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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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七話㉓


「ナナねー、仲良くなった人に質問してることがある。何個もある」


 仲良くなるための質問、ではなく、仲良くなった人に質問をするらしい。そして、多分だが光栄なことにどうやら俺のことを仲が良い方のグループに含めてくれるようだ。


「そうなのか。もうちょっとこっち来ないか?」


「うん」とニッコリ返事して、とっこ、とっこと兵隊のようにこちらへと歩いてきた。大体、俺から一メートル程度の地点で顔をぐぃーと持ち上げてやはり俺の目をまっすぐに見つめている。


 小さい子は……、そうか。逆にあんまり近づき過ぎると顔見て話せないものなのか。ナナの首が疲れそうなのでやむなく作業を中断して水を止め、その場にしゃがみ込んで目線を合わせると、俺の顔を追うようにしてナナの首の角度も真正面に戻った。


「さあ、なんでも聞いてくれ。難しい質問だったら考える時間をくれ」


「ナナのお父さんとお母さんが、ナナに嫌いって言われたら、ナナのこと怒る?」


 まず俺に関する質問じゃないことに少し戸惑った。仮にそうだったらという話なんだろうか。それとも実際にそう言って怒られたことがあるんだろうか。部外者の俺には全然その状況のイメージも浮かばない。


「……?そりゃ……、怒る?かも知れんな。いや、なんで嫌いだと言うのかをまず聞くんじゃないか?お父さんお母さんが悪いことしててナナが注意したなら反省するのかも知れない」


「……?お父さんとお母さんが悪いこと?してない場合?ナナがいきなり言う」


「いきなり。……理由は?」


「ナナにはそういうねえ、理由はない」


 とても奇妙な前提のように思えた。理由がないなんてことあるのか?心理テストを受けてるような気分だ。


 事情によってどうなるかさまざまだろうに、それに関するヒントがない。ただし、ナナ本人は特に意地悪をしているつもりもないんだろう。


 深刻そうな面持ちでもなければ、ニヤついているわけでもない。普通の表情を普通に浮かべていて、俺と目が合うと少し嬉しそうに微笑んだ。


「どうだろうな。理由もなくいきなり言われたらびっくりするだろうが……。そういう時はナナの機嫌が悪かったりするんだろう。俺だったら穏便に済ませるためにちょっと時間を置いて様子を見ることにはするだろうな。その場で怒ったりしたら、ナナはもっと嫌いになるだろう?」


「ナナは嫌いじゃない。気持ちはねえ、嫌いじゃない。怒る、のも、えっと、ナナが言ってるのは、嫌な気持ち?嫌な気持ちになるかどうか」


 質問ももちろんだが、日本語も少し難解ではあった。一旦整理してみるか。


 怒るか……、というのは、怒鳴ったり叩いたりということじゃなく、単に嫌な気持ちになるかということ、なら、まあ、なるん、だろうな。


 まとめるとつまり、『ナナの両親は特に理由もなくナナから「嫌い」と言われました。さて、ナナの両親はどう思うでしょう』、と、そんな認識で合ってるんだろうか。さすがに大きく外れてはいないはずだが、まとめたところでやはり意図は汲みかねる。


「模範解答は一体何なんだ?ナナがいきなり理由もなく嫌いって言った。で、お父さんとお母さんが悲しいかどうかってことか?そりゃ……、それは悲しいだろうな」


「うん、うん。ナナがそれ夢の中で言ってても?」


「ああ、なるほど。追加情報があるのか。じゃあもう一回……。整理するぞ。ナナの夢の中で、特に理由もなくお父さんとお母さんに嫌いって言った。で、しかし、その場合、現実にお父さんとお母さんは何のダメージも受けていない。悲しく思ったりもしない。それで解決か?」


「お父さんとお母さんが泣いてたら?」


「それはなんか違うことで……?いや、……ん?逆か?お父さんかお母さんがそういうナナに嫌われる夢を見たってことか?」


「ナナはそう思う。ナナはだから、実際?には言ってないけど、これはナナは悪い?」


「お父さんかお母さんの夢の中の登場人物のナナが、理由なく嫌いって言ってきて、がっかりしたお父さんお母さんが泣いていた場合、それがお前のせいかどうかという話か?」


「多分そう」


「……?悪く、ないんじゃないか?そういう夢を見るきっかけが何かしらあったとしても、別に、夢でどうこうしててというならナナは全然悪くないだろう」


「ナナはどうしたら良い?」


「どうしたら……?いや、それ夢の話だろうと言えば良いんじゃないのか。多分……」


「じゃあ、ミーシーお姉ちゃんと、同じ種類の答え」


 まさかナナの年頃で高度なオリジナル心理テストをやるはずもないし……、俺のプロファイリング、というわけではないはずだ。何を思っての質問なのかさっぱりだが、どうやら俺の至極常識的な答えは、ナナの中ではミーシーと同じ分類になるらしい。


