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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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二話⑪

「ミーシーは今二階」


 そう答えてからしばらく、アンミは俺の行動を目で追って、口を開けたり閉じたり何か……、言いたそうではあった。あんまり見られていると電話もしづらい。ミーコと遊んで時間潰しながら謝罪内容を組み立てるか。


「なんか……、あるか?俺に助けを求めるようなこととか」


「え?ええっと、あるかも。でもどうしよう。急に言われると思いつかない。健介は何かある?」


「俺か?いや、俺は別に何もないけど。まあ、落ち着いて考えてみてくれ」


「うん。…………。ええっと……。ミーシーとね、一回ちょっと相談してみる」


「ん……。じゃあ、まあ、そうしてくれ」


 意思決定するにあたって、ミーシーの合意が必要だったりするか。とりあえずミーシーに相談して、俺に話して大丈夫かを決めるようだ。一応これは一歩前進といえるのかも知れん。


 アンミは掃除機のコンセントを抜いた後も、居間から移動する気配がなかった。居間へ戻ってから一人でぼうっと、佇んでいる。続けざまに問い掛けるかは悩んだ。何かしらは、あるということなんだろう。何もないわけがない。大したことじゃなかったとしても、せめていずれは話してくれると良いんだが。


 結局アンミは俺に話し掛けることもなかったし、こちらへ体を向けることすらなかった。


 諦めて自室まで戻って、ベッドの下を覗き込んだ。そのタイミングでシーツが掛けられていることに気づいた。……本当に臭かったのかな。去年かそこらに飲み物零してマットレスを買い換えた後、一回も洗ったことなんてない。というか外れることすら知らんかった。


「おかえりニャ」


「おお、ただいま。やっぱり喋るのか。時間制限とかはないんだな。魔力切れになったりしないか?」


「多分しないニャ?健介どこ出掛けて何してたのかニャ?結構遅かったニャ」


「ああ…………。アニメ見て帰ってきたようなもんだな。友達と会って、色々相談するつもりだったんだが、世の中相談してもどうにもならんことの方が多い。でもどうだ?成果は分かるか?俺は魔法に理解のある男になった気がする」


「それは良かったニャ。元々理解ある方だったんじゃないかニャ?」


「んなことはない。陽太のお蔭ということにしておこう。お前を見てももうビビらない。触るのだって怖くない」


「まあ怖がっても仕方ないことニャ。アンミとミーシーのことも自然に接してあげられると良いニャ、健介は」


「ある程度は自然に、会話できてるつもりだ。ただ、一日やそこらで打ち解けるわけじゃないし、アンミからすら、完全には信用されてないだろう。ミーシーは言わずもがなだし。……困ってることがあるなら相談してくれると良いんだけどな。ああ、そうだ。一応言っておくと二人は居候だ。なんかあって家出中ということのようだが、理由や解決の目処については聞けてない。一旦俺の家で保護してるという、そういう関係だ」


「まあ、察してるところニャ。事情があるにしても、本人が伝える気になってからの方が良いニャ。健介は気にせず、お友達が二人できたと思ってたら良いと思うニャ」


「そうだな」


 当人が焦ってるわけじゃない。時間が解決してくれる問題なのかも知れないし、事態がどんどん悪くなるというものでもないんだろう。であれば俺はもう家に置くと決めてしまったわけだから、じっくり腰を据えて声を掛けられるのを待つ方が良さそうではある。早期解決が望ましいが、本人に取り組む気がないのでは話にならない。


「いつか打ち明けてくれると良いニャ」


「気にはなるけどな。まあ、俺はとりあえず先に、俺の身に起こった事件の解決を目指さなくちゃならん。二人とは全く関係ないところで約束すっぽかし騒動を引き起こしてしまっていたらしい。らしいもなにも俺が張本人なんだが……。なんなんだろうな、やらかした本人なのに全然実感というか、納得感がない。反省してないように見えるかな……。ちょっと謝罪連絡を……、どうしよう。紙に書いて台本作るか……。意外と無茶苦茶怒ってたりするかも知れん。余計な言い訳してこじれさせないように文章を決めておいた方が……」


