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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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八話⑮


「ええと、えっとえっと、あの、……は、ハジメです。呼ばれてないのに来ちゃってすみま、すみません」


「いやあ知ってたら最初から呼んでたよ。ハジメちゃんは何て呼ばれてる?」


「あ、あたしも、別にハジメって、その呼ばれてるってか、ハジメって呼ばれてると思います……」


 ……なんだろう、こうして見るとハジメのキャラが不思議で仕方ない。人見知りキャラが似合わないというか、店長相手にあんな落ち着きない感じになるもんだろうか。まあ、初対面で突っ掛かっていくこともないだろうから自然といえば自然なものかも知れない。


「ミーシーと呼ばれてるわ、お邪魔します」


 なるほど、本名名乗らなくて済むまでの順番待ちか。自分から『ミーシーです』とは言いたくなくて、かといってミヨちゃんもみっちゃんも嫌なんだろう。


「ハジメちゃんミーシーちゃんよろしく」


「水楽アンミです。よろしく、お願いします」


「ああ、君がアンミちゃんかあ。こちらこそよろしくお願いします」


 そして最後にぺことアンミが礼をして、簡素なものだが自己紹介が一段落した。一段落してもハジメは目をぱちくりし続けてあちこちに視線を動かしている。


 ああ、そもそも初対面とか人見知りとか関係なくこの状況に戸惑ってるのかも分からん。考えてみればそりゃそうだ。梱包材やらダンボールやら床に散らばっていて、およそ飲食店のイメージからはかけ離れている。新装開店の経緯を知らないのはハジメとナナだけだし、道中での俺の説明も足りていなかった。


 なんの準備もできてないどころか机と椅子がまだ梱包材に包まれているということを発見して、着いた直後から今の今までずっと目をぱちくりしてたということだろう。パーティー会場ここなの、みたいな、そういう疑問は抱いておかしくない。


「ハジメ……?おい、ハジメ?良いぞ、別に適当にこう、梱包材付きの椅子に座ってても。そこら辺の椅子に適当に座っててくれて良い。とりあえず俺と店長で机とかそういうの運んで準備とかをし始めるからなんならプチプチ使って暇つぶししててくれても構わん」


「な、なによそれえ……。あたしだってちょっとしたことちょっとくらい、できないこと、ないし。でも分かった。余計なことして迷惑なんのもなんだし、そこら辺座って待ってるわ」


 面倒くさそうに首を下げ、ナナを引き連れて椅子の方へと歩いていく。


 とにかく、まずは椅子や机の配置を適当に決めて並べて、その後片づけをしてという感じで作業を開始するつもりだった。小さい方の机は、なんとか一人で持ち上がらないこともない程度の重量ではある。


 俺が全く想定していなかったことに、店長は「片づけと並行してキッチンとかの説明しておいて、何だったら料理作り始めて貰った方が効率良いよね」なんていう、店長らしからぬ隙のないアイデアを出し、アンミとミーシーに対して調理器具の収納場所から丁寧に説明を始めてしまった。


 その間はやむを得ないことだが、俺が机や椅子と一人で格闘する。


 おっさんは何も言われずともおとなしく壁の端にある椅子へと腰掛けていた。細身のハジメと違って、あの筋肉の力は借りたいところだが、ハジメに座ってて良いと言った手前、ゲストに労働を強いることは難しい。


「陽太……、重いぞ。何をっ、している……。いやもう期待するな。来るまでに全部終わらせてやる」


 机をよたよたと運んで、壁に密着させ、椅子を差し込む。ああ違うな。ここはソファっぽい方の椅子を使うみたいだ。つまり大きい方の机がこの椅子なんだろう。重いというより持ちづらい、バランスが悪い……。力んでいる最中、必然呼吸もままならないし、そのせいで動悸が跳ね始めた。


 俺はそれでも小さい机とソファのセットを二つ完成させ、一つ大きく深呼吸をして息を整えた。そこでようやく、お気楽な様子の陽太が店のドアを開けて姿を現したのだった。


「目茶苦茶重そうだったな」


「『重そうだった』な?そうだな。もし俺のことを考えてくれてたら見てる場合ではないな。二人で持てばそうでもないところを俺一人では相当な重労働だ」


「健介があんまり真剣そうだったから声掛けられないだろ。そしてまずほら、どうもはじめまして、斉藤陽たーです。あれ、アンミちゃんとミーシーちゃんいないのだが?、はははっ、それはともかくミーシーちゃんのお父さんらしき……、意味不明なほどにムキムキなのだが、すごいな……。街中で見たことないレベルの体型してるぞ。趣味は二度見です。よろしくお父さん」


