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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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七話⑮


「…………?一月一日だと、……言いましたが、あれは嘘をつくことを前提としたゲームの中での話だったのでは?いや、待てよ。どうやら……、あれもダメだったのか」


 そう聞いて初めて、俺と陽太が、ミナコの年齢設定を正しく知らない可能性に思い至った。


「ダウトか、あれ……。あのなあ……、いや、あれは、本質的には自己紹介のゲームだったんだぞ。一枚目のカードでお前、意味もなく嘘ついて誕生日誤魔化してたのか?」


「戦略的に間違っていましたか?」


「……さあ、どうなんだろう。いやでもな?その時ちゃんと陽太が疑わしい誕生日設定に揺さぶりを掛けたはずだ。わざわざ一月一日のカレンダーを用意して、トイレットペーパーかなんかを誕生日プレゼントだと言って渡してたろう?」


「はい、貰いました。カレンダーも飾ってその日は元旦気分であった」


「プレゼント貰った時の反応とか、罪悪感の欠片もなかっただろう」


「プレゼントを貰ってすごく嬉しかったので、『ありがとう』とお礼を言いました。今も大切に保管してあります。決して粗末にしてはいない」


「陽太はお前……、その後、お前に謝ってなかったか?誕生日なのにこんなものしかやれなくてごめんなと……。そんなに喜んでくれると思ってなくて、悪かったと、……言ってなかったか?」


「そういうようなことは言っていました。僕は大切にしますと言いました。そして大切にしています」


 以前、まだ俺たちが三人で集まることも珍しかった時期に、ダウトを模した自己紹介のゲームをやった。


 カードを出す時に一言プロフィールを添えて、ただしダウトカードを出さなくてはならない場面では、嘘のプロフィールを伝えなくてはならないという、そんな簡単なルールを追加しただけのゲームだ。


 相手のことをよく知っていれば有利だったろうし、自分がゲームを有利に進めるためには、知らないであろうことを明かしていく必要がある。


 ただし、別にそれは……、本来勝ち負けを重視するようなものではなかった。少なくとも手札の多い序盤で嘘をつくような必要性がまるでない。


 誕生日が一月一日などは確かに怪しい情報ではあったから、陽太もミナコの性格を考慮してわざわざ揺さぶりを入れたんだろうとは思う。一月一日のカレンダーを用意して、誕生日おめでとうと手を叩いて、プレゼントだと言い張ってトイレットペーパーを渡した。


 そこでもしもミナコが少しでも表情を崩したら、ダウトを宣言するつもりだったに違いない。ところがこいつは……、とても嬉しそうに、トイレットペーパーを受け取ってしまった。


 俺はともかく、陽太は一月一日を茶化してしまったことを気まずくは思っていただろうし、俺もそれを察して俺と陽太が二人きりの時に「来年はちゃんとしたプレゼントを探して買ってやろう」と、フォローのつもりで声を掛けてしまった。


「…………。で、本当の誕生日はいつだ」


「本日です。およそ四時間前ですけれども。……しかし、結局歳が同じになっても上手くできないのかも知れない。そこは理解しているつもりです。子供扱いはされたくないけれども、一体僕が何を分かっていないのか分かっていない。やはり教えて貰う方が安全なのでは?これは、いつかお礼ができるようなことがあればお礼はします」


 あの場面で勝ち負けを競っている可能性に思い至った陽太のことはむしろ誉めてやりたい。だが多分、思い返してみるに、ミナコはそもそも誕生日にプレゼントを貰う風習があることすら知らないようだった。


 誕生日がめでたい日であるという感覚すら、持っていないようだった。


 なんて、不運なんだろう。自己紹介のゲームを騙し合いだと勘違いした上に、後に訂正する機会にも恵まれず、俺や陽太が確認をするための空気なども失われている。


 それは自業自得だとしても、わざわざ誕生日の、おそらく誕生時間のすぐ後くらいに、陽太と話がかみ合わなくて、陽太を怒らせてしまって、こんなふうに落ち込んでいる。


「四時間前だと……?」


「ええ、今十九歳と……四時間、二十分くらいです。けれども結局僕は歳を取っても歳しか変わらない。明けましておめでとうなども、よく考えれば明けただけでまるでめでたくもない」