「じゃあ、邪魔しないからゆっくり考えてみるニャ。私は晩御飯までまた休んでるニャ」


「そうか。お前の晩御飯、……のこと伝えといた方が良いだろうな」


「ミーシーが言ってくれてると思うニャし、謝罪優先で大丈夫ニャ」


「ああ……」


 机に向かってペンを取り出してみたが、結局、ミナコが第一声で何を言うのかすら分からなかった。当然、それに返す言葉というのも曖昧なままだ。ごめんやらすまんやら、悪かったというのは、別に紙に書き出してみたところで上手い並び順が見つかったりしない。ぶっつけ本番でアドリブするしかないな、結局その方がマシだと思う。


「…………」


 こんなふうにやらかしたことなんて今までなかったのになあ……。だから余計にどんな姿勢で謝るのが適当なのか加減も難しい。誠心誠意、猛省して、何度も申し訳ないと伝える、しかないと思うんだが、それが具体的にどういう言葉でどんな声色で表されるべきものなのか、あんまり自信がない。悩んで先送りも良くないな。


 さっと立ち上がってまた階段を下りることにした。そして俺が階段を下りると、ミーシーがわざわざ台所の、電話のすぐ近くの席に頬杖をついて座っていた。それでまたやる気が削がれてしまったが、もう格好つけるのも諦めようか。どうせ元から格好良いなんて思われてたりもしない。


「…………ほっぺた柔らかそうだな。顔が潰れてるぞ」


「ありがとう、おっぱいも柔らかいのよ」


「そうか、別に誉めてない。何も聞いてない……。電話をしたいんだけどな、俺のプライバシーに配慮してくれたりしないか?」


「まあ良いでしょう。でもちゃんと想像力を働かせて考えなさい。私は無理やりここに居座って誰に何を連絡してるか聞き耳立ててられるわ」


「どっちなんだ。引いてくれるのか?居座るなら居座るで仕方ない。ただ別に見てても気分の良いもんじゃないと思うぞ。謝罪案件だ、俺も情けないところをあんまり見られたくない。分かってくれるかそういう部分は……」


「良いのよ、情けないところなんていくらでも見ててあげるし、なんなら面倒見てあげるわ。謝罪電話なら隣で悲壮感のあるBGMらしきものを口ずさんであげましょう。そしたら哀れな感じの言葉もスッと出るでしょう」


「いらない。サービスのつもりか?お前の奏でる音楽と俺の心情が一致するように思えない。居座るということか?まあ良いが……。でも、口は出すなよ、色々ややこしいことまで説明しなくちゃならないから」


「居座らないわ。でもあなたが情けなく何を謝って話すのかなんてお見通しなのよ。カレンダーを勘違いしてたなんて言い訳はしないで、最初から最後までぺこぺこ頭下げてなさい。その方が良いわ。話すにしてもうっかりしてたとか体調が悪かったとかにしなさい。カレンダーがあれこれと言い始めたらカレンダー職人のせいにしてるみたいでしょう?」


「いや、……なんで知ってるんだ。でも、その、うっかりはしてたにせよ、事実だからな?」


「なんで知ってるか教えてあげましょう。なんでも知ってるからよ。なんでもお見通しだから常に監視されてるくらいのつもりでいなさい」


「…………」


「ちょっと言い過ぎたわ。まあ普段通りにしてなさい。でもアドバイスしたことは素直に従ってくれると助かるわ」


「ああ、予知でか。まあ……、うっかりしてたと、言えと?いうことか?その方が丸く収まると」


「そうね」


「ああ、……アドバイスありがとう。じゃあ、……良いか?電話して」


 なるほど、実際その場にいるかどうか関係なしに、俺の挙動を監視した未来の分岐を辿ったことがある以上、俺のことはなんでも知ってると……、いう、脅しを受けた。


 脅す意味もないだろうし、脅しのつもりもなかったのかも知れないが、俺は何も悪いことしてないのに釘を刺されたように感じる。謝るならこうしなさい、こうすると良いわと、言ってるだけだ。なのに、俺の頭は咎められることがないかを探している。


「そんなに緊張しないで、リラックスしなさい。びくびくしないでおおらかでいなさい。私はそんなに小さなことでいちいち怒ったりしないでしょう?多少外道でも実害ないなら優しく諭すわ」


