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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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七話㉚


「……まあ。頼りにされたいと思ってるのは俺も同じだし、俺だって頼りにされてないんじゃないかと不安に思ったりもする。アンミは俺に電話しようとしたか?お前は良いよなあ。アンミに選んで貰って、アンミに気に入って貰って……。だが見ろ。それでも俺はめそめそ泣いたりしてないだろ?」


「電話……?おっさんに?」


「俺に電話しようとしてないだろう?」


「まあ、してない、とは思うけど、それはおっさんが二人の居場所を知ってたからだろう。まあミーシーが止めたのかも知れん」


「そうかもな。それでももし、俺を頼ろうと思ったら、連絡あってもおかしくないなと思ってただけだ」


「…………?慰めるわけじゃないが……、というよりも、それを俺と同列に不安がる意味が分からない。直接的には全く関係ないかも知れんが、アンミ本人はお父さんが大好きというようなことは話してたし、料理もおっさんやおじいちゃんのために作るようになったと言ってた。少なくともアンミがおっさんにわざと連絡を入れなかったということはないはずだ。仮に相談がなかったというならむしろ、もう完全に連絡するまでもなく任せきりということになると思うんだが……。ミーシーもいておっさんがいれば、基本的にはもう何もすることがないと思って呑気に構えてるのかも知れん」


 もしもそこを本気で不安に思っているとして、アンミに直接確認してみれば良いことだ。おそらく俺の想像通りだろうとは思うが。


「お前から見ればそうかもな。でも俺から見れば、俺に何も連絡もなしに二人して村からいなくなって、お前に会いに行ったわけだろう?俺の負けじゃないのか?」


「その期間……、おっさんがハジメとナナの件で家を出てたというのもあるだろう。アンミはそっちを優先して欲しいと思って気を使ったということもあるかも知れない。違うのか?」


「それもあるな。まあ俺も、娘取られないように一生懸命頑張ることにする。風呂、一人で入ってきたらどうだ?俺はまたミーシー来たらミーシー誘うことにするから」


 あるいは、もしかして、アンミは自分の状況を分かっていないという可能性もある。自分が追われていることをまるで知らないとしたら、ミーシーがわざわざ止めるまでもなく、当然、おっさんへ助力を求める連絡などもない。


「あ……、おっさん。アンミは?アンミは知ってるのか?村を出なきゃならなかった理由を」


「さあ?あくまで予知の中での話にはなるんだが、『知らんかった』と言う。予知の中で理由を知らせてやっても、『そうなんだ、でもここに残る』と言う。健介の家にな。ちなみにミーシーからも話してはないらしいし、俺もアンミが知らんと言ってるのにわざわざ話す必要はないと思ってる。ああだから、本当に知らんてことも一応あり得るわけだな。ミーシーが村を出ようとだけ言って、折角だからお友達を作りたいとか、まあ、そういうことも」


 これも妙な話のように思える。おっさんはどう見ても『それはないだろう』と決めつけて掛かっているようだった。


 アンミが知らないと言ったにも拘らずアンミは何もミーシーから聞かされていないにも拘らず、『村を出なきゃならない理由に気づいていないはずがない』ことになっている。


 アンミが本当に、何も気づいてない方が自然なんじゃないだろうか。


 だって、アンミは知らないと言ったわけだし、頼れるはずのお父さんに電話していないし、家を出るついでにお友達を探そうとしている。追われているという緊張感などなく俺たちと出掛けたいなんてことも言う。


 事情を理解しているのなら、いくらミーシーがいるとはいえ、迂闊な行動は控えようとするはずだ。無防備に出掛けることを敬遠するはずだし、ミーシーが反対案を出したら、それに素直に従うはずだ。


