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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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七話⑲


「なあ健介、一つお願いがあるんだ。俺は今こいつをハグしてて、身動きが取れない。外でな、二人待ってるから、この家まで連れてきてやってくれないか?」


「それか、私に協力してこれを引き剥がすのを手伝ってちょうだい。まずは下に行ってサランラップ取ってきてさっとこの男の顔にキツく巻くのよ。二本持ってきてちょうだい。私も拘束が解けたら参加するわ」


「俺も先にミーシーと話すことがあるから」


「……。なるほど。外に二人いるん、ですね?じゃあ、ちょっと外見てくる」


 ミーシーが抱き返していないことは分かっていたが、肩を開いて肘を押し出すようにして、かなり力を込めて脱出を試みていることにも気づいた。


 それに対しておっさんの腕はせいぜい何センチかが左右に揺れているだけだ。まあしばらくは脱出できないだろう。ちょっとこちらの問題には介入したくないなと思った。


 ミーシーの助力要請を聞かなかったことにして階下へと移動しちらりと一度台所を覗いた。


 アンミはまだゆっくりと一人で食事を続けているようではある。


 そして玄関を出た、わけだが、……家の外に出てもまず誰も見当たらない。坂の前まで歩いたところで暗闇の中に一度ちらりと人影らしきものが動いた気がしたが、何歩か進んで目を凝らす間にそれも消えてしまった。


 すぐ近くに待機してくれてるものだと思っていたが、わざわざ道路で待ってたりするんだろうか。人影が動いたというより、俺から逃げたようにも思えた。


 敵の組織の人間がおっさんを尾行してこのタイミングでうろついているということもあり得なくはない。連れの二人の背格好くらいは聞いてから家を出るべきだったかも分からん。


 ちょっと探して見つからないようなら諦めて家に戻ることにしようか。ただ割と雑な捜索をほんの数十秒続けるだけで、意外とすんなり目標を発見することができた。


 坂道を下りて十メートル程度先のコイン精米所の明かりの下で、小さな小さな女の子が一人でうずくまっている。大きめの黒いダウンジャケットに包まり、頭だけ出して座り込んでいる。


 小学校低学年女子、置き去り事件が発生している……。


 明るいところにいるお蔭で俺はその子をすぐ見つけることができたが、その子は俺がかなり接近して声を掛ける直前まで俺の存在に気づく様子がなかった。ただ、気づいても驚く様子も逃げ出そうとする素振りもなく首だけぐわあと持ち上げて俺のことを真っ正面で見つめてくる。


「ああ……、迷子、とかじゃないよな?」


「まいご?ナナはここで待ってる」


「誰を待ってるんだ?寒いだろう。おそらくお前が待ってる人とかは俺の家に来たおじさんだと思うんだが違うか?」


「ナナは……、これがあったかい、知らない人についてっちゃダメって言われてる」


「ナナ……、ああ、ナナか。俺は知らない人だろうが、あれだ。ナナのその、知ってる人に連れてきてくれって言われてる。だから、とりあえずお兄ちゃんについてきてくれ。人違いということもないだろうし、そんな寒いところで待ってると風邪引くぞ」


「スイラ先生?」


 そのナナという女の子は俺の後ろを覗き込むようにきょろきょろと首を振って、俺以外誰一人この場にいないことを確認してから「でも、ナナはここで待ってる」と言った。


「いや、そのスイラさんにナナを連れてくるように言われたから、な?スイラさんが来てくれって言ったらナナは来るだろう?知らない人と言ってもな、お前が知ってる人は俺のことは知ってるんだ」


「ナナはハジメお姉ちゃんが待っててって言ったから……、スイラ先生は今多分向こうの方へ行って、行ってます。ナナはだからここで、待っています」


 引き下がらない俺に恐怖心を抱いてしまったのか、ぎこちない敬語で拒絶された。心なし頭もダウンジャケットに潜り込んでいて、もう鼻から下は見えない。


 抱えて持ち帰ることができるサイズだが、下手に近所に見つかると今度は俺が通報されることになりかねない。


「ハジメお姉ちゃん?じゃあ、ハジメお姉ちゃん……。ハジメお姉ちゃんはそれでどこにいるんだ?そのスイラ先生とハジメお姉ちゃんとナナとの三人でここまで来たのか?」


「三人で……。ハジメお姉ちゃんも向こうに走って行って、ナナは一人でここで待ってて、スイラ先生は?スイラ先生はどこに行ったか分からない。分かりません。ハジメお姉ちゃんが来てって言ってるなら、ナナお兄ちゃんについてく」


