七話⑥
「なるほど……。なるほどな。と、いうことだ、アンミ。ハードルは少し、上がったかも分からん。だが、アンミ、大丈夫だ。いや、もう、あれか?どうせ一緒に仕事することになるんだから、慣れておく方が良かったりするのかもな」
「どういう人?名前だけはミーシーから聞いてる。斉藤陽太さんって人」
「あのな、悪い奴じゃないんだ。アンミには分からんかも知れんが……、無邪気でな。良い奴なんだが、わがままなところもあってな?」
ちょっと思い返してみただけで、まずセクハラ発言を、慎んで貰わなくちゃならないことが分かる。
だが、あいつにそもそも悪気がない。ミナコは普通に、セクハラとして受け取らないから、陽太はそれを咎められた経験もないだろう。
ミナコが怒ったこともあるにはあったが、それはセクハラについての怒りではなかったろうし、陽太も全く反省なく言い返していたりする。ミナコが金髪なことにも平気で触れてスーパーサイヤ人の陰毛はどうなるのかとか言い出したことがある。
さすがに黒く染めたりはしてないがミナコは髪の色に触れられたくないオーラは出していたというのに、……挙げ句それがしょうもない下ネタに繋がる。
車の窓から手を出すと速度によってはおっぱいの感触なのだと言い出した時も、ミナコと言い合いになっていた。普通であれば、女の子がいるところでおっぱいがどうだという話をするなと叱るべき場面だったが、
……止める隙もなく、おっぱいの話にシフトしていった挙げ句に、ミナコとケンカをしている。『峰岸には聞いてないのだ。おっぱい触ったことないだろ?』……というのを、真顔で、言ってた。
アンミが困る可能性は十分にある。いくら性格が温和でも、さすがに好き嫌いくらいはあるだろう。陽太はもちろんアンミを気に入るだろうし店に必要な人材だということは理解するだろう。が、アンミが、アルバイトをしたくないと言い出したら、……俺はどうフォローすべきなんだろう。
「少し時間を置いて考えた方が良い気がしてきた。人物紹介しようかと思ったら、……別に隠してたつもりはないが、俺はいつの間にかちょっと問題意識の低い人間になっていたのかも知れん。待てよ、どうなんだろう。いや、初対面の場合はさすがに……、ちゃんと」
「でもミーシーは良い人そうって言ってた。健介そこでアルバイトしてたし、だから大丈夫」
「ミーシーはそうかも知れんが……、お前の判断か、今回の面接は」
「あなたも割り込みやすくていいでしょう。砂浜コントの演劇は面白いと思うわ」
「何故、不安を煽ろうとするんだ。俺の口からそんな話しないよな?」
「予知ついでに陽太にも話聞いたわ。でも、あなたが台本を作ったことになってるわよ、陽太の中では」
「健介が作った台本?」
「それについてもだ……。デタラメなことを言う。俺は全く関与していないし、それに関しては止める側だった」
「まあでもあなたが作ったことになってたし、健介がやりたがって仕方なかったと言ってたわ」
「嘘だということは分かってるんだよな、お前には」
「予知能力者も普通に過去のことは分からないでしょう。そういう……、テンションの時もあるでしょう。別に私は誉めてるのよ、面白かったわ。それと、健介が心配してるのは結局のところアンミがどの程度で引く子なのかというところでしょう。試しにやってみれば良いのよ、そしたら心配ないことも分かるでしょう」
「そんなテンションになったことはないし、誉めるところではないし、試しにやってみたりもしない」
ミーシーは、合わせられるわけか。アンミがどの程度で引くのかというのは、確かに実際のところよく分からない。特に抵抗なく自然なままでいてくれるようにも思うし、しょうもない話題であれば適当に流してくれるかも知れない。
「こう、砂浜で、夕陽をバックに一人全裸で腕組みして佇む健介を、小さな子供たちが指さしてほーけーだほーけーだと騒ぎ立てて、そして、健介が一言。『能ある鷹は爪を隠すっ!』と叫ぶのよ。そこで陽太が慌てふためきながら『いや、人間だし、人間だしチンコ隠せよ!』とツッコミを入れるという、そういう青春丸出しなストーリーよ、アンミ。ちょっと面白いでしょう」
「おい……。俺と陽太の役が逆だ。しかもそれ実際にはやってないからな?近所の子にその子供役を、陽太が断られてて……。実際にはやってない」
劇をやろうと言い出してそんな台本を書いて、……近所の子供に声を掛ける不審者をやった後、断られたからその子供役をミナコにやらせようとしていた。
一体いつからなんだろう俺が、陽太のその行動を、疑問に思わなくなったのは……。
「でも、子供を誘ってやろうとしたんでしょう」
「…………俺はそれ、必死に反論しなきゃならんのか?」
