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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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八話⑳


「ナナの木あると良いなー」


「あると良いな」


「あると良いのだが、リョウジ君も必死に探したのだ。すごい勉強して良い大学にも入って、でもやっぱり結果として見つけることはできなかったのだ。健介は……、正多面体は何種類あるか知ってるか?」


「…………ん、ん、俺に聞くのか?……五?五か……。多分、分からんが五じゃないか」


「そうなのだ。そして実は、正七面体というのは世界法則的に存在しないことになってるのだ。リョウジ君はそれに気づいて一瞬頭がおかしくなってしまったのだろうな」


「いや、会う人会う人にガセビア呼ばわりされて頭がおかしくなったんだろう。回復したなら良かったが」


「と、まあ、色々と困難が待ち受けていると思うのだが、ハジメちゃんに名前をつけて貰うのを待ってる花がきっとあるのだ。今もひっそりと誰からも名前をつけて貰えなかった花が、ハジメちゃんのことを待ってるのだ」


「素敵な名前付けたげる。して、あたし毎日その名前呼んだげる。うん、良い夢できたわ。ああ……、うぅん。ん……、でも名前付けるのは良いんだけど、その名前後世に残るわけでしょ?」


「まあ一応規定があるだろうし論文発表しなくちゃならないけどな。それさえクリアすればお前の付けた名前になるだろう、多分。後世に残る。図鑑なんかに『ハジメ草』とかいうふうに載る」


「『ハジメ草』て……。あたしも人のこと言えないけど、だからそういうセンスない感じで残ると後でうわあ……、てなるじゃん。あんたのなんか持ち物とか、いやあんたでいっか。適当な名前付けたげよっか」


「…………。俺は。ん?練習のためにってことか?お前は本当に意味が分からんことを言うな……。俺を未発見種に見立てて俺の学名をお前が決めるのか?俺は人間属人間科人間で高橋健介という名前が既にある。なんか文句あるのか。余計なことをしようとするな」


「健介は……、『まさお』で良いか?ひらがなで『まさお』なのだが、それでも気に入らないか?」


「逆にお前は俺が『まさお』で良いのか?適当に決めた名前のせいで今後友人に呼び掛ける時混乱したり返事されなかったりするが良いのか?」


「今もう健介という呼び名が定着しちゃってるからな。困ったな。困った困った、小股投げ一本技ありだな」


「…………。お前柔道のルール知らないだろう。そしてまあ、ハジメは自分の持ち物とかでやってくれ。自分の持ち物とかペットとかでもいいが、そういうのの名前で練習してくれ」


「……?だってあんた紛らわしいじゃん。似たような名前一杯ありそうな上に四文字じゃん。ミーシーみたいになんか呼び方あった方が良いんじゃないの?」


「大学生にもなって今更あだ名なんか決めて貰わなくていい。絶対定着しないから。『ケンスケ』でいいだろう。お前はハジメだ。店長は店長だから店長だし、ミーシーは最初からミーシーで返事してたからミーシーだ。それは仕方ないが、そしたら『ケンスケ』で良いだろう。幸いなことに同名の人間が身近にいたりしない」


「あと幸いなことに、『おっさん』というのは俺しかいないしな。俺はもう飯が美味けりゃなんでもいいな。美味いもんを次から次から食べて、どうだ?ナナは幸せか?」


「シアワセー。ナナはシアワセー」


「おっさんは……」


 ……『スイラ』というのが、また下手をすると偽名やあだ名の可能性がないことない。水楽が名字で名前がスイラというはどうかと思うし、おっさんの年代からするとあまりにハイカラチックで音だけ聞けば女の子みたいな名前だ。


 俺はその、既に定着している呼び方にすごい違和感がある。仮に本名が古めかしい大和男児なものだったとして、俺一人が本名で呼ぶのも不自然には違いないだろう。そうして、俺の中では失礼を承知の上で『おっさん』という呼び名が安定だった。


