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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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七話㉑


「…………。この場合、俺が考えるべきなのは、それが、ここにいる人間にとって良いか悪いかという話だ。そりゃ、まず事情がある。そして一緒にいたくても離れなきゃならないこともあるだろう。わがままを通せない時だってある。それは俺が決めることじゃない。こうすべきだという選択があるならそれを俺の意見で左右するわけにはいかないはずだ。逆かと思った。二人を連れていくと言われるかも知れんと思ってた。だとしても……」


「あのな、健介。好き嫌いで決めて良い。アンミとミーシーがいて、家に帰れない事情があるなら、迎えが来るまでは家に置いてやらなきゃならないとか……、そんな義務感はあったのかも知れんな。今は違うだろう、俺がいる。『迎えが来たぞ、良かったな』、ってことでも良い」


 このおっさんは、俺が仕方なく了承するわけじゃないのを分かっている。……俺は、いて欲しいと思っているに決まっているし、もし出て行くという話を進められた場合、俺はそれが最良であると説明されなければ納得できなかっただろう。


 俺が答えをすんなり口にできないのはむしろ、このおっさんが、アンミたちの諸事情を、全てゼロにリセットしてしまったからでもある。


 出て行くしかないのかと、縋る方がよほど自然に、俺は自分の気持ちを素直に言えたろうが、ここで俺がそれをそのまま口にすれば、今後、隠されている事情に踏み込むきっかけを失う。


「帰ると言われたら食い下がっただろう。……いて欲しいとは思ってる」


 ああ、これは、やはり邪推ではなかったろう。ナナもハジメも俺を見ている。ミーシーもアンミも俺を見ている。


 結局名前しか知らされないような無意味な自己紹介で全員を集合させ、こうまで視線に囲まれて、そんなふうに聞かれたら、俺はそう本心を答えざるを得ない。


 結局のところこのおっさんは、居候について許可が欲しかったわけじゃなく、どちらかというなら、アンミたちの事情に首を突っ込むなということが言いたかったんだろう。少なくともこの場では、事情を問い質すような真似はできない。


「じゃあ追加でハジメとナナと俺も、世話になって良いか?」


「…………。そうだな。ここで分断させるのも得策じゃないだろう。無下に扱うわけにもいかない。保護者もいるなら、心配もないとは思う。本来なら色々整理させて貰いたいところだが、心情的なことだけ述べろというのなら、いてくれたら良いとしか言えない」


「わあいやったぜ!……ということでだ、とりあえずお試し期間で良いんじゃないか。嫌になったら俺にこっそり密告してくれたら良い。ハジメかあ?最初に嫌われるのは?」


「な、なっ、そいつ……、あたしのこと最初から嫌いでしょ、仲良くとか絶対無理じゃん。こういう場合、あたしだけ村帰んの?死ぬかも知んないんだけどそれは……」


「……いや、そんなことにもならない。実はお前も、……ちょっと好感度をな、稼いでるんだ。なんか寒そうな格好してると思ったらそれ、ナナに上着を貸してやってるんだろう?ちっちゃい子に懐かれてるし、ちょっと変わってるとはいえ、根は優しい子なんだろう。第一俺はそんな薄情な人間じゃない。仮にゼロポイントだったとしてもお前だけ追い出すようなことはしない」


「一応、訂正しておきましょう。そうじゃないわ、健介。ハジメは風邪引かないのよ。自分が風邪引かないのを良いことにアンミ連れ回して山の中で迷子になって帰れなくなるような子なのよ。別にそれはこの子のポイントとかじゃないわ。風邪引かないだけなのよ」


「ぬ、く……。あのさあ、こっちは死ぬかどうかの話なんだからちょっと黙っててくんない?都合の良い事ばっか言って。大体それ、あんたが最初に山道入ってったんでしょうが。あたしはついてったってだけだし、迷子っても一回しかなってないわけでしょ?」


「そこでかくれんぼしながら山菜探そうとか言い出して、行方不明になった挙げ句荷物空っぽで、ちなみに多分、その日半分野生化してしまったのよ。簡単にいうとトラブルメーカーなのよ。健介もそんな子は置きたくないでしょう?」


「えっと……、私が風邪引いたの?私あんまり風邪引かないし、……風邪引いたっけ?でもほら、ハジメも、ミーシーが見つけてくれなかったら」


「あのさあ、あたしがトラブルメーカーだったとして、あんたよりはよっぽどマシなんじゃないの?あたしが迷子になってんのもあんた夜まで放っておいたんだけど。すぐ見つけてておかしくないわけでしょ、あんたの場合は。そんでそん時のせいでアンミが風邪引いてたなら、それあんたのせいじゃん。あんたがさっさと見つけてれば良かっただけでしょ?」


