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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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七話㉒


「まあ。疑うべきじゃないな。スーパーマンの家よりも、ここを選ぶ価値があった。親切で優しくて思いやりのある人と、普段通り、仲良く生活したいというのが、アンミのお願いだったんだろうからな。それ以外は重要じゃないから、余計なことは言いたくなかっただけだろう。別にお前への信用が足らないとか、迷惑掛けたくなくて遠慮してるというわけじゃない。分かるか?アンミがお願いして、ミーシーが探した。お前をだ。満足できる結果だったんだろう。ここにまだ残ってるってことは」


 ハジメとナナは畳んであったシーツを被せるのに苦労しているようで、こちらの立ち話を聞いている様子もない。わっきゃわっきゃと共同作業を楽しんでやっている。部屋の隅の押し入れの前で、俺とおっさんが話していることには微塵も興味はなさそうだった。


「それが叶ったなら、俺もそれがどうでもいいことだとは言わない。当初の目的は達成したということだろう。俺は事情を聞いたからといって態度を変えるつもりはないし、今現状、こうやって隠されてることが不満なんだ」


「ん……。分からんでもない。事情を話しても別にお前は態度を変えたりしないだろうな。今俺が見てそうだと思うだけだから、それまでどうだったかとか、ミーシーが何考えてたのかも分からんが」


「……追い出す可能性が、もしかするとあったのかも知れない。ミーシーがそれを危惧してたかは俺も知らない。だが今となってははっきりと断言できる。事情があっても追い出すことはない。態度を変えたりもしない。だったら話さない理由もないだろう」


「俺もそうは思うけどなあ……。ただ言ったろ?俺が、解決してやれる。心配する必要はない。で、俺のことはおまけだとでも思ってろとも言った。何も俺から聞こうとしなくても良いだろう。なんなら怒られるまでしつこく付きまとってミーシーに話せ話せと迫ってくれても良い。お前が不満に思ってるのは話されないこと自体じゃなくて、話されないのは信頼されてないからじゃないかと不安だからだろう?」


「なるほど……。予知能力者には議論でも勝てないのか……。それは単にミーシーが嫌がるだけだろう。俺が不安なのは、それだけじゃない」


「なあ健介、逆にな。俺も不安に思うことがある。ミーシーがここから出て行く可能性というか、そういう未来もあり得た。出て行きたくないなと、思わせてやっててくれると、助かるな。これは俺の事情だが、アンミはともかくあいつは探すの苦労するから」


「ミーシーが出てく?なんでそんなことになるんだ?ミーシーが気に入らなくて……?二人で出て行くということだよな?」


「いいや。アンミをここに置いて一人で。ミーシーに事情を聞くなと脅してるわけじゃない。俺が感謝してるってだけの話だ。なんでそういうことになったとかは聞かれても俺にはちょっと分からんな。正直に話すような性格してないだろ?ただな、ミーシーもここを気に入ってる。今回は逃げても追いつけるタイミングで来たが、それも本来なら必要なかったのかもな。お前が引き止める役をしてくれてる」


 諭すような口ぶりで、そんな説明を受ける。実際のところ、ミーシーの要望はそうだったろう。俺が普通に、接することを望んでいて事情については首を突っ込まれたくはなかったはずだ。


「俺が不安に思ってるのは、……信頼が足りないとか、そういった話だけじゃない。もしも先に話していてくれたら、俺はそれでも出て行く必要はないとはっきり言えたはずだ。協力もすると言えたろう。どんな事情だったとしてもだ。俺は話してさえ貰えば、応えるつもりでいる。実際役に立つかは分からないが、……それでも、信頼が足らないというのなら、それは単なるミーシーの誤解だといえる。ミーシーが、話してくれるのが一番良かったかも知れない。でもな、俺が一番不安に思うのはそこじゃない。どうしてまだ、解決してないんだ。どうしてミーシーが解決済みだと言わないんだ。二人がここに来てから一週間、おっさんは何してた。おっさんが解決できる話だと言うならミーシーはそもそもその事情を無視して予知なしで生活してておかしくない」


 決して責めるつもりじゃなかった、とはいえ、表現は良くなかっただろう。その一週間というのはちょっと考えてみれば、ハジメとナナに費やした時間だろうというのは推測できた。