「分かった。そうか。おっさんというのは……、別に俺の中ではそう悪い意味合いで使ってるわけじゃないんだけどな。おっちゃんというとだらしなさそうだし、おじさんと言うと歳食ってそうで……。言い訳しても仕方ないか。俺もそうだな。飯が美味いから『まさお』でもいいか。幸せなのは幸せだしな」


「シアワセ郡シアワセ町に住んでいそうだよな。シアワセ荘というアパート暮らしで」


「どこだそれは。聞いたことあるな、ミシガン州か?残念ながらそこまで型にはまってない。安八に住んでるから、時々アンハッピーだったりもするんだ。今は幸せだけどな」


「アンパッチーだな。アンパッチーな時は安八音頭を口ずさむと心が晴れるらしいぞ。安八民がそう言ってたのだ」


「馬鹿にすんな。逆によほどテンションが上がって頭おかしくなってなければ普段安八音頭など口ずさまない」


「そうなのか?そうすると安八の特色がまたなくなってしまうな。安八音頭を口ずさんで歩くと、周りで安八音頭を踊り出すのがネイティブ安八民という、そういう見分け方ができなくなるな」


「いや、聞いたらちょっと反応はするかも知れんが、……踊るか?踊らんだろう。特色はないんだ。この辺りは標準語だしな」


「んくんくっ、うはぁ、でえらデリシャスだな健介。でねせぇスピードでケッタマッシーン漕ぎ出しそうだな。もっと飲みや?わっちら、おまはんのために用意しとるんやよ?そういえば特色ないことないだろ。かいわれ大根の名産地なのだが?」


「……馬鹿にしやがって。今どき美濃弁なんか使ってる奴はいない。テレビが普及してるからもうケッタマッシーンなどと言わない。ケッタマッシーンは小学生しか言わない」


「言うんだ……、小学生は。ねえナナ。ナナ、ケッタマッシーンって知ってる?」


「何それ?ナナそれは知らない」


「ナナちゃん。ケッタマッシーンというのはだな。タイヤが二つついててペダルを漕ぐと電気もガソリンも使わずにどこまでも無限に進めるマッシーンなのだ。カスタムすると安定性重視の『アクセサリホイール』を二つ足したり、アイテム運搬の効率が上がる『鞄括り紐』や『アミカーゴ』を装着することもできる。高性能なやつは走り出すと電池も使ってないのに辺りを明るく照らす『マジックライト』が備わっているのだ。ちなみにハンドルは『かまきり型』と『とんぼ型』の二種類ある。という架空の自転車のことだな」


「へぇー。すごそう。もしかして、お空飛べる?」


「飛べるな。ケッタマッシーンにはもう正直制限とかないからな。流れ星の正体はライト点けてるケッタマッシーンだったりするからな」


「すごいねえ。ナナもそれ乗ってお空飛べたら良いのにな。ハジメお姉ちゃんはそんなのあるの知ってた?健介お兄ちゃんも知ってた?」


「まあ……、知って?あたしとかは詳しいことまでは知らない感じ」


「でもねえ、ナナはまずは自転車に乗らないといけないし、あんまり速いと転んだりとかもするかも知れないね」


 ほろ酔いになって初めて気づくが、陽太からの妄想話は大体こうしたゆったりナナのまとめで着地することが多い。ナナは今のところ全て、相手の話を微笑みながら聞いて素直で無邪気な感想を一つ二つ述べる。


 おそらく会話文だけを抜き出すとどっちがどっちに合わせているのか分からなくなることだろう。陽太はナナの年齢に合わせてナナくらいの年代が喜ぶような夢物語を展開させる。ただ一歩退いて聞いてみる分に、元気一杯の男の子が語る武勇伝におばあちゃんが優しく頷いて合わせてあげているようにも感じられた。


 まあ考えてそうしてできるようなものではないから、ナナの元からの性格がなんとなくそういうものなんだろう。素晴らしいと思う。ツッコミ不在でも話が収束して雰囲気が柔らかいままだ。


