八話⑫
「ナナ?ナナはねー、えーっと一杯ある」
首を傾げて考え込むナナの後ろにおっさんがさっと回り込んでナナのポーズを真似し始めた。
「ん?俺か?んーと、ナナがだな、目の前にいて、まあ健介も目の前にいるといえばいるけどな、好きなものとか大事なものとか、もう……、ナナしか思い浮かばんな」
「……別におっさんに好きとか大事とか言われたいわけじゃない。俺の素敵な台詞をパロディするな。あのなあ、おっさんがやるとすごく腹立たしい動きだそれは」
「キリンとゾウでどっちかといわれたらキリンを選ぶわ。不人気だったやつを選んであげたら、もう見捨てられたら誰も構ってくれないし割と言いなりになるでしょう。『きりんさんが好きです』『ぼ、僕も君のことが……』『でもぞうさんの方がもーっと好きです』。キリンはこの時深く傷ついてると思うわ。そこを慰めてあげれば、簡単に言いなりになると思うのよ。だから誰も明言してないところでツバつけといてあげましょう。あなたのことは私が大切にしてあげるわ」
「不純な動機で俺を選ぶな。俺は……、例え選んで貰っても言いなりにはならんぞ。そうだよな、一杯あるよな。範囲を決めよう。100円以内で好きなお菓子とか、人間以外の好きな哺乳類とか、宮崎駿が監督してる好きなジブリアニメとか」
「健介お兄ちゃんはねー、『と』で始まって『ぷ』で終わるもので好きなもの何?」
「えらく、限定したな。とで始まってぷで終わる……。と、ぷ……、トップ。洗濯したもんな、洗剤か?トイプードルを略してトイプーとは言わんよな」
「日本語ではないな。プで終わるあたりから考えると。なんだ健介、分からんのか?ナナは良いとこの育ちだからな。……外国語かもなあ」
「ナナはねー、ちゅうごくごを、はなせれる」
「中国語、だと……?」
「ちんじゃお、ろーす。あとねー、あとねー、にくまん」
「…………。ちんじゃおろーすは中国語だな、多分。肉まんは……、まあ肉まんも中国語だなきっと。本題から逸れるからおっさんは口を出さないでくれ。出すならヒントを出してくれ」
「と、で、始まって?ぷ?トイレで……、っぷ、ぷー」
おっさんは一瞬悩んだふりをして、首を小刻みに振った後あぐらをかいて座り込み、ほっぺたを膨らませてぷーぷーやっていた。ああ、ダメだ。恥ずかしいものだ。俺の中でおっさんの格が二段階くらい下がった。
どうせ答えが分かっている癖して教える気がないどころか、俺の思考はトイレでプーに囚われて身動きができなくなってしまう。
「と、……登山用ロープだ。俺は登山用ロープが好きだ。すまん嘘だ。一回も使ったことがないし、見ても善し悪しが分からない。ただ栃木県産グレープよりは無理やり感がマシだろうと思って。あ……、と、トマトケチャップでどうだ、トマトケチャップだ。トマトケチャップなら家にもあるし、俺が作れる数少ないまともな料理の中にハンバーグがあるから、たまに使う時は賞味期限が心配になってミンチとかと一緒にトマトケチャップを新しく買う」
「ナナはねー、トランプするのが好き。健介お兄ちゃんはトランプ好き?やったことある?」
「ああ、なるほど。トランプか。トランプなら大好きだ。当然やったこともあるし、難しいやつじゃなければ大抵できる。そうかあ、ナナもトランプが好きなのか、奇遇だな。俺の友達が無駄に何個も持ってるから欲しければ貰っておいてやろう」
「まあ。全く奇遇ね。私もトランプが好きだから皆でトランプして時間潰してましょうか。ナナはトランプ持ってるでしょう?」
「わぁい。あれ、でも健介お兄ちゃんホントにトランプ好き?」
「う……、好きだ。大好きだ。すっとでなかったのは認めるが、トランプが嫌いな奴とか見たことがないし、俺も好きだ。ただ……、頻繁にやってるかと言われると程よい相手がいないせいでそこまで頻繁にはやってない。トランプしてくれる相手がいるなら、毎日だってトランプやりたい。トランプの相手が人間では太刀打ちできないレベルだったりしない限り勝負を途中で投げたりはしない。まあ信じろ。俺はさすがに、お前相手ならそこそこ強いぞ」
