二話⑨
「俺は多分、お前がおかしなことを言い出したら病院に連れていくと思うんだが……、でもまあ、お前の方が優しいな」
「ん?まあな?なんだ、病院に行きたかったのか健介は?そういうのはヤバイ奴ほど嫌がると思ってたのだが」
「俺はヤバイ奴じゃない。暴れたりしてないだろう。アニメ見てたら満足だ。予習になるかも知れんしな」
俺の家に泊まっているのが、魔法使いじゃなくて巨大ロボなんかだったら、俺はワクワクしながら楽しめたのかも分からん。ある程度好みの真ん中のストレートであれば、俺は剛速球であろうと受け止めることもできただろうし、その衝撃に心踊らせた。魔法少女はちょっと、残念ながら俺の守備範囲から外れている。
魔法単体ですら許容する精神構造が養われていない。だからまあ、いっそ空想世界の魔法住人を観察してみるというのも、俺には大切なステップの一つのように感じられた。アニメで見る分には、かわいらしいし、格好良いし、感情移入もできる。
俺は勇者でもヒーローでもないわけだが、魔女っ子と一緒に旅するのも良いなと思えた。一話、多分二十分かそこらだろうが、俺は大人しくアニメに見入って、陽太はその最中俺のためを思ってなのかいちいち解説を付け加えた。俺をなだめて、俺が満足するように付き合ってやってる、ということなのかも知れないし、あるいはそういうのも特に関係なくアニメの解説を楽しんでいるようにも見える。
そして俺が「面白いな」と言ったからではあるんだろうが、アニメの上映は一話のみならずその後も続けられるようだった。というか、確かに面白かった。嘘偽りのない感想を呟いたし、続きが気になってはいる。なんなら「良いなあ」とも呟いた。リアンという女の子がかわいくて良いなあと思ったし、勇者とその女の子が仲良さそうで、羨ましく思った。
『空を飛べない鳥がいる。あたしは思う。羽があるのに飛べないの?でもすぐ気づく。羽があるなしじゃなくて、飛ぶか飛ばないかなんだって。…………。あたしは飛ぶ。二本の足でちっちゃな鳥より高くジャンプできる。もしヒラヒラのドレス着て空飛んだら、どんな鳥より綺麗なはずでしょ?……羽ばたく回数が足りてないだけ。あたしは飛べる』
物語はリアンが自分の日記を読み上げる形式で進んでいく。回想シーンなどからどうやらリアンは貧しい家庭で育ったようだ。国防兵士になることを夢見て故郷を離れ、そして自身の力を認めさせるためにあえて、能力の乏しい勇者のお供についたとのことだ。
その経緯からして当然最初は少しひねくれていて、頼りない仲間とも距離を感じさせた。それが次第に寄り添うように、心が解けていく。懸命に夢を追うその姿が眩しい。弱さを見せまいとするリアンに手を差し伸べる仲間の優しさに心を動かされる。
別に今まで避けていたというわけじゃないが、どうやら俺にも魔法少女を楽しむ回路というのはちゃんと存在しているようだった。まあ、ちょっと世界観は違うわけだが、なんだろう、魔法をクールなものだと思えるようにはなった気がする。リアンがかわいい。
「…………」
割と熱中して見ていたが、現時点では作中に予知能力者は出てこなかった。予言者という存在は仄めかされてはいたが、未来へ関わることを放棄して自ら監獄での暮らしを望み、精霊の力を借りてなお、朧げな……、例えば単に災厄が起こるとか、勇者が誕生するだとか、せいぜいその程度を知ることしかできないようだ。
まあ、……それはそれである意味仕方ない部分というのがあって、……多分それくらい制約を設けないとバランスブレイカーになりかねない。となると、ミーシーがリアンと同じ世界にいたとしたら、あいつは高等魔術師どころか、伝説の魔導師を超えた存在ということになるのか。俺が知らないだけで、ちゃんと『善良な心の持ち主にしか精霊が語り掛けない』という、『良き未来を作るためにのみ精霊の助けを得られる』という、世界の導きが現実にもちゃんとあると良いんだが……。