「そうか……。そうか。あんまりそういう怒らないイメージないけどな、お前に」


「じゃあ、居間にいるわ。あなたが恥ずかしい思いをしないように外してあげるわ」


「ああ……」


 結局それは、あんまり意味がないんじゃないかと思った。俺が情けなく謝っている姿というのを知った上で、お節介を焼いて去っていった。むしろ俺のためを思うのなら、そんな余計なことせず黙って居間にいてくれるだけで良かったろうに、俺は変な緊張感を伴って電話するはめになってしまっている。


 まあ物珍しそうにジロジロ見られていたらつらかったろう。それだけが幸いだし、ミーシーの気が変わらない内にさっと済ませておいた方が良い。ここで電話を取りやめればそれすらも詰られそうだ。居間を覗いて二人の様子を確認してみた。


 どうやらおしゃべりをしているようだ。一つ呼吸を挟んで番号を指で突ついて受話器を耳に当てた。ツッツップルルガチャと、もう、一つ息を吸う前に通話が始まる。


「ああ、もしもし?」


「ん?誰だ、間違い電話か?つい反射的に出てしまった……。どうしよう、変な通話記録が残ると厄介なので切りますね。あなたは間違っています」


 ピ、ブツ……。ツーツーと、十秒ほど、一口でまくし立てるようにそう言って切られた。あいつは……、俺の声も分からないのか。分からんにしたってこちらが名乗るまでは待てば良いだろうに……。間違い電話だと断じられてしまった。


「…………」


 もう一度番号を押し始めて、……少し考えてみる。もしかして、実は一言で、もしもしだけで、俺だと気づいていたんじゃないだろうか。だって、仮に間違い電話だとしても……、あんなふうに切るはずがない。


 俺がせめて営業トークらしきことを言い始めたら迷惑そうに切れば良いだろうが、まだ俺は、何も言ってない。つまり俺だと気づいて、俺などとはもう話したくないと意思表示をしたとも受け取れる……、かも分からん。


「いや、……そんな」


 どこまで番号を押したか分からなくなって、一旦受話器を置いた。間違い電話か。俺が間違っていて、俺にはもうミナコに連絡する資格すらないのか。まさか拒絶されるなんて考えてみたこともなかった。


 いや、多分、俺の考え過ぎだ。多分言葉の通り、間違い電話と勘違いしただけだ。そうに決まってるし……、あともう一回だけ掛けて、……それでもダメなら、ちょっと他の方法を考えないと。勇気を振り絞って番号を叩いた。またもプルルと鳴り掛けで、通話が始まる。


「あの、もしもし?」


「どういうことだ?私に用のある人ですか?」


「ああ、用が……、というか、話したいことがあって……」


「んえ?まさか健介ですか?見たことない番号から電話が掛かってきている。あ、しまった。健介かどうかというのは黙っておくべきだった。偽物という可能性があります。ええと、何かしら身元を証明できますか?偽物には一切の情報を漏らしません」


「高橋健介だ。身元はどうやって証明すれば良いのか分からんが、……お前が見たことない番号から電話してるのにはちゃんと理由がある。携帯が壊れてな、自宅の固定電話から発信してる」


「声は確かに……。高橋、まあ、高橋もそうですね。もっと……、これはあの、ちょっと疑っています。どこかで交友関係を調べ上げたのでは?これはちょっと不自然です。健介は基本的に電話をしません」


「……んなことないだろう。何を言ったら良い?生年月日か?」


「元の番号……、も、生年月日も、住所も全部ダメなのでは。そんなのは簡単に調べられてしまう。じゃあ合言葉を言ってください」


「合言葉なんて決めたこと一回もないだろう」


「そうですけども。……警視庁がそうしろと言っていました。なんだ……?疑わしい。合言葉を拒否している」


「してない。決めたことなどないだろうと言っただけだ」


「ではですね……、ちょっと保留にして良いですか?発信地はおそらく調べられるはずである。調べて貰います。もしも疚しいことがなければこのまま電話を続けてください。良いですか?」


「ああ、……どうやって調べるのか知らんが」


 俺が返事をするとすぐに電子音が響いて「現在通話できません……」と、アナウンスが流れ掛けてそれが途中で途切れてブーブーという音に変わった。あんまり保留にされる経験もなかったが、音楽じゃないのは珍しい。それはそうと、嫌がらせでとぼけているというわけじゃなさそうだ。良かった。