「まあでも、健介がやりたがったから仕方なく付き合ってやることにしたと言ってたし、心は広い方でしょう」
「心が広いとかの前に嘘ついてるよな?俺があり得ない風評被害を受けてるのも、陽太のせいだよな?」
「まあでも、私も過去のことをとやかく言うつもりはないのよ」
「真に受けてないとは思ってるが、弁明の機会だけは必要だろう。あんなものを台本と呼ぶのかは知らないが、陽太が書いて陽太がやろうと言い出したんだ」
「えっと、多分、私は?どうしてたら良い?健介が言ってたみたいなので良い?ほーけーって何?」
「…………。ショックだわ。健介、アンミがほーけーって言ったわ……。おおらかに育ちなさい。お赤飯炊きましょう。どうすれば良いのよ、私が恥ずかしいでしょう……」
「知らない言葉には反応しなくていい」
アンミが、この調子で乗り切ってくれるなら、……問題にはならない、わけだが、俺ももちろん予防に努めるつもりでいる。
店員の第一印象が陽太で決まることになるのか。変な刷り込みになって悪印象が残ると困る。そして今一度、俺の中の線引きを見直す必要もあるわけだ。
初対面の、これから店に貢献してくれる優秀で貴重な人材である女の子に対して、どう振る舞うべきなのか基準を設定し直さないと……、『わざわざ相手しなくてもいい、いつも通りの陽太』、ということで済ませてしまって制止が遅れる可能性がある。
一応まずは店長に電話、してみようか。しなければ掛かってくるとのことだが、勝手に段取りを決められて不都合が出る前に、調整可能な部分だけは相談しておくべきだ。
「ええと……」
居間を出て受話器を持ち上げ番号を押していく。
「……け、け、健ちゃんあのさ?面接っていつやるんだっけ?いつやるって言ったっけ?」
このおどおどとした態度と、分かりきっているはずの日程確認に、もう苦笑いしか出てこない。
「今日です……、よ」
「そ、そんなご飯ですよみたいに言わないでよ。えとぇ、そうだっけ?今日だっけ?」
「今日ですよ……」
「そっかぁ、そぉれが、そのぉ、昨日健ちゃんと電話した後に、ようやくこっちに机とか椅子とか届くっていう連絡が来て、……で、それは良いんだけど、その取引先の人からも次々連絡来て……、で、もうなんか三つ以上もあるじゃない?廃業中になんで連絡しなかったんだとかこっちは僕のとこ用に特別に用意してるんだって、……焦っちゃってもう。なんていうか三つ以上もやることあるとほら、健ちゃんとの約束とかも忘れちゃうじゃない?」
「いや、三つ以上だからとかじゃないでしょう。忘れてて、こうなったんですか……?優先順位とかそういうのではなく」
「いやいや、取引先の人、明日絶対来いってもう結構強引に決められちゃって、じゃあそうするねって言って……、一晩経ったらこれだよ。さっきも電話掛かってきて今日のお昼から来て下さいねって。僕もあっ、って思って……。まあ、でもこれはさ、役割分担というか、面接陽ちゃんに行って貰うことにしたし、陽ちゃんから後で話を聞いてさ。僕は……、でも行きたかったなあ……。面接したかったなあ」
「日程変えれば済むことじゃないんですか、そもそも。陽太に任せて上手くいかなかったらどうするのかとかそういう問題があるし……」
「日程変えたら先延ばしになっちゃうでしょ。ていうか、だってもう、あと内装関係届いて食材届いたらお祝いできるし……。そういうイベントやった後に二人入れるってなったら、その二人が可哀相じゃない?それだったら一緒に頑張ろうイベントをもう、準備できたって時にやりたいし。あと、……ね、ほら。あんまり長いこと待たせちゃうと辞退されちゃう可能性もないことないし」
「じゃあ、もうそれに合わせるつもりなら店長電話で面接みたいなことして採用にしてくれたら陽太出てこなくて良いでしょう」
「いやぁ、健ちゃんは知り合いだから良いかも知れないけど、陽ちゃんと、……合わなかったりしたら開店パーティー空気重いっていうのもあるじゃん。だから、最初に簡単にね?自己紹介みたいなことして、陽ちゃんから話聞いておくの。健ちゃんと陽ちゃんから話聞いてるよって僕もそっち混ざれるでしょ?」
「だから、あの、別に陽太経由じゃなくても俺から大体どういう子という話を店長にすればそれは済むんじゃないかなと思って……。陽太は、面接官には向いてないでしょう?」
「ええ?そう?なんで?陽ちゃん、だってあれだよ?実績でいったら一番面接官やったことあるじゃない。健ちゃん連れてきたの陽ちゃんだし、だから安心して全然任せたんだけど……」
そういうことで、こうなるのか。なるほど。確かに俺は陽太の紹介で店に入ったわけだが……、わけだが……。それを実績としてカウントしてしまうのか。