と、いうことで「わぁいわぁい」とナナは仏間の方からトランプを持ってきて、「ナナは神経衰弱得意」と競技種目を告げた。
『トランプの相手が人間では太刀打ちできないレベルだったりしない限り勝負を途中で投げたりはしない』、というところは、おっさんやミーシーの良心に期待するしかない。
『予知しない』という選択肢がある以上、ナチュラル反則なミナコとは違って勝負そのものは成立しそうなものではある。が、目で見て判断できる違反じゃないから、こいつらが普通に勝ってしまった時なんかは良心というのを観測しようがない。
さすがにナナの遊びの付き合いでむきになるようなことはないとは思うが。
「予知のオンオフはできるんだよな?おっさんもミーシーも……」
「そういう失礼なことを聞く子がいるでしょう?そうすると、その子が取ろうと思って折角覚えたのを私が先に取るわ」
「じゃあ俺は意地悪されて取れない子がいるのも可哀相だからお前が次に捲るカードと同じやつを開いてやることにするな?良かったな健介。バランス取れた」
「……さすがに、とは思う。お前らがそれで面白いならそれでも別に良いが、さすがにやらんとは思ってる。だが一応聞いておかんと気持ちの整理がつかなかっただけだ。別に疑ってるとかいうわけじゃない」
俺の言い訳を背にミーシーはアンミを呼び出すために二階へ行き、おっさんはハジメの両髪の毛を逆チョップでぱさぱさやってハジメを起こした。ハジメは怒るかと思ったが二度三度自分の髪の毛を撫でて「で?何?」と、さも起きてましたと言わんばかりに用件を聞いた。
「ハジメ、トランプやろうぜ。うずうずうずうず、トランプやりたいトランプやりたいっ、て、健介がな?健介はトランプが大好きなんだと。まったく仕方ない奴だ。あそこまでやりたそうにされたら俺もトランプがやりたくなってきた」
ちょうど、おっさんと俺を結ぶ直線上をナナが通り過ぎるタイミングでこういうことをやる。
「そういうことだ。俺だ。俺がな……。寝てるとこすまんな。トランプがやりたくてやりたくて、というかトランプが大好きで駄々こねた」
「ふぅん、めずらし。ちょうど良いじゃん。ナナもトランプすんの好きだしどうせあたしら暇だし。あんたゲーム機とか持ってないの?現代っ子ってなんかそういうゲームやるもんでしょ」
「……そういう現代っ子がやるゲームはすごい小さい頃に卒業したんだ、俺は。携帯ゲーム機は一応机の引き出しに入ってるが、あれは同じの持ってる奴としかできない。マリカーもスマブラも、格ゲーなんかも、俺は小さい頃にやってないから同年代と対戦すると無茶苦茶弱くて……、ボタンをガチャガチャやることしかできない。分かるか?そういう子はトランプとかの方が好きだったりするんだ。RPGとかでも、もうザコキャラに属性とかがあるだけで安心してレベル上げができない。3Dのマップなど迷子になって元の場所に戻れなくなるのが嫌だからスタート地点が見える位置までしか移動できない」
「…………へぇ。ああそう。あんたなんか現実世界でもぶきっちょそうだもんね。ボタンガチャガチャやってる感じの」
「ぶきっちょ?こうか?こうか?これがボタンガチャガチャやられた時の動きだ。俺が普段こんな動きしてるか?」
両手と首をガタガタ震わせて、ボタンをガチャガチャやられたキャラクターの動きを再現してみせたが、ハジメはぽかんと口を開けて俺を見た後、首を下げて黙り込んだ。
「…………。…………。あんた普段そんな動きしてんの?それどうにかして止まんないもんなの?」
「…………。普段はやってない。普段はやってないし、この先老衰で死ぬ間際まで一回もそんな動きはしない」
「ん、ああ、なら良いけど」
「……ああ」
「まあゲームのキャラクターもそんな動きをさせられたらあんまりにも惨めでしょう。諦めて大人しくトランプしてなさい」
「……ああ、そうだな。まあゲームの操作には向いてないのかも分からん」
そうしてミーシーがアンミを連れて下りてきて、ナナは丁寧に床にカードを並べ始める。ゲーム開始前、忘れない内に店長に昼前に行きますというのと人数についてだけ簡単に電話を済ませて居間に戻った。
