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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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七話㉔


 さて、ひとまずこれで指示通りのことをこなしたわけだが、黒い女はこっちにお父さんグループが加わったことを把握してるだろうか。


 三人で一緒にいるべきだということは聞いたが、増える想定をしているかは分からんし、増えて不都合があるかどうかも確認はしてない。……順当に考えればおっさん加入はこちらの戦力増強に違いないが、別行動しているものとして計画を立てていたら、組み上がるはずの結果に破綻が出る可能性はある。


 黒い女が、完全に味方であると断言できるのなら、こちらの手札を明かすことにも躊躇いがないわけだが、少なくとも今回に限っては、おっさん加入の切り札は伏せておくのが妥当だろうな。


 計画の一部でも聞き出すことができれば、不都合になり得るかは俺が判断できる。


 ミーコが戻るまで最短でも十分程度はあるだろう。とりあえず電話を掛けてみて情報を引き出せないか試して、みようか。


 見覚えのない施設名というのが本当に市倉絵里に繋がるのかというのも少し気にはなっている。


 そうして、俺はまた発信する。


「もしもし、あら、お久しぶりね、どうかしたの?」


「朝も電話しただろう……。ふざけてるのか?それとも俺以外が電話した時のために備えてるのか?」


「いいえ。ふざけていたりしないわ。とても真面目に。あなたと有意義なお話ができるように色々と考えてはいたし、時間が最大限に取れるように、努力しているつもり」


 ふざけていたりはしないということなんだろう。俺以外がこの携帯を使って当たりを引いた時に備えて、不自然じゃない第一声を心掛けているつもりなのかも知れない。


 ちゃんと俺からもしもしと言えば、気味の悪い第一声はキャンセルしてくれるんだろうか。


「番号で分かるかも知れないが、新しい方に替えた。それと、そっちはいつなら電話出られるんだ?朝は仕事があるとかでばたばたしてただろう」


「いつでも構わないわ。電話に出られる時は出るし、そうでない時は出ないから。緊急で用件を伝えたい時は留守番電話サービスにメッセージを残しておいてくれる?」


「ああ、分かった。そうする……。あの、なんだ、別にこれといった用件とかトラブルとかじゃないんだが、……電話を、とりあえずしてみた。俺からは別にこれといって目的があって電話したわけじゃない。いつ連絡をするとかそういう取り決めもなかったし、どういうことを話すべきなのかも分かってない。俺は指示を待ってたら良いのか?」


「健介君は……。どうしたの?緊張している?」


 俺の声色なんかから察するところはあったんだろう。そんなことを聞かれた。俺は変な緊張感を伴って電話をしているというのに、女の口調は穏やかそのもので、ゆっくりと短めに言葉が切られていた。


「そりゃ聞かれて困る、会話だからな……。緊張はしてる。この携帯を使うことも躊躇してた。できることなら、最低限の連絡で済むようにもしたい。なんか指示はあるか?どういう時に、何が起きたら連絡をしろとか」


「あなたはいつでもどこでもどんな内容でも不安に思うこと全て、私に相談してくれて構わない」


 俺の焦りを抑えようとしてなのか、間を開けた一瞬に滑り込ませるように声が届いた。当然俺はそれを言葉通りには受け取れない。


 いつが良いかと言えば『いつでも』、どこが良いかと言えば『どこでも』、何がと言えば『何でも』、何一つ定まることのない答えなど、いっそ何も聞いていないのと変わらない。


「それじゃ困るから電話して聞いてるんだろう……」


「指示と言われても、最初に言ったでしょう?アンミちゃんミーシーちゃんと離ればなれにしないで、ということをお願いしてる。もちろん、細かく区切れば色々と注文ができてしまうでしょうけど、余計なことを深く知ったような振る舞いはせず、二人と仲良くお友達をしてあげられたら、それで良いのよ。アンミちゃんやミーシーちゃんがあなたのことをどう思っているのかは少し心配しているけど、私があれこれ指示を出すものでもないし、不自然でない範囲で……、それこそいつも通り、アンミちゃんミーシーちゃんを蔑ろにしないよう、アンミちゃんミーシーちゃんから嫌われないよう、そういう生活を心掛けてくれると良い」


「一体それで最終的にどうなるのか具体的な部分は何一つ分からない。不安に思うなら相談してくれとのことだが、俺が一番、不安に思ってるのはそこだ。さっさと重要な部分を教えてくれたら、こんなふうにこそこそ、隠れて連絡する必要もなくなる」