 静かになった講義室でいつになく落ち込んで話す一人の女の子は、年に一度の行事をひどく悲観しているようだった。


 明けましておめでとうは、明けたことがめでたくあって、誕生日は誕生した日がめでたいのに、ひねくれた老人のようなことをぼそりと呟いて陰鬱な空気をまといため息をつく。


「ちょっと……、ここで待っててくれ、ミナコ。すまんが、その、電話をしてくる」


「電話を?何故?僕が聞くとマズイなら僕は向こうの方で待っています。僕と話すことなどありますか?今日はもう講義も終わりです。帰るばかりである。巨大な怪獣についても調べなくてはなりません」


「いや、ここで、ん……、どっちでもいいが、とりあえずちゃんと待っててくれ。いや、ちょっと外出ようか。裏門で待っててくれ。できることならすぐ済ませる」


「はい……」


 俺は講義室の裏へ回って、とぼとぼ歩きのミナコを裏門へ誘導し、慌てて陽太へと電話を掛けた。取り急いで事情らしきものを伝えると、当然のように陽太も初耳だったらしく、『まだ学内にいるからそっちへ向かう。待っててくれ』と引きつった声色で通話が切られた。


 しばらく待つとマラソン状態の陽太が汗をかいて姿を現した。まあ、そうだろうな。想像通りの表情を浮かべてはいた。


「一月一日と、……聞いてたのだが?」


「お前の焦りも分かる。俺もだ。そして、今日だ」


「しかも、その……、本来おめでとうという日に、ちょっと口論気味だったのだが?峰岸もういい、みたいな、そういう感じだったのだが?」


「それは知らん。さっさと仲直りしろ。しょうもないことでケンカするな」


 走って息が乱れていたのか、それに加えて焦ってもいるのか、陽太は汗の滴を垂らしながらいやに高い声を出した。俺も俺で、少し焦っている。


 来年のプレゼントはちゃんとしたのを用意してやろうと言い出したのは俺だったろうし、結局その計画は具体的には何一つ進捗がない。


 どうしてかというと、こう頻繁に集合していた俺たち三人の中で、ミナコへの誕生日プレゼントだけは何を選べば良いものか、……明確には解明されていない。


「こんな時間とかに明かされても、正直選択肢的なものがないだろ。こっちがサプライズな誕生日とかやめて欲しいのだが。健介、それで?何か欲しいものとか聞いたのか?」


「いや、何も……。だって……、聞いたら聞いたで、あいつはまた適当なこと言うだろう。というか、前に来年はということを話した時、来年までに欲しがりそうなものを把握しておいてサプライズプレゼントにしてやろうということだっただろう?だからお前に電話した。お前こそなんかしら聞いた覚えないのか?」


「え?もうそういうこと言ってる次元じゃないと思うのだ。誕生日プレゼント何が良いか聞いてさっさと用意して、……いや、今日用意してもなんか結局明日にはなるな。じゃあ健介せめて、なんかこうイベントっぽい大切な日みたいな、そういう演出してやったら喜ぶんじゃないのか?」


「誕生パーティーとかか?」


「いや、健介……。もう時間が掛かりそうなのは当日無理だと思うのだ。週末ならともかく平日の夕方はピザもケーキももう割引シール貼られる頃だろ」


「まあ……、売れ残りはあるかも知れんし、なければコンビニでもケーキは売ってるだろう。ケーキ自体は用意できなくはない」


「そういう妥協した感じが残るならむしろない方がマシだと思うのだが……。前にやった雑な糞バースデーの償いに誕生日らしい誕生日をやってやろうと話してたのだぞ?健介が言い出したんじゃなかったか?あれで喜んでしまっては気が咎めるなとか言ってたろ?」


「そりゃちゃんとしたバースデーケーキというのは無理かも知れないが、どちらかというなら、前回、雑なバースデーの演出になってしまったのは俺たちの精神性の問題だったろう。疑ってたし、実際嘘だったわけだ。ちゃんと祝ってやる気持ちさえあれば喜んでくれているのを疚しく思うことなんてない」


