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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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六話㉖



『何故そうして、一番乗りで公園に待機しているんだ』と、毎回思っていながら、今まで結局、一度もそんな質問を口にしなかった。


 俺は『大体約束した時間の五分か十分かせいぜいそれくらい前に約束の場所にいれば良い』という常識感覚の持ち主で、陽太は『遅れても良いさ、目が覚めた時間が仮に約束の時間じゃなくても大丈夫さ』てな感じで最初から約束の時間のために眠りを調整するという発想がない種族だった。


 だとして、ミナコなどは俺の常識を中心点に陽太の対極に位置する、『目が覚めてしまった約束の時間までまだかなり余裕があるけれども出発しよう、早めに到着してしまったどうしようやることがない』という奴なんだろうなと思っていた。


 まあ何も早めに到着していることを咎めることもないが、俺が到着間際に見掛けるミナコの姿からするともう完全に時間の使い方を誤った残念な人間には見える。


 一番乗りで一人公園にいて、毎回毎回同じようにうろうろふらふら、うろうろふらふら、暇の潰し方も思いつかないのか、ゆったりくつろいで過ごすことができないのか、どこか一点に定まらずにあちらこちらへ移動を続けている。


 散歩にしては道を外れていくし、ウォーキングや体操のつもりにしても規則性がない。


 挙げ句に独り言なども平気で言う人間だから、遠くからだと言葉の内容までは聞き取れないにしろ、どうしても奇行に見える。その挙動の不自然さに、なんとか俺なりに答えを導き出そうと苦慮した末に、『一人かくれんぼだろう』と結論付けた。


 不審者ではなく、単に一人かくれんぼをしている人だ。なら問題ないと自分を納得させていた。


 まあ携帯電話を持っていなくて、持ち運びに不便な分厚い本しか持っていなくて、約束の時間よりも随分早く到着してしまう人などなら、一周巡って、そんなことをやっていそうではある。


 そう考えてみると納得できる理由がもう一つあった。ミナコは俺がこうして公園に到着してベンチに腰掛けてしばらく経っても、俺の姿に気づく様子がない。


 単に落ち着きがないだけならそわそわしているだけで済むだろうに、何かに没頭しているように、俺の姿に気づかない。


 俺から声を掛けてようやく気づくということがこれまで何度もあったから、あえて今日はもう声を掛けることもせず、一体何分くらい俺の存在に気づかないものか試してみることにした。


「……全然気づかんのか。俺も一人かくれんぼやろうかな。どうなるんだろうな、二人がそれぞれ、一人かくれんぼをやってたとしたら」


 当の俺もこうして時間を持て余してみると決して他人のことをとやかく言えるような器用な暇つぶし術を思いついたりなどしなくて、一人かくれんぼを複数人でやった時に遊びとして成立する確率をぼんやりと考えてみたりなどしていた。


 結果として導き出された結論はゼロだ。もちろん、ミナコの動きには注意を払っていたが、それについては特に面白みを感じるような動きがない。俺のことに気づかないという一点を除けば、単にうろうろしているだけだし、それはいつものことだった。


「あれっ、健介が早めにいます。もしかして待っていましたか?」


 そういえばミナコは腕時計もつけてないし、時計が見える位置からも外れている。どうやら俺がずっと待ちぼうけをしたかのように錯覚しているようだが、近づいてくるのを一旦待ちつつ、時間を確認して答えた。


 七分か、俺のことに気づくまで約七分掛かる。なんなら今後も計測を続けて平均値を取ってみても良いかも分からん。


「俺は待ってない。お前が随分前に来て、陽太が約束の時間通り来ないというだけだ。お前が待ってたんだろう」


「ええもちろん。僕は随分と待っていました」


 それがポリシーなのか、誇らしそうに随分と待っていたと述べた。まあ実際そうなんだろうなとは思うが、そんなことがステータスだったりするんだろうか。


 そして何秒か黙った後、「でも健介も待っていたのでは?」と付け加える。早めに来ているというのは約束の時間よりも前にいたということなのかも知れない。


 で、あれば、まあ、その分は待ってたが、特に俺の回答を訂正する箇所も見つからない。何を言ってるんだこいつはと思いながら、「お前が一番乗りに来てたんだからお前が一番待ってたんだろう。俺は別に待ってないぞ」と答えた。


「確かに僕が一番待っていたのだとは思うのですが……、待っていない?そうなのか。いやしかし、全く待っていないということはないのでは……?」


「どういうことだそれは。じゃあ少しは待ってた。お前はどうなんだ?どれくらい待ってたんだ?」


「非常に待っていました」


「ご苦労さまだな。陽太も呼ぶか。どうせ呼ばなければしばらく来ない。お前の遊びがまだ続くようだったらもうちょっと見てても良かったが、俺に気づくということは飽きた頃合いなんだろう。いつもであれば十分程度は猶予を与えてたとは思うが」


 と、言った直後というか、電話を掛けようと携帯を取り出した時に、本当に珍しいことに陽太が公園の方へ歩いてくるのが見えた。なんとも珍しく、ほぼ遅刻なしで到着したことになるわけだ。


 俺が「あっ」と半分立ち上がるくらいには驚きの出来事で、ミナコも俺の視線を追って同様に驚いた素振りをした。電話と陽太を交互に見て呼び出しが必要ないなんて珍事に俺が対応できないまま硬直している間に、陽太はこちらへと歩いてきた。


