七話⑯
「で、……陽太。お前の方は解決したのか?あれは、えっと、……どういうことなんだ?」
「まあ、いや、見ての通りだと思うのだが。健介の方も解決したのだな。朝普通に機嫌良さそうだったぞ。まあ細かいことまでは聞かないでおくのだが」
大学の正門前で携帯ゲーム機に夢中のミナコは俺と陽太のやり取りを気にする様子なく、画面に目を落としたままふらふらと教室に向かって歩いていた。陽太は俺の質問にミナコを指さして答え、俺の方へと首を戻した。
「陽太、今あそこをふらふらピコピコ歩いてる無欲な奴に、お前は何をプレゼントしたんだ?」
「ん……?普通に考えたらなのだが、今ピコピコやられてるやつじゃないのか?」
「普通に考えたらそうだが、ミナコはゲームやったことないとかいう人間だろう。なのにゲームがプレゼント?というのと、あと一個気づいたことがあるんだが」
「やったことないなら持ってないだろ。持ってたら困るのだが、持ってないならありだろ?なんというか、久々にちゃんと真面目に考えてみたら、俺の場合は一周巡ってしまったのだな。雰囲気悪かったとこから零点復帰するのを目標にしておいた方が良いなとは思ったのだ」
「ああ、すごいな。逆転の発想だ。それは良いとして、あのピコピコされてるやつは前にお前がピコピコやってたやつだろう。……買ったのか、あれ?」
「お古というか、いや、俺のそのゲームをあげたのだ」
「…………。俺の五千円はどこに消えたんだ?」
「いやあ、そのだな。峰岸に朝電話してゲームはどうだと聞いたのだが、買って貰うのは悪いとかそういうことを言うのだ。俺が、昨日悪かったからお詫びも含めてと付け加えたのも良くなかったとは思うのだが。……そうするともう何も買えないだろ?じゃあ、五千円をやろうと言ったのだがそれも断られた。だから、まあ、健介に五千円貰ったから俺は新しいの買うし、古いのがいらなくなるからプレゼントする、ということになったのだ。簡単にいうとな。これでも粘ったのだぞ?」
「俺がお前に五千円あげたことになるのか?」
それは遠慮するミナコにプレゼントを受け取らせるための方便だったんだろう。陽太の苦労もなんとなく察してそれ以上は追及しないことにした。
俺たちが話しながら進むと、ミナコはいつの間にか立ち止まってこちらを向いていた。嬉しそうに笑顔を作って、「健介のお蔭でゲーム貰えた。陽太もありがとう。大切に大切にします」と言った。
そして再びゲーム機に目線を落として講義室の裏口へと歩いていく。
「ところで、健介は何あげたのだ?」
「考え中だ、陽太。良い案があれば五千円で買い取ろう」
「そうなのか。まあ実際のところ、健介が言ってた通りでな。プレゼントが何かというのは峰岸の場合問題にならないとは思うぞ。何でも喜びそうだし、それこそジョークでプレゼントしない限りは疚しさもないしな」
「まあ、そうだな。適当なものさっさと……。俺もちょっと考え過ぎだったかも分からん」
適当に目についたものを何か買って、それを引き取らせたら良い。
ただ、おめでとうすら言い出すタイミングがなかった俺は、この時楽しそうにゲーム機を見つめるミナコの表情に、ホッと安堵してしまった。誕生日の恩恵に預かって夢中にゲームで遊ぶミナコの姿を見て、俺はそこそこに満足してしまった。
これが後になって、ちょっとした不都合を生む。
昼過ぎの講義が終わっても教室の一番後ろで隠れるようにピコピコやっているミナコに、学食でも奢ってやろうと声を掛けた。ついでにゲームが気に入ったのならそういう種類のゲームソフトを買ってやる約束をしても良いと思っていた。
そういう要望があれば、きっと話は単純だったし、俺は後悔を引きずることにもならなかったろう。……が、この後にミナコのしょうもない話が突拍子なく出てきたせいもあって、俺は聞き出すタイミングを決められなかった。
「ゲーム、進んでるか?」
「健介、このゲームのシナリオについて僕なりの推理を聞いて貰って良いでしょうか」
「推理……?シナリオ?アクションゲームだろう。推理するようなシナリオはないだろう」
「まあ?シナリオの……、その闇の部分だとは思うのですが……。この配管工は、あんまりお姫様を助ける気がありません。色々と考えてみたら、全然必死さがないことに気づいてしまいました」