ナナはカードを並べつつも「神経衰弱してくれる?」とまた俺に聞く。神経衰弱は全くの運勝負というわけではないし、逆にいえば年齢差に合わせた接待もしやすいトランプ競技ではある。ルールも細々分かりづらいものじゃない。世界共通万人が遊べるゲームをナナが提案して、俺が反対する理由などもない。
「難しいルールのやつは教えてくれ。神経衰弱はルールも分かってるし、何も心配することはない」
「じゃあじゃあ、神経衰弱しよう」
全員でじゃんけんして何度かあいこが続いた後、俺が勝った。順番が決まりきるまでじゃんけんを続けるものでもないらしく、その場の立ち位置から右回りで俺、ミーシー、アンミ、ナナ、おっさん、ハジメで手番が回ることに決まった。
俺はとりあえず手前の二枚を捲り、当然揃わずカードを戻した。キングとクイーンが仲良く隣り合っている。
続いてミーシーが捲った。が、ここで厄介なことに……、ミーシーの捲ったカードはハートのキングだった。ちらっとこっちを見て、先程俺が捲ったカードと揃えてしまう。 揃えた場合は次もミーシーのターンになる。ミーシーはしばらく迷っているようだった。
俺は別に疑っているわけではないが、一応、念のため、万が一ということもあるから、周りがミーシーに対して不信の目を向けない内にことの公平性を明らかにしてやった方が良いんじゃないかと思って……、「よ、予知はしてないんだよな?……、はは」と極力優しめに冗談とも受け取れるように愛想笑いをつけて口にした、のだが、どうやらミーシーはそれがかなり気に食わなかったようでぎらりとこちらを睨みつけた。
「してないわ、代わりにあなたがみるみるブサイクになる呪いを掛けたわ」
「……いや、す、すまん。呪いを解いてくれ。開幕でいきなり当てるから、誰かが言い出す前に俺がその……、お前が予知してないというのをちゃんと明らかにしないと、ちょっと変に気を使う部分というのはあるだろう」
「もう既に変な気を使われて迷惑でしょう、普通にあり得るでしょう」
「まあ、別にそこまで珍しくはないだろな。俺は一応娘を信用しているがな」
「変なのに信用されてしまったでしょう……」
「んふふ、あんたアレじゃん。普段女の子らしくかわいくかわいくしてないからそういうケチつけられんのよ。まあ反省しなさい?人から信用されるってのはそういうのが大切なの」
「ハジメは胸がぺったんこでしょうが。たいらのしょぼもりの生まれ変わりでしょう。女の子らしいとこ作ってから嫌味を言いなさい。しょぼもりの癖に女の子らしくとか説得力がないのよ」
「なっ、くっそ、こいつ今予知しましたー。ズルしてカード取ってんじゃないわよっ。あんたはさあ、下地筋肉じゃん。こんのくらいは上げ底されてんじゃん。ここ見りゃ分かんのよ、そういうのは」
ハジメは指で多分十センチくらいか、そんな隙間を作ってサイズを説明した後、右手を上げて左手で脇の前側を掴んだ。大胸筋の厚さが腕を上げた時に分かる、ということが言いたいんだろう。
ちょっとミーシー本人からは目線を逸らして思い返してみるが、言われた通りの結構な筋肉量と服の厚みを差し引いたとしても……、ハジメが負けていることには変わりはなさそうではあった。トランプでもズルをして、バストサイズでも筋肉を上げ底に使うズルをしている、と、そういう主張なのかも分からん。
「……まあまあ、あれだ。すまん俺がまず悪かった。なんていうのか……。先天的な体質とかを責めても仕方ないということだ。神経衰弱を、しよう」
「私は予知のオンオフできるけど、ハジメのおっぱいは常時オフでしょう?先天的とか、可哀相なこと言うのやめてあげなさい」
「あったしはおっきくなるかもしんないけど、こいつはずっと予知できるまんまでしょ。信用されてなくてかわいそ。あんたあたしの話してんの?余計なお世話でしょ」
「…………。そうだな。そういうつもりで言ったわけじゃない。まず疑うようなことを言ったのは俺の落ち度だ。すまんかった、ケンカしないでくれ」




