表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
146/289

八話⑧


「?そうじゃなくて、……スイラおじさんがここ来ようかどうしようかって言ってたのが、もう二週間前なんじゃない?健一だっけ、そん時もうあんたの名前出てて、で、健一の家にいるから大丈夫そうだって話だったと思うんだけど」


「俺の名前は健介だ。おっさんは予知ってるからだろう。一週間と……、だから……、一週間と一日目だな」


 ハジメと会話しているせいで、あちこち思考が飛び散っている。初日の夜にアンミと顔を合わせて、二日目にミーコを探して、三日目に雨の中買い物へ出掛けた。


 ここからはもう思い出そうとしなくても、四日目に遊園地、五日目にミナコ、六日目に商店街だと分かる。昨日が七日目で、今日の早朝分を含めれば八日目とすることはできる。


 そういえば、ミーコはちゃんと昨日の内に帰ってきただろうか。貼り紙しといたから閉め出されてはいないとは思うが……。二日目、ミーコは、多分、洗面所の窓から逃げ出した、んだよな。初日か?ちょっと気になる。


 初日も窓は、開いてなかったか?俺は一番風呂だったはずだが。


 俺が言葉に詰まり掛けたのを見たからなのか、ハジメはどうやら自分の論理に自信を持ってしまったようだった。


「二週間前に元々住んでたとこにいなくて、あんたと会うまで二人でどこいたわけ?スイラおじさんがここに寄り道するかもって言ってたのが十日以上前なんだけど。どうよ?」


「どうよと言われても……。二人がどっか寄り道してたかも知れんし、俺の家に来る前のことまでは知らん。そもそも、おっさんの場合は予知で時系列がおかしいだけだろう」


「あ、待って。あのさあ、あんた……。あたしちょっと今ひらめいたかも……。ん、あ、いやごめん、やっぱいいや」


 それまでまっすぐこちらを見ていたハジメは突然何回も瞬きを繰り返して、そわそわと肘をさすったり頭を掻いたり、落ち着きなく動いた。まあハジメが知ってて俺が知らないこともあるだろう。


 ハジメの主張の通り、二人が二週間も前から村にいなかったのなら、途中どこで寄り道してたのかは気になる。あれもこれもと足していくせいで答えが出ないのかも知れないが、俺の手元の材料は目新しくはない。


「今、何をひらめいた?」


「……?なんで?」


「いや、なんで、じゃなくて、お前は何かその……、どうして俺がアンミたちと会ったのを一週間前にしてるかいう部分に心当たりがあるんじゃないのか。俺は単に寄り道してたか、おっさんの予知の説明をお前が勘違いしてただけだと思ってるが」


「いや、えっと……、その……。だってあたしの知ってる話と全然食い違ってない?スイラおじさんが大丈夫っぽいって言うのに、そんな誰の家に住むわけでもなく外ふらふらしてるわけないし、あんたの家に置いてたのは一週間だって言い張るわけでしょ?アンミがお願いしてミーシーが探したんなら、すぐここ来てておかしくないでしょ」


「…………。いや、俺が一週間だと嘘をつく理由もないだろう?言い張ってと言うが……」


「あんたが嘘ついてるとかは言ってないでしょ。ただ、これ言って良いのかな……。あたしら住んでたとこの、村長さんがさ、名簿ってか、どっちかっていうと日記みたいなそういうのにあたしが何できるとか、そういう、あんたも聞いたけど、どういう魔法使えるのか書いてるみたいでさ」


「ああ」


「いや、あたし別に、人の日記勝手に読むとかそういうあれじゃないんだけど、別になんか隠してあるとかそういうのもなかったし、人の名前覚えないとなんないし、興味、ないことないわけじゃん……」


「ああ。まあ、なんだ。それ本題じゃないだろう。なんなら別にその辺の経緯はぼかしてくれても問題ない」


 人の日記を勝手に読んだことを後ろめたく思ってなのか目線がきょろきょろ泳いだばかりか、まるで周りに俺以外がいないかを確認するように首を左右に振って何度も瞬きを繰り返していた。


