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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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八話⑩


「どうしたんだアンミ?洗濯物干すのかと思ってたんだが」


「うん。天気見てただけ」


「ああ、若干もやってる気もするな。予報では晴れるってことだった。晴れ時々曇りだろう」


 と、いうのをさっきちょうどテレビでやってた、だけだが。「あ、良かった、じゃあ外に干すね」とアンミは天気予報を更に俺から伝聞しただけのことで百パーセント信用をして、洗濯カゴを取りにこちらへ戻ってきた。


 念のため車庫の中に干しても良いんだが、まあ当日の天気予報はまず外れないだろう。


「ところで人数増えただろう?皿を洗う枚数も増えたし、洗濯物を干す量も増えた。でだ、それでだな……。ナナも俺も暇で、あとナナもやりたいと言うし、ちょっと、仕事を割り振ってくれたりしないか?」


「え?あ、ありがと。えっと、じゃあ、ええと」


「とりあえず洗濯物をくれ。そしてアドバイスをくれると助かる。俺一人の時とかは家の中で干してたし、あまつさえ干さずに畳んだことさえある。ああそうだ、アンミ。一応聞きたいことがあって……、多分ダメなんだと思うんだが、そういえば陽太がな、おばあちゃんの知恵袋だとかいうことで教えてくれた裏技があるんだ。それ本当に大丈夫なのか聞いておきたい」


「ええっと、うん?」


「レンジで五分くらいチンすると、すぐに乾く、……という、その。割と便利で……、俺もティーシャツ以外は焦がしたことがなくて、そして陽太が言うにはな?仮にダニとかがいても確実に死ぬし、あったかいから冬場とかはもう干さなくてもそのまま着れるし、仮に部屋の中に干すとしたら、……蒸気が出るだろう?加湿機能まであるということだった。更にこう、俺が火事の危険性を指摘したんだが、『濡れてるものは燃えないだろ』と返された。正直、確かに、と思った。いや……、ダメな気はしてる。俺も一時期試して確かに便利で火事にもならんかったが、なんか妙な罪悪感があってやらなくなった。これはその……、ダメだよな?よく考えたらおばあちゃんがそんな、メカ使って楽をしてるはずがない気もしてるんだ」


「…………。ええっと……」


「ああいや、一応、ちゃんと食事用のとは分けて使ってた。古いレンジを出してきて一回いらん服とかでやってみたらなんか上手くいって、その後ちょっと間、ほんとに一時期だけやってただけだ」


「ナナはね、それはどうかと思う」


「久々に聞いたな、その台詞……。俺もそうだな、ナナの見本としては相当ヤバイと思うが……、だからその、アンミがダメだと言って、そしてちゃんと正しいやり方を教えてくれ。アンミが干した奴はアイロン掛けなくても……、掛けてないと思ってるんだが、しわくちゃになってないだろう。あれな……、俺もレンジでやった時はできたことがあるんだ。一回あっためるとなんか知らんがシワが伸びて、ほら、アイロンもあっためてシワを伸ばすから、一石二鳥なのかと思ってた。方法が違ったとしても俺は教えてくれる人とかいないからそれで仕方ないかと思ってた。それ以外でな、ちゃんとシワを伸ばす干し方とかがあるなら、今はアンミがいるし、だから恥を忍んで教えて貰おうと思ってる」


「うん、でも。私特に何かして干したりしてないよ。ちょっと引っ張ったりして伸ばして干してる」


「まあ俺は普通の干し方すら知らんからな。俺が干すとカッターシャツなんかは結構シワができる」


「あと、最初ミーシーが洗濯機触ってたし多分それでしわくちゃになってない?のかも。ミーシーに聞いてみた方が良いと思う」


「なるほど。洗濯機の設定とかも関係あるかも知れんな。とりあえずアンミが嫌じゃなければちょっと監修してくれ。そして実作業を俺とナナに伝授してくれ」


「うん、うん。分かった」


 任せろと言えるスキルレベルではないからな。手伝うといっても最初はアンミに面倒を見て貰うしかない。今回ナナもいることだし、俺が間違ったレクチャーをしでかすとみんなの洗濯物だけじゃなくナナの将来にまでシワ寄せがくる。


 幸いなことにアンミは驚き半分嬉しさ半分といった様子で迷惑そうな顔はしなかった。「はい」と俺に洗濯カゴを手渡し、「こことここに洗濯物を干す竿がある」と、第一歩の解説を俺とナナに始める。


 ナナの靴は玄関の方にあるから、余っているぶかぶかのサンダルを履かせてやってアンミの後ろについた。なんとなしに目をやると、アンミはわざわざ前もって玄関に回ってか、自分の靴を用意してから仕事に取り掛かっているようだった。


