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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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七話⑨


「ああ、そうか、そうだった……。俺はこの、……プランを選んだんだな。なるほど、急を要した割に、お得そうなプランを選んだな、俺は」


 辻褄は合うし、わざわざ探してもあらが見当たることもない。ただ、これが一体どういうノリで作られたのかはさっぱり分からなかった。


 まあ……、いいか。とりあえずは、陽太、ミナコ、店長くらいの登録を済ませておこう。で、これを今後しばらくは使うことになるわけだが……、じゃあついでに陽太にも電話をしておこう。


 盗聴されてたりするんだろうか。実際試してみるのも良いだろう。アルバイトなんて反対だと連絡が来たら盗聴されているということが分かる。


「もしもし、陽太」


「誰なのだ?知らない番号だぞ。何故俺の名前を知ってるのだ。オレオレ詐欺か?悪いのだが秘密のコードを述べよ。でなければ振り込まない」


「俺だ……、声で分からんか?健介だ」


「健介詐欺か?健介のふりをしても無駄だ。健介なら今隣にいるからな」


「そいつは多分偽物だろうな。俺が本物の高橋健介だ。携帯を手に入れた。こんな意味の分からんやり取りをしなくて済むようにこの番号も一応登録しといてくれ」


「なんだもう、本物か……。まったく、こっちが恥ずかしいのだ」


「それとな、ほら、俺は今お前に用事がありそうなものだろう。分かるか?何の件か」


「…………。面接、とかか?健介の家でやるというような話を店長から聞いて、今日の午前中にも電話はあったのだが。健介の家に行って面接をしてくれという。もしかしてそれ今日やる予定だったとかいう話なのか?」


「ああ……、今日だ」


「ああ、面接をしてくれというのはもう今から行ってくれみたいな感じだったんだな?確かに店長の話し方から考えると今日っぽい雰囲気はしてたのだが。もしかしてそっちはもうお開きなのか?すまん健介、行く気ではいたのだ」


「いや、今日は今日だが別にお開きとかそういうわけじゃない。お前が急に巻き込まれた理由も知ってるから、俺もまあ……、悪いなとは思ってるしな。店長が慌てて電話したのも知ってる。じゃあ、電話してみて良かったのかもな。昼から、もし来れるなら来てくれ。でだ……、その、少しばかり俺からちょっとな、お前にお願いがある」


 電話しなければ来なかったんだろうか。ミーシーが来ると言うから来るものだと思って先に注意事項の連絡をしようと思ったわけだが、結果として俺が呼び出したことになるのか。


 まあどの道ミーシーが今日やりたいようだし、アンミも今日だと思っている。別に俺も変な時間差で現れて欲しいと思ってるわけじゃない。


「ああ、そうか。じゃあ、今から出ることにする。お願いというのは何なのだ?正直何も準備してないから、何か必要なものがあるとかなら待ってて貰わないとな。しかし健介、自慢をして良いか?バイクを買ったのだ。まあだから、ちょっと待っててくれるなら、気分的にはひとっ走りさせてくれても構わないのだが?」


「買ったのか……。おめでとう。ひとっ走りしてくれても構わないんだが、お願いというのはな、あくまで陽太、その……、なんというか、面接な?面接というか、そんな堅苦しい感じじゃなくて単に顔合わせみたいなそういうものなんだが、結構繊細な女の子が相手だと思って、話をしてやって欲しいんだ」


「当然、心得てるのだ。というかだな、健介の知り合いだろ?ハロワ経由とかならともかく健介経由の応募なわけだし、実際のところ採用自体は決まってるみたいなものだろ。よっぽどアレじゃない限りな」


「よっぽどなあ……。まあ、そこが分かってくれてるなら話は早いんだが、優しい感じで話してくれると助かるな。ほら、最初はなんというか緊張してたりするかも知れんし」


「何を心配してるのだ健介は。これから一緒にやっていこうという仲間に厳しい質問とかするつもり全然ないのだが?面接というか、もうあんまり関係なく雑談するぐらいの方が良いとは思ってるのだ。第一、健介面接受けたか?」


「受けてない。なんだろうな、俺はなんだったんだろうな。給料貰うまでは働いてる実感がまるでなかったしな。夕食作りに行ってご飯食べて片づけして掃除して帰ってたからな。食材が無料という素晴らしい台所扱いだった」