「健ちゃんよく頑張ってくれるからさ。陽ちゃんはまあそういうのを、見る才能?みたいなのはあるんじゃないの?逆に健ちゃんはなんか人を見る目なさそうだよね?陽ちゃんに騙されて僕の店とか入っちゃうし。ああ、ここジョークだからね?本気にしないでよ?」
「俺の頑張りが裏目に出ている……。いや待てよ……。陽太が面接官で良いということになると、俺が面接をしたことにして、店長に話をすれば、それで採用になるんじゃ、ないのか?」
「まあ採用はもう採用だよ。実際ほら、健ちゃんの家でやることになってるわけだし、陽ちゃんのフォローしてあげられるでしょ、健ちゃんが。それと健ちゃんのフォローを陽ちゃんがしてくれるし、だからもう僕はもう安心してお任せ。先に仲良くなってくれてたら良いなって思ってるわけ」
「俺が陽太から?フォローをして貰う?そんな馬鹿な」
「店のことなら陽ちゃんがほとんど知ってるだろうし、今回だけは僕は黒幕みたいに?ほら、なんか黒幕みたいじゃない、健ちゃん?自分の正体明かさずに、二人のプロフィールとかペラペラ言っちゃうわけ。何で知ってるのか聞かれたらねぇ、『店長だからっ』。健ちゃん、陽ちゃんはもう正直そんなの思ってないかも知れないけど、僕店長だから」
「店長って呼んでるでしょう……」
結局、店長は、どうしても面接は前もって済ませておきたいらしく、少なくとも今日は夜まで挨拶周りのようなものがあるらしく、……陽太が暇だ、と、思いついちゃったわけだった。
そして、実際店に来る時には仲良く和気藹々としていれば良いなとも言った。
話を要約すると、店長も面接はしたかったわけだが、面接は事前の顔合わせの口実みたいなもので、二人が店に来た時に知らないおっさんや知らない変人に戸惑わないようにという、そういう計らい、だったそうだ。
多分だが。結局それ、知らないおっさんと知ってる変人になるだけなんだが……、メリットあるんだろうか。
とりあえず今回だけでも変人を隠しておいて、接触前におかしなこと言うなと説得期間があった方が良かったようには思う。店長だけなら店の印象は悪くならない。店長の方ならのんびりとした空気で何事もなく終わる。
でも今回は少しばかり不安がついて回る。アンミのやる気を奪う可能性を消したい。
まさかとは思うが……、もしかするとアンミがアルバイトを諦めるよう仕向けるためのミーシーの策略?という可能性も、あったりするのか。
俺も店長もぬか喜びさせられるわけだが、ミーシーはこの場合、アンミの要望を叶えるよう尽力したという体裁を優先しておかしくない。今回ミーシーがすんなりアルバイトを了承したのは御破算になることを予知で知っていたから、なのか。
そういう可能性もあるな。これはだって、なんなら割と簡単に、目茶苦茶にできそうな気はする。
「ミーシー……、ちょっと二人で打ち合わせがあるんだが」
「こっち来て話せば良いでしょう」
「ちょっと込み入った話なんだが」
ただ、疑問は残る。アンミに諦めさせるためだけなら、俺と密約を交わして店の募集する条件に合わなかったと嘘をつけば良いだけのことだ。何もアンミに嫌な思いをさせて自主的に諦めさせることはない。
その先も含めてアンミが代わりの要求を言い出しづらい雰囲気にしたいのかも知れないが……。
ミーシーは立ち上がりこそスムーズだったが、足を引いてこちらに歩いてきた。
「悪い、悪かった。俺が行けば良かったんだが、そうすると今度アンミに向こうに行けというようなことを言わなきゃならない。……あのだな、お前はバイト反対派なのか?」
「どこをどう聞いてたらそうなるのよ。全然反対してないでしょう」
「反対してないふりして実際は反対なのか?アンミがやりたがってるから仕方なしにOK出しただけだよな?」
「アンミがやりたがってるからOK出したわ。ということは賛成派でしょう」
「お前個人としてはバイトがしたいのか?」
「…………。シンプルな話をしましょう。わざわざ買い物行かなくても数日分の食材が手に入るわ。タイミング的に今日面接してたらこちらの食材が切れる前に供給できるでしょう。お試しで料理してみて、アンミも私も好き嫌いは別として極端に合わないという人間はいないわ。それでアンミがやりたがってるなら、私がやりたいやりたくないはともかく、ついていくことにはしましょう」
「そうか、そうか。目的はともかくバイトする気ではいてくれてるのか、良かった。……店長泣くかと思った」
「…………。その先は好きにしてくれたら良いわ。アンミも気に入るでしょう。長く勤められたら何よりでしょう。私は付き添いみたいなものだから、飽きたら辞めるわ。一応内緒話だから、ここで喋ったことはアンミには言わないでちょうだい」
「あ、ああ。じゃあ、つつがなく終わる、はずだよな。まあ、陽太も悪い奴というわけじゃない。お前も、飽きずにやってくれたら何よりだな」