「すみませんでした。最近などは合成音声もありますので、ちょっと神経質になっていました」


「ああ、分かってくれたか。……どうやって調べるんだ?」


「どうやって?ええ、そうですね。おそらく色々な技術を駆使します。こういった場合は普通に電話を折り返すのが良いらしいです。発信者番号も偽装の可能性があるので外線の場合は知ってる番号でも確認してくださいと注意されてしまいました。健介はまったく……、知っている番号で掛けてくれていればこんな手間にはならなかったというのに……」


「いや……。まあその、なんだ、よく分からんな。詐欺を警戒してるのか?」


「さあ?色々と警戒しています」


「…………。ああ、その、それはとりあえず解決したということで良いんだよな?俺は高橋健介で、お前に話したいことがあって電話してる」


「はい、知っています」


「その……、電話したのはな、謝りたいことがあって」


「謝りたいことが?そうなのですか?むしろ何かしら僕が健介を怒らさせていたのかと思っていました。ただし急に電話が来たのでまだ何がというところまで思い至っていません」


「ん?なんで俺が怒ってると思うんだ?」


「さあ、思い当たりません。しかしながら、僕が気づけないというだけで理由はあるのでは?どうして怒っていますか?」


「怒ってないんだが……」


「怒っていない?では?ちょっと待ってください。考えます。……健介は待ち合わせ場所や時間を勘違いしたりしますか?可能性がないとは言い切れない」


「それだ。俺が、今日電話した理由は。怒って約束すっぽかしたとかじゃない。なんというか、俺はどうやら、そうとう間抜けなようで、今日気づいた。陽太にも馬鹿にされたし、陽太にも謝った。うっかり……、してたというか、多分相当ぼんやりしてたんだろう。ちゃんと覚えてるつもりだったし、俺にとっては重要なスケジュールだったはずなのに、……言い訳もできんくらいに忘れてた。それをちゃんと謝ろうと思って電話したんだ。お前が約束をすっぽかされて怒ってんるだろう?悪かった。申し訳ないと思ってる」


「うっかりですか。……なるほど。では健介は意地悪で来なかったわけではない?」


「そんなことしないだろう。俺も自分でどうかしてると思うくらいに、うっかりしてただけだ。全面的に俺が悪いから好きに罵ってくれて良い」


「これは珍しい。健介は時間に正確だと思い込んでいました。うっかりしていたのか。それなら喉のつかえが取れました。僕はまあ、健介が怒っているにしてもこれは謝るにも何を謝るのか分からないまま連絡すると余計に怒るだろうと思って連絡できずにいましたので。では解決しました。良かった良かった」


「いや、怒ってるだろう。というか、怒ってくれて良い。本当に悪かった」


「健介が謝っている。まさかの立場逆転である。ふふふ、そうですか。ごめんなさいと言ってみてください」


「……ごめんなさい」


「免じてやろう。ところで今まだ調整中なのですが、明後日また約束できませんか?健介のアルバイト先が潰れて暇だということは知っている。明後日は時間が作れたりしますか?」


「ああ、……?そうか、明後日は大丈夫なのか?まあ埋め合わせというのもなんだが、お前が時間大丈夫なら明後日にまた会おう。本当に悪かった。今度は絶対大丈夫だから」


「ええ、免じます。免じますとも。許してあげます。でも僕もおそらくこれから何か失敗することもあるとは思いますので、代わりといってはなんですが、その時僕のことも許してください。では十時で良いですか?陽太にも連絡しておきます」


「じゃあいつも通り十時に公園で。俺からも陽太に連絡してみる」


「はいでは、早速陽太に連絡します。また明後日会いましょう」


「ああ、また明後日」


 あっさりと許して貰えた、というよりもそもそも怒ってすらいなかったように思う。俺の気分的なことをいっても、謝り足りない。ちゃんと謝った気がしない。不満の一つも言わない。俺が来ない間、ずっと待ちぼうけだったはずなのに。新しく約束をし直してくれた。それをとても楽しみにしているような声の弾みだった。


 先週の土曜、俺はその楽しいイベントをぶち壊したんだなあ……。その時ミナコは落胆の表情に変わったんだろうか。苛立ったりしたんだろうか。あんまりそういうのは、想像できない。


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