六話㉓
「さあ。いつ来るか分からないし、迎えかどうかも私には分からないわ。これは別にあなたに隠してるとか、予知してないとかじゃなくて、……どうせあなたも分かることだから言っておくと、お父さんが予知してると、予知能力者同士で競合するというか、……説明が難しいわ。まあ、ミーコの名前決める時ジャンケンしようとしてあなたが止めたでしょう、普通予知能力者混ぜてジャンケンしないでしょう。でも私たちは普段はジャンケンして決めたりするのよ。そういうことよ」
「…………」
「…………。まあ仕方ないから詳しく説明をしてあげましょう。前までアンミとお父さんと一緒に住んでた時とか大体のことはジャンケンで決めてたわ。でも、お互い予知しないでとか信用ならないでしょう。どうせズルするに決まっているとか私もお父さんもお互いそう思ってるわ」
「お前のお父さんも予知能力者なんだな。お互い、ズルしそうと思ってるのか。ああ、……続けてくれ」
「けど、予知しようがしまいが少なくとも有利にならないのよ。私が予知するでしょう?でも、別に予知通りにしてなくていいわけだから、グー出す予知しておいてチョキ出すとするでしょう。そしたら、お父さんは私が予知した後に予知をして私がチョキを出すのを予知できそうでしょう。でもそれは無理なのよ。なんでかはともかく、何がどうなるかとでいうと、お父さんは私が予知した行動そのままを予知するから、私が予知でグーを出して、実際はチョキ出すとしたら、私が予知したグーを出すとこまでしか予知できないわ」
「お父さんの予知の中では、お前の予知がベースになってる、ってことか?」
「正解だけどよく分かってないでしょう。お父さんが外出する予定があって、私に夕方までにこれをやっといてくれと仕事を任せたとしましょう。私が何もしなければお父さんは予知して何もできてないことにすぐ気づくわ。だからもうその場で注意されたくないし仕事もやりたくない私は予知の中では仕事を済ませて、実際は遊びに出掛けるのよ。お父さんは予知したにも拘らず家に帰ってきた時、何もできてないのを見て、ああ、あれはミーシーが予知の中でだけやって誤魔化したんだと気づくということよ」
なるほど、確かにややこしい部分なんだろう。実際の親子の間では。要するに相手の予知での出来事を予知してしまうから、現実がどうなるかが定かじゃない。どちらも予知能力者だと、自分の予知はあくまで相手の予知に引きずられると、そういうことらしい。
原理は完全に謎だな。片方が思惑を変えた時点で予知はちゃんと正しい現実を予知してそうなものだが、そうはならない。
ということで、お父さんは、ミーシーが誤魔化そうとして予知すれば予知した通りが未来に訪れると誤解するし、ミーシーは、お父さんが誤魔化そうとして予知すれば予知した通りが未来に訪れると誤解する。果たして、双方、こうするだろうとは断言できないでいる。
「実話か、それは……。予知の中でやる方がコスト少ないのか?その辺も疑問なんだが」
「実話ね。ただ、別に私がイタズラとかでやってたとかより、お父さんの方が鬱陶しさ百倍でそういうことし始めたのよ。両方予知なしが一番だけど、ジャンケンの時はもうフェイントなのかなんなのかわけが分からなくて勝負になってたからジャンケンで決め事してたし、今お父さんが予知しないと仕事にならないから私が予知したとしても、結局お父さんのことはお父さんの気分次第で色々変更にはなるでしょう。だから、いつ来るかとかは分からないわ」
「ちょっとだけ触れられたが今日のアンミが見つからなかったのも、それが原因だったりするのか?」
「大概はお父さんとせいぜいちょっとその周りが変わるだけだから、近くにいなければなんの影響もないと、……思ってるのよ。見掛けなかったし、私の予知の中のアンミがお父さんに会ってないなら多分違うでしょう」
ミーシーは少しばかり考え込むように目を閉じて見せたが、あまりひらめくようなこともなかったんだろう。そのまま沈黙して何秒かして再び目を開けた。
「とにかく、迎えはいつ来るのか分からないということだとして、なあそもそも、家を出てきた理由はなんだ?今日お前はアンミの希望で俺の家に来たと言ったよな。親切そうな人が良いと言った、俺はどうやらマシな方らしい。なんか困ったことがあって家を出なきゃならなかったんじゃないのか?」
「じゃあそっちも話してあげましょう。琵琶湖あるでしょう?」
「ん、あるな。滋賀県に……」