「そうか。……言ったかな。……どう、だったかな。そのハジメお姉ちゃんが、ほら、ナナが風邪引くと良くないと言うだろう、やはりここはそのハジメお姉ちゃんの言う通り、風邪を引かないようについてくると良い」


 正直言ってそのハジメお姉ちゃんがちゃんとこの子を保護してればこんなやり取りは不要だったろう。監督義務を怠って何の目的でどこへ行ってるのか、それを言い出せばおっさんが一番の悪者にはなりそうだが、この寒空に小さい女の子を放っておいて悪いと思わないものなんだろうか。


 加えて、最初からこの女児を引き連れて俺の家を訪ねていたら、俺もああまで警戒はしなかっただろう。この女児がピンポンを押していたら、俺は何も気にせず玄関を開けたかも知れないし、その流れでアンミがナナのことを説明してくれたら、お父さんも一緒にいるであろうと心づもりできた。


「……?ナナ、えーと、ハジメお姉ちゃんはお兄ちゃんのこと知ってる人?ハジメお姉ちゃんがナナに来てって言ってる?」


 ダメか、賢い子だ……。おそらくお菓子あげるとか言ってもついてこないんだろうが、一応試して、ダメならハジメお姉ちゃんを探す旅に出るか、もしくはおっさんをここまで連れてきた方が早いかも分からん。


「お腹空いてないか?あまーいお菓子がたくさんあるんだが、多分まだ残ってるとは思うんだが、それでもお兄ちゃんについてこないか?」


「ナナはお菓子とかにも釣られちゃダメって言われてる。ハジメお姉ちゃん、どこか知ってる?」


 すごいな、賢い子だ。お菓子にも釣られない。しかも、これはもしかするとハジメとかいう子の出身地とかを合い言葉的に聞いているのかも知れん。俺が知らないと答えたら、まあ当然ハジメお姉ちゃんとの関連性なしと分類されてしまうわけか。


「そうだな……。ハジメ、ハジメか。新潟、とかか?違うかな。三十回くらいチャンスをくれたら当てられるとは思うんだけどな。ヒントはあるか?」


「……あ、ハジメお姉ちゃん」


「ナナっ、しぃっ、……あ、もう。ナナに何しようとしてんのよ、警察呼ばれたいわけ?」


 俺が振り返ると、その例のハジメお姉ちゃんは多分だが小石かなんかを、握って振りかぶった状態で俺の後ろ数メートルの位置に現れたようで、ナナは立ち上がり、ぴょこぴょこそちらへと歩いていった。


「…………。誤解を、するな。お前がハジメか?その、スイラ先生と一緒に来たわけだろう。俺はそのスイラ先生から頼まれてナナとお前を迎えに来てる」


「はあ?頼まれて?スイラおじさん本人来たら良いでしょ。てか、ナナなんて喋った、このおじさんと」


「おじさん……?俺がおじさんという歳に見えるのか?大学生だぞ……」


「えっと、ハジメお姉ちゃんが待っててって言ってるからナナはここで待ってるって言った。ナナはでも、スイラ先生が呼んでるからハジメお姉ちゃん探した方が良いかと思った」


「待て……、待て、あと、お菓子をあげるとか言ったが、あれは冗談だぞ。風邪を引くからとりあえず話聞いて、ああ、アンミとミーシー分かるだろう?二人とも家にいるし、スイラ先生とやらも家に来た」


「ナナ、アンミとかのこと話したでしょ。スイラおじさんのことも。あ、ちょっとあんた、逃げようとしても逃がさない。くっそ、もうスイラおじさん何してんのよ。いや、逃げる?逃げるなら逃げなさいよ、さっさと。ナナはもう後ろに隠れてて」


「おま……、お前は話を聞かない子か……?アンミとミーシーの友達だろう。二人がなんかそういうことを言ってた気がする。例えば……、あ、そうだ、ミーシーの本名はミヨだ。どうだ信じる気になったか?」


「ミヨとか聞いたことない。ほら適当なこと言ってボロが出た。さっさと逃げないと、本当にスイラおじさん来るから……、来る、来るから、今、もうちょっとしたら……、あ、あたしだけでも十分だけどこんな奴。てか、あんたただの石だと思ってんでしょ、これ今あたしが持ってるのすっごい尖ってるから」