 続けて胸元を左手でさすってすぅと息を深く吸い込んで言葉を途切れさせる。俺にはそれがなんとももどかしく思われたが、別に話すのをやめたりはしないようだった。


「で、まあへぇーって思って読んでたわけ。まあ多分それはさあ、読んで良いよって感じで置いといたんだと思うわ。村長さんそういう感じだし、なんていうのかな、聞かれるより先に知っといて貰った方が楽なこともあんじゃん。隠してるとか思われるのも嫌だし、やってやってみたいなのも、他の人とかもさあ、まあちょっとやじゃん」


「まあそうかもな」


「あたしはあたしで、人の名前だけよりもさ、こう、どういう魔法使えるとかってのも見てた方が覚えやすいでしょ?」


「そんな気はするな」


「で……、まあ、そん時に、アンミが人の記憶消せるみたいな。まあ時間ちゃんと決めて、巻き戻すっていうか、そういうのできるって書いてあって。結局それあたしもアンミに直接ホントにできんのって聞いたんだけど、本人できるって言ってたし……。実際そんなんなってんの見たことないけど、だからあんたの記憶も一週間吹っ飛んでんじゃないのって、ちょっと思っただけ」


 心なし最後の方は早口になっていて、大したことじゃないのよと言わんばかりの切り上げ方だった。


「…………。なるほど。なるほどな」


「まあやんないとは思うけど」


 俺も、やらないとは思っている。


 じゃあ俺はどうして、ミナコとの約束を、ズレて覚えていたんだろう。


 初日に窓が開いてたのは、それ以前にも、アンミが風呂に入ってたからじゃないのか。


 陽太は当日発覚したはずの店の廃業に、何を今更というようなことを返す。


 店長のフランス旅行もあまりに短い。


 食材は一週間分誤差が出るんじゃないか。


「あいつらと会った日に、俺は事故に遭ってる。事故に遭ったと思ってる。車にはねられて、ケガをしたと思う。そういうのを治す魔法なんてものはあるか?アンミか、ミーシーに」


「…………。ん……?ないんじゃない?てか、……ミーシー昨日、足引いて歩いてたのってあれケガしてたんじゃないの?」


「そう、だよな。治せるなら治すよな。ああ、……知ってた。自分のだけは治せないとかそういう設定とかではないんだよな」


 俺のケガが、せいぜい一週間で治るような軽傷だった……、とする。アンミは初対面で俺のことを呼び捨てだったわけじゃなく、最初は陽太と同じように、名字にさんをつけて呼んでた、という、ことはあり得る。


 それどころか、黒い女の言葉が今になって俺を凍らせる。『はじめましてかと思った』、喫茶店で記憶喪失の男の話をしていなかったか?


「俺はミーシーにフライパンで殴られてな。アンミの癒しの歌声とやらで復活したんだ……」


「…………。あのさ、すごい、聞いちゃマズイ気がするんだけど、あんたさ、もしかして、騙されて恩売られたりしてない?いやいや、えっと……。さすがにアンミは多分、悪気とかないんだと思うけど、なにその、フライパンの話。殴んないでしょ、普通、フライパンでそんな。何?それで治ったとかって言われたの?」


「ああ、大体、分かった」


「どしたの……。ちょっと、ねぇ、大丈夫?あのさ、あ、ヤバ、もしかして記憶のそのぉ、そういうあれ?あの、ええと、あたしそういうつもりで、言ったわけじゃなくて……。あたしがそれ日付間違ってるだけかも知んないし、予知でおかしいだけってあんたも言ってたでしょ?アンミが、そんな、さすがにできてもやんないしさ」


 わたわた取り繕うハジメのことを、気にしてやる余裕がない。それを前提とした時、一体何が浮かび上がってくるものなのか。


 いやまだ、あくまで確定的な話じゃないが、俺は二週間前に二人に出会って、その直後から一週間前までの記憶を失っているのかも知れない。


 車に轢かれそうなミーコのために道路へ飛び込んだのは二週間前で、その場にいたミーシーとも二週間前に会ってる。俺は事故で意識を失って家まで運び込まれたと思い込んでいたが、実際にはそんな目立つことにはならず、貧血で倒れた後、少し休んで歩いて帰ったんじゃないのか?