「…………例えばその、ナナは仲が良い奴にそれを聞くんだよな?ハジメとかアンミにも聞いたのか?」


「ハジメお姉ちゃんは『一応謝ったら?』って言ってた」


「なるほど、一理あるな。ナナは現実ではそんなこと言わないよと言っておくと良い。すごく、良い答えだな。アンミは?」


「アンミお姉ちゃんは『夢を見た時に謝ったら』って言ってた」


「ううん……」


 アンミはおそらく……、上手に伝わらなかっただけだろう。夢の中のことだから、現実世界のナナが気にしても仕方ないよというようなことを言ったのかも知れない。


「今、だから、ナナは……。ナナは悪くないのは分かったけど、夢の中で、夢の話だからって一応謝る、それをね、夢を見た時にそうするのと、普通にも謝る」


「そうか。ちなみにミーコ先生にも聞いてみたらどうだ?実は家にな、喋る猫がいる。そいつはそういう難しい問題もちゃんと付き合って答えてくれる。ミーコは……、多分出掛けてなければ二階にいるん、だが」


 図ったかのように階段から下りてきて、へたんと床に座り込み、目を瞑ったまま耳の辺りを動かしている。


「呼ばれた気がしたニャ……」


「心の中では呼び掛けていた。な、ナナ。喋ってるだろう?」


「ふく、ふくわじちゅ?ナナそれも初めて見た、ニャー、ニャーなのに?ナナ触って大丈夫なニャー?」


「ミーコ本人に聞いてくれ。触って良いかって。腹話術ではないな。俺も確か、そんなのを疑ったような気がする」


「ナナ、ナナは、ミー……?」


「ミーコな」


「ミーちゃん?ナナ、抱っこして良い、ミーちゃん?」


「まあ……、どうぞとは思うけど、なんか、ちょっと、ほどほどで降ろして貰えると助かるニャ……」


「だそうだ。あんまりぎゅってすると苦しいだろうから、優しく抱いてやってくれ」


 ナナはそろそろそわそわ、まるで獲物ハンティングのような格好でミーコに迫っていき、ミーコも瞬きしながら少しそれにたじろいでいるようだった。


 ぐるりとミーコの周りを半周巡ってこてんと床に尻をつき、砂を掬うかのように手のひらを差し込んで、ゆっくりと持ち上げていった。だらりとミーコは胴体を垂れ下げて、顔は幾分、迷惑そうではあった。


「ニャー……」


「ナナねー、死んでる猫しか見たことなかった」


「死んでる猫の話かニャ……。ナナは……、夢の中で、ああ、そかニャ……。そして、あんまりこれは……」


「健介お兄ちゃんは、ミーちゃんとおしゃべりできる?」


「そいつは割と人見知りなんだろうな……。俺は暇な時ミーコとおしゃべりしてる」


「ミーちゃん、ミーちゃんはお風呂好き?」


「……好きニャ。とりあえず降りー、降りるニャ」


 身体を捩ってまたぺたんとまた床に座った。猫らしい空中バランス感覚だ。見た目以外の猫っぽさというのを久々に見た。


「ミーちゃんお風呂好きだって。ナナねー、お風呂一緒に入りたい」


「意外だな。風呂好きな猫なんているのか?まあ、……本人がそれで良いなら洗って貰ったら良いと思うけどな。ところで本題なんだが、さっきのナナの話でな?聞こえてたりしたか?説明が難しい質問なんだが、ナナが納得いくような答えが出たりするか?」


「聞こえて……、聞こえてるというか、なんか、夢の中のナナがという話ニャ。ナナはそういう夢を見させるようなことしちゃダメニャ」


 ナナがぽかんとしてこっちを見る。俺は当然続きがあるだろうと思っていたが、ミーコの答えは単にそれだけのようだった。


「ナナあんまり、ミーちゃん言うの分からなかった。健介お兄ちゃんは分かる?」


「まあ、日頃から良い子にしてれば、そういう夢も見ないだろうってことだな。現実世界でも心配させないようにしてやれということだ。俺はそんなに、普段ナナが悪い子だとは思わないが……、まあ、簡単にいうと良い子にしてなさいというアドバイスだろう」


