほど確かに。そうするとこのゲーム機は、当初0%だと思っていた部分よりも深い根があることに、『ミナコがケーブルを引っこ抜いたことで』『気がついたのかも知れない』。『本当のゼロから始めて、そうして生まれ変わったのかも知れない』。


「詳しいことは分からんが、機械も苦労してるんだな」


「しかしながら、あそこでケーブルを抜くという選択ができたのは、健介が怒らないであろうという僕からの信頼によるものでした」


「そうなのか。まあそこら辺は雰囲気とかで察してくれ。俺が慌てて止めに入ったら一考してくれ」


よく分かっている、信頼している。その言葉にどれほど価値があったろう。


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