八話⑲
なんだろう、バランスが崩れている。気の強いボケと気にしないボケが二人でセットになると泥沼の罵り合いが始まってしまいそうだ。どちらも間違っている以上、どちらかに肩入れするということもできない。
せめてどちらかが正論を言ってくれさえすれば仲裁のしようもあるものだが……、とりあえず俺は陽太を注意すべきなんだろうか……。
で、ミーシー辺りがハジメを抑えてくれると助かるが、料理で忙しいだろうからしばらくこちらへの助力は望めない。
「…………コイツガサイショニイイダシタノダガー」
「……すまん。まあお前がそれで良いなら良いけど」
「全然良くないっ。あったしまで馬鹿みたいじゃん」
「悪かったのだ。悪かったのだ。ああ、なんか金髪だとあらを探してしまう癖みたいなのがあると思うのだ。健介はハジメちゃんとは昔からの知り合いなのか?」
そうかそういうことか。なら、確かに、陽太は陽太で同情すべき事情を察してやらねばならない。かくいう俺も、ハジメに対してかなりの先入観というか、勝手な想像図が出来上がっている。
特殊能力がない代わりに、ちょっとまともで常識を持った、気の強いミナコという人物イメージが拭えないせいで、あれやこれや何かする度にツッコミどころがなかったかの確認をする回路が、頭の中で半自動的に働いている。さすがに俺も、本来であればそこまで深い仲でもない人間に無遠慮な物言いをするべきではないのかも分からん。
「いや全然。ただお前の言うことは正直分かる。というか俺もすまんな。なんか俺もハジメに対して失礼なこと平気で言ったりするかも知れんが、ちょっとした事情があるんだ。すまん」
「ま、謝るってなら許してやるけど?まあ謝ってるから許してあげましょ」
「それでなのだが、ハジメちゃん、これ美味いな。これ美味しいぃー」
「ん?……んーふふふ。そうなんだあ。まあアンミの手柄なんだけど、美味しいわよね。んふふふ……」
「ハジメ……、無理せず『でしょー?』って言っとけ。陽太の言うことなんか気にしなくていい。お前はお前らしく……、別に、……確かにお前の手柄ではないんだが『でしょー?』って言っておけ。お前はなんか、笑顔でな『でしょー?』って言ってるのが似合ってる」
「あんたのせいで余計言いづらいでしょ。はいっ、はい。もう終わり。これもう終わりだから。でしょーって言うの禁止終わり。まあったく、折角美味しいのに茶々入れてさっ」
そんなことをやっている間に同じ皿が三つと、またそして新たな美味いことが確定している料理が出てくる。アンミとミーシーは二人揃って特にテーブルの会話に混ざることもなく調理場から出たり入ったりを繰り返していた。
わざわざコメントを求めたり要望を聞いたりということもなく、ミーシーは平然と、アンミはにこやかにその場から去りまた料理を運んでくる。
料理が安定して供給され始めるとテーブルの全員は各々好き勝手に箸を伸ばして、美味い美味いと休む間もなく料理を食らう。
おっさんは客人としての作法のつもりなのか、体の前に空いた皿を重ねていて、しかも料理をモグモグ頬張りながら視線も向けず空いたグラスをすかさず満たした。
米がなくなれば、いつの間にかテーブルにはおかわりが用意されているし、酒は口をつけている時以外ずっと満杯だし、自分がどれだけ食べていてどれだけ飲んでいたのかが分からなくなってくる。
分からなくなってくるが、美味いしまだ食えるというのは分かっている。俺はまあ誰とも自己紹介する必要性がないから料理をモグモグ食べて酒をちびちび飲んでいれば良いだけだが、店長と陽太はこの場にいないアンミ、ミーシーを除いた全員を巻き込むように当たり障りのない、好きな食べ物や好きなテレビ番組、特技趣味などを聞いたり話したりしていた。
おっさんなんかは酒を飲んで上機嫌なのがもう表情から漏れだしているし、ナナもそれに釣られてかワイワイとした輪の中で元気に返事をしたり感想を言ったり、時に答えの思いつかない時なんかには他の誰かに相談したりしていた。
美味しい料理のお蔭で幸福度が高まっているさなかであるから、割とスムーズに、団欒とした空気は出来上がっている。さすがに俺は陽太のプロフィールは知ってるから『そういえばそうだったな』というくらいしか感想がないわけだが、ナナは純粋に楽しいものに興味津々で、ハジメはなんというか、良い意味で、良いタイミングで話の解説を陽太から引き出している。