「あなたは多分知らないと思うけど、琵琶湖の地下に巨大な地下都市が広がってるわ。滋賀県民は小さい頃大体そこで育つわ」
「……いや、そんな話は聞いたことがない」
「でも、琵琶湖にはビワッキーが出るでしょう。巨大なビワッキーが」
「それは……、ネス湖のネッシーのパクリか?琵琶湖だったらビッウィーとか、ビッウェイになると思うぞ」
「私のお父さんはその地下都市に住んでる子供を守るためにロボットに乗ってビワッキーと戦うわけよ。ビワッキーが暴れて水質が悪くなると、住んでる人が食べる魚とかがいなくなるでしょう。だから巨大ロボット、……巨大ロボットはちなみに水力発電で動くわ、エコでしょう?」
「琵琶湖の水が多いからか?その巨大ロボットのエネルギー設定がひどく貧弱になりそうなものだが、その辺りはちゃんと考えてるのか?」
「水は一杯あるんだから正直全部使い切るくらいの気持ちでやればなんとかなるでしょう。ジェット水流アタックを本気でやれば水中の魚は水圧死するわ。それに、エネルギーが貧弱な方が操縦者の質が重要になるでしょう。だから、お父さんはその操縦訓練に明け暮れていたということにしましょう」
「ことにしましょう……、な」
なるほど、今に始まったことではないにせよ、これは要するに語るつもりなしの方言なんだろう。薄々察していたとはいえ、今の段階に至ってなお、適当な誤魔化しで押し通すつもりでいることが悲しくは感じられる。
ギャグだと分かる領域を守ってくれているのはまだ幸いなのか。これは嘘というより、聞くなという言葉だ。
「とにかくそういうわけでお父さんが忙しくて家に帰ってこなくてつまらないからアンミを連れて遊びにきたわ。さて、健介、退屈してるのよ。ショッカー遊びをしましょう。あなたの持ってる仮面ライダーのビデオを見て、それぞれのショッカーに名前を付けた後に、目隠しした状態でビデオをワンシーンずつ適当に流して、どのショッカーの声か当てる遊びをしましょう。このショッカーの声はタケオだ、という遊びをしましょう」
「俺はそんな丸分かりな嘘で騙されるような阿呆なのか?重要な確認をしているにも拘らずそんな子供騙しなショッカー当て遊びにはしゃいで肝心な用をすっかり忘れるのか?」
隠しようもなく、がっかりした。
ミーシーが少しは俺を、信用してくれるんじゃないかと期待していた。ミーシーが出て行かなかったのは、俺が黒い女のことを告げなかったからではなく、告げていてなお、ここにいてくれたんじゃないかとも考えたりした。
でもそれは過ぎた願いだったようだ。やはり単に、俺はミーシーに黒い女のことを打ち明けず、ミーシーは居場所が知られていることに気づいていない。
「落ち着きなさい。物事には順序があるでしょう。ゲームとかにはクリアする順番があるでしょう。あなたはあなたで……、例えばいきなり友達からズラですとか痔ですとか告白されたりしても気を使って慰めることしかできないでしょう。それは本人の問題でしょう。家を出た事情はもちろんあるわ。ただ、ここに来たのはアンミが仲良しのお友達を作りたいと私にお願いしたから、というだけで、ズラとか痔を解決してくれなんて無茶なこと言いたかったわけじゃないのよ。私とも仲良くしなさい。結構なことでしょう。別にあなたがそこまで損する話じゃないからこちらもそれほど気を使わなくて済むし、あなたは良くしてくれてると思うわ。アンミのお願い通り仲良くしてくれてるわ。それで、仲良しは無理に詮索するような話しないわ、お疲れさま」
ぴしゃりとそう言い放って伸びをしたついでに、ミーシーは台所の方を指さして「電話が鳴るわ」と言った。
仲良し、それが、唯一、ミーシーが俺に願う俺のあるべき姿だと言う。期待していないところに踏み込まれたくなんてないということだろう。
アンミとミーシーと、仲良く暮らすこと、それが、唯一の望みで、俺がそれに応えるだけで良いのなら、どれほど心が楽だったろうか。どれほど、精一杯でいられただろうか。
俺が振り返って数秒後に家の電話が鳴り始め、アンミもこちらに顔を覗かせて「電話が鳴ってる」と俺に知らせた。鳴らせておくわけにもいかないし、渋々台所へ行き受話器を持ち上げた。
「もしもし健介か?番号合ってるよな?」
「合ってる。どうした?」
「店長から俺に電話があってな。で、健介にも電話掛ける予定だと言ってたからついでに俺も話しておこうと思ったのだ、店のことで。それとは全く関係ないのだが、なんか急いで帰る予定あったのか?」