 おっさんが何を根拠にアンミの言葉を疑うのか分からないが、これに関してだけは、おっさんの早とちりである可能性が高い。


 アンミは何も知らないか、せいぜい少し勘づいている程度で核心には近づいていない。


 まあ、ただ、俺がそれをあれこれ詮索するのは難しい。おっさんはすっと居間の方へと引っ込み、俺もそれに合わせるように右へ折れて風呂場へ入った。


 服を脱いでいる最中、ドア越しに居間にいるナナの声が微かに聞こえてくる。


「スイラ先生ねー、ナナねー、気になったことがある」


「お、なんだナナ?気になっちゃったか?」


「木星、木星ねー、木星にメダカいる?」


「木星か」


「すごい遠いところの木星」


「いるかもな。つえーメダカだったらいるかもな」


 かろうじで聞き取れたのはそんな一言二言のやり取りだけで、仏間へ引っ込んでいったのか、ナナの元気な声とおっさんの太い笑い声は遠ざかっていく。


 木星にメダカ、か。黒い女は何て答えるだろう。質量が地球の何倍で気温がどの程度でとても生物など生きられないからメダカはいない、なんてふうに返すのかも知れない。


 俺もおそらくそれに近いことを言いそうなものだが……、


 それともまるで正反対に、夢のあることを言うだろうか。


 とりあえず、ナナから同様の質問が来た時のために模範的な回答例として、おっさんの強いメダカ説は参考にしておこう。


 そういえばナナが仲良くなった人にしている質問に、スイラ先生は一体なんて答えたのか聞きそびれていた。


 多分シンプルに、ナナの安心する答えを用意しただろうな。その模範解答が一体なんなのか、風呂に浸かりながら熟考してみた。


 結局、ハジメの答えが一番良さそうで、得点の高そうなオリジナルの答えは用意できそうになかった。


 入浴中くらいは頭を休めようか。急に生活リズムを矯正した反動なのか、ここ何日か、変に夢を見たまま目が覚めたり、日中突然眠ったりということがよく起こる。


 目立った実害はないし、ちゃんと早寝早起きはできてるわけだが、眠りが少し浅くなっているのかも分からん。


 残り二人お風呂入るわけだが、久々にちょっとこうして、頭を空っぽにしてみよう。


 ぼんやりと、ぼんやりと、……まあ、しかし、しばらく腕をお湯に浮かして遊んでみても、脳みそが回復してくるような実感はなかった。やるならベッドでやってた方が良さそうだ。


 さっと頭洗って風呂を出て、服を着て歯磨きを終えて、ちょうどドアを開けるとミーコが僅かな隙間をするりと抜けて中へ入り込んできた。


「お出掛けしてきますニャ」と言って窓台へ飛び上がり……。ああ、俺は気づかなかったが、……そうか。誰かが風呂に入るタイミングで洗面所の窓が閉じられて、多分アンミが風呂から出るタイミングで一度窓が開くんだろうな。


 俺はどうやら窓全開で服脱いだり服着たりしていたらしい。


 俺側はそこまで気にはしないが、人も増えたし見せつけるようなものでもないから、今後はちょっと気にすることにはしよう。


「夜、冷えるだろう。あんまり夜遊びとか感心しない。俺と一緒に寝てくれ」


「や、こう、せい、ニャから、ちょっとまだ眠くない、ニャっ」


 トンと体を伸ばして窓の外にある湯沸器の上に足をつけ、「今日はすぐ帰ってくるつもりニャ。健介ドアさえ開けてくれてたら先に寝ててくれて大丈夫ニャ」と言った。


「おっさんとミーシーがまだ風呂入ってないみたいだし、ここ閉まるかも知れんぞ」


「まあ、スイラは健介みたいに閉めないかも知れないし、ミーシーもスイラも私の出入り口分かってるから、最後に入った人がその二人のどっちかなら開けといてくれるニャきっと。もし夜中とかに起きてきて私いなかったら閉まってるとか気づいてくれると助かるニャ。外でも寝れるニャけど」


「ん……、まあ、そうか。分かった。早めに帰ってきてくれ」


「行ってきますニャ」


 あまり束縛するのもなんだが、猫のこの……、どっか行っちゃう感じというのは寂しいな。


 当然帰ってくるのは帰ってくるんだろうが、やはり小さな不安を一つ残している。何かしらミーコのためにできることがないか探した結果、台所の電話前のメモ用紙を一枚剥がし『ミーコお出掛け中』と書き込んで、セロテープで洗面所の窓に貼っておくことにした。


 これで一安心だと自分に言い聞かせて、まあそして、話し相手もいなくなってしまったことだし、まだ結構早いがベッドで横になっていようか。


 嫌な夢を見ない内に、ベッドに潜って温かくして、ゆっくりと身体の疲れを癒そう。


 自室を目指して歩き始めた頃には、あくびも一つ出た。


 階段を上って、自室のドアの隙間を少し開けたまま、ベッドに吸い込まれていく。


 最後まで、ゆっくりと、体を横たえて毛布を引いて、掛け布団を引いて、枕の位置もちゃんと調節して電気を消す。


 ああ、今日はやけに、静けさがないな。


 こんなもんだったろうか。


 自分の布団が擦れる音が聞こえる。


 まあ別にうるさいわけでもない。普通に眠れるだろう。


第七話『私、不幸だったと思うわ』


I don't think that was happiness.


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