 二人はその時に家についてきて、その時にこそ、ここに住まわせてくれと言ったんじゃないのか?


 俺が記憶を失っているとすれば、だからこそアンミは、人の家でさも当然のように料理を作り始めて、調味料や調理器材の場所もある程度既に把握していて、ミーシーは魔法や自分達について二度目の説明を面倒くさくて端折りたがった。


 ハジメの証言だけじゃなく、俺の状況を考えてみても、特にこれといった破綻はない。それを前提とした時、『何が』、『どう変わるのか』。


 記憶を消せるとして、アンミがわざわざそんなことをする理由がない。ミーシーがその方が都合が良いと判断したんだろうか。一体どうして、そんなことをして都合が良い?


 二人とも、村を出た理由については話さなかった。それをぽろりとついうっかり口にして、俺に事情がバレたからだろうか。それをまた強引に隠そうとしただろうか。


 ただし、そんな理由は俺の実感に反する。いくらか、時間を掛けたら、話してくれると思っていた。俺は事情を知っても、二人を追い出すようなことはしないと思っていた。


 事実、俺は、既におおよその、事情は知っている、……つもりでいる。だが、俺が今知っている以上に、マズイ事情があるのかも知れない。俺は確かに、アンミやミーシーから事情を聞いていない。市倉絵里からしか、説明を受けていない。


 いや、それよりも、……俺は空白の一週間、一体何をしてたんだろう。二人の事情に思い至って、何かしら二人にとって、不都合な行動を起こした可能性さえある。


 仮に一週間ぎりぎりで回復するようなケガだったとしても、俺はミナコに、連絡くらいできたはずだ。ミナコが公園で待ちぼうけするようなことにはならない。俺は一週間、何をしていて、どうしてその記憶を消すことで、アンミやミーシーが得することになるのか……。


 俺が思考に潜っている間、ハジメは「ねえ」とか「あのさあ」とか、意味のない言葉をぽつりぽつりと呟いていた。俺はそこそこ深刻に考え事をしていて、おそらくハジメがある程度それを察することができる程度には表情に浮かべている。


 だからハジメはこうして声を落としてどう話し掛けるべきなのかを考えているようではあった。


「どっちが好きなの?アンミとミーシーの。まあ、てか……、どっちにしてもセットみたいなもんなんだろうけど。もし別にさ、どっちも好きじゃないなら、あたしらやっぱり村に戻っても良いんじゃないかなって思ってんのよ。あんたもさあ、借りがあるとか、仕方なしにとか、そういうこと思ってんなら、あたしが告げ口したとか、別にアンミがどうこうじゃなくても……、あたしのせいで出てけってことでも良いし」


「…………。でもな」


「スイラおじさんはさあ。……お友達作りたいとかってアンミが言ってたら、そういうの止めようとはしないんだろうし、ミーシーもアンミに付き合ってあげてやってるんだろうし、……でもさあ、勝手にそういう都合であんたに押しつけられてんなら、あんたも嫌なら嫌って言ったら良いじゃん。渋々友達してやってるなんて、こっちだって見ててやな感じするでしょ?あんたスイラおじさんにも言わされてますみたいな感じだったし、後で文句言ってたんでしょ?正直に言わないと、そういうのはあんたが損すんのよ?」


 気を使ってるんだろうな、とは思った。ただ到底的外れなアドバイスではあったし、そう見えていたことが、とても残念だった。


「…………」


「あたしもあんまり、人間関係上手くやれないっていうか……、社会不適合者みたいなとこあるけど。アンミのいた村でね、ようやく少しはちゃんと、……余計なこと考えて空回りしたりとか、そういうことなくなったから。アンミもそんな一報通行なことしてんのなら、あたしも、無理しなくて良いじゃんって言ってやるから。ナナはあんたのこと気に入ってるみたいだし、別にあたしもあんたのこと嫌いじゃないけど……、あんたが無理して友達ごっこしてやんなくても、ね。アンミは別に友達いないわけじゃないんだから……」