店長はもう相槌ですら上手いな。とても聞き上手だ。まあ、前情報が少なかっただろうから、この場がようやく自己紹介本番になっているともいえる。おっさんと店長で仲良く酒を注ぎ合っていた。
「色んなことがやりたくても全部俺より上手い人がいるというのはモチベーション下がるだろ?何でも良いからスキル一番になりたい。熱中して没頭して全てを発揮できるものを探している。それがもしかすると海開きとか二度見かも知れないから、ちょっとやってみているところと、いうだけなのだ」
「海開きと二度見はどういう時に使うんだ」
「健介はあれなのだなあ。じゃあ、マイケルジャクソンのムーンウォークは一体どこで使うのだ?汎用性は皆無なのだがマイケルジャクソンはすごいのだが?……というか、一番になりたいだけなら、競技人口が少ないのを選ぶのは当たり前だと思うのだ。役に立っても一番になれないというのは本末転倒だからな」
「なるほど確かに。俺にとってはちょっと新鮮な考え方だな」
酔っても酔わなくても陽太は話好きだが、少しばかり呂律が怪しい部分が出始めてるような気はする。顔色は全然普段と変わらないし怪しい呂律の後にすぐ持ち直すが、お酒でご機嫌な様子は動きでよく分かる。
ハジメもナナも趣味を聞かれてピンとくるものがなかったみたいだが、会話を途切れさせることもなく和気藹々と談笑が続いていた。ハジメがムーンウォークを知らなければ陽太やおっさんがそれっぽい動きをやって見せてくれるしなんか店長までナナと一緒にその動きに驚愕していた。
「陽ちゃん多趣味だねえ。そんな特技あったんだ」
「えっ、これは誰もが練習すると思うのだが?小学生の時とかだと普通にこうやって通学したりするよな?」
「俺に言ってるのか?いやあ、見たことないな、そんな奴は」
「じゃあどうやって通学してるのか分からないのだが」
「普通にな、地球ウォークしてたんじゃないかな、大抵は」
「学校遠い奴とかすごい暇なんじゃないのかそれだと」
「まあでも遅刻するよりはマシだろう。安全面での問題もあるし……」
「ハジメちゃんとかは歳近いだろ?やってないのかこういうのは。通学中だぞ?他にやることないだろ」
本気で言ってるかは定かじゃないが、登校時ムーンウォークがさも当たり前のように言う。ハジメも当然そんなことしてないだろうし、一応念のために、それが常識ってことはないぞと俺が付け足した。
ハジメの趣味は植物探しとかだからそういうの見て楽しんでたんじゃないかとぼんやりとしてきた頭で適当に受け取りやすい話題に変換してハジメへ渡した。
「うーん、植物?探しみたいなのってこいつが言ったけど、まあ確かに?そういうのもやったりするのがないことないくらい。ちっちゃい頃とか何してたかあんま覚えてないわ。帰りとかは寄り道して花とか見にいったりしてたけど。結構夏とかはまだ最近もやってたりするしさ。そういうのがないことないくらい」
悪気がないのが分かっている上でのこいつ呼ばわりは別に腹が立ったりしないものだな。
俺が「未確認植物をな」と補足するとハジメは少しバツが悪そうに肩をひそめて「みんなして違うって言うけど」と唇を突き出した。俺も別に悪気があったわけじゃなく単にぽろりと言葉が零れただけだったが、ハジメ本人はあまりその話題には触れて欲しくはなさそうに見えた。
が、まあ、陽太はどういうことかと聞くし、ナナは素直にハジメの新発見を誉め称えるし、おっさんもそれにうんうんと頷く。店長も割と面白エピソードとして受け取ることはなく、ハジメの趣味を純粋に誉めていた。
「外にはいろんな草花一杯あるしねえ、綺麗なのも見つかるしねえ。すごい素敵じゃない?」
「夢とかロマンがある話だと思う。頭が堅いと虫が生えてたのを信じてるぞとはなかなか言えないが、応援はしたいな、俺は。ぼうっと外歩くより、何か探して歩く方が遥かに良い。俺などは興味持ってそういうの取り組んだことすらないからな」
「健介は良いことを言うのだな。そしてハジメちゃん。俺が少し良いエピソードを演じてやるのだ」
陽太は席から立ち上がり二、三歩歩いて「マジかよっ、根っこが生えてる。根っこが生えてて葉っぱが埋まってるっ!こいつだけ逆さまだぜっ!?」と興奮した様子で床を指さし叫んだ。
俺たちはまあ、まるで意味は分からないながら、陽太の舞台に視線を向け、特に文句もなくそれを見守る。