「うんうん。そうだね、どうだろうね。僕も自転車乗れるようになった時とかはもうどこでも行けちゃうような気分だったねえ。何にも考えずにこの道をずーっと進んだらどこまで行けるんだろうって。多分今考えるとそんなに大した距離じゃないんだろうけど、ほんとに田んぼしかないなあって思ったの、今でも覚えてるよ。知らないとこまで行って、地図みたいなのも作ってねえ」


「へぇ、地図かあ。そういや自転車じゃねぇけど俺もやってたなちっちゃい頃とか。近くの山をこう、地図にしてな?そして俺の考えた最強の暗号で暗号化されてるんだ」


「あー、お父さんもやってたの、それ?なんかさ、絶対そんなことないんだけど、これをどんどん繋げていったら世界地図になるんじゃないかなあって思わなかった?」


「いやあ、さすがにそれは思わんかったな。でもまあ、もし宇宙とかに進出したら宇宙地図にはなるかも知れんとは思ってたかな?あと、山に出掛ける奴に暗号の解読方法と一緒に売ったら億万長者になるんじゃないかとかは思ってたかな?」


「夢があるねえ。冒険マップだねえ」


「店長の冒険マップがRPGで売ってたら面白いのにな。定価の半額で売ってても中見た瞬間すごく損した気分になって、頼むから五十マニー返してくれと画面に向かって懇願してしまいそうだな」


「僕のは別に売ってないからいいんだよ、何書いててもお。僕の少年時代の冒険の思い出勝手に定価百マニーで売らないでよ」


「店長自転車乗れたのだな。俺が思うに、店長はリアカーとかが似合ってるのだが。リニアモーターカーが実用化されてる時代にリアカーとかが似合っているのだが」


「リアカーが似合ってても自転車くらい乗れるよ。まったく馬鹿にして」


 お酒に酔ってる時の方が、店長はしっかり陽太にツッコミできるようだ。普段からこうならわざわざ俺が間に入ってあれだこれだ言う必要もない。


 まあそもそもの話、店長と陽太の付き合いは俺と店長の付き合いより長いわけだし、俺がここに来る前からあれやこれややってたには違いない。


 本気で馬鹿にしているわけじゃないし、本気で馬鹿にされたと思って怒るわけじゃない仲の良いじゃれ合いに、今まで俺が混ぜて貰ってたなんて話なんだろう。仲が良く見える。


「健ちゃん酔ったの?なんかちょっと静かじゃない?」


「ああいや、まあ、そんなことはないかな。酔ってないです」


 ……という台詞を、酔っている人間ほど口にするのを分かっていながら言うほどに、俺も酔っているようだ。ハジメはなんともナチュラルハイだな。ほぼ初対面の店長と陽太のやり取りで口を開けて声を出して笑っていた。


「と、……と、思ったらお前、あれ?ん?いつの間にか……、あれ?俺の記憶違いか?最初オレンジジュース飲んでなかったか?」


「へ?飲んでたっちゃ飲んでたけど」


「今それお酒?の方じゃないのか。自分で注いでたの。お前まさか二十歳超えてた?なわけないよな」


「あ、そういうこと?いや全然二十歳じゃないけど。こゆのって無礼講とかいうあれじゃないの?」


 もちろん俺もそんな堅苦しいことをわざわざ言い出すつもりだったわけじゃないが、普通、大概、大抵の場合、飲んだことない人間は飲めないものだし飲もうとしないものだと思っていた。


 いつの間にか自然にやってて今はっと気づいたから今更こんなことを言い出している。無礼講という言葉の意味を、全く勘違いしている子がいつの間にかお酒を自分で注いで飲んでしまっている。


「俺が注いでたわけじゃないから俺はセーフ!」などと、おっさんは意気揚々と罪を回避した。店長は「あ、全然気づかなかった。ダメなんだよほんとは」とまあ、一応の注意だけはしたがさすがに止めたりもしない。