ミーシーは制約を受けてるだろうか。ちゃんとまともな判断をしているだろうか。よくよく予知能力というものを考えてみると、家出などお遊びの一環のようにも思えてくる。俺からの口出しなど当然不要だろうし、助力なしに解決の目処が立っていておかしくない。ミーシーの態度というのは元からそういうふうだったろうし、アンミもアンミでのんびりした構えだった。
俺は厄介事に巻き込まれたとか、難しい問題を解決しなくちゃならんとか、そう気負う必要もないのかもな。事情は気になるし助力を求められたらそれはそれで役に立てるに越したことはないわけだが、深刻に捉え過ぎると逆に頭がこんがらがって精神をすり減らすばかりだ。
「気に入ったか?落ち着いたなら病院行ってみるのも良いかもな。治ったというなら無理強いはしないのだが」
「…………。治ったから心配するな。お前のお蔭で治った」
時計を見ると結局四時間が、魔法アレルギーのリハビリに費やされていた。そのかいあって俺の心は随分と平穏を取り戻すことができたろう。一応、ここが一期の区切りということで、続きの気になる終わり方ではあったものの、鑑賞会は休憩になる。
「なあ、そうだ。現実の問題解決というのにもちょっと目を向けなくちゃならない。悪かったな。なんか俺が、余計な心配を掛けたという部分はあったのかも知れん。店の件は……、お前はなんか聞いてるか?」
「なんも聞いてないな。行ったらシャッター閉まってるという感じだったぞ。なんともいえないな。戻ってくることに期待しとくしかないと思うのだ。廃業なのはさすがに中見たら分かるけどな」
ここでは別に、しんみりとした雰囲気というのにはならなかった。陽太は何気ない話題かのように、特に不安も愚痴も言い出さず、ただ事実と期待とだけ述べた。とはいえ、あの状況からして、望みは薄いと判断せざるを得ない。廃業は仕方なかったにせよ、現在店長が無事でいるのかが気掛かりになっている。で、どうやら陽太へも連絡は入っていないようだった。
「お前にも、店長からは連絡入ってないということだよな?携帯も繋がらないっていう」
「まあそうだな。それ健介もだぞ。自覚なかったのか?」
「俺はそれ携帯壊れただけだから……。店長の場合はちょっと状況が全く掴めないし」
状況が分からん以上、悪い想像というのも浮かんでくる。まるきり夜逃げで、……それでも上手く逃げ延びてくれてればまだ幸いだが、なんかあっと言う間に捕まりそうな気がする。捕まってなくとも、ちゃんと生活できているのか分からない。
「店長の方がよっぽどうっかりで携帯壊しそうなのだ。単に川に落ちたとかそういうことじゃないのか?その内新しいの買うだろ」
「そうかな。そういう話なら良いんだが。生活に困ったりしてないか心配でならない。店はすっからかんだったが、生活の方の準備はしてたかどうか……」
「ああ、そういうことなのか。健介はそういう心配してたのか?まあ、大丈夫だろ店長の場合は。ちょっと歳取ってるとはいえ、人懐っこいからな。誰かしら拾ってくれると思うのだが」
「小動物ならな?おっさんだからなあ……。まあ、そうか。人柄は良いしなんかしら仕事に来てくれというのはあるかも分からんが、……。そういうのが見つかってると良いな」
陽太からは不安を煽るような言葉は出てこなかった。そしてちょっと納得できる部分というのがないわけじゃない。借金を抱えて夜逃げして住所がなくても、……それでもちゃんと人間性を見てくれる人と出会ってさえいれば、慎ましい生活くらいはなんなく手に入れられるのかも知れない。
店長は人を嫌ったり、人から嫌われる人間じゃなかった。だから、多少運の要素はあるにせよ、何もかもを一度失ってもまた一つずつ積み上げていくことはできる気はする。
応援しかできないのはもどかしいところだが、俺も確かに店長のことは実感を伴って知っているわけなんだから、新天地で上手くやり直していることを、信じてあげた方が良い。信じられる材料というのは与えられている。
「なんとかやっていけるだろ。夏休みに店長探しとかするか?」
「…………。やっても良いかも知れんな。こういっちゃなんだが見つかりそうな気がしなくもないし」
