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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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七話②


「……どういうつもりなんだ。友人その1とか、何かよからぬ番号を隠そうとしているのが……、バレバレだろう」


 大量に登録された施設の名前なんかは、俺が連絡する時のために用意してくれたわけじゃなく、俺をビビらせるためのものだろう。


 その効果は確かに十分に感じられたし、それに加えてどうやら、『友人その1』を見つけづらくするためのカモフラージュ役もしている、つもりらしかった。


 すぐに電源を切って棚の奥なりノートの下なり隠すつもりだったが、『友人その1』だけはどうしようか悩む。市倉絵里にすると今度は施設名の中に一つだけ個人名という目立ち方をするし、かといって俺が思い浮かぶような実在の施設名は既に登録が済まされている。


 このまま電源を切って隠した場合、下手してミーシーが発見した時にあまりに不審であるし……。しかしながら、いざ連絡を、……するかどうかはまだ分からんが、する時のために残っていた方が安心、ではあるだろう。


 消すにしても向こうが電話してきたりした時に結局未登録の番号が着信表示されることにはなってしまう。ミーシーがそこまで俺を警戒して細かくチェックをするかはさておいて、良い方法が思いつくまでとりあえず電源消して見つからないように隠しておく他ないか。


 ……後先何も考えずに爆弾を抱え込んでしまった。ただ、これはあくまで、保険だ。少し話してみて連絡が不要だと判断できたらその時どこかに捨てればそれだけで片付く。


 もしも必要な時、ミーシーに隠れて、この密室で連絡できるような準備がないと困るから、一応念のため、万一に備えて隠して持っておく。それだけだ。


 電源が切れたことを何度か確認して棚の奥にある小さなカゴの底へと隠した。その後は椅子へ腰掛けて頭を抱えながら過ごした。


 少しすると目覚まし時計が鳴り始めて、それに合わせるようにミーコがころころと寝返りを打つ。ミーコはまだ眠そうであるから、目覚ましを止め、朝の挨拶もないまま静かに階下へ向かった。


「あ、おはよう、健介」


「おはよう、眠そうね。起きられないのなら私が起こしてあげましょうか。お姫様を起こすみたいに目覚めのキスをしてあげましょう。でも鼻息がこそばゆいかも知れないからあなたの鼻をつまむわ」


「おはよう、アンミ、ミーシー。鼻つまむな。口も塞ぐな。呼吸困難で永眠するだろう……」


「なら鼻はつままないわ」


「…………。ああ。美少女から?朝いきなりキスされて目を覚ますとかそんな、照れるからやめろ」


「健介、あなたが言われないと分からないなら言うけど、……そんな部分は正直どうでもいいところでしょう。起きてこられるのかと起こしてあげましょうかというところに返事するべきでしょう。毎日調子悪そうに起きてるからよ。キスの部分にこだわられても困るわ」


「起きる……、起きてた。起こして貰う必要はない。大体今まで起こしにきたことないだろう。今更何を言ってるんだ。いただきます」


「健介は、起こそうとしたら起きる?私もどうしようかは迷ってた。スイラお父さんはご飯の時間に来てなかったらもう絶対起きなかったから」


「俺はそりゃ、よほど体調不良じゃない限り起こされたら起きるし……。飯を用意して貰って寝てたりはしないだろう」


「まあ癖みたいなものでしょう。私もよく考えたらそういう先入観のせいで起こしにいったりしてなかったわ。別にあなたがいると食事が不味くなると思ってたわけじゃないのよ」


「俺がいるせいで食事が不味くなるんじゃないかとか心配をしなきゃならなかったか俺は。そういう理由じゃないと良いな。ちなみにお父さん、どういう人なんだ。予知能力者ということは聞いたし畑仕事して大工みたいなこともして……」


「あんまり紹介したくもないし紹介しようもないわ。セラおじいちゃんがいた頃はまだ言われたことはやってたけど、最近はもうかなり調子乗って基本的には旅に出てるわ」


「スイラお父さん旅に出てるんだっけ?」


「家に帰ってこないのを仕方ないからオブラートに包んで旅に出てることにしてるのよ、アンミ。あっち行ったりこっち行ったりで……、アンミも寂しいでしょうに」


 ミーシーのお父さんで、予知能力者で、というだけでなんかこう普通の人というイメージはない。思春期特有のお父さん嫌いなのか、それとも家に帰らないことを愚痴ってなのか、ミーシーはあまり自分の父親のことを話したくはなさそうだった。ミーシー本人はお父さん不在を寂しがっている様子などはない。


「ふぅん……。でも、ハジメとナナの、確か、家の人と話するって」


「お父さんが直接家行ったってしょうがないでしょう、本当なら。ナナはともかくハジメだって行きたくないって言ってたのにほとんど無理やり連れてかれてたじゃない。どうせあっちでは結局お父さんしか会わないの分かってたでしょう」