「ちゃんと祝ってやる気持ちを発揮できない場面だろ。しかもだな。俺の方は今ほぼ一文なしだぞ?もう俺の分とかも健介がまるごとプレゼントするくらいの気持ちで、手を繋いでべたべたしてキスがプレゼントだとかそういう切り抜け方もありじゃないか、ということなのだが。そしたら、俺は邪魔するのも悪いな、と、今回は何もしなくても問題ない話にはなるしな?なんなら後から健介から話を聞いたことにして今日は知らんぷりしておけるしな?」


「賛同できん。金なら貸してやる。……、ほれ。とりあえず……、五千円で何とかしろ。言っておくが……、絶対にこれは無駄遣いするな。プレゼントを買うために貸すんだぞ。後日ちゃんと返せ」


「じゃあもうあれだな。とりあえずプレゼントだけ用意して、明日にでも渡すことにするのだ。今日ちょっと間が悪いしな。俺は明日朝一番でご機嫌取ることにするから健介はその分もう今日頑張ってくれ。まあ明日とかにずらしてパーティーやってやるとかでも良いぞ?そこら辺は健介に任せるのだ」


 俺と陽太で協力して、ミナコのご機嫌を取りつつ、欲しいものを聞き出せないだろうかと考えてみた。ただ、経験上、二人掛かりで聞き出そうとしてみたところで、それが徒労に終わる可能性は高い。だからこそむしろ、何気ない日常の中で、ミナコがぽろりと趣味嗜好をこぼすことを待っていた。


 現に俺は陽太と別れた後、ミナコと二人で下校中、誕生日の当日にだ、『欲しいものはあるか』とド直球で質問をしてみた。


 ミナコは『そういえばポケットティッシュの在庫がもう少ないので発注しなくてはならない』と返した。


『貰ったら嬉しいものはなんだ』、『好きなものはなんだ』、『趣味などはあるか?』…………。『じゃあ、嫌いなものはなんだ』、『これだけはいらないというものはなんだ』、俺がどう表現を変えたところで、明確なゴールは見つからなかった。


 嫌いなものが、トマトだということだけは分かった。


 トマト以外は基本的に誰かの役には立つし、あとは人それぞれで、かつ気分によりけりとのことで、何故かトマトだけが異様に嫌われている。それくらいのことしか分からなかった。


『トマトは異形な生物の内臓であって、あれは緑色の頃から野菜とは種族的に異なる』それに『トマトジュースは悪魔的な飲み物で、おそらく吸血鬼なども飢餓状態の時に我慢して飲んでいる』だとか……、とりあえず、万物の中からトマトを候補から外すことだけはできた。


 続けて俺から具体的な品物を挙げてみた。


『腕時計は腕を置くたびにゴツゴツ当たるから邪魔であるけれども、世の中の役には立っている。欲しいかと言われたら欲しくはないのですが、好きかと言われたら好きである』


『人形やぬいぐるみというのは色々ありますが、どうでしょうか。好きなものは好きかも知れない。ただ、集め方も分からないので、集める趣味、とかはありません。集めようと思えば集められるだろうとは思っている』


『ネックレスは、何のためのものなのかよく分かっていない。肩こりをする人はつけたら良いと思うのですが、実は大した効果はないのでは。材質によりますがお風呂に入ると錆びそうである。成長期以前につけると大人になった時首が絞まるので困るのだと思います』


 おそらく何を受け取っても喜ぶはずのミナコと話せば話すほど、俺は何を渡せば良いのか分からなくなってくる。いっそのことトマト以外の全候補を紙に書いてくじ引きして決めるべきかとも思った。


 俺はプレゼント候補を決めることに注力するあまり、その日とうとう、『誕生日おめでとう』と一言ミナコに伝える前に、頭を抱えて一人自宅に辿り着いてしまった。


 どうしたものかと町をうろついて、やはり本人を連れてきた方が安全だなんて当たり前の結論に思い至り、結局ミナコの誕生日当日に、俺が何かを買うことはなかった。


 ミナコが何か欲しいと俺たちに言ったのなら、それがある程度無理を含んでいたとしても、無理を承知でゴールに走り出すことはできたのかも知れない。


 翌日の朝早く、大して面白くもない講義に遅刻の気配もなく向かうことができたのは、俺が僅かながらもそんな後悔に引きずられたからだろう。


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