「ナナ、まだあんまりミーちゃんとお話難しいのかも。健介お兄ちゃんの言ってることは分かった。あと?ミーちゃん言ってるのもちょっと分かった」


 そうこうしている内にハジメとアンミが並んでこちらへと歩いてきて、ナナを風呂へと誘った。ナナは簡単にミーコのことをハジメに紹介して、階段に手をついて腰を浮かせた。


「なんか、ニャーニャー言ってると思ったら、これ……。てか、これも怖がんないの?」


「えっとね、噛んだりしないし……、お返事できる。ミーコちゃん。ミーちゃん、ナナとお風呂入る予定」


「そういうことに、なった、ニャ……」


「うわ、ホントだ。へぇ……、こんなんなんだ。逃げないのってそういうこと?」


「うーん……、どうだろ?そうなの?ミーコ」


「ヤバイと思ったら普通に逃げるニャ……」


「違うんだって」


「へぇー、へぇー……。なんてのかな、これさあ、でも、変に賢かったら怖くない?」


「……そんな賢くはないから大丈夫ニャ」


「怖くないって、ハジメ」


「ふぅん、なら良いけど……」


「……良いのか。もっとギャーギャー騒ぐかと思った。変に賢かったらも何も、ハジメより……、賢いんじゃないのか、この猫は」


「あたしがどんだけ馬鹿だと思ってんのよ?あぁ、あと、お風呂、と、布団と、ありがと。あのぉ、ありがとうございます」


 ハジメはそう言って、顎を引き上目づかいを作って両肩を持ち上げた。言葉だけは丁寧に言い直したものの、腰を曲げたり首を下げたりはしていない。……肩から考えて、相対的には、頭を下げているのかも知れん。


 ナナの手前、お姉さん意識が働いて妙な形で礼儀正しさを発揮するんだろうか。少なくとも心から感謝しているような振る舞いには見えない。あと……、ミーコにもっと興味を持つかと思っていた。


 ナナもハジメも意外と落ち着いてすんなり受け入れてしまっている。騒がれることもなく、気味悪がることもなく、『へぇ』とか『ふぅん』で済まされてしまった。その辺り、少しばかり、一般人と感性が違うようだ。


「あ、え?えっと、私も?健介、えっと、ありがとう?」


「ナナもありがとぅ。ありがとー」


 アンミはハジメの動作に驚いた様子で振り返って、軽く頭を下げた。ナナが一番しっかりお辞儀ができている。誉めてやりたい、が、ナナを誉めると二人にはちょっと角が立つな。


「いや、……そういうのはもう結構だ。細々区切ってお礼を言われても困る。とりあえず急場においては全部どういたしまして。自由にしててくれ、ここの住人として堂々と振る舞っててくれ。もの壊したりした時だけ報告してくれ」


「ん、じゃあまあ、そうするけど」


 ハジメの場合はこの家に泊まること自体が不本意なんだろうし、アンミはもはや今更なご挨拶だ。逐一礼を言われても俺だってどう返すものか困る。まあ、俺はそうだな……、とりあえずは皿の片づけを忘れない内に済ましておかなければならない。


 またジャブジャブと皿洗いをして、自室へと戻った。


 で、そうするとだ、とりあえずミーコが風呂を出るまで少しは時間がある。自室のドア、窓の鍵を点検してしっかりと施錠を済ませた後、再び黒い女から手渡った携帯電話を眺めてみた。


 新しく送られてきた方をメインで使うとして、念のため黒い女へすぐ発信できるようにはしておいた方が良い。


 新規登録にしようか五分かそこらはケーブルを眺めて悩み続けたが、確かに電話帳がスカスカでは安心できないし、素直に説明書に従って手渡しの方からデータを転送することに決めた。


 で、その際に気づいたが、まず、発信履歴の『友人その1』が消え去っている。そして電話帳の中からもどこかへ紛れ込んでなのかいなくなっていた。完全にいなくなっていると少し困るが、一応何かしらに書き換わるという話だったはずだ。


 転送操作後には友人その1探しをしなくちゃならん。


 特に難しい操作が必要というわけでもなく、すんなりその作業は完了した。まず電話帳の転送が五秒やそこらで終わってしまったし、電話帳を流し見るだけで、リストの中から自分と無関係な施設を探すというのは、意外なほどに簡単だった。


 電話帳登録の施設に説明が加えられているが、自分と無関係であることがすぐに『俺には分かる』。


 柔という字が入っていることから考えると柔道関係なのか柔術関係なのか、まあ、俺のことに詳しい人間にクイズしても、このリストの中からすぐに見つけ出すことはできなさそうな紛らわしい施設が選定されたんだろう。


 確かに、そこそこの、それらしさはある。そして少なくとも市倉絵里のイメージと結びつくような施設名ではない。あと電話帳のついでに認証機能も追加されたと表示された。



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