 だから、責めるような表現を避けるべきだったと少し後悔した。だが、おっさんは怯む様子もなく笑みを浮かべて、でかい手のひらを俺の頭に載せ、静かに声を出した。


「悪かったな、健介。そういう苦情は受ける。助かった。ありがとうな」


 埒のあかないやり取りを、一体いつまで続ければ良いのかと思っていた。言いくるめられまい、諦めまいと踏ん張っていた俺は、その振る舞いに、完全に虚を衝かれてしまった。


 次の言葉が見つからない。ぽかんと口を開けて、撫でられるままだった。


「…………」


 ひとしきり撫でられて、話は終わってしまった。おそらく何が議題であったにせよ、こういう、結論に達するものなんだろう。諦めというより、納得させられた。


 言いたいことはいくらでもあると思っていたのに、それらはもう全部、その言葉に包まれてしまっている。


「お。ハジメ、終わったか?」


「終わって、ないかも?終わり掛けなんだけど。これさあ、こんなとこあたしら寝て良いの?目茶苦茶ありがたそうな場所なんだけど」


「ありがたそうか?まあ、そうかもな。不気味だとかいう感想じゃなくて良かった」


「言っとくけど、あたしらなんもできないかんね?良いとこ用意してもほいほい言うこと聞いたりとかしないから」


「…………。ほぼ初対面で、偏見だろうなとは思ってるんだが、お前はなんかあれだな。……ナナよりものに釣られそうだな」


 金髪で、少し馬鹿っぽい子のイメージが、ハジメの印象を歪めてるだろうか。俺とおっさんの話ももう切り上げ時だったとはいえ真剣な空気に、顔だけ覗かせて闖入する間の取り方の悪さは、致命的に誰かを思い出させてしまう。


 俺はこの時になって初めて気づいたが、金髪の子に対して変な反射神経が身についていたようではあった。なんとなく、小馬鹿にしてしまいそうになる。


「……なにこいつ。どういう意味?」


「割とそのままの、印象の、イメージがな、まあちょっとそういう感じがするという話だ」


「…………あのさあ、よく。考えたら?スイラおじさん、これ、……え?ごめ、あんたの自己紹介しっかり聞いてなかったんだけど、もしかして……、ええっと、えっと、これスイラおじさん連れて帰んの?」


 ハジメは口をぽかんと開けて、腕を上げ俺を指さし、少し困惑気味に声を出していた。ハジメの回路がどう繋がってそういう話になるのかはさっぱり分からん。自己紹介などそもそもさせて貰ってないし、俺が連れ去られる理屈なんかもない。


「ん?村にか?しばらく帰らんぞ。健介が来たいなら、まあそん時は来て貰っても良いかも知れんけどな」


「……パンピー?」


「パンピーだな」


「パンピーなんて言葉を実際使ってる奴を初めて見たんだが。あ、そうだ。もしかしてお前も魔法使いだったりするのか?どういう、その……、魔法なんだ?威力は高そうだな」


「なんでこいつ、会って全然経ってないのに、勝手にあたしのこと攻撃魔法系だと思ってんの?あと、さっきからさあ、初めて初めてって……、あたしのこと馬鹿にしてんの?」


 腕を下げて半身でこちらを覗くようにして、俺の失言に抗議をしている。ああ、面白い子だな。初めて……、というのにまで反応するのは過敏だが、ミーシーに言われ放題だった時よりも幾分スピード感のある返球だった。


 攻撃魔法系という言葉のチョイスが面白いし、馬鹿にされていることにもちゃんと気づいている。


「なんだろうな。馬鹿に……、してるわけじゃないぞ。なんかこう、少し嬉しい気持ちになった。名前がハジメだから、初めてって言葉を使うのが気に入らないのか?」


「その前に、攻撃魔法だと思ったとこ怒ってんでしょ?いや別に初めて使うなってわけじゃないけど、馬鹿にしてんのって聞いただけでしょ」


「そうだよな。馬鹿にしてない」


「まあなら良いけど……」


「良いのか。……良いのか?そんなことあるか?」


 ……またちょっとムッとした。ああ、なるほど。俺はこれを、新鮮に感じるんだろう。恥じ入る様子も戸惑う様子も、こうして怒る時でさえ、とてもしっくりくる表情を浮かべる。


 なんならいっそここが宇宙空間で音など何一つ聞こえなかったとしても、何を考えているのかが読み取れるようにさえ感じた。そして、俺を不審者扱いして植えつけられた罪悪感というのは一体どこへ行ったんだろう。


 ポイントを稼がなくてはと焦っていた時のことなどもう忘れているんだろうか。特に物怖じする気配もなく堂々と意見を言う。


 どの程度怒っているのかバロメーターがついていて、まあもちろんまだまだ検証は必要なんだろうが、どうやら感情の自動消灯機能というのが備わっていそうだ。


 年齢的にはおそらくミナコとそう変わらないと思うが、同じ金髪でもこう違ってくるのか。部分的とはいえ、ミナコの悪いところを、全く反転させたかのような挙動をかいま見た。


 まあ反転させたら良いところになるわけでもないとは思うが。


「そうか。じゃあ、そうだな。どういう、魔法なんだ?」


「ふぅん。あったしはまあ、そりゃすごいファンシーなやつ。女の子らしいやつ。でも、あんたには見せてやんない。どれくらい女の子らしいかってことだけ教えてやると、……アンミはほら、花とか一斉に咲かせたりするでしょ。それにはちょっと負けるくらい」