「すぐ見つかるようなとこにいそうだよな。どういう事情でいなくなってるのかも分からんとこだが、割と適当に歩いてるだけで発見できそうなのだ。かくれんぼとかすごい下手そうだしな」
「確かに……。かくれんぼは下手そうだな」
そうなるとそれはそれで借金取りに見つけられないかが心配にはなるが、陽太は終始心配顔はしなかった。もしも陽太以外の人間が相手だったら、何か情報を握っているんじゃないかと問い詰めるところではある。だが、まあ陽太に限っては単なる楽観主義の賜物だろう。
俺にはどうしようもできないんだから、寂しがっていても、心配していても、店長のためになるわけじゃない。元気にしていて、また会えることを願おう。そう信じる他なくて、そう考えていられる方が精神衛生上良い。
「探すのをやめた時、ひょっこり出てくることもあると思うのだ。ひょっこりという擬音はもう店長のために用意されてるような響きだな。ドドンとは登場してこないからな。しばらくしたら店のシャッターできるだけ壊さないようにこじ開けて店の運用を店長抜きでやってみるか。もしかして店長いない方が繁盛する可能性すらあるぞ。たまに昼飯作りがてら、その時だけオープンする店みたいなのな」
「それも良いな。店長が帰ってきた時喜んでくれるだろうし」
「まあそんなに気にしなくて良いだろ」
「バランス感覚が羨ましいな。お前のことこそ慰めてやらなくちゃならないと思ってたが……。そうだな。とりあえずはそうするしかない。俺は割とこういうのは気になっちゃうというか、……ミナコも最近になってあれやこれや忙しいだの言い始めて疎遠気味だったろう。ああいうのが俺はちょっと、足場を失ったような違和感があってな。困ってるんだ。俺自身はそこまでそこに重心を傾けてたつもりもないんだが、どうにも落ち着かなくなってる」
「…………。ん、峰岸もまあ、仕方ないんじゃないのか?忙しい時は忙しいもんだろ。嫌われて避けられてるというのなら落ち着かなくなるのも分かるのだが全然そういう話じゃないんだぞ?というか、健介はそういう不満があったのか?峰岸は会いたがってるようだったと思うのだが」
「会いたがって?ないような素振りにも感じられるだろう。元々の会ってた頻度から考えると。忙しいとかは急に言い出したわけだしな。あいつの方の続報はあるか?まあどうせすぐ本人に聞けるわけだが……、なんか俺には内緒の話とか聞いてたりしないか?」
「…………」
「何か聞いてたりするのか?」
「いや?聞いて……。なんだろうな、健介大丈夫か?言ってることとやってることがちぐはぐになってないか?健介はじゃあ逆に?峰岸に不満があったとかそういうことじゃなくてか?俺に隠れて会ってたりしてないのか?」
陽太は目線を上げてしばらく俺を見つめた後、訝しげに表情を曇らせて首を傾げた。
「お前に隠れて会う意味が分からん。不満といえば……、不満かもな。避けられてるわけじゃないとお前は言うが、そうとも限らないだろう。何考えてるか正直よく分からん」
「何考えてるか分からんというのは全く同意なのだが、健介はなんかそうすると……、よく分からんな奴だな。仕返しとかのつもりだったのか?俺は別に忙しいとか言い出したら峰岸にしろ健介にしろしょうがないかと思ってたのだが、不満があるならあるで直接話した方が良いぞ」
「言われずともそうするつもりだ。ようやく今週会えるわけだからな。雰囲気悪くならないようにはしよう。別れ際にでもそれとなくは聞いてみるつもりだ」
「今週?会うのか、峰岸と」
「はあ?あのなあ、約束してたろう。まあ一カ月も間が空くとそういうことにもなる。それをな、俺は距離が離れたように寂しく感じたりもするということだ」
「約束してたのは、一カ月前か?それなら中止になっただろ?」
「えっ……、本当にか?おい、まったく……。なんだそれは。いつ連絡来たんだ?ちゃんと両方に連絡を入れろと何度も言ってきただろう。昨日とかか?それなら携帯が……、ないからまあ仕方ないが」