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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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七話⑦


 ミーシーのペースに合わせて居間まで戻り、三人で面接の打ち合わせを始めた。連絡先等についてミーシーが適当に対応してくれるし、俺との関係についても遠くの親戚らしきもの、ということで通す。


 アンミも普段通りにしていて何ら問題ないそうだ。俺に関してはもう出張るべき場面もないから、何なら一言も発せず身動き一つ取らず風景と同化してしている役割をこなしてくれてて良い、らしい。


 それはそれで、座ってるのに何も話さないのは逆に不自然だと思うんだが、少なくともミーシーはそうしてくれと要望を出した。


「けど、例えば木の役とかしてたら逆に目立つでしょう。家の中に木があるとかおかしいわ。じゃあ健介は、『水道から流れ出る水の役』をしてなさい。ここで面接しているから台所あたりから『ジョボジョボジョボぉ』とか言いながら這い出てきたら良いでしょう。私かアンミが、ああ、しまった水道出しっぱなしだったわと言って立ち上がってこう、……蛇口を捻る動きをするから、そしたらあなたはぴたっと止まりなさい。それで問題ないでしょう」


「演劇の打ち合わせか?俺は蛇口を締められた後とかもピチャンピチャン言って跳ねてて大丈夫か?しかしだな、黙ってるにしろ、まあそれで良いとして、ここら辺に立ってるだけじゃダメなのか?」


「ぼうっと立ってたら寂しいでしょう。何のためにいるのか分からないでしょう。俺の役目はなんだとかしつこく聞くから仕方ないでしょう。不満なら暖房器具の役をしててくれても良いわ。『ブォー』とか威勢の良い音をあげる割にちっとも温かくならない暖房器具をやりなさい。そしたら私かアンミがこれちっとも温かくならないわと言ってあなたのスイッチを切るから、ピッとか言って……、後はもう体操座りしてなさい」


「スイッチ押されても反抗して電源切れなくても良いか?お前らがなんか重要な話をしているところで燃料切れの警告音をやかましく鳴らすアドリブ入れて良いか?だが、しかし、俺はできることなら人間役がやりたい。高橋健介役がやりたい。マズイ話題になった時にそれとなく話を逸らしてみたり、嫌がらせのような質問にツッコミを入れたり、気まずい空気を盛り上げたりしたい。そういう建設的なアドバイスはないのか?」


「健介はあれでしょう……。もう女の子とデートする時に分単位のスケジュールを決めて時計ばかり眺めて予定ばかり気に掛けるつまらない子でしょう。もう少し人と向き合うことを目指しなさい。台本作って良くなるならそうするけど、アンミも健介も台本向きじゃないわ。淡々とやり取りするよりもその場その場で空気を読んでよく考えて、時には、そう、感情的にぶつかり合うのも必要でしょう」


「お前がそれを言うのか……。もちろん俺も柔軟に対応するつもりではいる。だが、予定外の事態にパニくらないように事前の準備は重要だ。当然お前のことは信頼してるが」


「アンミ、まだ仕事あるでしょう?何の問題もないからそっち先に済ませておいた方が良いわ」


「え?……うん、そっか。分かった」


 何を言うでもなく笑顔のまま座っていたアンミは、ミーシーの一言ではっと気ついたように立ち上がり、何度か未練がましくこちらを振り返った後台所の方へ歩いて行き、バタンと裏口の音だけ残して外に出た。


「洗濯物か……。なんかアンミがいないだけで話しづらい空気になったんだが……」


「アンミがいると言いづらいから今言うけど、私を信頼しているから云々というのはやめなさい。今ここでだけは言っておくわ。少しだけ黙って聞きなさい。私がアンミのために何かしてあげても良いし、あなたが喜ぶようにどうにかしてあげても良いわ。ただよく考えなさい。それはもう単に私の気分次第でしょう。絶対にそうしてあげるとは限らないでしょう。アンミもあなたも信頼云々言ってる間に失敗するリスクを背負ってることを理解しなさい」


「……二人きりになった途端に、そんな辛辣なことを言うな。信頼しているというのは」


「私の責任にしてなさい。私に負担を押しつけてなさい。別にそれを嫌だと言ってるわけじゃないわ。ただ私がその信頼を裏切った時に損をするのは二人だから気をつけなさいということを言ってるのよ。健介、できたらこういうことは言いたくはないわ。でも言っておかないとならないことでしょう?余裕があるなら私の立場になってちょっと考えてみなさい。私に心配掛けないように立派でいなさい」