「かくれんぼだから予知するなと言っといて人のせいにするとかとんでもない子ね。というかそもそもハジメのことは探してないわ。私はアンミと山菜を探していたのよ。ハジメはたまたま見つかったのが夜だったというだけでしょう」


「これ……、あたし反論すると好感度下がったりするわけ?こいつが今あたしのポイント下げようとしてるんだけど……。こんな一方的に攻撃してくる奴とかにも媚び売んないとダメなわけ?」


「いや、……俺が好感度とか言ったのが悪かったな。気にせず反論してくれて良い」


「でもねー、でもねー、ハジメお姉ちゃんは健介お兄ちゃん?健介お兄ちゃん言ったみたいに、寒い時、ハジメお姉ちゃんも寒いのに服貸してくれるから」


「そうなんだ。私にもね、その時貸してくれるって言ってた。あとね、その時、一生懸命火つけようとしてた。寒かったから」


「へぇ、そう。ハジメは優しいのね。ほら、こう言いなさい。『ハジメちゃんです。あたしは優しくてとても良い子です。ただし、阿呆です』」


「ハジメお姉ちゃんはねえ。うん、優しいです」


 ナナとアンミは一応、ハジメの擁護派に回ってあげたようだが、阿呆ではないという訂正は入らないようだった。


「健介にもハジメが優しい子というエピソードを教えてあげましょう。ある日ジョウロがないか聞いてきたわ。貸してあげたら、この子は地面に生えてる草に水やってたのよ。すごく優しいでしょう、普通地面に生えてる草とかに水やったりしないでしょう」


「ナナも知ってる、それ。ハジメお姉ちゃんが育ててた草」


「……別にあれは、育ててるとかじゃあないんだけど」


「いいえ、育ててたわ。私がそれするくらいなら畑に水やりしなさいよ、と言うでしょう?そしたら、ハジメはもうこれよ。『だって……、あれとか食べちゃうから、なんか育てても意味ないかと思って』さすが優しい子は違うわ。……でも、水やり過ぎて枯れたでしょう。地面がぐっちょぐちょになるくらい水あげてたでしょう。そしてその水害のせいでそこに住んでたモグラさんとアリさんが住処を追われて離れた場所に難民キャンプ作ってたわ」


「あれは冬だから枯れただけでしょ?モグラとかアリとかいなかったし、あたしが水やってたせいじゃ……」


「健介よく考えなさい、そして断りなさい?一応オブラートに包むけど、正直なことを言うとハジメはうるさくて頭が悪くて、おっぱいも小さいでしょう」


「…………」


 どうしたものだろう、このいたたまれなさを……。ハジメに加勢してやりたい気持ちはあるが、俺にはハジメとのエピソードなどない。


 強いてエピソードを挙げるとすれば不審者扱いを受けて石を投げつけられるところだったという、そういう話しかない。都合の良い変換もできなくはないが、……それについてもミーシーが失策をあげつらうのは簡単なはずだ。


「あたしも、……そんな、別に、媚び売って、……そんなあんたのポイント稼いでどうこうってつもりじゃな……、あた、あたしだけ追い出したいわけ?ひどいじゃん。あんたのポイントだってゼロじゃんそんなのっ」


 ミーシーにとってはハジメ滞在は都合が悪いという、ことになるんだろうか……。


「……いや、すまん、ミーシー。都合が悪いなら都合が悪いという具体例を挙げてくれ。そんな情報では撤回しかねる」


「さて布団敷くか。俺は真ん中だからな。それっ、ナナ、布団を敷くぞ。布団の敷き方は分かるか?健介、仏間で寝させて貰って良いか?三人そこで寝れるだろうし、問題なければ、あ、あれだぞ。寝る場所のな、指定があるなら、はは……、ハジメに許可取ってくれ。俺は仏間で寝るから」


「そうしてくれ。そして、こっちを見るな、ハジメ……。仏間で寝てくれ」


 俺の感想を述べるのなら、ミーシーが断固として反対というようには見えなかった。おっさんが仲裁に入らないのも、結局ミーシーがハジメの悪口を言ったところで結果が変わることはないからなんだろう。