「そうだぞ、ハジメちゃん。未成年が飲酒をすると発育に良くないのだ。発、育に、……発育にというのはごめんな。言い過ぎたのだが……、少し人によっては、成長とかそういうものに、そういうのに限りはしないのだが影響が出たりとかする可能性がないことないのだ」


「いや言い過ぎたって何よ。いや、言い過ぎてないでしょ別に。なんですごいマズイ話触れちゃったみたいな顔してんのよ。わざと言ってんのそれ?何が?何に影響がって?」


「つっても、例えば祭とかで甘酒配って子供が飲んでるとかそういうのもあるわけだし、つまり逆に言えば今日は祭ということだな。わっしょーい、ハジメわっしょーい。ナナも。ナナ、ほれー、わっしょーい」


「ナナ?ナナも?わっしょーい。お祭?お祭わっしょーいだって」


「……じゃ、じゃあいいことにしようか」


 とりあえずは『無礼講』だとか『お祭』だとかいうことにして、あまり深酒しないよう見てることにしよう。そして帰り道に警察とかに見つからないよう気をつけなくてはならない。


 俺も少しずつ判断力とかそういうのが鈍っていくだろうから割とミーシーを頼りにしている。『運悪く』とかはないから大丈夫といえば大丈夫か。


 一応念のため話しておこうと思って料理を運んできたタイミングでミーシーに声を掛けようとしたが、ミーシーは俺を一瞥だけして右腕を前へ出した。親指と人差し指で何かをつまむような形でハジメを指し、手首をくるくると円を描くように回した。


「ダメじゃないハジメ。未成年が飲酒したら警察に捕まるわ。測定してあげましょう。ピーピー、『ババア』」


「はあ?えっ?ちょっと何が『ババア』よ」


「肌年齢とかそういうのでしょう。ハジメはもう多分十歳くらいの時に頭と体の成長は終わったし、ここから衰弱していくタイプでしょう。そうするともうこれ以上成長しないのに阻害も何もないと思うわ。阻害するつもりで体に入ったアルコールにむしろ申し訳ないわ。今頃阻害しようがなくて困ってるとこでしょう」


「あーんたの方が全然ちっちゃいでしょっ。あんたよかは成長してんのこっちは」


 ……ミーシーが承知の上なら、きっと問題はないだろう。予知してみたらなんかハジメがお酒を飲んじゃってたけど、でも別にそれを止めたりしてない。おっさんも前もって止めたりしてない。


 仮に予知してないにしろ、目の前に置いといたら飲んじゃう子だということくらいは分かってたはずだ。でも止めてない。


 ……ということはつまり、問題ない、として良い。これは想定内だ。良く考えると俺も陽太も飲み過ぎに注意しろなどとは言われていない。そうか、心配ないな。楽しい会をわざわざ気遣いしながらやることなんてない。大いに、好き勝手していて大丈夫なようだ。


 というかもう、およそ好き勝手してて良いような雰囲気が出来上がっている。そうなるともう俺が気負うところなどない。ぼんやりと、してきているのは酒のせいだろうが、こうして空気を目一杯吸い込むと、とても安らかで満ち足りているように感じる。


 悪酔いというのは、しなさそうだ、俺は。声も少し遠く聞こえる加減もあって、ゆったりと穏やかに喧騒を眺めていられる。


 ミーシーはすぐに引っ込んでしまったが、その対応にぶつくさ文句を言うハジメがいて、それを小馬鹿にする陽太がいて、おっさんとナナにとってはそれも見慣れた光景に近いものなんだろう。実に絶妙に、陽太側についたりハジメをなだめたりして、場を操っている。


 火が消えそうなら息を吹き込んで焚きつけて、燃え広がりそうなら砂を掛けて抑えてと、随分と慣れた扱いだった。俺と店長はまあまずハジメ側につくことにはなるんだろうが、助力すべき機会もあまり訪れない。ハジメ本人、言いたいことを口ごもることもない。少なくとも、酔っぱらいの陽太を相手にする分にはむしろ優勢を築いている。


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