「でも、ご挨拶はしとかないとって言ってた」


「アンミ、ご挨拶しても全然何も意味ないのよ。というかもう正直なこと言うと、『こじれたわぁー』みたいにへらへら帰ってくるのよ。ハジメが行きたくないのをナナ巻き込んで連れ去ったわけでしょう。挙げ句に結局本人は会わず終いでお父さんが代わりに挨拶してくるのよ?意味が分からないわ」


「こじれる……?ハジメとナナは?」


「今まで通りよ。まあでもよく考えると確かに、お父さん一人で挨拶に来たら更に意味不明な感じもするし、そういうことで連れ去ったのなら、仕方ない気もしなくはないわ。さすがに……、ハジメを呼んだのに私のお父さんが出てきたら、注文したのと違うのが出てきたみたいな残念さで余計にこじれるわ」


「うん。そっか……」


「ハジメが電話くらいしておけば良かったのよ。自業自得なところもあるわ」


「この前は電話してすぐだったね」


「アンミはそうね。アンミはハジメとかに言っちゃうでしょう。お父さんは一応日程調整してたし、ハジメも薄々気づいてそうな感じだったわ」


「私だけ?知らなかったの」


 少しの間黙って話を聞いていたものの、二人の話から出来事を組み上げるのは難しそうだ。なんか事情があってお父さんはハジメとナナを引き連れて旅に出ている。その旅が終わったら、俺の家にも来るということになるんだろうか。


 とりあえず、すぐにこちらに顔を出せない事情というのがあったようだが、詳しい内容についてはよく分からない。


「あの……、二人で話しているところ悪いんだが、俺に補足説明をしてくれたりはしないのか?よく分かる解説を、簡単にで良いんだが」


「えっと……、それ、その……」


「お父さんがどういう人かという質問でしょう。多分普通の人からしたら相当に、頭がハピネスで今、旅に出てるわ。会えば分かるし、会わなかったらいくら説明しても分からないと思うわ」


 アンミがまず言い淀んで、続けてミーシーがそれに被せるようにお父さんの紹介をしてくれた。結局追加情報などはない。


 言葉じゃ説明できないと言われたらもうそれまでな気もするし、仮にせがんで聞いてみたところでミーシー主観の感想やエピソードなどピックアップの基準も分からん上変な補正が掛かっていそうではある。人物像についてはそれこそ会って理解するのが一番簡単なものだろう。


「旅に出てる理由の方は?」


「そっちはあれでしょう。少しゴタついてるしあんまり個人情報とか言えない世の中でしょう。本人待ってたら良いと思うわ。ああ、あとダイヤ欲しかった、んだったかしら、健介は。まあもう面倒くさいから私挟まず直接本人とかと色々交渉しなさい」


「……ダイヤ?まあ、本人から話聞けることがあるなら本人待つが」


 アンミも口ごもるような様子だし、触れない方が良い話題なんだろうか。どの道旅に出ている人間の話を聞いてみて今どうこうできないし、無理に聞き出そうとすればミーシーなんかはデタラメなこと言い出しかねない。


 いつか本人がこちらに顔を出して話を聞く機会もあるらしいとのことだ。待っていればその時色々と聞くこともできる。朝食の最中に「元気かな、上手くいくと良いのに」とアンミは独り言を呟いた。


 俺が誰のことかと聞くと、一応それは答えてくれた。ハジメとナナはアンミの友達、ということらしい。何が上手くいくと良いのかという質問にはミーシーが代わりに答えた。


 カチャリと箸を茶碗に置いて、「私が答えないからといってアンミにそうやって聞こうとするのはやめなさい」と、怒ってるんだろうか……、釘を刺された。


「あんまりそういう野次馬みたいなのは誉められないわ。本人から相談を受けた時に愚痴を聞いてあげる美しい白馬を目指しなさい」


 こそこそ嗅ぎ回って知るべきことではないのかも分からん。美しい白馬を目指せというのは昨日の馬役だった俺のことを指してたりするんだろうか。確かに言われた通り、俺がどこかしらからミーシーの悩みをあれこれ聞き回って知っていたとして、それが信頼に繋がるようには思えない。


 知ったところで単なる野次馬でしかない。まずは信頼を築いて相談を受けるという流れでなければ、むしろ信頼を砕くようなことになりかねない。


 ただ俺は、望んでそうなったわけではないにしろまさに今ですら、そういう状況の瀬戸際にいる。


 アンミが追われているという事情を俺が知っているのは、アンミから、あるいはミーシーから、相談を受けたからじゃない。果たして、昨日のように心細そうなミーシーを見掛けることなどあるんだろうか。のほほんとしたアンミが困ったふうに振る舞うことがあるんだろうか。