「そうだな。まったく、お前の言う通りで、……そうあるべきなんだろう」


「…………?何が?」


「別に記憶が消えてようが、それにどんな理由があったって、どうでもいい。逆に、俺は、どうしてここにいて欲しいのか、しっくりくる、そういう理由を説明できない。なあ、ダメか?俺はなんか分からんが、上手く言う言葉が見つからないが、出て行けなんてどうしても言えない。できるだけ長く、できることならずっと一緒にいてくれ。俺が一体、何を無理して友達ごっこしてるところがある?」


「…………」


「アンミは友達を作りにきたのか?そうすると俺は、なんて運が良いんだろうな。居心地が良いんだ。話し相手がいないとボケそうなんだ。分かるか、二十代でボケることの恐ろしさが。自分勝手で悪いが、出て行けなんて言えない。できるだけ長く、ずっと一緒にいてくれ。これは、俺の要望だ」


 誰かの都合じゃなく、何かの事情じゃなく、俺自身がそう望んでいることを、伝えておきたい。それを伝える相手がハジメであるべきなのかはともかくとして、……なかなかこうして、引き出してくれる人間もいないだろう。


「はあ。ふぅん……。分かった。へぇ、あんたみたいなのがねえ、へえ。まあまあ、あたしで良ければ?別に話し相手とかなったげるけど。どうよ、最近。なんか面白いことあった?」


「…………。ん、ああ、いや、特にないな。お前の、そのなんか大雑把な話題の振り方は面白いな。とりあえずまた少し寝ることにする。ごみはそこのごみ箱に入れてくれ。使い捨てのスプーンはそのプラスチックの箱に入ってる。今もう深夜だから朝食以降に面白いことでもあったらお前にも話そう」


「ああそ、おやすみ。折角話せって言ってんだからちょっとは考えたら。あたしだって眠いの我慢してカレー食べてんのに」


「ああ?うんそうだな。すまんな。お前もなんか面白いことあったら教えてくれ」


「もしかしてさあ……。あたしが起こした?あんたが冷蔵庫開けたの知ってるってことは……。えっと、もしそうならごめん。…………。えっと、ごめん」


「いや、たまたまその前に目は覚めてたからな」


「ふぅん……。なんなんだろう……。あんたさあ、人からぬいぐるみみたいとかって言われない?別に悪い意味じゃないんだけど」


「言われたことはないな。俺がぬいぐるみみたいだったりするか?別にぬいぐるみに悪いイメージも持ってないが、お前のぬいぐるみに対するイメージも知らんからな」


「踏んじゃった時とかさ、まあ正直そんな悪いと思ってるわけじゃないんだけど……、あ、ごめんていう、まあ……、そういう、何喋ってても気になんない感じ……?」


「大事にしてやれ。大した話もしないだろうが、俺の話もたまには真剣に聞いてみてくれ。面白いところが一つくらいあるかも分からん」


「あんた何で初対面でそんな偉そうに話せんの?」


「…………。お前もそう謙虚に振る舞ってたりしないだろう。これはちょっと……、もしかするとその内直るかも知れんが、まあ……、偉そうにしてたら都度言ってくれ。じゃあ、また朝な。おやすみ」


 ハジメに背を向けて階段を上った。とりあえずはベッドに入るつもりではいるが……、一人で天井を眺めたら、またいくらでも考え続けることはできそうだった。


 俺が記憶を失って、そうしてから過ごした一週間もまた、結局ミーシーもおっさんも、何も俺に話さないままだ。今現在、隠す価値があって、そうしているんだろうか。


 過去俺が何か余計なことをしたんだろうか。これから余計なことをしでかすリスクがあるんだろうか。


 眠れないだろうな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