「ええっと、こう?これが、首のところに挟んで、ちょっとこうやって伸ばしてハンガー入れてそこにね、私は右の方から掛けてる。でも最後は重そうな服とかをこっちの方にしてる」


 アンミは洗濯カゴから取り出したシャツを首もとに持っていき顎を引いて……、なんというのかくわえる顎に挟んで両手を自由にした。その後、自分の体のラインに沿って手のひらでなで下ろす。


 こういってはなんだが、胸が相当邪魔しているように思った。ハンガーを引っ掛けてからこう、引っ張るなり、いや、まあいいか。


 アンミは顎を引いたまま少し歩いてハンガーを手に取り、胴の部分からもぞもぞと押し込んで、肩の部分を掴んで首の部分からハンガーのフックを引っ張りだした。そして一枚のシャツが物干し竿に掛けられる。縒れた部分をその後に伸ばして一つが完了するらしい。


 ナナの場合、まず最初の動作が身長的に厳しいかも知れない。顎を引いて服を挟むところまではともかくその後膝下まで前屈しないとならないし、そうまで体を丸めると勢い余って一回転しておかしくない。


 そういう意味では、……アンミはこう、なるほど、胸が邪魔しているともいえないわけか。台になっていて、衣服を撫でる表面積も広いし、滑り落ちてしまうことも防止している。


「じゃあ……、大きい服とかは俺がやることにしよう。今のを見る限りでは俺に向いてる気がする」


 続いて、タオル、ズボン、下着類にも実演がなされる。こっちについては特別何をするでもなく至って普通に吊るすだけで済みそうだった。しかしどの道竿に掛ける段になってはナナの身長が足りない。


「よしナナ。俺がカゴを持って、ナナが肩車でだな……。危ないか?協力してやれば何とかなりそうだ。それかナナがカゴから取ってくれたのを俺に渡して俺が順次つけてく感じでも良いが」


「あ、ナナ、おんぶがいい。おんぶして貰ったら、ナナもシャツとかこうやって伸ばすのできるっ。ナナそれやりたい」


「そうか。じゃあまあ、カゴで、足押さえる感じでやってればまあ……。だがナナ。一つ思ったんだが、俺がナナをおんぶでも肩車でもしてやるとして、シャツを伸ばす動作はどうだ?俺の顔にシャツびたーんってなって、ナナが上から伸ばすだろう?俺の顔型がつかないか?」


「ナナね、それは気をつける。肩車?肩車してくれてたら、ナナはね、アンミお姉ちゃんより背が高いかも知れない」


「まあ俺より高くなるしな。じゃあ……、と思ったんだが、どうやってやるんだ肩車は。おんぶから派生するのか?それとも俺がナナの股下をくぐって首で持ち上げれば良いのか?とりあえず一回登ってみてくれ、ほれ」


「ナナちっちゃいからねー」


 ナナはしゃがみ込んで首を下げた俺の肩に手を置いて、少しずつ背中をよじ登っていく。途中「よいしょ」とアンミが手助けをしてくれたらしく、なんとか肩車の形には収まった。どこを持てばバランスが良いのか分からんが、とりあえずナナのズボンの裾辺りを絞り込むように両手で握り一度立ち上がってみる。


「しんせんな、しんせんなけしき。今すごい背が高い。健介お兄ちゃん、手離して大丈夫。ナナすごいしっかり掴まってる」


「絶対落ちるなよ。お前はお前でトレーニングにならんほど軽いな。スクワットできるぞほれ」


「すごいね健介。すごい軽そう」


「実際軽いしな。びっくりするくらいに。まあ任せろ。乗り物としての自尊心がある」


 そうしてから三十分かそこらで、特にアクシデントもなく、洗濯物干しのお手伝いは終わった。ナナは不器用でもうっかりでもやんちゃでもなかったし、後半など右に何歩、左に何歩と実に正確に俺を操縦してきぱきと仕事をこなしていった。


 当初こそ多少のそつもやむなしと思っていたが、終えてみれば、……少なくとも俺の目には完璧な仕事のように見える。整然と、洗濯物が、干されている。ずり落ちそうなものなど一枚もないし、物干し竿全体で密度のばらつきがほぼない。


 俺が仕事をしたわけではなかったが、何故か妙な達成感があった。アンミも俺たちの仕事が終わるまで特に口を出すこともなく後ろで眺めているだけだった。


「素晴らしいな……。これが、自分の関わった仕事だなんてとても信じられん。しゃ、携帯で写真を撮った方が良いか……?ナナはもしかして元からこういうのをやったことがあるのか?」