 今現状においては、俺はまだアンミの事情について、相談相手として十分ではないと言われているようなものだ。


 俺が頼りないのか、誠実さとか思いやりとかあるいは必死さが足りないのか、ともあれ、その機会が訪れる時までに、信頼を積み重ね続ける男でなくてはならない。


 それを損ないかねないのがあの携帯電話と黒い女というのはなんとも皮肉な話だが、あれは、本当に、ミーシーに、気づかれてないだろうか。俺が正直に告白するのを待ってたりしないだろうか。しばらくは、様子見に回らざるを得ない。


「ごちそうさま。白馬を目指そう。困ってたら困った素振りを見せてくれ。いつでも相談に乗ってやれる」


「うん、ありがとう」


「そうね、ありがたいわ。何か考えておくから待ってなさい」


 考えて出てくるようなものでもないとは思うが、まあ小さな頼まれ事から少しずつ信頼を発展させていくものかも知れん。なんとなく返事したふうにして皿を流し台へ重ねて、自室へと戻る。俺が部屋へ入るとミーコが大あくびして迎えてくれた。


「おはよう、ミーコ。首輪のつけ心地はどうだ?寝る時邪魔にならんか、その名札は」


「まあ気に入ってるニャ。健介もペアルックとかして見たらどうかニャ」


「服とかならまだしも首輪でペアルックする愛猫家は珍しいだろうな。残念だが俺の首回りだとその首輪は無理だな」


「なんなら服も買ってくれて良いけど、今のところはこれが気に入ってるのニャ。とりあえず今日も朝から近所の猫に首輪見せびらかしてくる予定ニャ」


「普通の猫に対してステータス示すような効果あるのか、それは。というか、また朝から散歩行くのか?昨日も随分歩き回っただろう。よくそんな気分になるもんだな。たまには家にずっといてくれたりしないのか、ほら、俺とこう、俺がまあ、猫じゃらし的なもので遊んでやるから」


「どうしてもやりたいなら付き合うけど……、健介それすぐ飽きるし、私もそれするくらいなら適当な話題でおしゃべりしてる方がまだマシニャ」


「お前にはもう、あれなのか。猫の本能は失われてしまってるのか……。散歩以外の趣味作るとかはどうだ。あるいはなんだったら俺と一緒に散歩に行こう」


「…………。健介、まあでも……。私は割とあっちこっち行くし、とりあえず今日はやっぱり一匹で行ってくるニャ。健介が散歩行きたいと言って私も予定が空いてたら健介の散歩に付き合っても良いニャけど、私の散歩は基本的に一匹で行くから……、健介が散歩に行きたくなったらその時に誘ってくれたら良いニャ」


「一人で行きたいものなら、別にそれで構わんが……。ああ、そういえばな、ミーコ。お前は、ええと、一週間前か?例の……、事故の、救出劇の時からずっと俺の家にいたわけだよな?」


「健介に助けて貰った時からずっと家にはいるニャ。というか、大体は健介の部屋にいたニャ」


「俺はその日は、夜まで治癒魔法か何かで眠っていたわけだが、アンミとミーシーはなんか話したりしてなかったか?別にその日だけじゃなくて良いが、俺の家に来た事情とか、何か困ってることとか、そういうことを……」


「…………。健介、なんでそれ私が知ってると思うニャ?健介、私は猫ですニャ」


 少し姑息なことを考えた。ミーコは素知らぬ顔で二人がこの家にいることを疑問に思っていないふうを装ってはいるが、当然、賢いし人間的常識を持っているわけだから、二人に何かしら事情があることくらいは見抜いてはいるはずだ。


 それでいて何も言わないでいる。こいつはもしかして既に二人の事情を何かしら盗み聞きなりしているのかも知れない、と思った。


 俺が事故ってこの家に運ばれた時ミーコは二人の側にいたわけだし、この家に来た直後アンミとミーシーで今後について何かしらの話し合いをしていたとしておかしくない。


 その中で今回の事情が語られていたとしたら、ミーコは、それを聞いている可能性がある。で、あればだ。俺は黒い女のことなど関係なしに、ミーコから事情らしきものを聞いたと、二人からの相談を促すことができる。……なんていう姑息なことを考えていた。


「猫ですニャって、……いうのはどういう意味だ?造形は猫だな。ぱっと見る分には申し分なく猫だ」


「健介には悪いニャ。……二人に事情があるとしても、それ私が聞いてたとしても、全部健介に伝えるのは難しいと思うニャ。相談待ってて良いと思うニャ。そんなに心配しなくても、もし健介に伝えるべきことがあったら、そう思った時点で私が知ってることは言うニャ」


「なるほど……。ああ、そうか。そういえばそうか」


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