「そうだろ?」


「そうだろじゃないだろう……、お前の説明が悪かったというところだと思うんだが」


「ただ一応言っておくのだが、店長からこうした、役割を言い渡された以上、任されてるわけだからな?責任を持って店に貢献できる人材かどうかを見極めて報告しなくてはならないのだ」


「まあ、本来はそうなんだが、今回ばかりは店長も別にそういう意味で任せたわけじゃなさそうだし」


「いや、店長の信頼に応えないとな。分かるか、健介?いくら健介が推薦しているからといっても、店に不利益をもたらす人物であれば俺は毅然とノーを突き付ける。健介が騙されているという可能性もあるしな。というか下手をすると実在の人物かすら疑うところだな」


「お前側は、気に入るはずだ。問題は逆の部分だ。実在するかだと?お前はまだ俺がファンタジーの世界に旅立ったと思ってるのか?その辺は誤解だ」


「誤解とは言ってもな。もしかして料理の上手い魔法少女とかか?それはちょっと、まあ、良いとは思うのだが、ちょっとな。良いとは思うのだ。そういうのを求める気持ちというのは分かるのだが、今回そういうのとはちょっと違うからな」


「……そうだな。その話は違う機会にしよう。今回は実在の女の子が相手で、お前が失礼なことしたり言ったりしないかというのを心配して電話してるんだ。その辺りの配慮を求めている。言ってる意味は分かってくれるか?俺の気持ちを理解してくれるか?」


「うんうん、わかるわかるるーぴかぴかわかるるー」


「別にな、面白い人であるのは悪いことじゃないと思うんだ。今のそれとかは別に良い。だがな、……すごく簡単にいうと、下ネタだけはやめて欲しい」


「えっ、……元から全然言わないだろ、何を言ってるのだ?」


「いや、言ってるんだ、お前は……。ミナコ相手だと問題にならないから気づいてないかも知れんが、普通セクハラになってしまうようなことを言ってたりするんだ、たまにな?」


「健介の勘違いじゃないのか?神に誓って下ネタなんて言ったことないのだが」


「多分、信仰心が薄いな……。常に言ってるというわけじゃない。ミナコを相手にしてるつもりでうっかり言っちゃわないように気をつけてくれということだ。あくまで一般人だから、初対面というとやはり相手は緊張しているものだろうし、俺と違ってほら、初対面のお前にツッコミできないだろう?俺が心配し過ぎてるだけならそれで良い。ただ……、そのだな、貴重な料理担当だし、ちょっと内気な?内気?内気というわけではないが」


「まあまあ、要するに空気を読んで、ということだろ。そんな初対面で下ネタとか言わないのだ。安心しててくれ。じゃあそっち行くから。もういるのか、その面接する子というのは?」


「ああ、まあそうだ」


「じゃ、すぐ行くのだ」


 こうして話す分には、……俺には陽太の悪い部分など見つけられない。であれば、別に陽太が面接官をやったって構わないものなんだろう、本来は。


 ちょっとばかり変な動きをしたところで、アンミだって許してくれるはずだ。


 ただ……。身内だからこそ、少しばかり冷静さを欠いている。アンミがアルバイト参加を撤回すれば店長はがっかりするだろうし、それとは別に、陽太も残念がるような気がしてならなかった。


 確かに変な店で、求人募集しても人が来なかった、というのは知っている。そして俺がアルバイトに入った時、陽太と店長だけだったということも知っている。


 こういうことはあまり考えたくはないし、もちろん陽太のせいだとは俺も思わないんだが……、店長が前にぽろっと一言こぼしたことがあった。


『昔は僕含めて六人もいたんだよ』と。『で、何で陽太だけになったんですか?』と俺は一つも考えずに質問した。店長は、あ、しまったという分かりやすい顔をして、後ろから陽太が『俺のせいで誰もいなくなったのだ』と言った。


 正直その時は、ジョークのつもりだろうと思っていたが、俺がアルバイトに入る前に、何かしらの事件は一つあったんだろう。俺はその事件の具体的な話を過去をほじくり返してまで聞こうとはしなかったし、陽太や店長がそれについて愚痴を語ることもなかった。


 ……陽太のせいではないだろう。陽太の言動が人を傷つけるように思えない。わがままで奔放で好き勝手なことを言うが、それでもおよそ、言っちゃダメなことを言っちゃった時も、苦笑い程度で許される人間だった。