 陽太が端の方に固まっていたおっさんに声を掛けると、おっさんはガタリと椅子から立ち上がり、『ムキムキ』という言葉を意識してなのかきりりと表情を作ってキザったらしく手のひらを差し出した。


「スイラというムキムキだ。よろしくな陽太。娘たちをよろしく頼む」


 陽太はそのまま握手して、「ふんっ、ふんんっ……」と、なんか知らんが頑張って力一杯握ってみたようだった。


「どうだ陽太。ムキムキパワーが伝わってるか?俺の趣味は海開きかも知れんな。海が開くときは大体俺も開いてるしな。俺が開くと『またですか?』みたいに海も仕方なく開くしな。まあ機敏な二度見をするためにある程度の筋肉は必要かも知れん。今度筋トレ方法を教えてやろう。そして、ほれ、二人にも挨拶してやってくれ」


「オッス、オラ陽太。二人の名前を教えてくれよな」


「えっとナナで……」


「バリバリーっ、実は怪盗、……怪盗ルーパーウーパーマン三世は大切なものを盗んでいく。……実は盗んでいく。えーと、名前は何ていうのだ?ところで俺の名前はエミュー、大地に縛られし哀れな鳥なのだ。生まれて初めて……、これを見てくれ。隈ができてるように見えないか?じゃあとりあえずこの子を盗んでいく。なんかちっちゃい子が喜ぶものを持ってこれば良かったな。ところで、名前は何て言うのだ?」


「…………。ナナは、ナナ?です。お兄ちゃんの名前よく分からなかった。ようたお兄ちゃん?で合ってる?」


「ナナちゃんは、……良い子だなあ。陽太お兄ちゃんで合ってる。ええと……、陽太お兄ちゃんです。よろしく、ナナちゃん。そして後ろの子もはじめまして、陽太お兄ちゃんです。趣味は二度見です」


「…………。よろしく……。なにここ、どうなってんのここ?陽太?陽太っつった?うん、うんよろしく。あたしの趣味なんだっけ、ちょっと待ってえっとねえ……、あんまり趣味ないわ」


「お前の趣味は新種の植物探しだろう。どうした?なんとなく心境は察するがびっくりか?そして陽太もどうした、テンション高いな」


「健介、健介も見てくれ。隈ができてないか?朝鏡を見たら隈ができてるっぽかったのだ。隈ができてるとなんというか、……渋いよな。不健康系男子みたいな、哀愁のような、そういう雰囲気は出たりする。どうだ?」


「…………?微妙に、言われてみれば、というレベルで、隈なのかそれ?で、仮に隈だとしてなんで隈ができる?夜更かししてたのか?」


「まあ、健介。店のオープンを楽しみにしててくれ。俺なりに色々と考えることもあるのだ。ところで、大分昔に店に俳句を飾ろうという案が出ただろ?あれに再チャレンジすべきじゃないかと昨日の夜思ったのだが」


「なるほどお前は寝不足だ。俳句案はダメになっただろう?あれはちゃんと寝て翌朝になるとダメだと分かるダメな案だ」


「まあそうなのだが……。寝てなくてもあれはアレだったのだが……。じゃあじゃあ、店のメインというか看板というか、でもそういうのはいるだろ?」


「いらんのだ陽太。もう、いらんのだ。……ちゃんとした料理が出る店というのは別におかしなことして悪目立ちしてたりしないものだ」


「そうか、まあ……。どうせ健介の考えはすぐ変わるから、じゃあ今はいいことにしておくのだ。俺も今はもう頭も体も動かないし、今日のところは健介に任せることにしよう。ナナちゃん、ええと、ええっと、あれ?ど忘れか?新種の植物を探すのが趣味なのは覚えてるのだが……、ちょっと待って欲しいのだ。ここまで、出てきそうんー」


「ハジメ。あたしの名前はハジメ。別に名前で呼ばなくてもいいんだけど。新種の植物探すのは趣味じゃないんだけど」


「ああ……、いや違うのだ。名字が思い出せなかっただけで、そんなこう、ハジメちゃんなのは知ってたのだ」


「なんで知ってんのよ……。眠いなら休んでたら?そっちのソファとかなら横なれるし」


「横になると寝てしまうだろ?なんか親睦を深める的なゲームでもしよう。スイ、スイ……、スイスイムキムキさんと、いや、お父さんとナナちゃんハジメちゃん、そして俺でとりあえずゲームでもして待ち時間を潰していよう」


「ああ俺はスイラな。じゃあまたトランプでもしてるか。良かったなあ、ナナ。またトランプできるぞ」


「わぁい、ほんとに?ナナねー、趣味?ナナの趣味、トランプです。陽太お兄ちゃんはトランプ好き?」


「大好きだぞ。手裏剣の代わりにトランプを武器にしてたしな?あと……、細かい溝とかを掃除する時とかもトランプを使うのだ。日常生活にまで浸透してるな。じゃあ趣味はトランプと海開きということにして……、そうするとそろそろ二度見はもう……。二度見の趣味はそしたらハジメちゃんにあげるのだ。趣味ないならちょうど良いしな」