「二人とも早いな。今日とか俺が一番乗りだと思ったのだが。というかさっき手を振ったのに無視されたのだが?」


「僕が一番乗りでした。ただし健介も早めには来ていたようです。陽太はどうしたのですか?何故こんなにも早くいる?待っていましたか?」


「ああ待ってた待ってた。ここまで早く準備して来ても一番じゃないとかもう峰岸は頑張る気力を失せさせるな。健介もな」


「俺は定刻通りに間に合うようにしてるだけだ」


「待ってましたか。そうですね。ただし困ったことにですね、不思議なことに、健介は待っていないと言います。陽太はこれをどうにかできますか?」


「陽太のことは待ってたぞ、俺は」


「…………?僕のことは?」


「?全然待ってない。待ってたのはお前だ」


「僕は待ってました」


「そうだな」


「?」


 こんな茶番を、当時の俺は演じていた。どうしてそれを上手く変換できなかったのか、どうしてそれを上手く汲んでやれなかったのか、結局それが何か小さな禍根を残していたんじゃないかと不安になる。


 俺はそれに、言葉を添えるタイミングを与えられなかった。単に日本語の使い方が間違っているんだろうと考えていたし、それが何かを損なうことなんてないと信じきっていた。


 でもそうじゃない。俺は、『待ってた』と答えるべきだった。『とても待ってた』と。


 ミナコが一番乗りの人間を勘違いしているか、あるいは皮肉を言ったのだと思い込んでいた。自分が気づかなかっただけで、健介はもしかすると約束の時間よりずっと前に来ていたのではと質問しているのだと思っていた。


 普通であれば俺が到着してミナコに声を掛けないはずがないのだから、俺がミナコより先にいたなんてことはよほど特異な行動をしてなければ成り立たない。


「そりゃもう……、僕はすごく待っていた」


 ミナコの返事がもう一拍遅かったのなら、俺は陽太に対して口を開いたはずだ。『いや、お前は今日一秒も待ってないし、今までも待ってたことがないし、いつもいつも俺とミナコでお前を待ってる』ということを言うはずだった。


 そうだったのならミナコは俺が言っていることを理解しただろうし、おそらくそこで誤解を解こうとしただろう。だが、あろうことか俺はその時ミナコの「そりゃもう」の方に向き直った。


「毎度毎度そんな早くに待ち合わせに来なくていいだろう。待ってた?とかいうのは当てつけか?もっと早く来いということか。陽太は多分それくらいの心構えで大体丁度だろう、そうしてくれ。だが俺は定刻には来てる。文句もないだろう」


「いいえ、全然。……文句などとそんなことは思ってないですけども」


 ミナコはもう眉間にシワを寄せて眉を下げて、口は半開きで顎を引いて『ゲ』と長く発音する時の台形に変えた。


「ん、ん?……峰岸。そういえば前に遅刻したの申し訳なかったのだ。そんな露骨に嫌そうな顔されると困るのだ」


 こんな、流れだったかな。


 だがな……、なんでこう、間が悪いんだろうと、思ったりもする。別の場面でそんなやり取りがあれば俺は大いにそれをフォローし得る発言をしたに違いない。


 普通は「待ってた?」なんて聞き方はするべきじゃない。だって、お前が先にいたのに、俺が待ってたことにはならない。


 正しくは、「楽しみにしてたか」だ。あるいはせめて「待ち遠しかったか」と聞く。そしたら俺は「待ち遠しかったし、楽しみにしてた」とちゃんと言った。


 ちゃんと言ったはずだ。俺は本来なら『どれくらい待ってた?』ではなく、『何分待ってた?』と聞くべきだった。


 俺と陽太がミナコと話している時に何かが待ち遠しいとか、何かが楽しみだなんてことを、滅多に言わなかっただろう。せいぜい、特別なイベントを控えた状態の時にしか使わない。


 だから、単純に「待ってた」というのは、『来てほしい』から『待ってました』の繋がりが十分で、おそらくそっちの方がミナコの心情をよく表現していたんだろう。何かしらイベントとか楽しみがなくても単に会いたいと思ってたのを、まあ、「待ってた」とは、言う。


 待ち人をどれくらい待っていたかと聞かれたら、すごく待ってたと答えるのがもしかすると正しいのかも知れない。


 だから、俺は、それをごめんなと謝るべきだった、もしも、機会があったなら。俺も待ってた、と。一週間くらい、会えるのを待ってたし、どのくらいかというと確かに俺もすごく待ってた、と。


 お前のことを待ってた、楽しみにしてた、また会うことを期待していた。でも謝る機会なんてなかったんだ。


挿絵(By みてみん)



 それを、後ろめたく思うことなんてない。そんなことを感傷的に考えてみる意味がない。


 だってそうだろう。正直なところ、俺の落ち度というわけじゃない。ミナコの期待している答えを用意できなかったのは、あえていうならミナコの日本語が未熟だったせいですらある。


 それを俺がわざわざ今更引き出して謝るなんて不格好なことは、しても仕方ない。ちょっと気まずくなるだけで、何か根本的な部分を解決してくれたりなんてしない。


 …………。じゃあ一体、何が根本的なのか。何を問題に思うことがあるんだろう。


 俺は座りながら寝てたんだろうか。本に手のひらを載せていて、もはや文字の欠片すら読み込んでいない。ページの一行目をもう一度指でさすってみても、やはり見覚えもない。


 どうやら本を読むには不適当な頭の回転具合であることは分かった。諦めてクリップを挟んで本を閉じた。


 このまま眠って、良い夢を見られるんだろうか。多分無理だろう。だからせめて、良い思い出を用意したい。


 今日はそうだな、……ミーシーをおぶって帰って、多分ちょっとばかりは、……ほんの少しばかりは打ち解けたのかも知れない。


 店長の店に求人応募があった。まあ、朗報だな。それ抱いて眠るか。早寝が習慣化してきている。


 目を瞑って首を回して、電気を消した。ベッドに体を横たえた。


第六話『土壌に愛を、花には笑みを』

It bloomed in only the love.


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