「『おいおい……、一体どうやって養分を吸収してるっていうんだよ』、『急げっ、お前は急いで科学の平原先生を呼んでこいっ!専門家の意見がいるっ』」
キュッ、キュッと素早く向きを変え、一人何役かを演じているようだ。登場人物に関しては全く説明されないが、何人かがいて、『根っこが生えてる』のを発見した生徒グループの一人が慌てて平原先生とやらを呼びにいったようだ。多分。
そして呼ばれた平原先生、を演じる陽太は低く静かな声でこう呟いた。
「…………。おぉ、これは、……すごいですね」
優しげな、微笑みと慈愛を湛えた、そういう表情だった。
『先生。これ、コーゴーセイとかできなくないですか?闇……?闇合成ですか?』
そしてしばらく間を置き、陽太は階段を上るような動作をして深々と頭を下げた。そしてまた静かな声で、ただしまっすぐに正面を見て両腕を広げて演説をする。
「その時のことを、私は今でもよく覚えております。地面から飛び出した根っこを指さして、興奮冷めやらぬ様子の生徒達が、私にしきりに意見を求めるのです。『逆さまに生えている草を見つけました』『どうやって光合成をしているんでしょう』……私は悩みました。それはまあ、一目で……、誰かが草を引っこ抜いて逆さまに埋めただけであろうことはすぐに分かりましたが……、だけれども生徒達はその時、誰一人それを疑わないのです。……彼らは普段、科学の授業を真剣に聞き、そして更に、昼休みになると決まって校内に、新しい発見がないかを探しにいきます。私はずっと、それを見てきました。何を見つけてくれるのか、もしかして本当に、誰も見たことのない植物を見つけ出すかも知れないと、楽しみにしておりました。学校内に新種の植物があるなど私たち大人は誰も考えもしないけれど、でもどうして、そこにないと言い切れますか。新しい発見とは一体どこにあるのでしょう。地の果てでしょうか、海の向こうでしょうか。決まって、君たちの遠くの世界で新たな発見がなされるものでしょうか。……いいえ、そんなことはありませんよ。どこにありますか?新発見とは、いつだって、探し続けるまなこの前にこそあるのです。彼らを笑ってはなりませんよ。私は、その時その生徒を何とか誉めようと思ったのですが、どうにも上手く言葉が出ませんでした。また授業では、今常識とされているだけの、正しくないことを教えたかも知れません。皆さん。間違っていても良いんです。簡単なことなんてありません。失敗をして学んでください。新しさを追い続けて、知ろうとして、学び続けてください。探し続けてください。今日は見つからなくても、明日こそはと、信じ続けてください」
ナナから拍手が出たので、俺もそのよどみない演目に小さく拍手を送った。
「平原先生は、俺が逆さまに植えた犯人ですと名乗り出た時も笑って許してくれたのだ」
「お前との落差でなおのこと格好良いな。格好良かった」
「ドラマみたいだった」
「やあやあ、ありがとう、ありがとう。ふぅ、平原先生は俺が尊敬してる人ランキング上位の人だからな。小学校時代から格好良い台詞とかはメモするようにしてたのだ」
「じゃあ、あたしも探すわ。……新種の植物」
「『そうかあ。……きっとまだ、名前のない花がある。誰にも見つけて貰えなかった花がある。君のことをずっと、待ってると思うよ』と、平原先生は仰っておられた」
「仮にそれがお前の受け取った言葉だったとすると、お前は平原先生に『新種の植物を探します』というようなことを言ってるはずだが、一体そこら辺はどうなったんだろうな……」
「俺はサイコロのなる木を見つけたのだが、……ガセビア扱いされたからな。同級生の名前で投稿したのだが、ガセビア扱いされてしまって……。そいつもそいつで会う人会う人みんなから『本名でガセビア投稿すんな』と野次られて……、俺は怖くなって夢を諦めるしかなかったのだ。リョウジ君というのだが、終いには幻の七の木が生えてたとか言い出したぞ。最近やっと正気に戻ったらしく『あれはどんぐりの木だった』と認めるまで回復したのだが……」
「……ああ、例の。リョウジ君、可哀相だな。……お前のせいで」
「……言っておくのだが、ガセビアまでは俺のせいだったとしても、授業中にいきなり『幻の七の木を見つけたんだっ、嘘じゃない』と泣きながら暴れ出したのだが。もはやその段階でガセビアとは関係ない妄想に取り憑かれていたのだ。急いで保健室の先生を呼びにいったの俺なのだが?」
「……元凶お前だろう」