「……命懸けで、助けにいってるだろう?必死さがないんじゃなくて、単にお前が下手なだけだ」
「下手とかそういうことではなくて、えっとですね、例えばステージをクリアするごとに宿泊施設があるとします」
「あると……?するのか?あるとするなよ。世界観がおかしくなる」
「いや、実は画面には出ないだけで、描写はされてないだけで、あります、実は」
マリオシリーズで、ステージクリアごとの宿泊施設の描写などは一切なかったように思う。
だが、ミナコはそれをどうやら妄想で補っているようで、いやに真剣味を持って画面を指さしながらこちらをじっと見つめていた。そんなことを言い合っても仕方ないだろうから、俺も一応その妄想話に耳を傾けてやることにはする。
「まあ、じゃああるのかも知れんな」
「それでですね、途中にキノコが出たり、花が出たりするわけですが、キノコはとても美味しくて、花はとても綺麗なわけです。いや、もしかすると花も美味しいのかも知れない」
「…………。ああ、そうだろうな。それでパワーアップするくらいだからな」
「うん、そう。それで特別に美味しいのがワンアップキノコです。これはもうこの、残機?というのが増える。そしてコインを集めたりもする。健介はストーリーを知っている?僕は陽太に概要を教えて貰っている」
「俺が生まれるずーっと昔からストーリーの変わらないゲームだったはずだ。大体は知っている。お姫様が攫われてヒゲのおっさんがそれを助けにいく話だろう。アイテムも大体は分かる。ましてお前が今やってるのは旧作の移植版だろう」
「ふぅ、む。カメとか敵キノコが出てくるのも知っていますか?羽が生えてる上位種とかがいます」
「知ってる。日本人の場合、高齢者か赤ん坊以外ならほとんどの人が知ってる」
「そうですか。この配管工はレンガブロックを叩いて粉々です。水中を五分程度潜水できるし、ジャンプはすごく高いです。しかし、何の変哲もない敵にちょっと触ったり穴っぽいところに落ちただけで失敗扱いされ最初に戻されてしまいます」
「俺はどう答えたら良いんだ、それは。ゲームだからそこはそういうもんなんだと夢のないことなら言える」
「ステージ毎に時間制限があって、それを越えるとウギャアと……。何回かそうなるとゲームオーバーと出て、これも最初に戻される」
「そうじゃないと、ゲームとして全く面白さの存在しない代物になってしまうだろう。お前のその苦情を鵜呑みにしたら、ただゴールまで走るだけのよく分からん……、ゲームかどうかすら怪しいものになってしまう」
「それをなくして欲しいとかいうことではなくて、なんというのか要するに、この配管工はやる気がありません。やる気がある時だけ、ちょっと進んで休憩をします」
それはやはり、ただ単に、ミナコのゲームプレイが下手くそだということに過ぎない、と口から出るところだった。だが、飽きただの難し過ぎるだのということではなく、これはあくまでミナコなりのゲームに対する考察であるらしい。
俺の意見を参考にするつもりもなさそうではあったし、俺が理解できるような説明を心掛けているようでもない。ゲーム自体への不満でもなんでもなく、あくまでミナコがゲームの世界をどのように見ているかという話をしている。
「やる気のない主人公か……。お前のその推理によっては、ということになるはずだが」
「順を追って説明をすれば同意を得られそうな気はしている。この配管工は穴に落ちても、敵に触っても、時間制限を過ぎても、おそらく死んでいるわけではない。ウギャっとはなるけれども、ステージの最初に戻るだけで、残機がある内は平然とまた何の後遺症もなく進んでいる。そして、ステージがずっと昼間である。昼間はキノコを食べていますが、晩御飯は夜、家に帰ってゆっくりくつろぎながら食べようと思っている。ゲームしている僕からすると画面が昼間だというだけなので翌日以降なのだろうということしか分かりませんが、拾ったお金で遊んでいたりもするのだと思います。翌日どころか何日か空いているという可能性も否定できない」
「……キノコの国には昼間しかないんだろう。一日中明るい惑星なのかも知れないし、なんなら一人称視点じゃないんだから、プレイヤーが操作しやすいように画面の明るさが調整されていて、マリオの見ている世界とは明るさが違うのかも知れない。あと、敵に触ったり罠に落ちたりした時は、……多分だが、敵がそのステージの最初まで運んでる」