 ……実は、浅い付き合いだったのか。ずっと勘違いしていた俺が言うのもなんだが、友達なら本名くらい知っていてくれ。せめて言われてから気づくのでも構わないからミーシーって漢字ではどうやって書くんだ、というぐらいの疑問は持ってくれ。


 もしかするとこれは、通報され掛けたおっさんの、俺への復讐のつもりなのかも知れない。今まさに俺は通報されかねない立場のつらさを知ることにはなった。


「ハジメ……、分かった。とりあえず俺は逃げる。逃げるが、その場にいてくれると助かる。俺は二人を連れてくるように言われたが、そもそも俺の身元を証明してくれる人間がいないのに、見ず知らずの人間を連れ帰るのは無理なようだ。だから、アンミかおっさんを連れてくる」


「……く、逃げる。逃げられる前に石投げた方が良いかな。ナナどうしよ、なんかされた?」


「ハジメお姉ちゃん、石ね、ナナね、人に投げちゃダメだと思ってる」


「良い子だな。すごい良い子だな。世の中の道理を今のお前よりも分かってる。人に石を投げちゃダメだ。アンミもこの場にいてくれたら止める。逃げる、逃げるぞ。石投げるなよ……。尖ってるんだろう?やめろよ?」


「あ、ちょっと待った、ちょっと待った。よく考えたらあたしが知らないだけで……、確かにミーシーって、漢字どうやって書くのよ。名前ってカタカナとかでも登録できるもんなの?じゃ、じゃあ、あたしがまず……、あんたの家についてって、あ、でも、あたしが戻れなかったらナナが。……だから、まずほら、なんかもっと信用できそうな話とかしてくれたらついてくけど、どうなの、それは……」


 逆にこうなると確信してからじゃなきゃついてっちゃダメだろと言いたくなるが、今回俺に疚しいことがあるわけじゃない。適当にアンミなりミーシーなりの知ってることを並べていけばおそらく信用される。


 まんまと家まで引き込めば俺の身元は証明される。それでも良いか。


 下手にまた避難されたら探す手間が増えるだけだし、これがおっさんからの復讐だというなら意地悪でまた探してこいなんてことを言われる可能性もある。ここで説得して、最終的な証明は後からでも構わないはずだ。


「俺もな、本人が全然訂正しないし、ミーシーが本名だと思ってた。アンミは家事全般得意な子だ。赤っぽい髪してる子だ。ミーシーはなんていうかちょっと偉そうな、気難しい感じのな?青っぽい髪してる。二人のことで俺が分かってることなら答える。足りないならクイズでも出してくれ」


「信じそう……。信じそうだけど、アンミってもう名前からしてなんか家庭的ってか、髪の毛赤そうだし……」


「……そりゃお前の印象はな?それはお前が他のアンミという子を知らないからそう思うだけで、俺が何の材料もなしにそんなこと言い当てられると思うか?じゃあ、緑の服着てそうか?」


「あぅ……。あぁ、……信じた。えぇっと、あ、そのぉ、そのぉ、信じたから教えて、……スイラおじさん、どこにいんの?」


 若干ばかり、恥じ入るようにか、ハジメは首を竦めて上目づかいでごにょごにょ呟いて、ようやく腕を下ろして背中に隠した。だが、一応石は持ったままか。まあ、これくらい警戒しておくのが良いのかも知れない。


 夜道で知らない男に声を掛けられて家までついていかざるを得ないなら、それくらいの準備はしておいても良い。


「すぐそこを、こう曲がって、で、俺の家だ。ついさっきガタイの良いおっさんが俺の家に窓から侵入して、俺も警察に通報し掛けた。お前の気持ちもよく分かる。確かに急に知らん奴が声を掛けてきたら危機感を抱いてもおかしくはないよな」


「……あんたとは違うでしょ、あんたにスイラおじさんのこと悪く言われたくない」


 石投げられ掛けたが気にしてないぞという意味で言ったつもりだったが、どうやら逆効果だったようだ。暗がりで女児を騙して連れ帰ろうとしていた俺もハジメにとっては恐怖の対象にはなるわけだし、俺の身に起きた恐怖体験を知っているわけでもないから、まあ、仕方ないか。


 当の連れ去られ掛けたナナは、じーっと俺の顔を見つめたままハジメの手を引っ張るように俺の方へ歩こうとしていて、ハジメがそれにブレーキを掛けて距離を取ろうと図っている、そんな様子だった。


 小さい子の視線は……、気になるな。なんで小さい子はそんなにすごく見てくるんだろう。目を逸らしたら負けという遊びだったりするのかも分からん。

挿絵(By みてみん)

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