 黒い女がこれをどう思うかは分からんが、そういった注意事項を受け取った覚えもないし、なんならこういう事態を想定していたかも知れない。


 加勢が不都合に繋がることは考えづらいが……、ただ、黒い女はミーシーに計画が知れると問題だとは言った。


 一つ、俺の立場や振る舞いを苦しくしたという部分は無視できないのかも分からん。どうしたものなんだろう。


 とても窮屈な立ち位置に据えられてしまった。おっさんも、ミーシーと同じように、俺に役割を与えようとはしていない。この状況では俺が手に入れられる情報も限られている。


 俺が役に立たないことを、ミーシーもおっさんも分かっていてそうしているはずだ。この家の中で、適当な人間関係を作って、余計なことは考えずに生活をしてくれというのは、ミーシーやおっさんからすれば至極当たり前の要求なのかも知れない。


 俺を特に役立たせる場面がないなら、単に仲良くしといてくれというのが妥当なのかも知れない。人を受け入れるかどうかという部分に、余計な損得を挟み込むべきじゃないというのは分かる。純粋さを保って人を見て、好き嫌いを決めるべきだという理屈が通用する場面もあるだろう。


 でも、俺がそれを、演じきれるとは思えなかった。気掛かりなのに触れることも許されず、窮屈な思いをしながら知らないふりをするなんて、それこそまともな向き合い方じゃない。


 おっさんは、保護者としてここに登場したと宣言した。面倒事は任せろという口ぶりだった。とはいえ、せめて……。俺が役に立たないにしても、事情の説明くらいはしてくれたりしないものだろうか。


 現状まだ、アンミの問題が解決されているわけじゃない。その問題というのは、俺の視界にどうしても入る。そして、黒い女が俺の前に姿を現した時点で、ともすれば、手に触れる距離にある。


 仏間の戸を開いてやるとナナとハジメはきょろきょろしながらそちらへ進み、俺もそれについていった。おっさんだけは迷わず隣の部屋の押し入れから抱きつくようにして布団を取り出し仏間へと放っていく。


「わぁー、……ハジメお姉ちゃん埋まる?」


「うふふ、埋まろっか?でも、ダメー。んなことしてもたもたしてたら、夜寝るとき、布団なしになるでしょ。だからナナ、ちょっとだけで我慢しなさい。ほれぇー」


「え?ちょっとは良いの?うわぁ、ナナ埋まるぅ」


 追加組が楽しそうで何よりだ。俺は、ちょっとだけは粘ってみようか。さっきあの場じゃおっさんの方だって話しづらかったはずだ。


「よっほい、よっほい」続々と就寝パーツを投げつけるおっさんの横に回り込み、声を落として話し掛けてみた。


「おっさん、その……、ここに住むのは良いんだが、どういう経緯で、どういう事情でというのは俺には話さないつもりなのか?」


「どうだろうな。別に話さないって決めてるわけじゃないが。ただ、まずはな?助けてくれってことでここ来たわけじゃないことを、分かってくれるなら、何よりだって、よっ、最後、枕クラスターっ。そういうことだな。相談相手になってくれるかも知れんし、結局助けを借りることになるかも知れん」


「住むとか住まないとかに関しては良い。おっさんがここに来たのは、というよりも、まず二人がここに来たのに、理由があるだろう?助けを求めて来たわけじゃないのは分かってる。俺が役に立てるかどうかも定かじゃないが、でも……、何も聞かされてない」


「もっとこっち来い…………。俺は、ミーシーにも、ちゃんと確認した、健介。予知の中とかじゃなく、ちゃんと実際会ってから話をした。アンミはそもそも、お前が言うような、村を出る理由とは関係なしに、ここに来たがったそうだ。村を出なくちゃならなかったとしても、わざわざ、お前の家を選んだ。お前の家じゃなくてスーパーマンの家に押しかけたなら、助けてくれって話だったかも知れない。それならまあ、まずは事情を説明してくれってのも分かる」


「俺が頼りにならないってことか?」


「そういう話じゃなくてな。スーパーマンよりお前を選んだんだってことを知っててやってくれ。ミーシーはお前に助けてくれなんてことは言わなかったろう?だが多分、アンミと仲良くしてくれと、言ったか言ってないかは知らんけどな、そういう態度は取ってたはずだ。あいつなりにな?助けが欲しくて、ここに来たんじゃなくて、仲良くして欲しくてここに来たんだ。お前はその役割を十分こなしてるわけだろう」


「…………。俺はそれを誤魔化しだと疑うべきじゃないと言いたいのか?」



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