「何故?この場合、配管工は大義名分があるだけで敵国からしたら侵略者である。捕縛したなら処刑されていておかしくない。その場で首を落とされて特に不自然ではない。宿泊施設までわざわざ運んであげるなどというのは無理があるのでは?で、あるので、この配管工は自分で最初まで戻っているのだと考えている。敵に触ったり落とし穴に落ちたら、シャワーを浴びようと思って宿泊所に戻っている。それはつまり……、汚れますので。あと、配管工さんは大体三百秒くらい経つと僕の操作に従うことに飽きてしまいます。定時を過ぎたらウギャッと叫んで死んだふりして画面外に消えていく」
マリオの演出に正しい解釈などないものだろうが……、そういう目線で考えるとこの配管工は、やる気がないようにも思えてくる。やる気がないんじゃなく、操作が下手だと、言い切ってしまうのは難しいのかも知れない。
確かに言われてみれば、少なくとも今ミナコがプレイするマリオのステージは、いつも昼間だ。時間制限で死ぬのは不自然だし、敵がわざわざステージの最初の地点まで運ぶのもおかしなことだ。
であるなら、配管工のやる気が……?いや、結局のところそれらは、アクションゲームを快適に、程よい難易度でプレイできるように施された工夫でしかない。何もプレイヤーが演出意図を考察するような部分ではない。
「俺に言わせればな、マリオの世界観を現実世界に当てはめる必要性がない。そんなことをするくらいならむしろキャラクターの心情を先に考察して、何かしらやむを得ない事情があるんだろうと言い訳してやるべきだろう。姫を攫われて余裕たっぷりな奴が主人公なわけがないんだ。敵がわざわざ運んでいる説が間違っているとしても、他にもいくらでも考えようはあるだろう。例えば最寄りの病院で入院してたとか、そういうことでも良い」
「えぇ、むしろ、それは。昏睡していたならともかく、多少能力が下がったとしても助けにいくべき状況ではある。僕は少なくともそう思っている。というよりも……、正直この配管工がケガをするかどうかという部分が疑問だったりもします。この配管工は溶岩に落ちた時もかわいいカメを触った時も同じリアクションをしますので、体はそもそもすごく丈夫なのだと思います。単に極度の潔癖症なだけなのでは?体が丈夫だというのは見ていれば分かります。そして、潔癖症という部分については、……気分によって許容される範囲が異なります。星型のアイテムを手に入れた時とかは敵に触ってしまっても気にすることがありません。星を持っていて気分が良いので、少しの汚れで宿泊所に戻ることはない」
「それは無敵状態で……、こう、エネルギーがすごいから敵に触れた時、敵側がダメージを受ける、という設定だ」
「身体能力にはそう変化がないのようなので、気分的なものだろうと推測しています」
「気分が良いから汚れても平気だと、マリオが思ってるわけか?」
「はい。だから、残機というのはこれはもう配管工のお姫様を助けるやる気メーターみたいなものということになります。ワンアップキノコが美味しいので、もう一回は許容する。あと、コインを百枚取って、貯金が増えたのでもう一回は許容する。そして服が汚れたり手を洗いに宿泊所に戻らなければならない時にやる気は減って翌日以降に気を取り直して再出発することにします。この数字というのはとても分かりやすい。やる気がゼロになったらゲームオーバーでセーブをしたところから再開することになります。ちなみにやる気がなくなってゲームオーバーになった場合は、コインがゼロになるわけですので、おそらくセーブした場所から最寄りの宿泊所を拠点としてお金を使い切るまで滞在しているのだろうと思われます。ゲームの中の時間のことは分からないけれども、これは下手をすると数カ月とかが経過していておかしくない。お金がなくなると仕方なく……、お姫様を助けるついでにコインを取りにいきます。ともあれ、コースの途中のアイテムの有無によってお姫様を助けるか助けないか、やる気メーターと相談して決めているようである。やる気メーターがゼロでコインがある場合はコインがなくなるまでやる気が増えません」