「いや、あたしも別にトランプで良いじゃん」


 体調不良なら片づけなんかの軽作業をしていろと言うと、こいつは張り切ってダンボールを加工し始めるかも知れない。そこにナナやハジメが興味を持って参加してしまうと最悪の事態に発展しかねない。


 捨てるに捨てられない謎オブジェをこの店の入口前に飾ることになってしまう。陽太単独での創作物ならともかく、ナナとハジメが協力して作った、なんてものをあまり邪険にはできないし、一度前例ができるとことあるごとに新作を用意するかも知れない。


 二言目に陽太は『なんだと、これはナナちゃんが……』『ハジメちゃんが……』とか言い出す。まあミナコ案についてはミナコの許可を取れば済む話だから捨てたければ交渉は簡単だろうが、ハジメとナナに同じ論理が通用するか確信がない。


「陽太。そうだな。折角だから、親睦を深めるためのトランプをしてると良い。ナナも喜んでるし、片づけとかなら俺に任せておけ。割とこういう捨てれば良いだけの片づけは得意な方だ」


「健介は片づけが趣味みたいなものだからな。でかいダンボールがあるだろ?入ってみたいとか思わないのか?そういうところ健介は人間的な感情が欠如してるな」


「片づけは、俺に任せろ。お前はもう口出しをするな。机とかは店長が戻ってきたら順次よう……」


 俺が陽太の肩を掴んでトランプの方へ体を回してやって言い掛けると、店長が少し興奮した様子で目をぱちぱちしながら戻ってきた。陽太もそれに気づいて流れのまま一回転し店長の方を向く。


「いやあ……、健ちゃんやるね。最初聞いた時さ、ミナコちゃんだとばっかり思ってたんだけど、ちゃんと女の子のお友達いるんじゃない。しかも何?最近の子ってなんにも説明しなくてもできちゃう子ばっかりなの?僕、全然説明してないのに、レンジもコンロも完璧に使えそうだよ?」


 まあミーシーがいればできちゃうのはできちゃうんだろうが、……さりげなく『あっち行け』のニュアンスで店長が追い出されていないか少し心配になる。おそらくあんまり説明をさせて貰ってないだろうし、その上多分ミーシーの方が店長より電子レンジがちゃんと使えそうだ。店長の立場がないかも分からん。


 とりあえずこっちの手伝いをお願いしてバランスを取れば店長はそんな気にはしない、だろう?……んいや?ミナコ?


「あれ……?ミナコのことだと思ってた?前、あれ、誘ったことありましたけど、俺がそんな、店長に話しましたっけ?というか、俺ミナコのこととか店長に話したりしましたっけ」


「え?誘ってたの?誘ってるかどうかっていうか、健ちゃん入る前に陽ちゃんと一緒にバイト入ってくれてた時期あるんだよ。健ちゃん陽ちゃんの学友で、未成年で?ミナコちゃん昔、いつか料理の勉強するって言ってたし。だからできるようになって戻ってきてくれるのかなって思ってたんだけど。あ、そっか。最近未成年って意味変わったんだっけ?」


「んな話初めて聞いた。あいつもそんなこと一言も言わなかったぞ……」


「すっごい頭良いし働き者だったんだよね。でも一週間とかくらいだったっけ?他の子と一緒に辞めちゃってて。そうすると僕からは誘いづらいじゃない?」


 そして陽太からもそういう話を聞いていない。何のつもりでかは知らんが、聞いてておかしくない話を聞かされてない。まあ聞いたところで辞めた後でのことだし、ミナコがここへ来ることになったら俺に伝えるつもりだったのかも知れないが、


 ……とするとミナコは、もしかしてアルバイトが嫌だったわけじゃなく、単に出戻りが嫌だったか、あるいはこの店でもなんかしらやらかして、負い目を感じていたりする、可能性がなくはない。


「まあ俺が誘ってくれと健介に言ったのもそういうこともあったりするのだ。健介はトランプやらないのか?ところで最近思うのだが、アンミちゃんとミーシーちゃんが働くということを聞いて思ったのだが、良いか?健介、聞いてくれ」


「何だいきなり……。いつ働いてたんだ、ミナコは?あいつが入学して俺と友達になって、で、俺がここで働く前っていうと……?ほぼ俺と入れ替わりで入ったってことなのか?」


「まあ多分入れ替わりだな。で、俺が思った話を聞いて欲しいのだ」


「ん……、ああ。どうした?アンミとミーシーの話か?」


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