「ねえ健介君、思ったのだけれど……。私と健介君、お友達になれないかしら?」


「…………。目に浮かぶんだ。その、不気味な薄ら笑いをやめろ。俺はあくまで利害によって行動する。お前にからかわれて横道に逸れるつもりはない。解決できるというなら、協力はする。だが逆なら、企みを見抜く」


 黒い女なりの、これは一種のジョークなんだろう。はぐらかすつもりか、なんの必要性もなく怪しい人間から友達にならないかとお誘いを受けるこの事態は、シニカルな笑いには通じている。


 俺は口もとが引きつっただけだったが、女の息づかいというのは小さく笑みを含んでいた。


「不気味な、薄ら笑い?あらそう。前会った時も、上手く笑えていなかったようには思ってたわ。私も少し緊張していたし、急に上手くは笑えないでしょう。ところで健介君?それも、良い方法だと思ったのだけど」


「良い方法?何がだ?」


「私と健介君がお友達であれば、こうして電話をしていても、それほど不自然ではないでしょう?ミーシーちゃんに見つかってもお友達と電話しているだけだと言えば良い。あなたはお友達との電話なら緊張しなくて済むし、そして私はお友達だから信用して貰える。楽しいおしゃべりをしていたら、あなたが気に入るように笑えると思うわ」


「…………。もしも全く、出会うきっかけが違っていたら、なんならお友達になれたかも知れないが、残念ながらそういう出会い方をしていない。無駄話をするつもりはないんだ」


「無駄話を、しましょう?別にしてはならない理由はないでしょう?私はある程度、健介君のことを調べて知っているけれど、ほとんど文字をなぞって拾ったことだから。健介君が何を思っているのか考えているのか、声を通して聞いた時に印象が違うかも知れない」


 幾分強く、俺の言葉に被せて無駄話をすべきだと主張していた。冗談にしては引き際を外しているし、冗談でないのならなおのこと俺の感性とはかけ離れている。


 俺はこのやり方にかなりの不安を覚えていた。この女は、元々は敵の所属だ。突然現れて、敵を裏切って俺たちに協力すると言い出した。敵の行動が継続している以上、俺はこの女の言いなりに動くなんて愚かなことはできない。


 俺は迂闊に、この女の言うことを鵜呑みにしてはならないはずだ。


 そして、当然、俺のこの不信感が、伝わっていないわけがない。黒い女がもしも、俺が手放しで喜ぶ秘策を持っているというのなら、ただそれを明かせば済むような簡単な話なのに、そうもしない。


 そうしない上でお友達なら信用されるなどと言う。


「もう十分に知ってるだろう。俺の身辺調査などもう十分したはずだ。これ以上俺から何かが出てくることはない」


「……書いてあることは、故意に嘘をついたりしないけれど。話していれば、もっと深く内面を知れることはあるでしょう?健介君に、私のことを知って欲しい。私はあなたのことを知りたいと思っている。そうして初めて、あなたも私も相手のことを信頼するに足るかどうか、判断できるのではない?」


 だからそれが、そもそもおかしい。


 俺が切れる手札など最初から一枚もないのに、黒い女がわざわざ俺に歩み寄る意味がない。


 信頼か方法か、どちらが先かで決定的に決まることがある。俺は方法さえ受け取ればこの女を信用することになるのかも知れない。


 この女はおそらく俺が信頼してから方法を伝えるつもりでいる。


 結果は同じかも知れないが、どちらを選ぶかで、致命的に損なわれるものがある。


「方法を聞くまで、お前を信用する必要がない。お前はそもそも、俺から信用される必要がない」


「怒っているの?乱暴なことをしたのは謝るし、……ごめんなさい、でもあの時は仕方なかったし、あと、仕返しがしたいのならどうぞとは言ったでしょう?健介君はそんなことはしなかったけれど」


「俺が許す許さないのことじゃない。お前が謝ることじゃない。俺は『お前が伝える方法』を、『誰が伝えるか』で判断すべきじゃない。俺は疑って掛かるべきだ。お前が信用できるから安心だなんだと適当な答えを出すべきじゃない。お前が信用できるかどうかは、お前から方法を聞いて、それを自分で判断して、結果的に上手くいったその後になる。そういう出会い方をしてるんだ。お前もさすがにそんなことくらい分かってるだろう」