「……いや、別に。今日は急いで帰りたい気分だっただけだ。店の方の話は?」
「ああ……。店長が、言うにはだな、あの店に足りてないものがあるそうなのだ。健介はなんだと思う?」
「その電話なら前にもあったぞ。アルバイト募集中なんだろう、新規の。人が足りないとかそういうアレだろう。それは俺も知ってる、料理人のいない料理屋だ。それがヤバイことも分かっている」
「あれ?健介もう電話受けてたのか?正直正解率ゼロパーセントの高難易度問題だと思ってたのだが。人手なら余ってるだろ。客がいないのだぞそもそも」
「人手、……というか、募集内容を詳しくは知らんのか?」
「詳しく?というと?なんなのだ?誰か新しい人紹介してくれないかという話だったのだ。店長から」
「そうじゃなくて、……店の料理が不味いことに店長が今更危機感をつのらせている、ということだ。まあ、多分気づいてたのはずっと前から気づいてたんだとは思うが……。だから、新装開店するにあたって料理ができる人間を今更欲しいという、そういう募集だ。だからお前の友達を紹介するにしてもその友達が料理をできなきゃならない。料理をできなきゃならなくて俺かお前の友達で、しかもいくらでもまともな他の店があるのにヘンテコな店で働いても良いという善意の塊で構成された人間じゃなきゃならない」
「それは今更としか言いようがないな。しかも健介……。双方条件かみ合わないよな、普通に考えて。健介も俺も料理できるような友達とかいないだろ?」
この件は俺と陽太と、あと店長の、料理の上達を期待するしかない、と締めて話を終わらせるつもりでいた。トントンと肩を指で突つかれ一度振り返るとアンミがすぐ後ろに立っている。
俺は『すまん電話中だから』という感じで片手で謝るジェスチャーをしたのだが、またトントンと指で俺の胸の辺りを突ついて、続いてアンミは自分の顔を指さす。
俺は受話器の下側を手で覆って、一時電話を中断する。
「なんだ、アンミ?すぐ電話終わるが……」
「健介、えっと?」
アンミは俺の顔と、俺が抑えている受話器とを交互に見て、「私、アルバイトやりたい」と、そんな、素っ頓狂なことを言い出した。
俺も確かに、一度はそれを考えてみたことはある。あるとはいえ、俺はまさに今日、アンミには無闇に外に出るべきじゃない事情があることを聞かされている。
なのに?本人が?アルバイトやりたい?そんな馬鹿な。
「は?アンミ……?本気で言ってるのか?」
「本気。でも無理?」
「無理?お前が無理じゃないのか?」
「健介が良いなら私、料理はちょっとできるし、アルバイトやってみたい」
「ちょっとだけ、待っててくれ。ああ、すまん陽太。電波が悪いのか、なんか急に音が遠くなったな。固定電話なのにおかしいな。まあ特に……、特に、いや、その、これはちょっと後で話し合おう。今日はとりあえず電話はこれで、な?」
「どうしたのだ健介は。真剣に考えてるのか?俺は今真剣にちゃんと考えた末に、ちょっと無理かなという結論に行き着いたのだが」
「な?お前は抱き枕の構想練ってろ、時間作って手芸店のおじさんにも話を聞いてみろ。そのおじさんはな、切腹スタイルで腹の位置から綿を詰めるようにして、綿を出してる間は中に入れるようにするとかそんなアイデアを出せる人だぞ。興味はあるだろう?連絡を取りたくなるよな?じゃあまたな、陽太」
ガチャンと、焦っていたせいで乱暴な切り方になったことに少しばかり罪悪感を覚えて、なおかつ焦った理由が理由であるから、俺はそのままの体勢で振り返るのを躊躇した。
が、アンミはまたしても俺の背中を指でトントンと突ついて「電話、終わったなら、私の話聞いて欲しい、あのね」と言った。
「アンミ、俺はもしかしてもしかすると俺のバイト先が潰れる経緯なんかを話した時に、アンミが手伝ってくれてたらなあというようなニュアンスの話をしたかも知れない」
「健介は、私にもお願いするって言ってた」
「言ったっけ?そこまではっきりとは言ってない」
「でもその、確か……。お店が潰れて残念で、ええっと、もっと私とかミーシーとかと会うのが早かったら私たちが手伝って潰れなかったかも知れない、って聞いた?」
「ああ、大体そういうようなことを言ったと思う。思うんだが、それはその……。手伝ってくれればなあとは思っていた」
「うん。手伝う」
「だが、それがそうもいかないような気が、しないか?」