 何故かというと多分だが、結局のところ、完全なまでに、悪気がない、悪意が見えない。仮に本気でダメなこと言っちゃったとしても怒れば済む。


 ただ、実際には過去に、何かしら事件というのは起きていて、店長はともかく陽太は少なからず責任を感じていて、それであの店に一人残って一生懸命店のことを考えていたのだとしたら、何があったのか知らない俺などですら少しばかり不安に思ったりはする。陽太がへこむような出来事にならなければ良いなと、……そんな余計な心配をする。


 すぐというのがどの程度の時間になるのかは定かじゃないが、面接を受けるこちら側の打ち合わせは既に終わっているわけだから気長に待って、まあ一時間かそこらしても来なかったらまた連絡することにしようか。


 そして、電話してから二十分程で階段を駆け上る音がして続けてノックが聞こえてきた。


「健介、斉藤さん来るらしい、健介?」


「ああ、分かった」と言って立ち上がり、ドアを開けるとアンミは俺を避けるようにして後ろに回り込み、少しそわそわした様子で両手で襟元をいじっていた。そしてもう一度「斉藤さんがすぐ来るって」と言った。


「……その、斉藤さん?というのはどういう基準なんだ?会ったことないからか?」


「どういう基準?……何が?斉藤さんの基準が?」


「いや、別に文句じゃないんだが、陽太が斉藤さんで、俺は健介だろう?陽太も陽太で良いぞ。あいつが斉藤さんとか呼ばれてるの聞いたことないしな」


「呼び方が?健介も高橋さん……、うん、でも健介は健介って呼んでくれた方が良いって……、その……、言いそう?」


「言いそう……。言いそうか。まあそうだな。言いそうだし、言うだろうな。高橋さんとか言われてもなんか他人行儀な感じがするし高橋とか斉藤とかはなんというか、数も多いし識別しづらかったりするだろう。そういう加減で昔から健介で呼ばれてるんだ。その方が自然だな」


 ミーコはお休み中であるから、部屋を出る時、念のため、ドアをしっかりと閉めた。寝ぼけて下りて挨拶をされては困る。


 二人で階段を下り、居間でミーシーと合流した後すぐ、インターホンの音が響いた。俺が玄関を開けると、黒いヘルメットを被ったまま陽太が立っていた。


 なるほどバイクに、乗る時というのは、ヘルメットに揃えた服装をしていないと、準備不足の強盗のように見えるな。


 陽太がこの季節にしては薄着で、なんというのかやせ型であるから、体がひょろひょろで頭だけ仮面ライダーというようなアンバランスさが際立つ。


 エンジン音などには全く気づかなかったが、玄関先にはバイクが停められていた。俺がそちらへ視線を向けたからだと思うが、……陽太はヘルメット越しに、大層満足そうに笑った。


 バイクに全く興味も知識もない俺は、残念ながらそれが一体どこにこだわられたものでどう誉めるべきなのかがさっぱりだった。


「良い……、バイクだな」


「健介はバイクとか分からないだろ?」


 まあ見透かされるか。二人でバイクの話なんかで盛り上がったことはないし、多分、メカとかに弱い人間だとは知られている。排気量がどうだとか語られたところでそれがどういう基準ですごいのか想像できない。


 まだ馬力とかなら馬何匹分くらいなのかというのはイメージできるが……。でも二匹もいれば馬車は動く。


「まあ、な。全然分からん。まあ車とかも分からんしな。ベンツとかだったらベンツだってなるけど……、バイクとかだとメーカーすら聞いてもピンとこないかも分からん」


「あれが噂のハーレーだぞ?」


「いやそれが嘘なのは分かる。じゃあそんなことないな。一応バイクのメーカーがな、あの、カワサキとかスズキとかそういうのなのは知ってる。あれがハーレーでないことくらいは分かる。すまんな、なんか。こだわりとかがあったりしても……、申し訳ないんだが俺から気の利いたコメントは出ない」


「まあそういうのはどっちかっていうと一緒にいる内に愛着がわいてくるようなものだと思うしな。正直俺も全然動けば良い派なのだ。こだわりとか聞かれたら逆に困るな」


「どうした?息荒くないか?」


「ん、そうか?健介飲み物あれば欲しいのだが」


「まあ、ああ。とりあえず入ってくれ」


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