「そんなことあるかしら。もしも私を信用していたら、健介君は私の言う方法が正しいか正しくないか判断できないということ?」


「そういう可能性がある。例えばだ、お前がトロイマン研究所の手先で、俺を利用するための何か策略を用意していておかしくない。むしろそう考えるのが自然だ。……でなきゃ、若くて美人が出てくるはずがない。こんな優しげに丁寧に、電話の受け答えをするはずがない」


「……?健介君。もしかして、若くて美人というのは私のことを言っているの?誉めるところのない女の子にはそう言うようにって、どこか教科書にでも載っているのかしら」


「まず若いはずがない。お前は誰かに雇われて、俺から信用されるように言われてる。いわば釣り餌みたいなものだ」


「美人……、うふふ。少し嬉しいわ。健介君がそう言ってくれるのは、そう言えば私が喜ぶと思っているから、よね?でなければ痩せた猿に美人なんておべっか使ったりしないもの」


「一度鏡を見てものを言ったらどうだ。言ってて……、悪いがそうとしか思えなくなった。よく考えたら、そもそもあり得ない。研究所勤務の?女の?しかも俺と、どうだ?いや、仮に若く見えるといっても、若過ぎる。いないだろう、そんな奴は。だから、お前は雇われた役者だ」


「ふぅん……。うふふ。うふ、健介君こそ、演技がお上手ね。分かった。ところでけれどね、いくら誉めて貰っても、いくら疑われたところで、『だから聞かせろ』には応じられないわ?私があなたに問題解決の方法を伝えるのは一番最後になる。順を追って、あなたが色々と理解した上で、最後に私が説明をする。そうしなければならない理由があるのよ。私の身元を疑うのなら、インターネットで私の名前を調べてくれたら良いでしょうし今度は身分証明をそちらに何枚か送りましょうか?それすら怪しいなら健介君が納得できるまで質問を続けてくれても良い。そういう無駄話でも構わないのよ?」


 また少し、この女の不安定な部分が見え隠れした。俺が信用しているはずがないのに、信用していないと明言したことが不愉快だったんだろうか。どこまででも譲歩してやると余裕を前面に押し出して俺を黙らせた。


 どうやら雇われた役者であることがバレない証拠を用意できるか、雇われた役者でないかのいずれかではあるんだろう。結局俺も、そこを重要視しているわけじゃない。役者であろうがなかろうが、それこそ俺たちに利する人物であるならどちらであっても良い。


 にも拘らず、なおも女の言葉は途切れることなく続いていく。


「図書館で本を借りてきて、お医者様なら知ってて当然だと思う問題を出してくれても良いのよ?当然、専門外というのはあるけど、解剖学、生物学、生物統計学、生理学、生化学、医療科学、細胞生物学。……ええと、病理形態学、病理生態学、薬理学、免疫学、精神医学、麻酔学、そういう題名がついている本の内容なら、なんでも質問してくれて良い。随分昔にお勉強したから忘れていることもあるでしょうけど、忘れているところは忘れる理由があるでしょうから、それを答えてあげる。そうね、それとも、健介君の進路の相談でも良いわよ。けれど、健介君は」


「……分子生物学の説明なんかはできたりするか?」


「まあ、どうかしら……?そこに関してはどの範囲をどれくらい細かく聞かれるかにはよる。私のいる研究所での分子生物学というのと、他での分子生物学というのは多分、相当意味合いが違うでしょうからいまいちピンとこないというのもあるし……。基礎的な部分か、他と被るようなところなら答えられるとは思うけど、遺伝子医学の疾患や病態を聞かれたらほとんど分からないとは思うわ。それこそそういうのは、私が学生の時にはね、将来的には全部機械任せだと言われていた」


 仮に詳しく説明をしてくれたとして、それこそ図書館で本を開いてなければ答え合わせなどもできない。


「お前がそういう質問に答えられるというなら、役者の線は消えるのかも知れない。だが、トロイマン研究所の人員でお前が代表に選ばれた可能性というは残ってる」


「健介君にとっては、誰があなたと出会うか、全くの偶然なのではない?大男だったかも知れないし、確率は低いけれどね、私より若い人間だったかも知れない。もちろん私はあなたを見つけるために手を尽くしたわけだから、私が偶然というのはおかしいけれど」


「その最初に接触してきた人間が、偶然にも敵組織の裏切り者で、俺に良い方法を持ち掛けてきたわけか?そんな都合が良い話があるわけない」


「そこは、私の立場で考えてくれたら良いと思うわ。私はどうしても最初にあなたに会わなければならなかったから、その分努力したということでしょう?」


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