 そして、こう動く。あっと言う間に機嫌良さそうにそう語った。何やら誇らしげに腕組みをして『どうよ?』と言わんばかりだが、どうよも何も、どういう魔法かという質問にはまるで答えてない。


 ボケを挟んできたのか?いや、教えてやらないということだから、別に俺はそこまで聞きたいわけじゃないしスルーしても良いんだろうか。


 それとも、もっと俺が懇願するのを期待しているのかも分からん。多分よく見れば、顔とかに書いてありそうなものだ。


「な、な……。何?何見てんの?」


「ん?いや、……ああ。花?……花咲かせてるのは見たことないが、アンミの、ああそういう使い方もできるのか。根っこをこうにょろにょろ動かす魔法だと思ってた」


「にょろにょろて……。それはなんかさあ、言い方が悪くない?かわいくないじゃん。てか、最初からそもそも魔法とか使わないからあたしはもう一般人と一緒なの」


 ハジメの魔法が主張の通りもしもファンシーで女の子らしいものだったとして、使い方次第というところもあるだろう。無闇に見せてくれとは言いづらい。


 やる気満々だったら付き合うことにしたろうが、今回はまあ適当に相槌を打って流すことにした。どうやら魔法を見せたいわけじゃなく、俺の中のハジメの印象を気にしての補足情報のようではある。


 攻撃魔法系じゃないし、ファンシーな魔法使いだし、そもそも魔法を使わないから一般人と同じ。これは俺が魔法使いなのかと聞いたことに対する答えにはなる。


「ハジメよ、ナナは一人で布団用意してるのかなあ?俺はもうそっちに行こうと思うが、なんならまあ、健介と喋ってて良いぞ」


「はあ?スイラおじさんが喋っててこっち来ないからじゃん。呼ぼうと思っただけで、あたし全然そういう、喋りに来たわけじゃないんだけど」


「ハジメはウブだからな。まあ、健介。胸の扉をコンコン、ハジメはおっぱいがないし……。素直によく響く子だから、気になるなら構ってやってくれ」


 これがイジられ体質の、いわば別進化形態なのか。ハジメ自身がそこそこにタフで楽観的で、良い方向に阿呆のようではある。割と信頼を損ないそうなスイラおじさんの発言にも少しばかりだけムッとして「土台はできてんの」と返して場を落ち着けた。


 反論もするからストレスも溜め込むようなこともないのかも知れない。加えてナナはハジメによく懐いているようだ。ナナを保護する役割を誇らしくも思うかも知れない。


 俺も一応バランスを保つように中立派でいたいとは思うが、まずもって、俺が率先してハジメを馬鹿にしてしまいそうだった。擁護派までこなせるだろうか。ミーシーなど顕著に、アンミとは接し方が違う。おっさんもハジメを庇うような素振りがなかった。アンミとナナは当然ハジメが劣勢であればそれをフォローしようとはするだろうが、総じて擁護派の、発言力が弱そうだ。


「なるほど……」


 とりあえず俺は中立を心掛けるようにはしていよう。ハジメもどうやら馬鹿にされてめそめそ泣くような子ではなさそうだし、おっさんもミーシーも限度は分かってるものだろう。


 変に俺が気を使ってハジメを持ち上げればそれこそオモチャにされるかも知れん。それは多分だが、ハジメから俺への好感度を、より一層下げることにもなりかねない。


 俺がぼうっと突っ立っている間に布団の用意も終わったようで、ナナとハジメは枕を交互に投げ渡す遊びを始めた。正直もうすっかり忘れていたわけだが台所方面からアンミが顔を出して俺に「ご飯どうする?」と聞いた。


「あ、そうだったか。そっか。すまん、忘れてた。食べるが、片づけは俺がやるから、アンミは……、お父さんとかと喋ってたらどうだ?」


 台所へ戻ってみると、わざわざおかずを小皿に取り分けてくれていたし、茶碗にはラップも掛けてくれていた。ラップだけ剥がして口を動かす。どうやら俺が外に出ている間にアンミもミーシーも食事を終えていたようだ。


 もしかするともうその間におっさんとも一旦話し終えていたのかも知れんが、アンミは俺に言われるまま、仏間の方へと歩いていった。冷めてしまったというのもあるし、変に食事を分割されたせいで喉の通りがいま一つだ。


 ごちそうさまとだけ一人ぽつんと呟いてカタカタ皿を重ね、前言通り流しへ運んで洗い物に取り組む。


「ナナねー……」


「ん?おお。ナナか。どうした?」


 さっきまで食事を載せていた机に指を引っ掛け、ナナはどうやらこちらへ向かって声を出した。


 ほとんど体は机に隠れてしまっているし、こちらからは数メートルも離れているものだから、声だけだったら独り言になりかねない。


 が、ぱっちりと開いた両目は間違いなく俺の方向を向いている。ひょっこりニッコリ顔だけを出してこちらを見つめ続けていた。



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