「…………、すまん。ああ、そうだな。俺は情けないこと聞いてたようだ。俺は自分のことは自分でやる。必要ならお前のことだって助けてやれる。お前を頼りっきりにしたりしない。お前に頼られるのを待ってる」


「頼もしいわ。その内なんか頼りましょう」


 俺にはどうやら、頼り癖がついているようだった。アルバイトに関してはアンミとミーシーが望んでいることだから、俺が不都合の材料になって足を引っ張るわけにはいかない、というつもりで台本を求めていたわけだが結局それも言い訳に過ぎないか。


 ミーシーが予知するしないに関係なく、本来俺は全力で最善を尽くして二人が望む結果を勝ち取るために行動しなければならない、のに、いやむしろ結果はどうあれその姿勢こそ信頼を得るために必要不可欠なのに、……実際やってることは浅ましくさえ思われる。


 俺は問題集の後ろの方に答えが載ってないか調べてそれを書き写すつもりでいる。……書き写すつもりでいた。それで問題を解いてみせたと誇ったところで、果たして何の成果ともいえない。


「だから、そうだな。俺は今後、絶対、いや、極力は……」


 ……ミーシーを頼らない、というより、頼らない以前によく考えてやるべきことを見つけ出し、でき得ることを最大限に取り組む人間であるべきだ。こうして俯瞰してみると、今までの俺は、あてにならない男だったのかも知れん。


「ミーシー、俺はお前のためにしてやれることはあるか?成功失敗は別として、純粋に、もう、ほら、……失敗して俺が空回りすることになっても、それはそういう気持ちが大切だったりするだろう。というより、何をしてやれるのかをまず考えるべきか?俺はそういうのが足らなかったのかもな。こういうのもなんだが……、じゃあ、今後はな、むしろ、俺が役に立つかどうか予知しなくて良い。俺は精一杯成功を実現させるために努力しよう。その努力をお前に贈ろう」


「正直、それはそれで鬱陶しいわ。私へのプレゼントで私が喜ばないもの贈られてもしょうがないでしょう。単なる自己満足でいいなら俺の愛を見てくれとか叫びながら火の輪に突っ込んで焦げてなさい。お前への愛を証明するために俺の一番大事にしていた超合金をハンマーで叩き壊すぜとかやって、半泣きでひしゃげたロボット掲げて見せなさい。こっちはもう苦笑いしか出ないでしょうけど、まあでも、気分みたいなのは伝わるわ。そのテンション自体は面白いと思うわ」


「要するにそれは、……迷惑、だな。そういう勘違いなテンションにはならないようにしたいが、考えてみてもお前が何を喜ぶのか分からん。お前があんまり自分のことを俺に明かしてくれていたようには思えない」


「ピュアなことを言うと、今こうパンツを履いてるでしょう?」


「あのなあピュアで結構なことだが、そのスカートで不健全なポーズするのやめろ」


「何が不健全なのよ。ポリシーがあって履いてるのよ、スカートは。ズボンというのはもう、ケツが破れるしチャック壊れるし、すぐ裾がボロボロになるからあれはもう欠点だらけの発明でしょう?スカートだったらどっか引っ掛けて裂けてもちょっと回せば良いけど、ズボンはそういうリカバリーできないでしょう。ケツ破れたら破れっぱなしでチャック壊れたら開きっぱなしなのよ。スカートからパンツが覗けるのはロマンがあるでしょう。ケツが破れてたりチャックが開きっぱなしとかそっちの方がよほど恥ずかしいと思うわ」


「というか、もしかして破れて切ってその長さになったのか?そんな気さえしてきた。破らないようにして何か制限が掛かるのが嫌なんだな……。破っても良いさというくらいじゃないと嫌なんだな……。なんかそういう気分なんだろうなというのは察してはいる」


「そうね?そういうことね。まあだから、下手にこぎれいな服とか買ってこられて破るなオーラ出されてたらやっぱり着なかったでしょう。今はともかく夏とかになったら山登りして川遊びして畑回ったらどこかしら破れるわ。良い服着てれば着てる分だけ損した気分になるでしょう。大事にすべきものはせめて……、ああ、そういえばお礼言ってなかったと思うわ。破るかも知れないけど、ありがとう。破ったとしたら私の楽しみの犠牲になったということにしてちょうだい」