「ナナは初めてお手伝いしたかも知れない」


「そうか、ナナ。初めてとなるとお前は今回の仕事の偉大さがいまいち分かってないかも知れない。これはすごいぞ。普通な、くっしゃくしゃになるんだ。普通は、くっしゃくしゃになる。あと、干された洗濯物は普通だるそうに見えるものだ。今回あんまりだるそうにしてない。しかもナナは一回も洗濯物を落とさなかっただろう?普通、落とす。落とすだろうと思ってカゴを持っていたし、俺でも落とす。ああ……、ハンガーのフックなど同じ向きに揃ってて取り込む時すごく楽そうだな。普通めちゃくちゃバラバラになる。三枚くらいしか干さなくてもな、あいつらは絶対自主的に揃ったりしない」


「私もすごいと思う、ナナは元から几帳面だもんね」


「そしてアンミもありがとう。良い手本あってこそだった。ありがとう」


 アンミは困ったように照れ笑いを浮かべて少しだけ首を傾げてみせた。ナナも満足そうだったので、頭に手を載せて左右に揺らしてみる。体を左右にくねらせ揺れを増幅させながら歩き出したものだから、靴を脱ぐ段でカゴを置いて肩を押さえてナナの動きを止めるまで手を離せなかった。


「ナナはねー、アンミお姉ちゃんみたいになりたいってずっと思ってる」


「だそうだ、アンミ。俺もアンミみたいになりたかったな」


「うん。洗濯物はもう安心。お風呂も安心。あとは掃除とか、料理もする?」


 アンミもこれはご満悦なんじゃないだろうか。小さい子と俺から誉められ憧れとされて、今回洗濯物は上手くいった。アンミ自身、仕事の出来に不安や不満さえなければ、今まで家事に割いてた負担も減ることにはなる。掃除や料理の手伝いまでアンミが水を向けてくるということは、これは良い兆候に違いない。


「掃除も料理も、できるところから少しずつやっていこう。ナナはどうだ?俺は今洗濯が上手くいったことで掃除も料理も頑張ればできそうな気がしている」


「じゃあ次掃除しよう?掃除のやり方は私、スイラお父さんから教えて貰ってて」


 とまあ、とんとん拍子で次は掃除のやり方を教えて貰えることになった。といっても、例えばどんな果汁で油汚れが落ちるだのというような特殊な掃除術が語られるわけでもなく、ただ順当な、『ふきんを濡らして絞って台を拭く』、『掃除機を取り出してコンセントを挿して掃除機を掛ける』、『ホウキを持ってきて掃く』、方法というよりアンミの日課が解説されているようだった。


 そして気分によってはこだわる場所やルートなども変更にはなるらしい。俺が参考にできたのはアンミがこの家に来てから身につけたであろう『掃除機のコンセントをどの位置に挿すと都合が良いか』という、割と覚えていなくてもどうにかなりそうなポイントだけだった。


 あと、一つ面白かったのは、居間で掃除機を掛ける際、アンミが何事でもないかのように、ソファで寝ているハジメの足を両手で掴んで接地位置を変え、掃除機を掛け終えた後、また元の場所に戻すという作業の異様さだった。


 掃除機を目の前で掛けて足を置き換えられて起きないハジメもハジメだが、特に不満とかもなく淡々とものを移動させるかのようなアンミもアンミだったし、挙げ句ナナが「ハジメお姉ちゃんをどかす、戻す」といった練習をしていて、そしてなお眠っているハジメがいる。


 ……誰もツッコミがいないものだからかなりシュールな光景になっていた。


 それ以外は特に障害もなく順調に作業は続き、一階をぐるりと巡ったところで、「今日はこのくらいで良いよね」とアンミから作業終了の号令が出た。


 ナナはアンミにお礼を言って居間からおっさんが寝ているであろう仏間へと引っ込む。


 アンミも一度ハジメの様子だけ窺うと「私二階にいる」と言って階段を上っていった。ちょうどアンミと擦れ違うようにミーコが階段を下りてきて、「散歩に行きますニャ」と右に旋回した。


「ああ」ととりあえず返事だけしてミーコを見送った後、今度はミーシーが階段から下りてくる。


 洗濯物と掃除の件で話題を振ろうかと思ったが、ミーシーは階段を下りきる前に「電話が鳴るわ」とだけ言って居間へ向かっていった。電話が鳴るのか。まあそれはいいとして、そろそろ冷蔵庫の中身を補充しなければならないし、そうなると買い物へ行かんとならん。早朝にハジメと話していた件もあるし、ちょっと外堀を埋めるがてら、ミーシーとも話してみようか。


『人が増えて食材が減るペースが早くなるだろう?』

『それは別にいいんだが、前にスーパーに行った時は……』


 …………。あんまり核心に触れるとまた記憶を消されるか?そんな無茶なことはもうしないと信じたいところではあるが。一呼吸を置いて電話の鳴り始めに合わせて受話器を取った。


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