 大事にすべきものはせめて……。大事にすべきものは、内側に身につけるものであるべきということなんだろうか。


 昨日の買い物で、俺は内心、一応買い物だけはしたと言い張るために手近な場所で下着だけ買ったんごろうと決めつけていた。だがどうやら、実は一応、折角のプレゼントを汚したり破いたりしないよう選んだ、という部分も少しばかりはあるようだ。


 意外なことに、大体の意訳では、ちゃんと身につけて大切にしますと、ミーシーは言っている。


「それはともかく、旅番組を見ましょう。自分も一緒に旅をしている気分で見ましょう。レポーターが何か食べる場面でことごとく味にいちゃもんをつけて、番組を目茶苦茶にしようとしたから折角出演してたのにカットされた気分を味わいましょう」


「お前は意外と、なんでも楽しめる子なのかもな……」


 俺たちがテレビを眺めている間、アンミは洗濯物を干し、昼食の下ごしらえを簡単に済ませ、テーブルを拭いたりごみをまとめたり、特に不満げな表情もなく家の仕事をこなしていった。


 その後にようやくこちらへと合流し、微笑みながら静かにミーシーの隣に腰掛ける。アンミもアンミで、一体何を思ってこうなっているのか。手伝おうか、と声を掛けてやりたい気持ちはある。


 だが、当然、ミーシーは俺よりアンミのことをよく分かっているだろう。ミーシーより先んじてそうするべきではないようにも思えた。俺の思いつきはアンミにとっては余計なお節介になるのかも知れん。


 家事分担に何かしかミーシーなりの思惑があるにせよ、……あるとすれば、アルバイトを始めてみるのも悪いことじゃない。リハビリというのもおかしな表現だが、どんな形であれ、二人が協働して過ごしている内に、変なわだかまりは消えるだろう。


 ミーシーもアンミも一緒になって旅番組を見ている。一緒に行ったつもりになって全部カットされた気分というのは、達成感みたいなものがあったりするんだろうか。


 ちょっと試してみようと思ったが、俺には上手いことイメージできたりしなかった。


 アンミは番組中のお店の紹介なんかの時にミーシーに調理法を聞いてみたりと今後の料理の参考のために見ているようだったが、それを聞かれたミーシーは「あれはあんまり美味しくないわ」なんていうふうに、さも食べたことがあるかのように残念な感想を返す。


 そうなるとアンミも別にそれを作りたいとは思わないんだろう。あっさりと「そうなんだ」とだけ言って次の料理が紹介されるのを待っていた。


 結局アンミが昼食の準備を始めようと台所へ向かうまで、番組の中では、ミーシーが食べたい料理というのが紹介されることはなかった。ミーシーは特に妥協案を考えたりすることもせず、食べたい料理のヒントになるようなことも言わず、ただ淡々と、旅番組のレポーターのリアクションについての感想を述べていた。


「途中で見掛けた草の方が美味しそうな盛り付けだったわ」と、確かにそんなことを言ったらカットもされたりするだろう。その間も、アンミは一人で台所でてきぱきと皿を並べて具材を切って、フライパンで調理をこなしている。


 ミーシーは一度もそれを、ちらりとも確認しようとしなかった。俺も黙ってそれを聞いているだけだった。


 しばらく経って昼食の時間になっても、まだミーコは散歩から帰ってないようだった。


「いただきます」を三人上手く調子を揃えて食事を始めることができた。ミーシーはやはりモグモグと美味しそうに食べていたし、こちらについては味やらにいちゃもんをつけたりはしないようだ。


 まあもちろんいちゃもんをつけるような要素がないからというのは大きいわけだが、俺個人としてはテレビの続きをやりかねないとミーシーの挙動に気を配ってはいた。


 そういった心配は杞憂に終わって三人で昼食を済ませ、ミーシーはまた居間へテレビを見にいく。アンミは片づけを始め、俺はしばらく台所に居残って片づけの様子を眺めていた。


 アンミは皿洗いを苦にはしていないようだし、どちらかといえば楽しそうにさえ見える。こういうのはもうアンミの生活の一部になっているんだろう。他の人間に任せるとストレスだったりするだろうか。


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